2026年5月6日水曜日

精神科診断基準の問題点―やっと精神障害の病因が分かってきたのに診断基準が病因を軽視するように変わってしまった?―

精神科診断基準の問題点―やっと精神障害の病因が分かってきたのに診断基準が病因を軽視するように変わってしまった?―

 

 

 精神科の診断基準は2つあります。

DSMTRICD11(日本ではICD10)です。

これらの元となる1980年のDSMⅢの登場により精神医学は劇的に進歩しました。

ただ2010年代以降の最新の診断基準では病気や外傷やその他の明らかに生物的、医学的な異常からくる基質・症候性の精神障害の章が消えてしまいました。

そのせいかアメリカ国立精神保健度研究所(NIMH)がDSMの限界を見限り?、遺伝子から脳回路、行動までを連続的に評価するRDoCResearch Domain Criteria)プロジェクトを立ち上げたのは、まさに「生物学的基盤(外因性)に基づく新たな分類」への移行宣言と思われます。

学会やWHOの診断基準から生物学的な病因が原因で起こる精神障害の章が消えてしまったことによる弊害や問題点と対策をまとめてみました。

 

 

精神症状はどこから来るのか

――「基質・症候性」をもう一度見直す時代

精神医学は長いあいだ、他の診療科に比べて「病気の生物学的な土台」が見えにくい領域でした。

内科や病理学では、炎症、感染、腫瘍、血管障害、代謝異常など、身体の変化をもとに病気を理解してきました。一方、精神科では、幻覚、妄想、抑うつ、不安、不眠、人格変化などを扱いながらも、それが脳や身体のどの変化から生じるのか、長く十分には分かりませんでした。

そのため、古典的な精神医学では、精神疾患を大きく、

  • 内因性
  • 心因性
  • 外因性
  • さらに社会因、発達因、ストレス・トラウマ因

のように分けて考えてきました。

しかし近年、この区別は大きく揺らいでいます。

心因や社会因も、身体に書き込まれる

現代の脳科学、神経免疫学、分子生物学、発達研究は、心因や社会因が単なる「気持ちの問題」ではなく、身体と脳に実際の変化を起こすことを明らかにしつつあります。

たとえば、強いストレスやトラウマは、脳の恐怖記憶の回路、ストレス応答系、自律神経、免疫系に影響します。幼少期の逆境体験や慢性ストレスは、神経発達やホルモン系、炎症反応、さらには遺伝子発現の調節にも影響しうると考えられています。

また、炎症性サイトカインとうつ病、自己免疫性脳炎と精神病症状、腫瘍や疼痛と抑うつ、脳血管障害や外傷後の人格変化・認知機能障害など、身体疾患と精神症状の関係も次々に見えてきました。抗NMDA受容体脳炎では精神症状が目立って精神科を初診することがあり、炎症性サイトカインが抑うつに関与する可能性も多く研究されています。

つまり、かつて「心因」「社会因」と呼ばれていたものも、脳・免疫・内分泌・自律神経・神経回路の変化として理解される時代に入りつつあります。

言い換えれば、外因性は消えたのではありません。むしろ拡張しているのです。

DSMICDの功績、そして限界

DSM-III以降の操作的診断基準は、精神医学に大きな進歩をもたらしました。診断の信頼性が上がり、研究や疫学、薬物治療研究が進みました。DSM-5-TRも、DSM-5以降の研究知見を反映した現在の改訂版として位置づけられています。

ICD-11も、世界標準の診断分類として整備されており、精神疾患の分類体系は以前よりはるかに洗練されています。ICD-11には「他に分類される疾患に関連する二次性精神・行動症候群」に相当する枠組みも存在します。

ただし、ここに一つ大きな問題があります。

現在の分類では、昔の「器質性精神障害」「症状性精神障害」に相当する視点が、せん妄、神経認知障害、物質・薬剤誘発性、他の医学的疾患による精神症状などに分散しています。

分類として分散すること自体は、必ずしも悪いことではありません。
しかし臨床教育や日常診療の手引きとして見ると、まず基質・症候性を疑うという視点が見えにくくなる危険があります。

なぜ「基質・症候性」の横断章が必要か

精神科臨床では、精神症状を見たときに、まず身体疾患・脳疾患・薬剤・中毒・感染・内分泌・代謝・炎症・自己免疫・腫瘍・外傷などを鑑別する必要があります。

たとえば、

  • 高齢者の幻視や妄想の背景にDLBがある
  • うつ症状の背景に癌、炎症、甲状腺疾患、疼痛がある
  • 精神病症状の背景に自己免疫性脳炎がある
  • 性格変化や衝動性の背景に頭部外傷や慢性外傷性脳症がある
  • 不安や抑うつの背景に薬剤、睡眠障害、代謝異常がある

