40年間のアンダーグラウンドーロシアとソ連、アフガニスタン戦争とウクライナ戦争―
歴史の地下室で踊る道化たち:アフガンからウクライナへ、早すぎる40年のデジャヴ
エミール・クストリッツァ監督の映画『アンダーグラウンド』では、地上でとっくに戦争が終わっているお気楽な現実を知らされず、地下室に閉じ込められたまま何十年も「お国のため」に武器を作り、踊り狂う人々が描かれました。
今の世界を見渡すと、私たちはあの映画の登場人物たちを笑えないことに気づきます。なぜなら、たかだか40年前に旧ソ連がアフガニスタンで演じた末期的なディストピアの狂劇を、私たちは地上の開けた場所で、そっくりそのままのステップで再演しているからです。
「歴史は韻を踏む」と言いますが、いくらなんでも韻を踏むスピードが早すぎる。いまだ当時をリアルに記憶している世代が生きているというのに、私たちはなぜ、これほど見事に歴史を忘却できるのでしょうか。
第一幕:40年前、おじいさんたちが愛した「美しい嘘」
たかだか40年前の1980年代半ば、モスクワのクレムリンは文字通りの「老人支配(ゲロントクラシー)」に陥っていました。70代、80代の最高幹部たちは、官僚が机上で捏造した「我が国の経済は順調です」という嘘の統計をうっとりと眺め、現実逃避に浸っていたのです。
国営メディアは、アフガニスタンに送られたソ連兵を「現地で学校や病院を建て、現地人に熱烈に歓迎される平和の使者」として報じました。
しかし、嘘のメッキはすぐに剥がれます。
- 「亜鉛の棺」の配給: 各地の農村や都市の台所に、物言わぬ息子たちを納めた重い棺が次々と届き始めます。
- 万物の行列: 武器ばかりを作ってパンやトイレットペーパーを作れなかった国では、庶民の人生の半分が行列に費やされました。
- KGBの冷徹な家計簿:
秘密警察のトップたちは、「原油価格が暴落した。来年国民に食わせる小麦を買うドルが底をつく。この戦争はもうアカン」と生データで知っていましたが、政治的プライドのために誰も引き返せませんでした。
これらはすべて、歴史の教科書の古代遺物の話ではありません。たかだか40年前、義務教育を終えた大人なら誰もがリアルタイムで知っているはずの、つい最近の出来事です。
第二幕:現代のネオ・アンダーグラウンド──ジーンズからiPhoneへ
そして現在、ウクライナの戦場とロシア国内で起きていることは、この40年前のフィルムを4K画質にデジタルリマスターしたかのようなデジャヴに溢れています。滑稽なほどの不条理さと、生々しい悲哀感がそこにはあります。
【40年前:ソ連末期】 【現在:2026年のロシア】
おじいさん政治局の現実逃避 ⇒
戦時経済への極端なシフトと情報の隔離
ヤミ市で売られるジーンズ ⇒
Telegramや密輸で高騰するiPhone・半導体
「亜鉛の棺」1万4000人の衝撃 ⇒ すでに100万人を超えるとも言われる死傷者
KGBの見て見ぬふりと絶望 ⇒
FSBの「もうアカン」と思いつつ上前を跳ね上げる保身
現代のロシアでも、国営テレビは「経済は順調、前線は勝利している」と24時間がなり立てています。しかし、スーパーの卵や肉の価格は高騰し、地方には狂ったようなペースで遺体が届き続けています。
面白いのは、旧KGBの後身であるFSB(連邦保安庁)の動きです。彼らはマクロ経済の絶望的な実態を誰よりも正確に把握しています。中国に原油を安く買い叩かれ、国家予算の4割を軍事に注ぎ込む自転車操業が長く持つはずがないと「100%」知っています。
それなのに彼らは止めない。なぜか? 戦争のおかげで軍事予算が増え、国内のヤミ経済や並行輸入(密輸)のルートから上前(賄賂)を跳ね上げるチャンスが無限に転がっているからです。彼らは「国家がいつか突然終わるかもしれない」という40年前の教訓を、「だから今のうちに私腹を肥やし、ポスト・プーチンに備えて保身に走る」という最悪の方向で活かしているのです。
終幕:早すぎるエンドロール
ソ連のアフガン侵攻は10年続きましたが、現在のウクライナ戦争はわずか4年ほどで、当時の損失の数倍から数十倍という凄惨な出血を記録しています。にもかかわらず、国内に残った知識人はSNSの一言で懲役刑になるため、40年前と全く同じように「自宅の台所でしか本音を言えない(台所政治)」状態に逆戻りしました。
クストリッツァの映画のラストシーンでは、人々が歌い踊る地面が突然、パカリと本体から切り離されて川を流れていきます。彼らは自分たちが孤立した島の上で漂流していることにも気づかず、ただどんちゃん騒ぎを続けています。
