音楽のポリフォニーと構造主義と圏論の関係、ついでにモダンジャズも
―音楽を構造主義的に見る初歩―
ポリフォニー(特にバロックの対位法)は構造主義の説明にぴったりどころか、現代哲学で一番「体感しやすい」例の一つだと思います。
リズム自体に特別な「個性」はないけど、複数のメロディーが独立しつつ、関係(和声・模倣・時間差)でしか成立しないところが、まさに「すべては関係の網の中で意味が生まれる」構造主義の核心を音で表現してるんですよね。
ポリフォニーが構造主義的な理由(ざっくり)
- 各声部(voice)は「個」として独立してる(実在論っぽい余地も残しつつ) →
でも一つの声部だけ聴いても「音楽」にならない。
- 意味(=美しい音楽)は関係だけで生まれる → 模倣(imitation)、逆行(inversion)、拡大(augmentation)、和声の衝突・解決…これ全部が「差異の体系」(ソシュール的構造主義)そのもの。
だから「主旋律+伴奏」みたいな階層じゃなく、水平に並ぶ複数のメロディーが相互に規定し合うところが、構造主義の「中心のない網目」に超近い。
カノン(canon)は特に最高の例
カノン(例:パッヘルベル『カノン』やバッハの無限カノン)は時間のずらしという純粋な構造操作。 最初のメロディーが遅れて出てくるだけなのに、和声が生まれて「新しい音楽」が立ち上がる。
これ、構造主義の「差異によって意味が生まれる」を時間軸で体現してるんです。 リズムじゃなく「タイミングの関係」がすべてを決めてる。 「同じメロディーなのに、ずらすだけで全く違う味わいになる」=構造が変われば現象が変わる、完璧な構造主義デモ。
An Analysis of Canon in D (For Casual Music
Fans)
(上の画像はカノン in Dのスコア。色分けで各声部の「時間差模倣」が一目でわかる)
ポリフォニーの「どこが関手(functor)みたいか?」(数学好き向け深掘り)
ここがあなたの好みにドンピシャな部分!
関手(functor)のおさらい: ある圏(category)のオブジェクトと射(morphism)を、別の圏へ「構造を保ったまま写す」写像。
ポリフォニーで当てはめると:
- 各声部を「オブジェクト」と見る
(一つの旋律線=一つの「メロディー圏」のオブジェクト)
- 対位法のルール(模倣・転調・逆行など)を「射」と見る
(許される変換=構造を保存する写像)
- フーガやカノンでの「主題の登場」=関手そのもの
- 最初の声部に出てきた「主題(subject)」というオブジェクトを、
- 別の声部へ「5度上で転調して登場させる」(または時間遅らせて、または反行させて) → これが関手!
内部の音程関係(構造)は完全に保存されてるのに、ピッチやタイミングが変わる。 でも「メロディーとしての本質」は失われない。
例:バッハのフーガ 主題が第1声部 →
第2声部で5度上 → 第3声部で原調に戻る… これはまさに「異なる声部という圏の間を、構造保存写像(関手)で行き来してる」状態。
カノンだと「時間シフト関手」そのもの(遅延だけして構造は同一)。
関手の本質は構造を保ったまま写すことで、対象を対象に、射を射に対応させて合成を壊さない、というものですね。
カノンはこれが一番直接的です。あるメロディーを一つの「構造」と見たとき、カノンの追いかける声部はそのメロディーを時間軸上でずらして写しているわけですが、音符どうしの関係(音程・リズムの間隔)は保存されている。元の声部でAからBへの動きがあれば、追いかける声部でも対応するA'からB'への同じ動きがある。これは関手の定義にかなり近い。
フーガになるともう少し複雑で、主題(subject)を別の調に移したものが「答え(answer)」ですが、これも調性空間内での構造保存的な写しと見られる。さらに主題の逆行(retrograde)は射の向きを逆にする反変関手に対応しますし、拡大(augmentation)は時間スケールを変えながら順序構造を保つ関手と見られる。
より広いポリフォニー全体で言うと、複数の声部がそれぞれ独立した構造を保ちながら共存しているという点が関手的です。和声の「縦の関係」は声部どうしの自然変換のようなもので、各時点でのスナップショットが声部間の対応を与えている。
ただし正直に言うと、ポリフォニーの「関手らしさ」はカノンやフーガの変形技法のあたりに集中していて、ポリフォニー一般というより同一構造の変換・再現のバリエーションが関手と相性がいい、という方が正確かもしれません。
(上の2枚はバッハフーガのスコアと、声部を色分けした時間軸グラフ。関手が視覚的に見える!)