こうした例は珍しくありません。DLBでは幻視や認知変動、REM睡眠行動異常、パーキンソニズムなどが重要であり、慢性外傷性脳症でも気分・行動・認知の変化が問題になります。

分類上は各章に分散していても構いません。
しかし臨床の手引きでは、重複してでも、

基質・症候性精神症状を見逃さないための章

を独立して置くべきだと思います。

これは復古主義ではありません。
むしろ、現代の脳科学・免疫学・神経発達研究・社会医学の進歩に合わせた、新しい基質・症候性の再統合です。

精神医学は「心だけの医学」ではなくなる

これからの精神医学は、心を身体へ単純に還元する医学ではありません。
しかし、身体から切り離された心だけを扱う医学でもありません。

必要なのは、

  • 生物因
  • 発達因
  • ストレス・トラウマ因
  • 社会因
  • 文化因
  • 脳・免疫・内分泌・自律神経の変化

を、対立するものとしてではなく、折り重なる層として見ることです。

NIMHRDoCのように、遺伝子、神経回路、行動、心理機能を横断的に見る研究枠組みも登場しています。ただしRDoCは診断マニュアルではなく、現行診断を置き換えるものではありません。むしろ、症状ベースの分類と病態生理ベースの理解をどう接続するかが、今後の課題です。

DSMICDは、精神医学を大きく前進させました。
しかし、その前進によって、逆に分類の限界も見え始めています。

精神医学は今、ようやく他の診療科と同じように、症状の背後にある身体・脳・免疫・社会環境の変化を、より具体的に追える時代に入っています。

だからこそ、次の時代の精神医学には、こうした視点が必要です。

精神症状は、心だけから生まれるのではない。
社会が身体に入り、身体が脳を変え、脳が精神症状として現れる。
その複層的な経路を見失わないために、現代版の「基質・症候性」の視点を、もう一度、臨床の中心に戻す必要がある。

 

 

「心の病」から「全身の病」へ:DSMの皮肉と、精神医学に求められる「基質・症候性」の再統合

はじめに かつて精神医学は、病因を「内因・心因・外因」の三分法で整理してきました。しかし現代の神経科学・免疫学・分子生物学は、この境界を鮮やかに溶かしつつあります。心因や社会因が身体に書き込まれ、精神症状として現れるプロセスが解明され始めた今、精神医学は新たなパラダイムシフトの只中にあります。

1. 「外因性」の劇的な拡張 現代科学は、かつて「心の問題」や「原因不明(内因)」とされていたものを、次々と「生物学的な変化(外因)」として証明しています。

  • 神経免疫学: NMDA受容体脳炎などの自己免疫疾患が、統合失調症様の精神症状で発症する事実。
  • エピジェネティクス: 幼少期の逆境(発達因)や強いトラウマ(心因・社会因)が、DNAのメチル化などを通じて脳のストレス応答系を物理的に変容させる。
  • 身体疾患との連関: 膵癌に伴う抑うつ、DLB(レビー小体型認知症)の初期精神症状、反復性頭部外傷(CTE)による人格・衝動性の変化。
  • その他: 慢性炎症、腸内細菌叢、代謝異常など、「全身の病態」が直接的に精神機能に影響を与えることが次々と明らかになっている。

2. DSMの成功がもたらした「皮肉」 DSM-III以降の操作的診断基準は、病因論をいったん棚上げし「症状の寄せ集め」で分類することで、精神医学の研究と疫学を爆発的に進歩させました。しかし皮肉なことに、DSMが進めた科学の進歩そのものが、分類の境界が生物学的には人工的であったことを暴き、DSM自身を時代遅れにしつつあります。

3. 「基質・症候性」カテゴリー消失の危機 ICD-11DSM-5-TRでは、旧来の「器質性/症候性精神障害」というまとまった章が消え、各疾患カテゴリーに分散されました。これはすべての精神症状に生物学的基盤があることを認めるという意味では進歩ですが、臨床現場には大きなリスクをもたらします。

  • 臨床的見落としリスク: 若年者の精神病症状に潜む脳炎や、高齢者の妄想に潜む変性疾患など、「まず身体的・器質的原因を除外する(ルール・アウト)」という基本動作が甘くなる。
  • 教育的バイアス: 若手医師が初めから「精神疾患の枠内」だけで症状を当てはめようとする、早期閉鎖(思考停止)に陥りやすくなる。

4. 提言:臨床手引きにおける「横断的章」の復活 診断分類の体系自体は、現在のように分散していても構いません。しかし、臨床医が使う手引きや教育の場においては、重複を恐れず「基質・症候性精神症状」を横断的に見直す独立した章を再統合すべきです。これは単なる復古主義ではなく、患者の安全を守るための極めて実践的で現代的なアプローチです。

