2009年11月15日日曜日

情報について

現代思想は一言で言うと情報処理の理論と言えます。

現代思想の認識論では、現代思想的な見方を用いた認知機構モデルと言えますが、これは純粋な差異からリアルな実体意識がどのように生まれるかを扱うもので、その途中段階で行われるのは情報の処理です。

コンピュータサイエンスではデジタルな情報がコード化され人間の感覚モダリティに合う形で表現されることによりリアルを現出させますが、それぞれの処理の過程は情報の変換、加工であり、それぞれの過程で決まったやり方で情報処理されていく過程です。

現代思想の認識論でも差異性から構造、現前、コード化、ディスクール、エクリチュール、リアル=実体意識性が生じるわけですが、やはりこれも何かの、情報の変換・加工の過程です。

ついでにいうと認知科学もちょっと似ていて、視覚系の情報処理機構などを見ると、視覚の情報処理というのは網膜から連合野に至るまで何段階もの情報の加工と変換を行っていきます。

最近言われるクオリア、仏教の明色や中観の空論(ナーガールジュナの空実の理論)などはいかに無機質な元の情報がヴァーチャルにリアルな実体感覚を持つということを主張しています。

変換、加工をまた別の表現で言うと対応、投射ということです。
これらは数学の言葉でもあります。

変換と加工、すなわち対応の関係を知ること、これは結局数学です。

関係するものの関係性を探求することは結局は数学に行き着きます。

数学は別に数の学問ではなく、構造の学問ですので万学は数学に帰るところがあります。


単に実体性の生成のみならず、我々が情報を分析するのは情報処理です。
ある一つの情報、あるいは情報群でもいろいろな考え方や見方があります。
いろんな方向から見ることができますし、いろんなフレームワークを使って分析することができます。
情報を加工、処理してあらたな情報を取り出すことこれを構造化ともいいます。
構造化するということはある法則性を当てはめた一貫した見方で対象を眺めることです。
もとの情報自体は構造化されている場合も構造化されていない場合もありますが、それをこちらが決めたある構造により処理することで元の情報はまた別の情報に変換されます。
検索エンジンによる情報の検索さえもまた情報処理といえ、また新たな枠組みによる情報の構造化であり、結果として情報が得られますが、もとの情報とは意味や質が変わります。

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