Generalizing sets and mappings |
Mathematics for Physics
(関手の標準的な圏論ダイアグラム。音楽に重ねると「左の圏=主題の圏」、右の圏=別の声部の圏、矢印=関手)
Counterpoint Music: The Evolution from Bach
to James Blake
(対位法の水平アプローチ図。声部1と声部2が独立しつつ関係で成り立ってるのが一目瞭然)
哲学的まとめ(あなたの文脈で)
- 構造主義的部分:ポリフォニー=「関係だけで音楽が生まれる」究極の例。
「主旋律」という中心はない。すべてが相互規定。
- 実在論的部分:でも各声部は「自分の旋律を勝手に歌ってる」感が強い(退隠した個性)。
聴いてる人は「この声部だけ聴きたい」と思える瞬間がある。
だから「ポリフォニーを聴きながら実在論と構造主義の両方を同時に体感できる」ってのが最高に強いんです。 カノンは特に「時間の構造操作」として、圏論+構造主義+時間哲学(ベルクソンやドゥルーズ)にもつなげやすい。
これをnoteや講義で使うなら 「まずはこのカノン聴いてみて→『同じメロディーなのにずらすだけでこんなに違う!』って感想もらって→それが構造主義です! で、関手みたいに…」 という流れが最強です。
5分説明スクリプト(タイトル:ポリフォニーで体感する「構造主義」~カノン・フーガ・関手で哲学入門~)
[0:00-0:15] 導入(笑顔で) 「皆さん、今日は現代哲学の『構造主義的部分』を、音楽で一瞬で体感しましょう。階層じゃなく、関係だけで意味が生まれるってやつです。準備はいいですか?」
[0:15-1:10] カノン(体験先行) 「まずはパッヘルベルの《カノン in D》。聴いてみてください。(ここで30秒音源再生 → 3声が時間差で入る部分)
どうでした? 同じメロディーが、ただ8拍ずらして入ってくるだけなのに、綺麗な和声が生まれて『音楽』になるでしょ?
これが構造主義の核心です。 最初のメロディー単体では『ただの旋律』。でも時間差という関係が入ることで、まったく新しい意味(和声・感情)が立ち上がる。
『意味は単独じゃなく、差異と関係からしか生まれない』——これがソシュール以来の構造主義そのものです!」
My Favorite Canons and Other Musical
Puzzles
(ここでこの画像を画面に出すと最高:色分けで時間差が一目瞭然)
[1:10-2:40] フーガへ移行 「もっと複雑なのがバッハのフーガ。
主題(短いメロディー)が、声部を移動しながら転調・逆行・拡大して出てきます。(ここで《小フーガ ト短調》冒頭30秒再生)
各声部は完全に独立してるのに、対位法のルール(関係)だけで完璧に絡み合う。 一つの声部だけ聴いても『音楽』じゃない。全部の関係が揃って初めて『フーガ』になる。
これ、構造主義の『中心のない網目』そのものですよね。」
(色分けタイムライン+ラベル付きスコアで視覚的に)
[2:40-4:10] 関手(数学好き向けクライマックス)
「ここで数学的に深掘りすると……これ、圏論の『関手(functor)』とそっくりなんです。
想像してみてください。 『主題』というオブジェクトを、 最初の声部(圏A)から、5度上の声部(圏B)へ写す。 音程の関係は完全に保存されてるのに、ピッチが変わる。
これがまさに関手! 構造を保ったまま、異なる世界を繋ぐ写像です。
フーガ全体は『関手の連続』。 主題が声部を移動するたびに関手が働いて、新しい音楽が生まれる。 構造主義=関係の網、関手=その関係を保存しながら世界を繋ぐ操作、って感じです。」
What is Category Theory Anyway?
(シンプルな手描き関手ダイアグラムをここで表示)
[4:10-5:00] 哲学的まとめ&実在論への橋渡し 「まとめると、ポリフォニーは『関係だけで新しいものが生まれる』構造主義の完璧なデモ。
でも同時に、各声部は『自分だけの旋律を勝手に歌ってる』感じもする——これが実在論的部分です。 現代哲学は、この両方を同時に味わうのが面白いんです。
どうでした? 次回はモーダルジャズでさらに深掘りします! 質問あったらコメントくださいね!」
(終わり)
モダンジャズ(1950年代Blue
Note時代)は構造主義的か?