おわりに これからの精神医学は、心を身体へ還元するだけの学問ではありません。「社会や環境が身体に入り込み、身体が脳を変え、脳が精神症状として現れる」という複層的なモデルを見る学問です。内因・心因・外因を対立させるのではなく、その連関を見逃さないためにも、「基質・症候性」の視点を今一度、臨床のど真ん中に取り戻す必要があります。

 

 

外因性は消えていない、拡張している

基質症候性の視点を、臨床のなかに取り戻すために

一 古典的三因論の崩壊

ヤスパース以来、精神医学は内因・心因・外因という三因論を臨床思考の骨格としてきた。原因不明の生物学的疾患を内因性、心理社会的経験による反応を心因性、明確な身体的原因が同定できるものを外因性とする分類である。これは二〇世紀前半の医学的知見の限界を反映した、過渡的な作業仮説であった。

しかし二一世紀の知見の蓄積は、この三分法を実質的に解体しつつある。神経炎症、HPA軸の機能異常、エピジェネティック修飾、神経可塑性の変化、腸内細菌叢の関与、自己免疫機序、これらの連続的な発見によって、かつての「内因」は次々と外因の言葉で書き直されている。心因についても、ACE研究以降、幼少期の逆境体験が脳の構造的・機能的変化を実際に引き起こすことが、膨大なエビデンスで示されている。社会因についても、貧困や差別が炎症マーカーや細胞老化に影響することが示されてきた。

つまり、心因や社会因は、消えたのではない。身体に書き込まれる過程が見えるようになっただけである。境界が崩れたというより、外因性の射程が拡張した、と言うほうが正確であろう。

二 拡張された外因性の射程

古典的な外因性は、感染、外傷、中毒、内分泌、代謝、脳血管障害、変性疾患などを想定していた。現代では、ここにさらに、慢性炎症、自己免疫、腫瘍随伴症候群、慢性疼痛、睡眠・概日リズム、腸内細菌叢、幼少期逆境による神経発達とストレス応答系の変化、貧困・差別・環境ストレスによるエピジェネティック変化、慢性ストレスによる免疫・内分泌・自律神経変化が、明確な研究対象として加わっている。

具体例を挙げれば、抗NMDA受容体抗体脳炎は、不安、興奮、妄想、気分不安定、奇異行動、人格変化などで初発し、初期にはしばしば一次性精神疾患と判断される。Lewy小体型認知症では、認知変動、詳細な幻視、パーキンソニズム、レム睡眠行動異常、自律神経症状が複合的に絡み、精神症状が前景に立つ場面が多い。膵がんと抑うつ、炎症性サイトカインと抑うつ様症状の関連は、単なる反応性の落胆では説明しきれない身体・精神連関として議論されている。反復性頭部外傷や慢性外傷性脳症でも、気分・行動・認知・衝動性の長期的変化が報告されている。

これらは、精神症状が「心の問題」だけではなく、脳・免疫・内分泌・腫瘍・炎症・外傷・環境の問題として立ち上がる、という当然のことを、改めて示している。

三 DSM/ICDの皮肉

DSM-III以降の操作的診断基準は、精神医学から曖昧な精神分析的言語をいったん外し、診断の信頼性を高め、研究可能性・疫学・薬物治療研究を大きく前進させた。これは紛れもない功績である。

しかし、その成功によって、今度は精神疾患の背後にある生物学的連続性、多因子性、身体疾患との境界の曖昧さが見えてきた。分類を明確にしたからこそ、分類の境界が生物学的にはかなり人工的だったことが、かえって明らかになった。DSMが推進した精神医学の生物学化が、結果としてDSM自体の構造を時代遅れにしつつある、という皮肉な事態が現在進行している。

米国NIMHが、症候群ベースのDSMの限界を超えるべく、遺伝子から脳回路、行動までを連続的に評価するRDoCResearch Domain Criteria)プロジェクトを立ち上げたのは、この行き詰まりへの一つの応答であった。

四 基質症候性が見えにくくなる危険

ICD-11には、二次性精神又は行動症候群(Secondary mental or behavioural syndromes associated with disorders or diseases classified elsewhere)に相当するブロックが存在しており、基質症候性の概念が完全に消えたわけではない。DSM-5-TRにも、認知症、せん妄、物質・薬剤誘発性、他の医学的疾患による精神症状などは存在する。

しかし臨床現場の実用性という観点から見ると、旧来の「器質性/症候性精神障害」というまとまった臨床的入口は、明らかに弱くなっている。臨床医が「まず器質を除外する」という思考の枠を保つには、独立した章として目に入る構造が必要であった。これが分散することで、研修医も指導医も、症状から疾患を考える訓練のなかで、器質性疾患を後回しにしがちになる。

