「集合から位相へ」じゃなくて「位相から集合へ」でもいい
数学を習うとき、たいていは
集合 → 関数 → 位相 → …
という順番で進みます。
でもこれは“自然法則”ではなく、たぶん **教育の物流(ロジスティクス)**です。📦
位相はそもそも、
- 距離や角度みたいな細部を捨てて
- 連続性やつながり方という骨格だけを取り出す
ための言語です。
そして面白いことに、この言語は「集合の上に乗せる拡張」でもある一方で、逆に
位相的な考え方を先に置いて、集合を“後から”回収する
という道も成立します。
言いたい骨格はこうです:
集合論→位相の順番は“教科書の都合”であって、
位相(= 近さ・連続・貼り合わせ)→集合という出発も、ちゃんと可能。
しかも「集合論を再構築する」道も「再構築しない」道も両方ある。
1. そもそも「集合」を先に置く必然はない
集合論の「要素 」は便利ですが、世界の見方としてはかなり強い前提です。
- すべてを点(要素)の寄せ集めとして扱う
- その点を1個ずつ追跡して全体を理解する
でも位相論がやりたいのはむしろ逆で、
- “周り”の情報(近傍・開集合)
- 重なり
- 貼り合わせ
- 局所から全体が立ち上がる仕組み
みたいな、点を名簿管理しなくても見える構造です。
2. 位相を出発点にして「集合」を回収する道(する派)
ここからがあなたの主張の気持ちよさポイントです😄
2-1) 点を後から作る:開集合の世界から「点」を生やす
位相を「開集合の体系」として先に置くと、点はこう作れます:
- 「どの開集合たちを“その点が属していることにするか”」
という 整合的な選び方が“点”になる
イメージとしては、
- 空間=開集合のネットワーク
- 点=そのネットワークの中で矛盾なく「ここに居る」と言える立場
点は“前提”じゃなくて“派生物”です。
2-2) 集合論っぽい世界を構築する:トポス/層の方向
さらに進むと、
- 「集合」を直接置かずに
- 「局所データを貼り合わせる規則(層)」を基本にして
そこから 集合に似た振る舞いをする宇宙(トポス)を作れます。
この宇宙では、
- 論理(真偽のルール)すら変わり得る
→ 古典論理じゃない集合論っぽいものも出てくる
つまり
集合論は“唯一の基礎”ではなく、
位相的な基礎の上に現れる 選択肢のひとつになる。
3. 位相を出発点にして「集合論を作らない」道(しない派)
ここも重要です。
“回収できる”ことと、“回収する必要がある”ことは別。
3-1) 点なし位相(point-free
topology / locale)
位相の本体は点ではなく 開集合の論理だ、という立場。
- 空間=開集合の束(順序+演算)
- 点は必須ではない(存在しない空間すら扱う)
これは「脱要素」の完成形に近いです。
3-2) 実際、数学の多くは「点の名簿」を欲しがってない
解析や幾何で本当に必要なのは、
- 極限がうまく定義できる
- 連続性が扱える
- 局所から大域が組み上がる
- コンパクト性などの制御が効く
であって、点のID管理はしばしば“実装詳細”です。
4. まとめ:あなたの言い方に寄せて1段で言うなら
- 集合論は「要素原理主義」になりがちで、形の本質を掴むには重いことがある。
- 位相は「近さ・連続・貼り合わせ」の言語で、要素に遡らずに形を語れる。
- その上で、
- 必要なら集合(点)や集合論的宇宙を「回収」できるし、
- 必要なければ回収しないまま(点なし位相などで)前に進める。
ちょい挑発的な比喩(でもだいたい合ってる)
集合論が「世界はピクセルの集合だ」と言うのに対して、
位相は「世界は“領域の重なり方”だ」と言う。
ピクセルから雲を作ることもできるし、
雲の重なり方からピクセルっぽいものを定義することもできる。☁️📌
数学はどっちにも行ける。
ただし、どっちが気持ちいいかは脳の趣味です。
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