はい、めっちゃ構造主義的です! 特に後半のモーダルジャズが最高の例。
- ハードバップ(Art Blakey, Horace Silverなど) 12小節ブルースやAABA形式という厳格な構造枠の中で即興。 「コード進行という関係」がすべてを規定 → まさに構造主義。
- モーダルジャズ(Miles Davis『Kind of Blue』1959) 従来のコード進行をほぼ捨ててモード(ドリアン、リディアンなど)という水平な構造だけに。
演奏者は「このモードの中で自由に」即興するけど、モードの音階関係が音楽の意味を決める。 → 「差異の体系」で音が意味を持つ、究極の構造主義デモ。
Miles Davis 'So What' – #Coffeetableviz
(『So What』の構造タイムライン
— Aセクションがモード固定で繰り返される関係性が一目瞭然)
Hear the Sound of Hard Bop in 10 Essential
Albums | Digs
(Blue Note 1950年代ハードバップ名盤群 — 視覚的にも「構造の時代」感が出る)
しかも各ソリストの個性(Coltraneの情熱、Davisのクールさ)が「退隠した実在」を感じさせるので、実在論とのハイブリッドとしても最高。
**ポリフォニーが「構造主義っぽい」**のは、まさに「単体の音や旋律の意味」より
“関係(規則)”が先に立つからで、そこに圏論をねじ込むと(ねじ込めばねじ込むほど)楽しいです🎼🧩
ただしここからは、厳密な定理というより「圏論で聴くための見取り図(working
theory)」として書きます。
まず一番キレイな対応:声部=関手(Time → Pitch)
Time を圏にする
時間を「順序だけ持つ圏」だと思うとラクです。
- 対象:時刻(拍、瞬間、区切り)
- 射:t → t’(t ≤ t’ のときの“進む”)
これは実質 前順序(poset)圏。
Pitch を圏にする
ピッチ(音高)側は、いろいろ作れますが一番雑に言うなら
- 対象:音高(またはピッチクラス)
- 射:変換(移調、反行、拡大、縮小…)
すると声部は関手になる
各声部は「各時刻にどの音が鳴るか」を与えるので、
Voice : Time → Pitch
これが関手っぽいのは、「時間の合成(t→u→v)」が「音の遷移の合成」に対応する(=構造を保つ)からです。
1つの声部は「時間という構造」を「音高の構造」に写す“解釈装置”=関手、みたいなノリ。
ポリフォニーは何か:関手の束(tuple)=積(product)
複数声部なら
- Soprano : Time → Pitch
- Alto : Time → Pitch
- Tenor : Time → Pitch
- Bass : Time → Pitch
が並びます。
それをまとめて
(S, A, T, B) : Time → Pitch⁴
みたいにできる(各時刻で「4声の同時点=和音の断面」が出る)。
ここで「和声」は“別の層”というより、複数関手の同時評価の結果として自然に現れる、って言い方ができるのが気持ちいいポイントです😄
カノンが特に関手っぽい理由:時間シフト関手 + 自然変換
カノンは「同じ旋律が時間をずらして別声部に現れる」。
時間シフトを関手にする
Time 上の「Δだけ遅らせる」写像は、構造を保つので関手になります:
Shift_Δ : Time → Time
「模倣関係」は自然変換っぽく書ける
元旋律 M : Time → Pitch に対して、追いかけ声部 F が
F ≈ M ∘ Shift_Δ
になっている(“だいたい等しい”を、装飾・変形も含めて許す感じ)。
ここで「完全コピー」なら等号に近い。
「移調カノン」なら Pitch 側に移調 functor
Transpose_k を噛ませて:
F ≈ Transpose_k ∘ M ∘ Shift_Δ
この “いろんな時刻で同じ変換が効く” という一貫性が、自然変換の匂いです。
- M(先行声部)と F(追いかけ声部)は両方 Time→Pitch の関手
- それらの間を「各時刻で同じ型の対応で結ぶ」=自然変換っぽい
カノンは「同型の構造が、時間方向にずれて埋め込まれる」から、圏論で描くとやたら整う。
「対位法の規則」は何になる?:制約=部分構造(サブ)
禁則(平行5度・8度とか)や協和/不協和の扱いは、
- 「任意の4つ組 (S,A,T,B) を許す」のではなく
- 「ある条件を満たす4つ組だけを許す」
という“絞り込み”です。
圏論っぽく言うなら、
可能な同時点の集合(/構造)への埋め込み(subobject)
みたいな感触になります。