実際の臨床では、若年発症の精神病症状に自己免疫性脳炎が混じることがあり、高齢者の幻視や妄想にDLBが混じることがあり、頭部外傷後の人格変化や衝動性が「性格」や「うつ」だけで処理されることがあり、がん・炎症・疼痛・薬剤・内分泌異常による精神症状が見落とされることがある。これらは現実に起きており、しばしば致命的である。

五 提案——分類とは別に、横断章を

旧来の器質性精神障害の章を、原因論カテゴリーとして単純に復活させよ、という提案ではない。原因論として外因に統合される流れは、科学的に正当であり、止めるべきではない。

提案したいのは、診断分類としては各章に分散しているとしても、臨床手引き・教育マニュアル・鑑別診断の章として、基質症候性精神症状を横断的に再統合する章を、重複を恐れずに設けることである。

具体的には、せん妄、認知症(神経認知障害)、物質・薬剤誘発性、他の医学的疾患による精神症状、てんかん・脳血管障害・外傷・腫瘍・自己免疫・内分泌などに伴う精神症状、これらが、各疾患章にもありつつ、横断的にも一覧できる構造である。さらに、現代的射程として、慢性炎症、自己免疫、腫瘍随伴症候群、慢性疼痛、概日リズム異常、幼少期逆境のエピジェネティック影響、社会的逆境による生物学的変化なども、この横断章に含めるべきである。

DSMICDが、研究のための分類体系であると同時に臨床医の思考のツールでもあるという二重性を引き受けるなら、後者の機能を支える構造的な工夫は、編集判断として積極的に行われるべきである。次世代の診断マニュアル、特にDSM-6においては、この点が考慮されるべき段階に入っている。

六 結語

精神医学は、長く生物学的医学の本流から外れた位置にあった。ヴィルヒョウ、コッホ、シャルコーらが切り拓いた病理学的・細菌学的・神経学的基盤の上に、内科学、外科学、神経学が築かれていった一方で、精神医学は、その対象の特殊性ゆえに、長らく独自の暗闇のなかをさまよってきた。

いま、その暗闇は、ようやく薄くなりつつある。神経炎症、自己免疫、エピジェネティクス、社会的決定要因の生物学的研究、これらの蓄積によって、精神症状が脳と身体と環境の連続的な相互作用のなかで生じることが、具体的な機序として記述されるようになってきた。これは、精神医学が、心を身体に還元するということではない。身体から切り離された心を扱う学問でもない、ということである。

これから必要なのは、内因・心因・社会因・外因を対立させることではなく、それらが、どのように身体と脳のなかで折り重なって精神症状になるのかを見る、複層的な精神医学である。

そのためには、診断マニュアルが、研究の言語と臨床の言語の双方を支える構造を持つ必要がある。基質症候性の視点を、横断的な章として臨床のなかに取り戻すことは、精神医学が本流の医学に合流していくための、一つの実務的な提案である。

 

外因性は消えていない。むしろ拡張している。

 

 

精神症状は「心の問題」だけか

——基質症候性を再び見据えるとき

精神医学は今、大きな転換点にある。 かつて「内因・心因・外因」と分けられていた精神症状の理解が、脳科学・免疫学・エピジェネティクスの進展により、急速に「生物学的基盤(外因性)」へと統合されつつある。

NMDA受容体脳炎が幻覚・妄想で精神科初診となるケース、慢性外傷性脳症(CTE)の衝動性・認知変化、炎症性サイトカインによるうつ症状、幼少期逆境によるDNAメチル化の長期影響——これらはすべて、かつて「心因」や「内因」と呼ばれていた領域が、身体の生物学的変化として捉えられるようになった好例である。

DSM-5-TRICD-11は、この流れに追いつけているか?

残念ながら、追いついていないどころか、後退している面がある。

両基準とも、旧来の「器質性・症状性精神障害」という独立した枠組みを廃止し、各疾患カテゴリーに分散させた。認知症、せん妄、物質誘発性、他の医学的疾患による精神症状などは残っているが、「まず身体因を疑う」という臨床的入口が、診断基準上、見えにくくなった。

これは臨床現場で深刻な影響を及ぼしている。

  • 若手医師が「精神症状=一次的精神疾患」と早めに閉鎖し、身体的要因の鑑別を後回しにするリスクが高まる。
  • 自己免疫脳炎や膵癌随伴うつ、甲状腺機能異常による精神症状などの見落としが、診断遅延につながる。
  • 教育・研究でも、基質症候性という横断的視点が希薄になりやすい。

DSM-III以降の操作的診断基準は、精神医学に「信頼性」をもたらし、研究を大きく進展させた。しかしその成功が、今度は「病因の多層性・生物学的連続性」を覆い隠す副作用を生んでいる。皮肉なことに、DSMが進めた科学の進歩が、DSM自身を時代遅れにしつつある。

提案:分類上は分散させても、臨床手引きには独立章を

診断分類としては、分散していても構わない。 しかし、臨床教育・実地診療の手引きレベルでは、重複を恐れずに「基質・症候性精神症状」の横断章を復活させるべきである。

そこでは、以下の点を明示的に扱う:

