2026年1月21日水曜日

歴史の史観と史学の歴史 ——現代哲学でパパっとわかる日本の歴史学

 

歴史の史観と史学の歴史

——現代哲学でパパっとわかる日本の歴史学

日本人の学問レベルが飛躍的に向上した江戸時代から現在に至るまで、私たちは歴史をどう「料理」してきたのか。史実そのものよりも、その背後にある「史観(歴史を見るレンズ)」の変遷について、現代的な視点で解説します。

1. 歴史の「解体」——絶対的真実の終わり

まず、近代的な「正しい歴史」という概念がどう壊れたかを知る必要があります。 構造主義者(ポスト構造主義者)であり、歴史学者・社会学者とも分類できるミシェル・フーコーらは、近代特有の「客観的で正統な歴史」という概念を解体しました。これはヘーゲルやフクヤマが言う「歴史の終わり」とはまた違う、**「歴史の現在性(現在のために切り出された過去)」**という視点です。

ざっくり言えば、以下のような「諦念」あるいは「気づき」が現代の前提です。

  1. 再現不可能性: 過去は二度と戻らないため、正確な真実など原理的に分からない。

  2. 知の権力性: 我々が「分かった」気になっている歴史は、文献をつなぎ合わせ、その時代の権力構造の中で「真実」として流布された物語に過ぎない。

  3. 流動性: 新しい資料が出たり、読み方が変われば、史実(定説)はコロコロ変わる。

  4. 構造的限界: 「正確な過去を復元できる」「唯一の正しい歴史観がある」と信じてきた近代こそが大間違いだった。

言われてみれば当たり前ですが、近代においてこの指摘は衝撃的であり、だからこそ現代哲学(ポストモダン)は流行したわけです。

2. 歴史をナラティブ(物語)で見る

「真実は分からない」と言っても、歴史の流れを知っておくことは有用です。重要なのは史実の暗記ではなく、「どのような物語(史観)の枠組みで歴史が語られてきたか」というメタ視点です。

【変な国・日本の原点】崎門学(きもんがく)

日本は東アジアの中華文化圏において、かなり特殊な国です。その「変なところ」の理論的支柱が、江戸初期の儒学者・山崎闇斎とその門下生(浅見絅斎など)による**「崎門学」**です。 闇斎は、幕府の公式学問である朱子学を突き詰めた結果、驚くべき論理的帰結を導き出しました。 「中国の王朝は易姓革命(クーデター)ばかりで徳がない。万世一系で王朝交代のない日本の皇室こそが、朱子学の理に適った『真の中華』である」 つまり、中華文明の正統な後継者を中国から日本へ強引に移動させたのです。

同時期、伊藤仁斎や荻生徂徠といった古学派も中国文献を徹底的に批判分析し、「もし孔子が日本を攻めてきたら、孔子を斬るのが真の儒教だ」という過激な議論を展開しました。この「中国相対化」の流れが、後の尊王攘夷思想へとつながります。

【明治維新のOS】水戸学

現代の茨城県(水戸)は、サッカーや産業で知られ、東国三社(鹿島・香取・息栖)を有する重要な地域ですが、幕末において水戸こそが歴史の「真の主人公」でした。 水戸学のコンテンツ自体は崎門学などの焼き直しも含みますが、それを国家規模のイデオロギー(尊王攘夷)へとシステム化し、運用した功績は計り知れません。徳川御三家でありながら幕府を倒す論理を提供した水戸学を理解すれば、水戸出身の最後の将軍・徳川慶喜の不可解に見える行動も、彼なりの水戸学的な合理性としてクリアカットに理解できます。

3. 近代史観の振り子

明治以降、この水戸学をベースにした**「皇国史観」が公式OSとなりましたが、敗戦によってタブー視され、戦後は一転して「唯物史観(マルクス主義史観)」**が圧倒的優位に立ちました。

唯物史観の夢と挫折

1970年代頃まで、世界中のインテリ層は「計画経済こそが人類の未来を開く」と信じていました。日本では共産党や中核派・革マル派、文化面ではYMOの人民服ファッションや、太田竜、小田実らによる活動など、左翼思想がトレンドでした。北朝鮮を「地上の楽園」と信じて帰還事業が行われたのもこの時代です。

