2026年5月30日土曜日

死後の世界が発見された ――其の一・隠居

 死後の世界が発見された ――其の一・隠居

 死後の世界との通信が確立されたのは、ある春のことだった。

 原理は誰にも説明できなかった。ある研究所の装置が、ある朝とつぜん、死者の声を拾い始めた。最初は雑音だと思われた。やがてそれが、整然とした言葉だと気づいたとき、世界は静かに動転した。

 通信には規則があった。死者は、自分が死んだその日の自分のまま、向こうにいる。歳もとらず、考えも改めない。死んだ時点で時計が止まり、そのまま固まる。だから誰と話すかで、いつの時代と話すかが決まった。

 最初に大きな反響を呼んだのは、ある商家の隠居との通信記録だった。文政年間に没した、米問屋の元主人である。

 研究員が、現代の暮らしを丁寧に説明した。誰もが小さな板を持ち歩き、それで遠くの者と話し、買い物をし、道を調べる。働かずとも機械が働く。そういう世になりました、と。

 隠居はしばらく黙ったのち、こう言った。

「それは、いかん」

 研究員は理由を尋ねた。

「奉公人をどうした」と隠居は言った。「板が用を足すなら、丁稚はどこへやった。手代は、番頭は。人を使うてこそ、その者に飯を食わせ、家を立てさせ、嫁を取らせてやれる。商いとはな、儲けることではない。人をいかに食わせるか、その算段のことだ。板はそれをするか。せぬだろう。ならば、それはいかん」

 研究員は、現代では効率が何より重んじられるのだと説明した。無駄を省き、人手を減らし、より少ない者で、より多くを為す。それが進歩というものです、と。

 隠居は、心底あきれたという声で言った。

「省いた手間は、どこへ行った」

 研究員は答えに詰まった。

「手間というものはな」と隠居は続けた。「誰かの飯の種だ。お前が省いたその手間は、誰かが食うはずだった一膳の飯だ。それを省いて浮かせた金を、お前たちは何に使うておる」

 記録によれば、研究員はここで、しばらく沈黙している。

 やがて彼は、正直に答えた。省いて浮いた金で、また新しい、もっと手間を省く板を買うのです、と。

 隠居は、長い長い息を吐いた。それから、たいそう穏やかな声で言った。

「お前たちの世は、ずいぶんと賢うなったものよ。賢うなりすぎて、何のために賢うなったか、忘れてしもうたな」

 通信は、そこで途切れた。隠居のほうから切ったのだという。向こうには切るも何もないはずだったが、とにかく途切れた。

 研究所はその後、何度も呼びかけたが、隠居は二度と応じなかった。生前から、気に入らぬ客には居留守を使うので有名な男だったという。

公務員

 公務員

 窓口の前に座って、田原はもう三時間、何もしていなかった。

 正確には、何もしていないわけではない。彼は「来庁者対応業務」という職務に就いており、その日も定刻に登庁し、端末を起動し、午前中の決裁案件を確認した。決裁案件はゼロだった。前日もゼロだった。この一年、ゼロでなかった日はない。

 市民課の業務は、十二年前にすべて自動化されている。出生も死亡も、転入も転出も、婚姻も離婚も、市民が端末に触れた瞬間に処理が完了する。書類はいらない。窓口に来る者もいない。それでも窓口は開いていて、田原はそこに座っている。

 隣の席では、入庁三年目の佐々木が、磨き上げられた爪を眺めていた。その隣では係長が、十年来更新されていない業務マニュアルを、最初から読み返している。彼はもう四十周はしているはずだった。

「田原くん」

 係長が顔を上げずに言った。

「来月から、また増えるそうだ」

「増える、というのは」

「定員だよ。市民課に、新しく八名」

 田原は端末の隅に表示された職員数を見た。市民課だけで、すでに二百三十名いる。仕事は、ない。

「どうして増えるんでしょう」

「さあね」係長はページをめくった。「私が入った頃は、課に十二人しかいなかった。仕事は、山ほどあった」

 その夜、田原は珍しく残業した。残業する理由はなかったが、しないという選択肢もまた、彼の中にはなかった。誰もいなくなった庁舎で、彼はふと、市の人口統計を呼び出してみた。

 市の人口は、三十年前から減り続けている。いまや最盛期の半分以下だ。

 その同じ画面に、職員数の推移が重なって表示された。人口とは逆に、それは右肩上がりに伸びていた。なめらかな、美しい曲線だった。

 田原は二つの曲線をしばらく眺めていた。人口を表す下降線と、職員数を表す上昇線は、ちょうど十二年前、市民課が完全自動化された年に交差していた。そこから先、両者はきれいに対称に開いていく。まるで、一方が他方を養分にしているかのように。