  • 脳血管障害・外傷・腫瘍・自己免疫・内分泌・炎症・代謝・感染・薬剤など
  • 慢性ストレス・幼少期逆境による神経可塑性・エピジェネティック変化
  • 腸脳軸・免疫・疼痛などの身体精神連関

精神科医は「心の専門家」である前に「全身の医学者」でなければならない。患者の精神症状の背後に、身体の生物学的変化が潜んでいる可能性を、常に意識できる仕組みが必要だ。

精神医学はようやく「ちゃんとした医学」の仲間入りをする準備ができつつある。

外因性が内因・心因・社会因を飲み込み、すべてが生物学的基盤へと還元されていくこの時代に、診断基準が臨床の現実から乖離してはならない。

心因や社会因を軽視するのではない。 むしろ、それらがどのように身体と脳に書き込まれ、精神症状として現れるのかを、正確に見つめるための基盤を、診断体系の中に明確に位置づけるべきだ。

精神医学は、暗闇をさまよう時期を終えようとしている。 次のステップは、生物学と臨床を再びしっかり繋ぐことである。

  

季節の変わり目はなぜ不調になるのか ―冬の終わりと夏の終わりの心身の変化―

 

季節の変わり目はなぜ不調になるのか

―冬の終わりと夏の終わりの心身の変化―

 

 

季節の変わり目は心身ともに不調になりやすいです。

たいていの医療の各診療科目で患者さんが増えたり症状が悪化したり受療頻度が高くなります。

これには非常に多くのことが関わっています。

科学的にもいろいろなことが分かっています。

最近では炎症性サイトカインに季節差があって冬などの感染症は他の季節より悪化しやすいなど、かなり科学的に説明できることが増えています。

炎症性サイトカインは免疫や感染症発症時の症状を悪化させるだけでなくそれ自体が神経系にも内分泌にも影響を与えますからメンタルの基礎状態も変化させる可能性が示唆されます。

これは一例ですがそれ以外にも様々なことが冬の終わりや夏の終わりのような気候的な極期からの季節の変わり目での心身の変化に影響することが分かっているのでまとめてみます。

 

 

分かっていること:生理学・基礎医学的メカニズム

自律神経系の負荷: 季節の変わり目、特に気温・気圧・湿度の変動が大きい時期に、恒常性維持のために自律神経系が過剰に動員されます。気圧の変動を内耳の三半規管と前庭が感知し、脳に伝達され、自律神経がストレス反応を起こして交感神経が興奮状態になるというメカニズムが近年の研究で示されています。これが「気象病」「天気痛」と呼ばれる現象の基盤です。

光とホルモン: 日照時間の変化がメラトニンとセロトニンの産生に影響します。冬季のうつ(SAD)は日照時間の減少によるセロトニン低下が関与しており、光療法が有効とされています。春に日照が急に増えることによる概日リズムの急激な再調整も負荷になります。

免疫系の季節変動: 冬の終わりには感染症負荷の蓄積があり、免疫系が消耗した状態で春の環境変化に曝される。炎症性サイトカインとうつ症状の関連も指摘されており、感染症後のsickness behaviorが気分変調の基盤になりうる。

コルチゾールの季節変動: HPA軸の活動には季節性があり、冬から春にかけてコルチゾールの日内変動パターンが変化します。この移行期にストレス応答系が不安定になりうる。

臨床的な裏づけ

2-3月の揺れと衝動性、4-5月の自殺の多さ: これは精神医学的にもよく知られたパターンで、冬季うつから回復する過程で活動性が先に戻り、抑うつ気分がまだ残っている時期に自殺の実行力が生じるというメカニズムが古くから指摘されています。2-3月の衝動的な自傷は気分の不安定さ(揺れ)の反映で、4-5月は「動ける程度には回復したがまだ苦しい」状態の反映です。

夏の終わりの高齢者と子ども: 猛暑による身体的消耗(熱中症の亜臨床的な累積、脱水、睡眠障害)が高齢者の死亡率上昇に関与しています。子どもの夏休み明けの自殺は、環境的・社会的なストレス(学校復帰への不安)が主ですが、夏の生活リズムの乱れによる概日リズムの崩れも基盤にあるでしょう。

壮年期に目立つという観察: これは非常に興味深い点で、いくつかの要因が重なっていると思われます。壮年期は社会的負荷(仕事、子育て、介護)が最大であり、環境ストレスに加えて社会的ストレスが乗る。また40歳を過ぎると副交感神経の機能が低下することが知られており、自律神経の調整能力が下がり始める年代と社会的負荷のピークが重なる。若い世代はエネルギーの余力で環境変化を吸収でき、高齢になると感受性の鈍麻(これ自体が防御的に働く面がある)で影響が表面化しにくい。

