2025年9月18日木曜日

「経済の『破綻』って何ですか?」 — ごちゃまぜ議論から抜け出す、やさしい日本経済入門 —

「経済の『破綻』って何ですか?」 — ごちゃまぜ議論から抜け出す、やさしい日本経済入門 — はじめに:曖昧な「破綻」が議論を曇らせる 「財政破綻」という言葉が、違う種類の混乱をひとまとめにしてしまい、政策の議論を空回りさせています。 まずは言葉の仕分けから。これだけで景色が一気にクリアになります。 1. 「破綻」を分解する——用語の仕分け 同じ“つらさ”でも病名が違えば治療が変わるように、経済の混乱も種類が違えば処方箋は変わります。 ① ソブリン・デフォルト(名目の債務不履行) 定義:政府が国債の利払い・償還を約束どおりに行えない/行わない。 起きやすい条件:外貨建て債務が多い、固定相場を守るために外貨不足、政治的行き詰まり等。 ポイント:自国通貨を発行でき、変動相場で、中央銀行が流動性の最後の担い手である国では蓋然性は低い(ゼロではないが政治的自傷が主因になりがち)。 ② 高インフレ(ハイパーを含む) 定義:通貨の購買力が急速に低下、物価が制御困難に上昇。 引き金:供給能力を超える需要拡大、期待の悪化、通貨急落、戦争・災害・制度崩壊など。 処方:金融引き締め、財政の優先順位付け、供給力(人・設備・エネルギー・物流)の強化。 ③ 通貨危機(為替・金利・外貨準備の非常事態) 定義:短期で大幅な通貨安、あるいはそれを防ぐための外貨準備の大量放出・異常な利上げが必要な局面。 備考:固定・管理相場で顕在化しやすい。日本のような大規模・流動的市場でも、政策のちぐはぐさがあると“信認ショック”は起こり得る。 ④ 金融システム危機 定義:銀行の自己資本不足、取り付け、信用収縮。 備考:国債市場の混乱や景気後退と相互増幅(いわゆる“悪循環”)。 ひとことで 「破綻」はお金が“尽きる”問題ではなく、デフォルト/インフレ/通貨・金融の別々のリスクを区別して見る問題。 2. 日本に関して:何が起きやすく、何が起きにくいか 名目デフォルトの蓋然性は低い:円建て債務、変動相場、中央銀行の存在。 ただし制約が消えるわけではない:物価・賃金・長期金利・為替・期待——これらが“実質的制約”。 見るべきは「連結」視点:政府+日銀のバランスシート(BS)。日銀保有国債の利子は国庫納付を通じて政府部門内で循環する一方、最終制約はインフレと信認。 併せて実体側も:潜在成長率、労働・設備・エネルギー、r−g(長期金利−成長率)、PB(基礎的財政収支)、対外純資産。 3. 思考のショートカットをやめると、処方箋が変わる デフォルト恐怖で緊縮一択にすると:需要が縮み、税収も縮み、長期停滞を深めがち。 インフレ管理を主眼にすれば: 短期:金融・財政の協調で需要調整(減税・給付・金利の微調整)。 中期:供給力の底上げ(人材・設備投資・規制・エネルギー)。 目的は**“借金の額”そのものではなく、**「お金の流れと供給能力のバランス」。 日本のこの30年を振り返ると、金融と財政が同時に緊縮になりがちだった時期に、デフレ・低成長が長引きました。合図は「物価・賃金・長期金利・為替」。それに合わせて舵を切るのが健全です。 4. 複式簿記で考える——BS(バランスシート)思考 「家計簿(単式)」で国家を見ると誤解が生まれます。 貸借対照表の発想で、 誰の負債は誰の資産か(セクター間で相殺される部分) 連結すると何が残るか(政府+中銀の純負債/純資産) フローとストック(PBと債務残高、r−g) を並べて見ると、議論が落ち着きます。 ※「連結で見ると制約が消える」という話ではありません。制約の“場所”がはっきりするのです。 5. よくある誤解Q&A Q1:対GDP債務比が高い=今すぐ危険? A:単独では判定できません。金利・期待インフレ・r−g・平均残存年限・通貨体制・対外純資産などとセットで。 Q2:中銀が買えば無限に発行できる? A:インフレ・為替・金融安定が実質的制約。市場機能や信認が損なわれればコストは跳ね返ります。 Q3:インフレで借金は“チャラ”にできる? A:実質値は軽くなりますが、それは国民の実質購買力で賄うということ。持続的インフレの副作用(賃金遅れ、資産価格偏在、金融抑圧)に注意。 Q4:円安=破綻? A:速度と政策整合性が肝。調整的な円安と、信認ショックとしての急落は別物。 6. 今日見るべき指標(ミニ・ダッシュボード) コアCPI・期待インフレ(家計・市場) 長期金利・ブレークイーブン・イールド(BEI) 為替(ボラティリティも) 実質賃金・生産性 r−g・PB 国債の平均残存年限・投資家構成 対外純資産・外貨準備(参考) 7. 世界の「破綻」地図と日本の立ち位置 デフォルト型:外貨建て比率が高い国・固定相場防衛など。 インフレ型:制度信頼の毀損、供給ショック、財政の持続不能な通貨化。 通貨・金利ショック型:政策のちぐはぐ、コミュニケーション失敗、信認の急低下。 日本は名目デフォルトの蓋然性が低い一方、インフレ・金利・為替・市場機能という実務的な制約の管理が本丸です。 8. まとめ:言葉を整えることが、最強のリスク管理 「破綻」という一語を、デフォルト/インフレ/通貨・金融に仕分けしましょう。 政策は“借金=悪”か“無限財源”かの二者択一ではありません。物価・雇用・成長の目標に合わせ、財政と金融を協調させる設計の話です。 思考停止をやめると、極端な恐怖や過度の緊縮から距離がとれ、実利的な合意形成に近づきます。 付録コラム:心配の仕方 中国の故事にある**「杞憂」(起こりえない心配)と「守株待兎」**(偶然に固執)。 経済も同じです。 「今すぐ国が潰れる」式の杞憂は手を鈍らせ、 昔うまくいった型に固執する守株は機会を逃します。 **合図(物価・賃金・金利・為替)**に基づいて、とるべき手を淡々と。それが“破綻”を避ける一番の近道です。 おわりに 日本のこの先に必要なのは、恐怖やスローガンではなく設計です。 用語を整え、数字と地図で見る。 それだけで「破綻」論争の霧はだいぶ晴れます。 さあ、“ごちゃまぜ”から抜け出しましょう。

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