つまりポリフォニーは自由に見えて、実は規則という構造が“生成空間”を形作ってる。ここが構造主義的。
じゃあ「ポリフォニーのどこが関手的か?」の答え
ギュッとまとめると、関手っぽさはこの3点です:
- 各声部が、時間の構造を保ったまま音へ写す(Time→Pitch)
- 複数声部は、それらの関手の“組”として束ねられる(Time→Pitchⁿ)
- カノンは時間シフト(Time→Time)と音変換(Pitch→Pitch)の合成で書けて、一貫性が自然変換的
圏論で聴くと、ポリフォニーって「旋律が複数ある」以上に、“写像の世界”が見えるんですよね。
バッハのカノンは特に、ほぼ「関手と自然変換の展示会」です🎻🧠
このまま行くと次は、**フーガの「主題提示→応答→対主題→展開」**が「普遍性(universal property)っぽい」話とか、終止感=コリミット感みたいな、さらに怪しい(そして楽しい)方向にも伸ばせます。
カノンやポリフォニー(多声音楽)を「関手(ファンクター)」のメタファーとして捉える視点は鮮やかで本質的です。圏論などの数学的・構造的な概念と、音楽の美しさ、そして現代哲学の構造主義が見事に直結する、非常に高度で面白いアプローチです。
まさにカノンの時間差や、ポリフォニーの旋律の平行移動は、構造主義における「差異の体系」と、圏論における「関手」の働きそのものと言えます。具体的にどのあたりが関手的であるか、3つの視点で整理してみましょう。
1. 「対象(音)」ではなく「射(関係性)」を保存する
圏論において、ある圏 $\mathcal{C}$ から別の圏 $\mathcal{D}$ への関手 $F$ は、対象(点)だけでなく、対象間の「射(矢印・プロセス)」の構造を厳密に保存します。すなわち、対象
$X$ から $Y$ への射 $f$ に対して、$F(f): F(X) \to F(Y)$ が成り立ち、合成構造
$F(g \circ f) = F(g) \circ F(f)$ を保ちます。
- 音楽における対象と射:
音楽に当てはめると、個々の「音符(ドやミ)」が対象であり、音符と音符をつなぐ「音程(長3度上がる、など)」の推移が射に当たります。
- 関手としてのポリフォニー:
ポリフォニーにおいて、ある声部(主旋律)から別の声部(対旋律)へメロディが移されるとき、音符の絶対的な高さ(対象)は変わっても、音符間の「関係性=音程の推移(射)」は完全に保存されます。これは「要素そのものではなく、要素間の差異・関係性こそが構造を決定する」という構造主義(ソシュールの言語学など)の根本思想と完全に一致します。
2. カノンの時間ずらしと「並行する圏」への写像
カノン(輪唱)は、全く同じ構造を持つ旋律が、時間をずらして別の声部(別の圏)にマッピングされていく現象です。
- 声部A(元の圏)で起きている出来事(メロディの動き)が、時間 $t$ だけずれた声部B(ターゲットの圏)へ、関手によってそっくりそのまま写像されます。
- 単なるコピーではなく、声部Aと声部Bが同時に鳴ることで「対位法・和声」という縦の厳しいルールが生まれます。それぞれの声部が独立した内部構造(横のメロディ)を保ちながら、全体として一つの巨大なシステムに組み込まれる様は、複数の社会規範や無意識が関手的に結びつきながら重層的な社会構造を成している状態の素晴らしいメタファーになります。
3. 反行カノン・逆行カノンと「反変関手」
バッハの『音楽の捧げもの』などに見られる複雑なカノンでは、元のメロディを上下逆さまにする「反行」や、後ろから逆再生する「逆行」という手法が使われます。
- これは圏論における**「反変関手(Contravariant Functor)」**にそっくりです。反変関手は、矢印の向きを逆転させながらも($F(f):
F(Y) \to F(X)$)、構造全体の一貫性は完璧に保存します。
- 「音を上げる」という射が「音を下げる」という射に逆転しても、メロディとしての同一性(ゲシュタルト)は保たれます。これは、表層的なルールが反転しているように見える異なる文化圏であっても、深層の構造(神話の構造など)は関手的に変換可能であるとする、レヴィ=ストロースの構造主義人類学を説明するのに極めて有効な例えです。
ポリフォニーを「関手による構造の写像」として読み解くことで、現代哲学の構造主義(実体ではなく関係性こそが本体であること)を、論理的かつ芸術的な美しさをもって説明できそうです。
この「音楽×数学(関手)×現代哲学」というアプローチは、哲学を広めるための本格的な記事のコアアイデアになり得る非常に強力な切り口となります。
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