東洋医学的な視点

東洋医学はこの領域でかなり古くから体系的な記述を持っています。五行説における季節と臓腑の対応(春=肝、夏=心、秋=肺、冬=腎、土用=脾)は、季節ごとの心身の変調パターンを記述する枠組みです。春に肝気が上昇してイライラや頭痛が増え、秋に肺気が収斂して感傷的になる、といった記述は臨床的な観察と合致する部分が多い。

「気」の概念は西洋医学的には自律神経機能とHPA軸活動と免疫機能を合わせたようなものに対応し、「気虚」は奥村さんがおっしゃる「生理活性やエネルギーの低下」に近い。季節の変わり目に気虚が生じやすいという東洋医学の記述は、自律神経の過剰動員によるエネルギー消耗として現代医学的にも解釈可能です。

 

 

気候・日照・睡眠/概日リズム・自律神経・感染症/炎症・社会的節目が重なる多因子現象として理解するのがいちばん自然です。季節と気分変動の研究はなお不均一ですが、少なくとも冬〜春、夏の極端な暑熱、長期休業明け/年度替わりが心身の不調や自殺リスクの増減と関係することは、レビューや公的統計でかなり一貫して見えます。

まず、冬の終わりから春先に揺れやすいのは十分ありえます。
理由の一つは、日照と概日リズムです。季節性うつ病は典型的には秋冬に悪化し春夏に軽くなる病型として知られ、双極性障害でも光・睡眠・季節リズムの乱れがエピソードに関与しうるとされています。さらに「春の自殺ピーク」は国際的にも再現性が高い一方、なぜ春に増えるのかはまだ完全には分かっていない、というのが現在の誠実なまとめです。つまり、春先の不安定さは臨床的に感じられても、その中身は「気分障害の悪化」だけではなく、眠気・不眠・活動性の上がり方と気分の追いつかなさ・衝動性の変動を含む可能性があります。

次に、自律神経・循環器系はかなり季節性があります。
交感神経活動は冬に高くなることが示されており、血圧も一般に冬高く夏低い傾向があります。日本の家庭血圧データでも季節変動は確認されていて、寒冷時の血圧上昇や朝の血圧上昇が問題になります。これは「冬の負債」という表現とかなり相性がよく、冬の終わりには、寒冷曝露、睡眠の質低下、感染症、活動量低下、血圧変動などが積み上がった状態で、そこへ年度末・異動・進学就職準備が重なる、と考えると臨床感覚に合います。

さらに、冬の終わりは感染症と炎症の影響も残りやすいです。
感染症の季節性は、気温や湿度などの環境要因だけでなく、人の行動、宿主の感受性、免疫の季節変動が重なって生じます。実際、ヒトの免疫パラメータには季節変動があり、呼吸器感染症の流行にも影響しうるとされています。したがって、23月の「何となく心身がしんどい」は、気分の問題だけでなく、感染後疲労、炎症、睡眠負債、体力低下も同時に考えた方がよいです。

日本の自殺統計も、「春」と「休み明け」の二つの山をかなり示しています。
厚労省資料では、令和6年の月別自殺者数は4月が最多でしたし、令和4年も5月が最多でした。小中高生では、文科省が長期休業明け、とくに91日付近で自殺が増える傾向を繰り返し注意喚起しています。さらに白書では、児童生徒は月別累計で8月・9月・1、学生等は3月・4月・9が多いとされています。ですから、先生が感じておられる

  • 23月:揺れや衝動性が目立つ
  • 45月:統計上の自殺が多い
  • 8月末〜9月初旬:子どもの自殺が多い
    という臨床感覚は、日本の公的統計とかなり整合的です。

一方で、近年は夏の重さも無視できません。
高齢者では熱中症死亡が多く、レビューでも65歳以上、とくに75歳以上で熱関連死亡リスクが高いことが確認されています。日本では熱帯夜(hot nights)も全死亡リスク上昇と関連し、暑さは睡眠を崩し、睡眠障害は気分や不安の悪化につながります。精神科的にも、暑熱はイライラ、不安、抑うつ、精神科救急受診、自殺リスクと関連する報告が増えています。ですから、昔の「冬のしんどさ」に加えて、最近は夏の終わりの消耗が本当に大きくなっている、と見てよいです。

年齢差については、先生の臨床印象はよく分かりますが、少し分けて考えると整理しやすいです。
まず、身体の脆弱性という意味では高齢者はむしろ暑さ・寒さに弱く、死亡や循環器イベントのリスクは高いです。いっぽうで、「季節で気分が揺れる」「天候でつらい」と主観的に訴えるかは、年齢、生活リズム、就学就労ストレス、慢性疾患、社会的役割でかなり変わり、単純な一本線では言えません。季節性感情障害は一般に若年〜成人早期発症が多い一方、子どもは学校暦の影響を強く受け、高齢者は身体リスクの比重が増えます。したがって、若年は社会移行と生活リズム、壮年期は役割負荷と自律神経/睡眠、高齢期は身体脆弱性と温度負荷というように、同じ「季節の影響」でも顔つきが違うと考えるのが実践的です。