「たかだか40年前」に、全く同じ構造の嘘で国が一つ消滅した(ソ連崩壊)というのに、人類の忘却のスピードはあまりにも早すぎます。
私たちは歴史から学ぶどころか、歴史という名の同じ地下室に自ら飛び込み、少しだけデジタル化した最新の嘘に合わせて、今日も滑稽に、そして悲惨に踊り続けているのです。
たかだか四十年前のロシア
――アフガニスタンからウクライナへ、歴史は早すぎるほど韻を踏む
歴史は繰り返す、という。
しかし本当は、歴史は繰り返すというより、少し調子を外して韻を踏むのかもしれない。
同じ歌ではない。
同じ旋律でもない。
けれど、どこかで聞いたような調子が戻ってくる。
ソ連がアフガニスタンに侵攻したのは、1979年の暮れだった。
撤退は1989年。
十年近い戦争だった。
それは古代史ではない。
中世でもない。
幕末でもない。
たかだか四十年前の話である。
当時を覚えている人は、まだ世界中にいる。
あのころ大人だった人もいる。
兵士だった人もいる。
官僚だった人もいる。
行列に並んでいた人もいる。
息子を「亜鉛の棺」で迎えた母親も、まだどこかにいるかもしれない。
それなのに人間は、もう忘れたような顔をしている。
ソ連は、アフガニスタンで「友好政権を守る」と言った。
ロシアは、ウクライナで「特別軍事作戦」と言った。
言葉はいつも清潔である。
現場だけが汚れていく。
アフガニスタン戦争中のソ連は、公式には大国だった。
軍事大国であり、宇宙開発の国であり、社会主義の希望を名乗る国だった。
しかし、その内側では、統計は信用できず、報告は粉飾され、店には物がなく、庶民は行列に並んでいた。
幹部には幹部用の店があり、庶民には庶民用の列があった。
国は強いと言われていた。
だがトイレットペーパーがなかった。
超大国とは不思議なもので、核兵器は持てるが、靴下は足りなくなる。
アフガニスタンから若者たちが帰ってきた。
ある者は棺で、ある者は沈黙で、ある者は酒で帰ってきた。
国営メディアは、戦地で学校を建て、病院を建て、現地の人々に歓迎されていると語った。
しかし、棺は嘘をつかなかった。
帰還兵の目も嘘をつかなかった。
母親の台所で交わされる小声も嘘をつかなかった。
それから四十年ほど経った。
今度はロシアが、ウクライナで長い戦争をしている。
もちろん時代は違う。
ソ連は共産主義国家だった。
今のロシアは、石油とガスと軍需と金融と密輸とSNSと愛国番組の国である。
闇市は消えたのではない。
名前を変えただけである。
昔はジーンズやレコードが裏で売られた。
今は西側ブランド、半導体、医薬品、スマートフォン、部品が、トルコやカザフスタンや中国を回って入ってくる。
サミズダートは消えたのではない。
Telegramになった。
台所政治は消えたのではない。
暗号化されたチャットと、国外に逃げた友人との通話になった。
歴史は進歩する。
だが、進歩したのは隠し方と抜け道の方かもしれない。
現在のロシアは、アフガニスタン戦争の何年目にいるのだろうか。
時間だけで見れば、ウクライナ全面侵攻から四年を超えた。
アフガニスタン戦争で言えば、中盤である。
勝てないことが分かり始め、しかし撤退するには誇りが邪魔をするころである。
けれど損耗の規模で見れば、もっと先にいる。
アフガニスタン戦争でソ連が十年かけて払った人的損失を、ロシアははるかに短い時間で上回っている可能性がある。
それでも戦争は続く。
続いてしまう。
なぜなら、国家はときどき、自分が間違えたことより、間違えたと認めることの方を恐れるからである。
ソ連末期の幹部たちは、どこまで分かっていたのだろうか。
おそらく、かなり分かっていた。
高度な近代経済学を理解していたかどうかは別である。
しかし、外貨が足りないこと、食料を輸入する金がないこと、国民が怒っていること、西側の技術に追いつけないこと、戦争に勝てないことくらいは分かっていた。
難しい理論はいらない。
財布を開ければ分かる。
倉庫を見れば分かる。
母親の顔を見れば分かる。
今のロシアの治安機関や官僚も、おそらく同じように分かっているだろう。
公式発表の言葉とは別に、彼らには生の数字がある。
兵士の不足、契約金の高騰、インフレ、財政赤字、石油収入への依存、地方の疲弊。
それらは思想ではなく、ただの数字である。
しかし分かっていることと、止められることは違う。
これは悲劇である。
同時に、どこか喜劇でもある。
