2009年11月4日水曜日

反復

反復は現代思想的認識論のキー概念です。
対象認知について現代思想では2つの極のあるスペクトラムのようにとらえるのがいいと思います。
スペクトラムの反対の極点同士における認識も本質的には同じ認知機構からなりたっていますが、2つを別に分けたほうが最初は難解さが減るような気がします。
このスペクトラムによる分け方の図式はベルクソンの借用です。
ベルクソンは一方の極を純粋知覚、一方の極を純粋持続と名づけたようですがなかなか含蓄のある言葉です。
認識である以上どちらもいろんな要素(知覚、記憶、感情、欲動その他)を統合して形成されるところはどちらも違いがありませんが、その構成配分に違いがあります。
われわれば物理的対象、物(デカルトが延長といったもの)の特徴は知覚による反復が可能という特徴です。
このような性質が強い極を純粋知覚といい、いわゆる物の認識です。そ
知覚による反復、再現可能性があるため客観的対象であるとか思われがちです。
存在が確かなものであると思われがちです。
なぜなら知覚的反復が可能だからです。
再現可能性は近代自然科学の方法論との親和性が高く、知覚の再現可能性ゆえ、認識全体のアンカーのような役割を果たします。
一方で純粋持続は事性が強いです。
知覚の反復性によっている要素の少ない、概念や観念や理念や意味などといわれる抽象的生成物からなる方向です。
これらは全体の構造、関係性の変化によって意味が変化したりします。
これを見てソシュールは言語の恣意性を考え付きました。
現代思想を説明する際にはこの二つを意識的に使い分けて例えなどに用いないとやや混乱するような気がします。
分かってしまったあとになって見れば同じものですが。

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