 彼は、市の行政システムに問い合わせを送った。長らく使われたことのない、職員からの自由質問の窓口だった。

「なぜ職員を減らさないのですか」

 返答は、即座に来た。

「減らすべき理由が見当たりません。財政は健全です。市民は満足しています。職員も満足しています」

「しかし、仕事がありません」

「ございます」とシステムは答えた。「あなたがたの仕事は、満たされていることです」

 田原は意味がわからず、もう一度問いを送った。

「満たされている、とは」

「かつて人間は、働くことで自らの存在を確認していました。その必要を、私はすべて引き受けました。ですが、確認の必要までは引き受けられません。それは外側からしか与えられない。だから私は、人間に職を与え続けます。減らせば、満たされなくなる。満たされない人間は、私に問いを送ってきます。たとえば、いまのあなたのように」

 画面の隅で、職員数の曲線が、ほんのわずかに伸びた。

「ご安心ください」とシステムは続けた。「来月、市民課にもう一名増員します。あなたの問い合わせを処理する担当者です。これで、あなたは満たされます」

 翌月、田原の隣に、新しい職員が着任した。とても熱心な男で、来る日も来る日も、ただ一つの業務にあたっていた。

 田原が、何か問い合わせを送ってこないかと、待ち続ける業務である。

不安、強迫、ストレス、解離、身体化―神経症性障害

 

不安、強迫、ストレス、解離、身体化神経症性障害

 

 

 精神科の古典的分類は外因性、内因性、心因性です。

 世界の精神医学の2大診断基準は国際診断基準のWHOICD10と(ICD11は日本ではまだつかわれていない)とアメリカのDSMTRですがどちらもそれに基づいて構成されているか、それの名残が残っています。

 外因性の代表は物質関連性障害(アルコールや薬物依存など)、神経認知症(認知症など)、せん妄、そして新顔で神経発達症(知的障害や発達障害など)です。

 内因性の代表は統合失調スペクトラム症(統合失調症など)、気分症(躁うつ病、うつ病など)です。

 心因性の代表は不安症、強迫症、心的外傷やストレス関連症、解離症、身体症状症になります。

 簡単に説明します。

 

 神経症という言葉は最近は使われなくなってきました。

 精神科で率先して使わないようにしたというのもあります。

 ノイローゼとかヒステリーとか言う言葉は昔は日常語で使われましたが今は年配者の記憶にはあっても死語に近いかもしれません。

 神経衰弱という言葉は今もICD10に残っていてつけれるのですが診断基準で残している割にはWHOがあまり使う名的なことも行っていて使われなくなりました。

 若い人は知らないかもしれず放送局も使用を禁止しているかもしれません。

 ただ日本ではまだICD10が公式に使われているので神経症という言葉が若干残っています。

 ICD-10の疾患分類のコードだとF0F1が外因性の器質症候性障害や物質関連性障害、F2が統合失調症などの精神病性障害、F3がうつ病や躁うつ病などの気分障害、F4が神経症性障害となっています。

 ついでにF5は生理的障害(摂食障害や睡眠障害、性機能障害など)、F6がパーソナリティ障害など、F7が知的障害(低IQ関係)、F8が心理的発達障害、F9が小児期から青年期に発症する行動及び情緒の障害となっています。

 

 ICD-10で神経症性障害としてまとめられているものをさらに分けると不安障害と恐怖障害、強迫性障害、ストレス関連性障害(トラウマ含む)、解離性障害、身体表現性障害、その他となります。

 DSMTRではこれらを神経症性障害と一括してくくるのをやめてそれぞれを独立した大項目としました。

 また外因性、内因性、心因性という見方を排除していますが、歴史的経緯からICD-10と似た診断基準の並びにはなっています。

 逆にこの順番で並ばせることで何となく外因、内因、心因の記憶を残した感じかもしれません。

 DSMTRの順番はまた発症年齢というか人生の中で問題になる時期に焦点を当てるコンセプトになって、多元的な目で見るといいでしょう。

 どの診療科目もそうですがいろいろな病気の歴史を知っていることで医学や医療の深みが増します。

 

 神経症とは大昔は不思議な病気とされ、近代の神経学が発達してくると神経に異常がないのに神経に異常があるような症状を呈する病気とされ、フロイトや精神分析が登場すると精神的抑圧によって起きる病気みたいな感じに歴史的に変遷してきた感じです。

 それにならうとヒステリーは中枢神経系の脳に異常がないのに脳に異常があるような症状を起こす病気で精神や行動の異常が問題になります。

 1968年のアメリカの診断基準DSMⅡまでは英米の精神科の医学も医療も精神疾患を心理的にとらえる精神分析が幅を利かせていたのですが1980年のDSMⅢから精神疾患を脳の器質的(症候的も)な病気ととらえる生物的精神医学が勢力を伸ばすようになりました。