国は危機にあるのに、会議は開かれる。
経済フォーラムは開かれる。
壇上では未来が語られる。
その外ではドローンが飛ぶ。
予算は膨らみ、道路や橋や学校の金が削られ、誰かが「すべて順調です」と言う。
そして人々は、買い物をする。
並ぶ。
黙る。
冗談を言う。
逃げる。
帰ってこない息子の写真を見る。
クストリッツァの映画のように、地下では楽団が鳴っている。
誰かが踊っている。
誰かが騙している。
誰かが騙されたふりをしている。
外では国が壊れているのに、内側では宴会が続いている。
四十年前、ソ連はアフガニスタンで疲弊した。
そして世界は、それを見た。
四十年後、ロシアはウクライナで疲弊している。
そして世界は、またそれを見ている。
歴史は、忘れるには少し早すぎる。
たかだか四十年前である。
だが人間は、四十年もあれば十分に忘れる。
忘れたふりもできる。
別の名前をつけることもできる。
アフガニスタンではなく、ウクライナ。
ソ連ではなく、ロシア。
KGBではなく、FSB。
闇市ではなく、並行輸入。
検閲ではなく、情報管理。
撤退ではなく、作戦上の判断。
敗北ではなく、困難な情勢。
名前を変えれば、歴史は新しく見える。
しかし棺は古い。
母親の涙も古い。
物価高も古い。
官僚の嘘も古い。
大国の面子も古い。
そして、戦争が終わるころには、いつも誰かが言う。
「あの時点で、もう分かっていたはずだ」
分かっていたのである。
ただ、誰も止められなかった。
たかだか四十年前の話である。
そして、いま目の前で起きている話でもある。
亜鉛と並行輸入
——たかだか四十年前のこと
亜鉛の棺、というものがあった。
ソ連がアフガニスタンで戦争をしていた頃、前線で死んだ若者は、亜鉛の板で内張りした棺に納められて故郷へ送り返された。腐敗を抑え、中を見せないためである。遺族は蓋を開けることを許されなかった。中に本当に息子が入っているのか、入っているとしてどんな姿なのか、確かめる手立てはなかった。棺はただ、灰色の重い箱として、キエフへ、ミンスクへ、タシケントへ、サマルカンドへと届いた。受け取った母親は、その金属の冷たさに息子の不在を読み取るしかなかった。
国営放送は、そのあいだも明るかった。ソ連の兵士たちは友邦アフガニスタンで学校を建て、病院を建て、井戸を掘り、現地の人々に花束で迎えられている——テレビはそう繰り返した。画面の中の兵士はみな日に焼けて健康そうで、子どもを肩車していた。亜鉛の棺はテレビには映らなかった。映らないものは、なかったことになる。これがソ連の物理学だった。
それでも棺は届き続けた。一つの村に一つ、また一つ。テレビが「歓迎されている」と言えば言うほど、村の墓地の新しい盛り土が増えていった。人々は黙って計算した。テレビの言葉と、墓地の土の量と。どちらが本当かを決めるのに、経済学の学位は要らなかった。引き算ができれば足りた。
それが、たかだか四十年前のことである。
いま、ロシアの街を、別の箱が流れている。
iPhoneである。コカ・コーラである。ドイツの自動車であり、台湾の半導体であり、フランスの化粧品である。西側の企業が一斉に店を畳んで去ったあと、それらは消えなかった。トルコを経由し、カザフスタンを経由し、アルメニアやアラブ首長国連邦を経由して、ふたたびモスクワの棚に戻ってきた。値札だけが二倍、三倍になって。
これを「並行輸入」と呼ぶ。密輸を、国家が名前を付け替えて合法にしたものである。名前を付け替えれば、なかったことになる。あるいは、あったことになる。どちらでもよい。要は、テレビの中の世界と、店の棚の世界とを、別々に回しておけるということだ。テレビは「西側はもう要らない、我々は自立した」と言い、その同じ時間に、市民はテレモグラムの暗号化されたチャンネルで、トルコ経由のiPhoneの最新型を、給料の三月ぶんで予約している。
四十年前、ジーンズ一本が闇市で月給ぶんの値で取引された。いま、iPhoneが給料の三月ぶんで取引される。通りは同じ通りである。建物すら、いくつかは同じ建物だろう。違うのは、行列がTelegramの中に移ったことだけだ。並ぶ足は要らなくなった。代わりに、待つ指がある。
そして、別の箱も、やはり届いている。前線から。
こんどは亜鉛ではないかもしれない。輸送のかたちは変わっただろう。だが本質は変わらない。地方の小さな町に、灰色の重い知らせが届く。母親が受け取る。テレビはそのあいだも明るい。前線は順調であり、敵は崩壊寸前であり、我々は歴史的勝利の途上にある——画面の中の将軍はそう言う。