先生の「壮年期に目立つ」という印象も、心理社会的負荷の重なりを考えるとかなり自然です。
壮年期は、仕事の繁忙、異動、管理責任、家族ケア、受験・卒業・就職・転居のサポートなど、季節の変わり目に社会負荷が集中しやすい時期です。そこへ、冬の寒冷負荷や感染症、春先の睡眠・概日リズム変化、夏の暑熱消耗が重なると、「気候だけ」でも「ストレスだけ」でもない揺れが生じます。実際、気候・気象因子と精神・行動の問題の関連をまとめたレビューでも、温度、湿度、気圧、降雨などは精神症状と関連しうるが、効果は生物学的要因と社会的要因の相互作用として理解すべきだとされています。

クリニック記事として書くなら、私は次の軸でまとめるのが読みやすいと思います。

「季節の変わり目に心身が揺れるのは、気のせいではなく複合要因です」
として、本文では

  • 気候:寒暖差、暑熱、湿度、日照
  • :自律神経、睡眠、血圧、免疫、感染後疲労
  • :不安、抑うつ、イライラ、衝動性
  • 社会:年度替わり、異動、進学就職、長期休暇明け
  • 年齢差:子どもは学校暦、働く世代は役割負荷、高齢者は身体脆弱性
    5本立てにすると、かなりまとまります。公的統計としては、春の自殺ピーク子どもの91日前後高齢者の熱関連リスクを押さえると、記事に説得力が出ます。

一言でまとめるなら、

季節の変わり目の不調は、「気候」単独ではなく、「体の季節変化」と「生活の節目」が重なって起こる。
冬の終わりは寒冷負荷・感染症・睡眠/概日リズム変化・年度末が、夏の終わりは暑熱消耗・睡眠障害・休み明けストレスが重なる。

です。

 

 

1. 23月の「揺れ・衝動性」と45月の「統計的自殺増」の生理学

23月は揺れと衝動的な自傷が多く、45月は揺れが落ち着くのに自殺が増えるのは、精神医学的に非常に重要な現象を捉えています。

  • エネルギーと気分のタイムラグ: 冬の間、日照時間不足により枯渇していた「セロトニン(気分安定)」と、体内時計を司る「メラトニン」のバランスが、春の急激な日照増で変化します。このとき、「気分の落ち込み」が回復するよりも先に「身体的エネルギー(焦燥感・衝動性)」が回復してしまうというタイムラグが起きます。抗うつ薬の投与初期に起こるアクティベーション・シンドローム(賦活症候群)と同じ理屈で、これが23月の「衝動的な行動」の引き金になります。
  • 汎適応症候群(ストレスの枯渇期): 45月は、日本の社会的な新年度の環境変化(引っ越し、異動、進学)という強烈なストレッサーが加わります。ハンス・セリエのストレス学説でいう「抵抗期(過剰適応して頑張れている状態)」から、GW明けにエネルギーが切れて「疲廃期」へと移行するため、揺れは見えにくくとも、不可逆的な決断(自殺)に至るリスクが跳ね上がるのです。

2. なぜ「壮年期」に環境感度が上がり、「高齢者」で鈍るのか?「壮年期(働き盛り)で気候への感度が上がり、高齢者で鈍る」という現象は、自律神経機能と感覚受容器のエイジング(加齢変化)で見事に説明がつきます。

  • 若年層(20代まで): 東洋医学でいう「気(生命エネルギー)」が満ちており、ホメオスタシス(恒常性維持機能)が強力です。気圧や気温が乱れても、強力な自律神経のバネで即座に補正できるため、環境のノイズを「感じずに」済みます。
  • 壮年期(30代〜50代): 自律神経の機能は20代をピークに、10年ごとに約10%ずつ低下すると言われています。バネが弱っているにもかかわらず、社会的・家庭的ストレス(仕事の責任、育児、介護の挟み撃ち)は人生で最も高い時期です。さらに先生が指摘した「運動不足(身体的予備能の低下)」が重なると、内耳の気圧センサー(圧受容器)などが過敏に反応し、「気象病」や「季節の変わり目の不調」としてアラートを鳴らしやすくなります。
  • 高齢期: ここが面白いところですが、高齢になると自律神経だけでなく**「温度センサー」や「気圧センサー」といった知覚そのものが鈍麻(鈍く)なります。** そのため、「気候の変化による主観的な揺れやだるさ」は感じにくくなります。しかし、これは環境に適応できているわけではなく、「アラートが鳴らないままダメージが蓄積している状態」です。だからこそ、主観的な揺れはないのに、真夏や真冬に「突然の熱中症」や「心筋梗塞」で命を落とす率が高くなるのです。

