左翼の二重構造 ――「革命の左翼」と「心情の左翼」
はじめに:左翼は一枚岩ではない
「左翼」という言葉は、現代日本において非常に多義的で、しばしば混乱を招きます。 この混乱を解く鍵は、左翼を大まかに2つの層に分けて考えることにあります。
① 革命・共産主義(オールド左翼):マルクス・レーニン主義に基づき、社会体制そのものの転覆(革命)を目指す層。
② 現代的リベラル(心情左翼):人権、多様性、環境などを重視し、道徳的な正しさや弱者救済を目指す層。
かつては①が主流でしたが、現在は①が退潮し、②が前面に出ています。しかし、この二つは完全に別物ではなく、歴史の中で複雑に絡み合ってきました。 本稿では、この「左翼の二重構造」を解き明かし、戦後史と現在の政治状況を見渡すための見取り図を提示します。
1. 「革命の左翼」の夢と現実
共産主義という「システム」
かつて「左翼」といえば、マルクス・レーニン主義(ML主義)を指しました。彼らの目的はシンプルで、「革命によって資本主義を打倒し、共産主義社会を実現すること」です。 しかし、この壮大な実験は、ソ連や中国の歴史が示す通り、「共産党一党独裁による強権的な国家」という最終形態に行き着き、本来の理想である「国家の消滅した平等社会」は実現しませんでした。
日本という「最も成功した社会主義国」
皮肉なことに、冷戦期の日本において「格差の少ない平等な社会」を最も効果的に実現したのは、保守政党であるはずの自由民主党でした。 自民党は「反共」を掲げつつも、国内政策においては極めて社会民主主義的な手法を取りました。
累進課税や相続税による富の再分配(「金持ち三代続かず」)。
護送船団方式による産業保護と雇用維持。
国民皆保険などの社会保障。
船(護送船団)という運命共同体の中では、極端な格差は許されません。自民党は「日本型修正資本主義」というシステムで、実質的な社会主義の理想を(暴力革命なしに)達成してしまったのです。これにより、本家である共産党や社会党(左派)は革命の根拠を失い、退潮していくことになります。
2. 「心情の左翼」の台頭と変質
「リベラル」の定義
ここで言う「リベラル」とは、アダム・スミス的な「小さな政府・自由市場」を指す古典的自由主義ではありません。現代日本で使われる、**「人権・差別是正・多様性・環境・ポリコレ」**などを重視する、いわゆる「進歩派」のことです。
彼らの関心は、経済システムの変革(革命)から、文化や倫理の問題へとシフトしています。
主なテーマ:戦争責任、植民地支配への贖罪、ジェンダー、LGBT、外国人参政権、環境問題(反原発・ヴィーガン)、夫婦別姓など。
なぜ「革命」と「リベラル」は混ざったのか?
思想的に見れば、①(革命)と②(心情リベラル)は全く別物です。しかし、戦後日本においてこの二つは「同床異夢」の状態で混ざり合いました。その接点が**「反帝国主義・反植民地主義」**です。
①革命派の動機: 「帝国主義(植民地支配)は、資本主義の延命装置であり、革命の邪魔だから反対する」。
②心情派の動機: 「植民地支配は、かわいそうだし、道徳的に悪いことだから反対する」。
両者は「反対」という結論で一致しましたが、その動機は「戦略」と「道徳」で全く異なっていました。 戦後の左翼運動には、ガチガチの革命家だけでなく、②のような「なんとなく良いことをしたい」「戦争は嫌だ」という心情的なシンパ(同伴者)が大量に含まれていました。彼らは革命理論など詳しく知らなくても、「弱きを助け強きをくじく」判官贔屓的なメンタリティで左翼運動に参加していたのです。
3. 「二重構造」の正体
革命の蒸発、心情の残留
1970年代、連合赤軍による「山岳ベース事件」や「あさま山荘事件」、あるいは海外でのテロ活動など、過激化した新左翼の自滅により、「革命」の幻想は崩壊しました。 ここで起きたのが、**左翼の「純化」と「分離」**です。
①の層: 革命を諦めて転向するか、あるいはカルト化して孤立した。
②の層: 革命という最終目標(ハードウェアの変革)を捨て、人権や環境といった「正しさ」(ソフトウェアの変革)を追求する活動へとスライドした。
現代のリベラル勢力が、経済政策よりも「ポリコレ」や「ジェンダー」に熱心なのは、かつての左翼から「経済革命」の要素が抜け落ち、残った「道徳的心情」の部分が肥大化した結果と言えます。 彼らは「転向」したのではなく、もともと持っていた②の成分だけが残り、それが現代風にアップデートされたのです。
4. 現代政治への視座 ――二軸で見る見取り図
この「二重構造」を理解すると、現在の野党の状況もクリアに見えてきます。
日本共産党: 依然として①(ML主義の伝統)を核に持ちつつ、集票のために②(リベラル政策)を取り込んでいる。組織の論理は古いが、主張は新しいリベラルと重なる部分が多い。
旧民主・立憲民主党系: ①の成分は薄く(あるいは旧社会党由来で一部残存し)、主に②(心情・人権・立憲主義)をアイデンティティとする勢力。
新党・中道勢力: ②の「行き過ぎたポリコレ」や「現実離れした平和主義」に反発し、より現実的な路線(右でも左でもない生活重視)を模索する動き。
結論:歴史の地層として見る
「左翼」を一括りに批判したり支持したりするのではなく、そこに**「革命のイデオロギー(経済軸)」と「正義への心情(文化軸)」**という二つの地層があることを見抜く必要があります。 戦後史とは、前者が圧倒的だった時代から、後者が支配的になる時代への移行プロセスでした。
高齢層の活動家が未だに「反戦・反核」に熱心なのも、若手のリベラルが「SDGsやジェンダー」に熱心なのも、根底にある「現状への異議申し立て」というマインドは共通していますが、そのOS(基本ソフト)は異なります。 この「二重構造」を理解することは、複雑な現代日本の政治や社会運動を読み解くための、最も有効な補助線となるでしょう。
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