母親は黙って計算する。テレビの言葉と、町の墓地の新しい土の量と。
引き算ができれば足りる。四十年前と、同じように。
可笑しいのは、これだけのことが、誰の記憶の外でもないところで起きていることだ。
クストリッツァの『アンダーグラウンド』に、地下室で何十年も戦争が続いていると信じ込まされたまま、暮らし、結婚し、子を産み、ブラスバンドを鳴らして祝宴を続ける人々が出てくる。地上ではとっくに戦争は終わり、別の戦争が始まり、また終わっている。地下の人々はそれを知らない。空襲のサイレンは録音で、定期的に回される。彼らは怯え、祝い、また怯える。悲劇なのか喜劇なのか、見ている側にも判らなくなる。ブラスバンドは止まらない。
それを、おとぎ話だと思って観ていられたのは、つい最近までだった。
ソ連でアフガンの棺を受け取った母親は、いま六十代、七十代である。生きている。元気に年金の行列に——いや、いまはアプリの中だ——とにかく、生きている。彼女は息子の亜鉛の棺を覚えている。テレビが当時なんと言っていたかを覚えている。テレビの言葉が嘘だったことを、骨身で覚えている。
その同じ母親が、いま、孫の世代の棺を受け取る側になっている。テレビは、四十年前とほとんど同じ言葉を喋っている。語彙すら更新されていない。「順調」「歓迎」「勝利」「敵の崩壊」。録音されたサイレンのように、同じ音声が回されている。
覚えているはずなのだ。当時を生きた世代は、まだ大勢、生きているのだ。四十年は、忘れるには早すぎる。一人の人間の半生にも満たない。それなのに、同じ国の、同じ通りで、同じ箱が、同じテレビの明るさのもとを、また流れていく。地下室のブラスバンドは、止まらない。録音のサイレンは、また回される。
歴史は韻を踏む、と誰かが言った。だがこれは韻というより、針の飛んだレコードに近い。同じ小節を、四十年の沈黙を挟んで、もう一度。聴き手の多くは、前に同じ小節が鳴ったのを覚えている。覚えているのに、踊っている。あるいは、覚えているからこそ、もう驚かないという顔で、淡々と並行輸入のiPhoneを予約し、淡々と墓地の土を見つめ、淡々とTelegramを閉じる。
慣れている、という顔をして。
この「慣れ」こそが、いちばん寒い。悲劇は二度目には喜劇になるとマルクスは書いたが、彼は二度目の喜劇を演じる当人たちの顔までは書かなかった。それは笑っている顔ではない。泣いている顔でもない。何度目かのサイレンを、もう本物か録音かを問うのをやめた顔だ。蓋の開かない箱を受け取って、中を確かめることをとうに諦めた顔だ。ブラスバンドに合わせて、足だけが勝手に動いている顔だ。
たかだか四十年前のことである。
棺の亜鉛は、まだ錆びてもいない。
根拠メモ・補足
- ソ連のアフガニスタン侵攻は1979年12月に始まり、米国務省の歴史資料も、モスクワがアフガン内戦を抑え、友好的な社会主義政権を維持しようとした「十年に及ぶ試み」と整理しています。
- ソ連軍は1989年に撤退し、アフガン戦争でソ連側は約1万5千人の死者を出したとされています。
- ソ連の公式統計については、CIA資料が「公表統計には偽装されたインフレなどの問題があり、補正が必要」としており、公式数字をそのまま実態と見るのは危ういです。
- ソ連崩壊の背景には、財政運営の失敗、エネルギー輸出依存、石油価格下落などがあり、ブリタニカも1980年代の原油価格下落がソ連経済を大きく揺さぶったと整理しています。
- 現在のウクライナ戦争では、CSISが2026年1月時点で露ウ双方の合計死傷者が最大180万人、2026年春には200万人に達しうると推定しています。
- 2026年6月時点でも、ロシアの地上前進は鈍く、空爆・ドローン攻撃への依存が増しているとロイターが報じています。
- ロシア経済は2026年に入り、戦争・制裁・高金利・財政圧力の中で停滞しており、ロイターは2025年の成長率低下と2026年初の縮小を報じています。
- ロシアの石油・ガス収入は依然として財政に重要で、2026年5月のロイター報道では、石油・ガス収入が総予算の約5分の1を占め、防衛・治安支出を支える重要財源とされています。
- ロシア政府が2026年に「非敏感」支出の10%削減を検討しているとの報道もあり、戦争継続下で財政調整圧力が強まっています。
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