しかし、プラハの春、文化大革命の実態露見、そして資本主義諸国の経済的勝利により、マルクス主義という「大きな物語」は失墜します。歴史学の世界では、イデオロギー色を排した**「実証主義歴史学(網野善彦など)」**や、フランスのアナール派の影響を受けた社会史が主流となっていきました。 また、医学の世界でEBM(根拠に基づく医療)が1990年代以降に定着したように、歴史学も徐々に「科学」としての手続きを重視するようになりました。

4. ニーチェ史観?——「エリートの自己愛」対「泥の強さ」

ここで、歴史を動かす深層心理を**「ニーチェ史観」**と仮定して、もう少し精神分析的に見てみましょう。そこには「自己愛的なエリート」と「したたかな大衆」の永劫の対立が見えてきます。

エリートの自己愛性パーソナリティ(NPD)

歴史上の革命家や指導者、エリート層には、しばしば自己愛性パーソナリティ障害(NPD)的な傾向が見られます。

  • 肥大した自己重要感と特権意識

  • 他者(大衆)への共感の欠如

  • 失敗を認められない自家撞着

彼らは成功している時は傲慢ですが、挫折には脆い。かつての学生運動家たちが、挫折後に環境活動や人権運動、あるいはサブカルチャーへと形を変えて「転移」していく様は、自己愛が傷つくことを恐れ、アノミー(無規範状態)を回避しようとする防衛機制のようにも見えます。これはニーチェが指摘した「ルサンチマン(怨恨)」や「権力への意志」の変形です。

百姓と庶民の強さ(「泥」としての民衆)

一方で、インテリゲンチャが見下し、時に憎悪さえする「庶民・百姓・大衆」は、驚くほどしぶとく、したたかです。 「日本の歴史は脱税の歴史である」(坂口安吾『続堕落論』) 「結局勝ったのは彼ら、百姓たちなのだ」(黒澤明『七人の侍』) ドストエフスキーが描く民衆や、古代ユダヤにおける「アム・ハ・アーレツ(地の民)」のように、庶民は高尚な理想や倫理よりも、生存本能と現実的な利益で動きます。

エリートは理想通りに動かない愚かな大衆にイライラしますが、歴史の基盤(土壌)を支えているのは、間違いなくこの「泥」のような大衆です。 老荘思想的に言えば、人が歩くときに踏んでいる「有」の地面だけでなく、踏んでいない広大な「無」の地面が歩行を支えているように、歴史の表舞台(エリートの歴史)は、記録に残らない無数の庶民の営み(泥・土壌細菌・ミミズのような分解と循環の力)によって支えられています。

5. 不可視の歴史とフィクションの力

結局、歴史の最も重要な部分は、資料として残りません。

陰謀とナラティブ

日本各地の大名庭園にある池の東屋。本当に重要な密談は、あのような場所で口頭で行われ、証拠は残りません。中核派が水に溶ける紙を使ったように、あるいは政治家の裏金のように、歴史の核心部分は常に「陰謀論」スレスレの闇の中にあり、永遠に可視化されません。 家屋の内装がきれいに仕上がっていても、壁の裏の配線や構造材が見えないのと同じで、実証主義やエビデンスベースドだけでは、この「きれいでない配線」の部分が抜け落ちてしまいます。

嘘が支える真実

だからこそ、歴史には「想像力」や「フィクション」が必要です。 正史『三国志』より『三国志演義』が、史実の坂本龍馬より司馬遼太郎の描く竜馬が、人々の心を動かし、現実の歴史を動かしてきました。庶民は夢や自尊心の充足、ヒーローを求めます。 韓国や中国、あるいはかつてのソ連のように、フィクションがファンタジーの域に達し、それがナショナルアイデンティティになることもあります。

まとめ:歴史というセーフティーネット

現代哲学や精神分析の視座(複眼)を持って歴史を眺めると、教科書には載っていない「人間の業」や、社会の見えない骨格が見えてきます。 エリートの自己愛的な暴走も、庶民のしたたかな生存戦略も、すべてひっくるめて歴史です。こうした大きな枠組みを知っておくことは、現代社会を生き抜く上で、意外と悪くないセーフティーネットになるはずです。

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