3. 東洋医学からのアプローチ:季節の「気」のダイナミズム

東洋医学では、自然界の季節変化と人体の臓腑を完全にリンクさせて考えます

冬の終わり〜春(肝の昂り): 春は「肝(自律神経や感情のコントロール)」の季節です。冬の間に内に溜め込んでいた(蔵)エネルギーが、春になって一気に上に向かって芽吹こうとします(生)。この「気の上衝」がうまく発散されないと、上半身に熱がこもり、イライラ、焦燥感、不眠、めまい、そして衝動的な揺れとなって表れます。

  • 夏の終わり〜秋(気陰両虚): 猛暑で大量の汗をかくと、水分(陰)だけでなく、気(エネルギー)も一緒に漏れ出てしまいます。これを「気陰両虚(きいんりょうきょ)」と呼びます。夏休みの終わりには、このエネルギーと潤いの絶対的な枯渇により、深い抑うつや無気力(いわゆる夏バテのどん底)が訪れます。

これらの知見をまとめると、

  1. **「今の不調は、あなたの心が弱いからではなく、地球の季節と自律神経のズレという『物理的・生理的な現象』です」**という免罪符(バリデーション)。
  2. 年代別のメカニズム解説: 「若い頃は気合いで乗り切れたのに」と落ち込む壮年期の患者さんに対し、自律神経のエイジングと社会的負荷のピークが重なる「当然の現象」。
  3. 時期別の注意喚起: 春先の「衝動的なエネルギーの空回り」と、5月や夏明けの「バッテリー切れ」の違いがあり、それぞれに合った過ごし方(春は無理に新しいことを始めずペースダウン、夏明けは徹底的に休養など)が大切。

 

 

1. 統計的に確認されている季節性

  • 自殺・自傷の季節性 日本では35月(特に3月・4月・5月)が自殺者数のピークです(厚生労働省・警察庁データ、令和46年)。
    • 23月:衝動的自殺・自傷が増加(年度替わり・新生活ストレス+気温急上昇による自律神経の揺らぎ)。
    • 45月:統計上最も多くなる(環境変化の蓄積+日照時間の急増)。
    • 夏休み明け(8月末〜91日頃):子ども・生徒の自殺が顕著に増加(学校復帰ストレス)。
  • 高齢者の死亡率
    • :低温による死亡(低体温症・凍死)が毎年1000人超。熱中症死亡を上回る年もあり、室内凍死が85%以上を占める(高齢者・低所得層で特にリスク高い)。
    • :猛暑による熱中症死亡が急増(2024年は過去最多)。高齢者は体温調節機能低下で影響を受けやすい。

2. 生理学的・身体科的なメカニズム

季節の変わり目は気温・気圧・湿度・日照時間の急変が自律神経・ホルモン・体内時計に直接影響します。

  • 主な因子と影響
    • 日照時間の変化:冬終わり(日照増加)セロトニン急増で躁状態や衝動性。夏終わり(日照減少)セロトニン減少・メラトニン増加で抑うつ・不眠。
    • 気圧・湿度の変動:低気圧接近や梅雨期に自律神経が乱れ、頭痛・めまい・不安・気分の落ち込み(気象病)。
    • 寒暖差・猛暑:体温調節負担でコルチゾール(ストレスホルモン)上昇、炎症反応増加。
    • 冬バテ・夏バテ:蓄積疲労(冬の低温ストレス、夏の熱ストレス)が春・秋の変わり目に表面化。
  • 年齢による感受性の違い
    • 壮年期(3050代):ホルモン・自律神経の感受性が最も高く、外部環境の影響を受けやすい。
    • 若年期(20代まで):代謝・気・生理活性が高く、比較的影響を受けにくい。
    • 高齢期:体内時計の同調機能が低下し、気温・気圧への感度が「鈍くなる」一方で、適応力が弱まるため死亡リスクは高まる(感受性低下ではなく「対応力低下」)。

3. 東洋医学・心身医学的な視点

東洋医学(五行説)では、季節の変わり目は「気」の乱れが起きやすい時期とされます。

  • 春(肝):冬の「気」の停滞が一気に解放され、肝が過剰に働くイライラ・不眠・衝動性23月の自傷増加と一致)。
  • 秋(肺):夏の疲労が表面化気虚・憂鬱(夏休み明けの子ども自殺と関連)。
  • 季節の変わり目:五臓のバランスが崩れやすい「土用」の時期に相当し、心身の「揺らぎ」が顕在化。

心身医学的には、気象病(天気痛)として自律神経失調・セロトニン変動が重視され、ストレス+気象因子の相互作用で症状が悪化すると考えられています。