新自由主義とグローバリズムの負の遺産
新自由主義とグローバリズムという「世界を単一の市場という平坦なシステムで覆い尽くそうとした壮大な実験」のツケが、現在いかに重くのしかかっているか。
世界を「資本と労働力(要素)」に還元し、最適化と効率化のレイヤーだけで回そうとした結果、各国が何を失い、何に絶望しているのか。構造的な視点から整理してみましょう。
1. 各国が後悔し、血眼になって「取り戻そうとしている」もの
これらは「お金と政策(国家権力)」を総動員して、現在進行形で復元が試みられている領域です。
- 実体経済の「製造能力」とサプライチェーンの主権
効率化の極みとして、工場を人件費の安い新興国(特に中国)へ移転させた結果、先進国は「自国でモノを作る能力」を失いました。パンデミックや地政学的緊張(ウクライナ、台湾有事リスクなど)により、これが致命的な安全保障上の弱点だと気づきました。現在、米国も日本も欧州も、巨額の補助金を投じて半導体や重要物資の工場を自国に呼び戻す「リショアリング(国内回帰)」に必死です。
- 「国家の介入能力」と産業政策
新自由主義は「小さな政府」「規制緩和」を是としましたが、いざ危機が起きると、市場に任せているだけでは国家が崩壊することが露呈しました。現在では、かつてタブー視されていた「国家による強力な産業保護・市場介入」が世界中で大復活しています。
- 分厚い「中間層」と社会の安定
労働力を単なる「コスト(要素)」として扱い、流動化・非正規化を進めた結果、国家の骨格を支えていた中間層が没落しました。これにより社会の分断とポピュリズムの台頭を招き、各国は現在「労働者の保護」や「格差是正」へ舵を切り直そうと試行錯誤しています。
2. もう手遅れで「絶対に取り戻せない(復元不可能な)」もの
しかし、政策やお金では決して元に戻らない、不可逆的な破壊が起きてしまった領域があります。ここが最も深刻な「アカン部分」です。
- 「中間共同体」の解体と、人口の活力(少子化)
新自由主義は、人間を地域や家族という「しがらみ(構造)」から切り離し、市場で自由に売買される「アトム化された個の要素」へと還元しました。その結果、子育てや生活を支え合っていた地域共同体や拡大家族という「社会の安全網」が根こそぎ破壊されました。
一度この「文化的な土壌」が失われ、ライフスタイルが個人主義的に最適化されてしまうと、後から国家がいくら児童手当などの「お金」をバラ撒いても、コミュニティの有機的な繋がりや、自然な人口増加の活力は決して元には戻りません。
- グローバル・プラットフォーマーに奪取された「インフラ支配権」
かつては国家が握っていた情報、通信、物流、金融の基盤は、すでに少数の巨大テック企業(メガ資本)に握られています。彼らは国家の法律や税制を軽々と飛び越えます。先ほどの「OSの層」の話で言えば、国家の上に「グローバル資本というOS」が乗っかってしまい、国家権力をもってしても彼らを完全に解体・統制することはもはや不可能です。
- 土着の「文化・歴史の連続性」と場所の固有性
グローバル化は、世界中を均質で効率的な「チェーン店とアスファルトの風景」に変えました。土地に根ざした独自の生活様式や、何世代にもわたって受け継がれてきた暗黙知、伝統的な身体感覚といったものは、一度途切れると本物としては復活しません。無理に復元しようとしても、それは「観光用のテーマパーク」や「表面的な記号」にしかならず、生きた文化としての連続性は永遠に失われました。
結論として
新自由主義とグローバリズムは、人間社会という複雑で有機的な「位相(繋がり・まとまり)」を、単なる「市場の要素(数字)」に還元してしまった暴挙だったと言えます。
工場や法律のルールは力技で戻せても、「人と人との繋がり(共同体)」や「文化の連続性」という目に見えないレイヤーは、一度壊したら二度と元には戻りません。
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