2025年9月14日日曜日

「ある」と「つくれる」の往復——ユークリッドから現代へ、実在論×構造主義の使い方 リード

「ある」と「つくれる」の往復——ユークリッドから現代へ、実在論×構造主義の使い方 リード 本稿の狙いは、「実在論(ある)」と「構造主義(つくれる)」を往復運動として自覚的に使うための見取り図を、最も身近な古典=ユークリッド幾何学を例に示すことです。結論を先に言えば、ユークリッドは定義+公準(作図許可)+共通概念(公理)の三層で、存在と操作を分けて見極め、混ぜて運用する最古のハイブリッド教科書でした。 1. 人形ではなく人形遣いになる——運用としての現代哲学 実在論は「すでに在るもの」を受容する態度、構造主義は「どう作る/どう関係づける」を原点に置く態度です。どちらか一方に従属するのではなく、状況に応じて二つの視点を切り替え・組み合わせるのが目的——言い換えれば、“人形”(立場)に操られるのではなく、“人形遣い”(運用者)になることです。これは人文系のポスト構造主義や中観(空・二諦・方便)の実践的コアとも響き合います。 2. ユークリッド幾何はハイブリッドだった 2-1. 三層構造 定義(Definitions):語彙と対象像を与える層。 例:点=部分のないもの、線=幅のない長さ、面=長さと幅のみ……(存在の描写=実在論寄り)。 公準(Postulates=作図許可):何をしてよいか(作る・操作する許可)を宣言する層。 例:二点を結ぶ直線が引ける/線分を延長できる/任意の中心と半径で円が描ける……(作成可能性=構造主義寄り)。 共通概念(Common Notions=公理):推論に普遍的なルール。 例:等しいものに等しいものを加えれば等しい、全体は部分より大きい……(不変量の扱い)。 この三層が噛み合うことで、「ある」(定義・公理)と**「つくれる」**(公準)が循環し、証明が進む装置になります。 2-2. 定義そのものにも二色が交じる 実在論的な定義:1「点」、2「線」、5「面」、13「境界」、14「図形」などは**“何であるか”の素描**。 構造主義的な定義:8「角」(二直線の傾き)、15「円」(中心点から等距離の点の軌跡)、23「平行」(延長しても交わらない)は関係・制約で規定。 → 存在(質)と言語化と、関係(構造)と操作が定義レベルですでにハイブリッドです。 2-3. 第5公準(平行)に見える“二重性” ユークリッドの第五公準は歴史的に難所でした。現代的には等価な表現としてプレイフェアの公理(一直線上にない一点からその直線に平行な直線はただ一本)が知られます。ここには性質の宣言(平行)と作図的含意(一本だけ許される)が絡む両義性が表出しています。 3. 近代以降:二枚看板を尖らせた三つの流儀 形式主義(ヒルベルト):作図直観を存在公理に吸収し、無定義語+公理から厳密化。「点・線・面」を机・椅子・ビールジョッキと言い換えても体系が動けばよい、という有名な姿勢。 数学的構造主義(ブルバキ):対象を同型までの構造として扱い、分野横断で“関係の束”を主役に。 直観主義/構成主義(ブラウワー以降):作れること=存在。非構成的存在証明(反証不可能)より、手順を伴う(証人を伴う)存在証明を重視。 (基礎論補足)集合論では Gödel(L)+Cohen(強制法) により CH/選択公理はZFから独立、という“公理系の可変性”が示され、公理=作るものという視点が鮮明になりました。 4. ミニ実例で腑に落とす 定規とコンパス:三等分や倍積の不可能性は、作業の不得手ではなく、背後にある**体の拡大の制約(代数構造)**を語る事実。操作の限界が構造を暴く好例です。 存在証明の二様:選択公理やツォルンの補題で「在る」を示す非構成的証明は見取り図をくれるが、作り方は教えない。他方、アルゴリズムや収束手順で与える構成的証明は実装可能性を担保するが、コストが可視化されます。 → 局面に応じてどちらを先に握るかが意思決定を左右する、という“運用則”がここにあります。 5. 臨床・研究・設計へのブリッジ(実用の三手順) 仮説の高速化:「あるとみなす勇気」で素早く見取り図を引く(実在論寄り)。 手順の着地:「つくれるかの検証」で介入・実装へ落とす(構成主義寄り)。 往復の習慣化:結果を見て**前提(公理)と操作(公準)**のどちらを更新すべきかを都度見直す。 キーワードはやはり、分けて見極め、混ぜて運用。 6. 付録:原論Iの基本セット(超簡潔) 共通概念(公理) 1 同じものに同じものを加えれば等しい/2 等しいものから等しいものを引けば等しい/3 互いに一致するものは等しい(合同)/4 全体は部分より大きい/5(他、版により表現差あり) 公準(作図許可) 1 二点を結ぶ直線が引ける/2 線分を延長できる/3 任意の中心・半径で円を描ける/4 すべての直角は互いに等しい(「90°」という度数法はユークリッドには出ません)/5 平行公準(現代表現としてはプレイフェアの公理が等価) ※ 詳しい定義1–23は本文前半の要約版をご参照。記事では必要箇所のみ本文に展開しました。 7. まとめ ユークリッド幾何=存在×操作×不変量の三層装置。 近現代はその二枚看板(存在/作成)をそれぞれ尖らせて発展。 実務では、見取り図(非構成的)と手順(構成的)を行き来するのが最短路。 哲学的には、**立場(人形)**の奴隷にならず、**運用(人形遣い)**として使い分けること——これが現代思想の実践的コアです。 古典は古いが作法は新しい。「ある」と「つくれる」を往復する癖を身につけることが、思考を俊敏にし、臨床・研究・設計を前へ押し出します。

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