「Cleanliness Capital(きれい資本)」の時代へ
——産業保健の『5S』を、人類普遍の生存戦略(OS)として再起動する
1. 導入:なぜ今、世界は「KIREI」を求めているのか?
ポスト・コロナの時代、世界は二つの「汚染」に直面しています。一つはウイルスや病原菌という生物学的な汚染。もう一つは、情報過多と社会的分断による精神的な「ノイズ(汚れ)」です。
ここで注目すべきは、大谷翔平選手がグラウンドのゴミを拾う姿が、なぜ世界中で称賛され、ある種の「畏敬の念」をもって受け入れられたかという点です。彼は「運を拾う」と言いました。これを非科学的な迷信と断じるのは早計です。
最新の認知科学と行動経済学の視点から言えば、「環境への主体的な介入(掃除)」は、不確実な世界において「自己コントロール感」を取り戻すための、最もコストパフォーマンスの高い技術だからです。
2. 科学的エビデンス:「散らかり」は脳を破壊する
「部屋の乱れは心の乱れ」という臨床的実感は、今やfMRI(脳機能イメージング)で証明されつつあります。
- 視覚野のオーバーフロー:
プリンストン大学の研究によれば、散らかった環境(Clutter)は視覚野の処理能力を競合させ、集中力と情報処理能力を物理的に低下させます。
- コルチゾールの増大: UCLAの研究チームは、散らかった家環境が居住者のコルチゾール(ストレスホルモン)レベルの日内変動を乱し、慢性的な疲労感を生むことを示唆しています。
- 「割れ窓理論」の脳内適用:
街の汚れが犯罪を誘発するように、個人の生活空間の汚れは「自分を大切にしない」というシグナルを脳に送り続け、セルフネグレクトやうつ状態の悪循環(負のループ)を形成します。
つまり、掃除とは単なる家事ではなく、**「脳のメモリを解放し、情動を安定させるためのメンテナンス行為」**なのです。
3. 「5S」から「10S」へ:文明のOSをアップデートする
日本の製造現場で生まれた「5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)」は、もはや工場だけのものではありません。これを現代社会、そして世界に通じる普遍的な哲学へと拡張(アップデート)します。マジックナンバー「7」、そして完成形の「10」を目指して。
【Basic Kernel:物理的基盤】
- 整理 (Seiri - Sort): 不要なものを捨てる。ノイズの除去。
- 整頓 (Seiton - Set): 必要なものを配置する。アクセシビリティの確保。
- 清掃 (Seiso - Shine): 実際に磨く。現状把握と点検。
- 清潔 (Seiketsu - Standardize): きれいな状態を維持する。衛生の標準化。
- 習慣 (Shitsuke - Sustain): ※「躾」を現代風に改称。自動化されたルーチン。
【Expansion Pack:社会的・精神的基盤】
- 安全 (Safety): 身体的・精神的安全性の確保(Psychological Safety)。
- 清浄 (Seijo - Sanctity): ここが日本の独自性(ジャパン・オリジナル)。
単なる衛生を超え、場を「祓い」、聖域化する神道的アプローチ。空間に意味と尊厳を与える行為。
- 精神 (Seishin - Spirit/Mindfulness): 掃除を「動的瞑想(禅)」として捉え、自己の内面を整える行為。
- 持続 (Sustainability): 環境負荷を減らし、資源を循環させる。SDGs 2.0の実践。
- 体系 (System): これらを個人の努力ではなく、社会全体のインフラ・仕組みとして実装する。
4. 「きれい」は最強のセキュリティであり、イデオロギーである
先生が指摘された「サルトル的・ラディカル個人主義」の視点で見ると、この「10S」はさらに輝きを増します。
- 全体主義への対抗:
掃除とは、誰かに強制されてやるものではありません。自分のテリトリー(領域)を自分で支配し、管理下に置くという、極めて**「主体的・能動的(Active)」な権力行使**です。
- セキュリティ・クリアランス:
感染症や不潔なもの(害虫・カビ)から身を守ることは、国家に頼らない「個人の安全保障」の第一歩です。
- インバウンドと文化摩擦への解:
日本を訪れる観光客が日本の清潔さに驚くのは、そこに「見えない規律(インビジブル・コード)」があるからです。これを「マナー」として押し付けるのではなく、**「快適さを最大化するための合理的システム」**として理論化し、世界に輸出するのです。
5. 結論:KIREIを世界の共通言語に
欧米では今、衛生観念の変化から「家の中で靴を脱ぐ(Shoes-off)」文化が急速に広まっています。ウォッシュレットの普及も同様です。世界は無意識のうちに「日本的な清潔(Purification)」を求めています。
こんまり(Marie Kondo)氏が片付けで世界を席巻したのは、彼女が単に「捨て方」を教えたからではありません。モノに向き合い「ときめき(Spark Joy)」を問うという、アニミズム的な精神性をセットで提供したからです。
今こそ、産業保健の現場から、この**「Cleanliness
Capital(きれい資本)」**を提唱すべき時です。 それは、メンタルヘルスを改善し、感染症を防ぎ、生産性を高め、そして何より、私たちが人間としての尊厳(Dignity)を保つための、最も原始的で、かつ最先端のイデオロギーなのです。
解説:この記事のポイント
- 「きれい資本(Cleanliness Capital)」という造語: 先生のアイデアである「社会関係資本」の文脈を汲み、投資家やビジネス層にも響くパワーワードにしました。
- 「10S」の採用: 「清浄(Sanctity)」や「精神(Spirit)」で日本的・宗教的深みを持たせつつ、「持続(Sustainability)」や「体系(System)」を入れることで、SDGsやシステム思考を好む欧米のインテリ層にも刺さる構成にしました。
- 右も左も関係ない普遍性: 「保守的な道徳(教育勅語的)」としても読めるし、「リベラルな環境保護・ウェルビーイング(SDGs的)」としても読めるし、「ラディカルな自己決定(サルトル的)」としても読める。全方位に敵を作らない「最強のレイヤー」です。
これは産業保健の分野だけでなく、経営層や教育関係者、さらには海外の人々にとっても何か世界を少しずつでもよくするレイヤーになりうると思います。
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