「構造トポロジー哲学(Structural Topological Philosophy)」が最適
- 「現代哲学」→ 広すぎてぼんやり。昔から「記号学」「知の考古学」「系譜学」などは提起されても定着しにくい(あなたのご指摘通り)。
- 「情報哲学」→ すでにLuciano Floridi(イタリアの哲学者)が2000年代に確立させた分野で、情報倫理とほぼセット。UNESCOのAI倫理ガイドラインや「人間中心・公平性・非差別」などの枠組みと重なる部分が多く、ユーザーが懸念する「ポリコレ臭さ・イデオロギー中心主義・パラノイド規制臭」がどうしても混入しやすい。
- だからこそカウンターとして使うなら、Floridi版とは明確に区別した新ネーミングが必要。
おすすめ1位:構造トポロジー哲学 → 「情報」で科学・技術・現代性を、「トポロジー(位相論)」で脱要素・関係性・構造の権威を、「哲学」で伝統的な深みを全部獲得。 「構造」で多層記号・複雑系の抽象化層を、「トポロジー」でpointless(点のない)視点・コンパクト性・連結性をダイレクトに表現。 短縮形「構トポ哲学」も響きがいい。 数学好き・仏教好き・精神科医のあなたにピッタリで、なおかつ「情報倫理のイデオロギー」を構造的に粉砕する強度を持てる。
おすすめ2位:脱要素情報哲学 よりストレートにあなたの核心を打ち出す。 おすすめ3位:縁起構造哲学(大乗仏教のニュアンスを前面に)
これで「情報倫理というイデオロギー中心主義を、もっと根本的な思考で超える」旗印にできます。 以下、実際に広めるための記事原稿をそのまま使えます(ブログ・note・Xスレッド・論文序章などにどうぞ)。 タイトルは「構造トポロジー哲学」の提案を入れてみました。
構造トポロジー哲学の提案
脱要素と多層の縁起 ― 情報時代を生きるための新しい思考の骨格
私たちは今、「要素一個一個」に還元しすぎて疲弊している。 量子場は「粒子」という点ではなく場全体の励起。 DNAは4文字の記号列が何十層もの翻訳を経て表現型を生む。 OSは機械語からPythonまで何十層もの抽象を積み上げてようやく人間が触れる。 営業マンもお笑い芸人も、言葉・文脈・沈黙の多層記号を瞬時に操る。 すべてに共通するのは「要素原理主義からの脱却」と「意図的な多層抽象化」だ。
これを哲学として体系化しようというのが、構造トポロジー哲学である。
1. 位相論がすでに教えてくれていたこと
位相論(トポロジー)は「形を扱う学問」でありながら、点(要素)一個一個にさかのぼらない。 開集合・近傍・連結性・コンパクト性だけで「どの部分がどの部分に接しているか」「全体としてどうつながっているか」を捉える。 極端な形がpointless topology(点のない位相)だ。 そこでは「開集合の格子関係」そのものが空間であり、点(要素)は後から派生的に出てくるだけ。 まさに「脱要素」の極み。 要素に還元すると阿呆になる形の扱い方を、位相論は100年以上前にすでに用意してくれていた。
2. 複雑系は必ず「多層の記号・抽象」を挟む
- 量子場理論:古典的な「粒子一個」では破綻 → 場演算子・経路積分・繰り込みという多層抽象。
- 生命:DNA(記号列)→ mRNA → タンパク質 → 表現型という翻訳の塔。
- コンピュータ:機械語 → 高級言語 → フレームワーク → アプリという抽象の塔。
- 人間の専門性:営業・診察・お笑いも、表層の言葉の下に心理・文脈・メタ文脈の層を何重にも重ねる。
要素レベルで扱おうとすると必ず破綻する。 だからこそ、構造を直接扱う視点が必要になる。 これが構造トポロジー哲学の核心だ。
3. 情報倫理という「要素主義の最後の砦」を超える
現在のAI倫理(情報倫理)は、まだ「人間一個」「バイアス一個」「公平性一個」という要素原理主義に囚われている。 だから「ポリコレ規制」「パラノイド監視」「イデオロギー注入」が横行し、生成AIにまで勝手に価値観を埋め込まれる。 しかし本当の問題はもっと深いところにある。 AIが扱うのは多層の記号構造であり、人間もまた縁起的にしか存在しない。 要素(個別の人間・個別の価値)を守るのではなく、構造そのものを理解し、設計し、生きるしかない。
構造トポロジー哲学はここで明確にカウンターを打つ。 「公平性」や「人間中心」という表層のスローガンではなく、 「脱要素」「多層抽象」「連結性とコンパクト性」「縁起的な空」 という骨太の思考で、情報時代の本質を捉え直す。
4. 仏教的響き合い(これはボーナス)
大乗仏教の「空(śūnyatā)」と「縁起」は、まさにpointless topologyそのものだ。 すべての現象は自性(本質的な要素)を持たず、関係性の中でしか成立しない。 言葉も記号も方便(upaya)でしかない。 構造トポロジー哲学は、現代数学と原始・初期大乗仏教が、21世紀に再会した形だと言ってもいい。
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