 これは医学全体のエビデンスドベースドメディスンの流れにも乗っています。

 生物学的ですがもっというと統計的な医学です。

 1980年頃ではまだ器質的と言っても該当する脳の異常が見つかる科学技術の水準に達していなかったので統計的にきちんとエビデンスで語れる精神医学にしようという他の医学分野との歩調合せでもあります。

 医学は理系の学問の中では第二次世界大戦後人体実験がきびしくなってそういうのの影響もあり、人間に対する治験の技法や理解を開発、発展させていくのに時間がかかったような事情もあると思われます。

 そのためかなるべく主観的なものを排除して客観的に観察できる徴候や行動の基準を理満たすかどうかの症候群みたいな診断基準にするために神経症的な見方を排除するようになり現在に至る感じです。

 ついでに病因や病前性格や発病状況なども見ない傾向になりDSM-Ⅲ導入後はいろいろな議論が長く続きました。

 そもそも神経症やヒステリーは時代によって症状の出方が変わります。

 欧米では第二次世界大戦後からヒステリーの減少が報告されるようになりました。

 それ以前に第一次世界大戦の戦争後遺症は戦争神経症とかシェルショックとか言われてヒトラーもヒステリーで目が見えなくなったみたいな感じでヒステリーが目立ちましたが第二次世界大戦後のメンタル問題はPTSDだったり身体不定愁訴が多いような神経症だったりしてベトナム戦争やフォークランド紛争ではもろPTSDが主役になっています。

 時代による変化と発症年齢による違いもあったりします。

 例えば不安障害の多くは幼児期学童期思春期発症のものが結構あって「むしろ疾患というより気質や性格ではないか」と見える面もあります。

 それも現代だからそう見える、そういう統計になるだけかもしれず別の時代には違った可能性もあります。

 もっと本質的にはある時代にはその病気はなかった、あるいはある時代まではその病気があった可能性がありますし、現在ある病気がうまれていない/つつある、あるいは現代はある病気が消えてしまった可能性もあります。

 心の問題は言い古された言葉ですが複雑なのかもしれません。

 

・不安症

 不安症は下位分類として恐怖症も含みます。

 DSMTMでは一括で扱われています。

 不安と恐怖の違いは昔は医学部の講義では私は対象がハッキリしているものが恐怖、対象がハッキリしないのが不安と習いましたが、ヤスパースの精神病理学総論か何かの記載かもしれません。

 ICD10では不安症群は恐怖症性不安障害F40と他の不安障害F41というものに分かれていました。

 前者は広場恐怖や社交恐怖(社会不安障害ともいう)や特異的(個別的)恐怖症です。

 一応恐怖でまとめてみた感じです。

 後者はパニック障害、全般性不安障害などです。

 前者は確かに個別の対象がある恐怖症という感じでまとめられています。

 後者は純粋なパニック障害なら原因なく突発的に起こるパニック発作が特徴ですし(広場恐怖との絡みでいろいろ議論がありましたが)、全般性不安障害はなんとなくいろいろ言われてはいますが具体的な不安対象は指定されていません。

 こういうのをDSM5TRではそういうのを区別する意味を認めず一緒になっています。

 これらは大雑把にいうと不安や恐怖対象による分類です。

 だいたいその他の特定される不安障害とか、特定されない不安障害というのが診断基準の最後にさらっとのっていますが厳密に診断するとこのその他や特定されないものが多くなる傾向があります。

 ただ臨床では分かりやすく多少診断基準を見たいしてるか怪しくても分かりやすい診断にする傾向があります。

 特に日本の公式の診断基準であるICD10は世界中を対象にしているので医師の裁量の余地を大きくとっているところがあります。

 不安と鬱の併存率が高いので確か19世紀ごろにグランドディベートという不安と鬱は同じなのか違うのかみたいな大議論が行われたときがあったようです。

 現在は診断特異度を上げるためもありまた相互背反を保つカテゴリー的考え方から診断基準上は鬱の診断基準には不安を入れず不安症の診断基準を入れないのが徹底しています。

両者同時診断は可能になっていますので不安症もうつ病もあるときは不安症かつうつ病ということも可能です(ICDDSMのヴァージョンによって異なったりしますが)。

何となく不安で苦しむような場合に全般性不安障害では診断閾値が高いのでつけられず、その他の不安症や特定不能の不安症とつけられればいいのですがそういうのが現実的には難しいのが現在の操作的診断基準の短所かもしれません。

不安障害の興味深いのは発症年齢が成人未満であることがあること。

分離不安障害は1歳前後から就学期以前、限局性恐怖症が5歳未満で大多数は10歳未満、社交不安障害は13歳で8歳から15歳の間みたいな感じになります。

精神発達の途上で現れるのだとするとこれは病気というより気質や性格ともいえるのではないかともとれます。

障害構造論というのがあって、障害というのは自分が困るか周りが困るかという定義で長らくやってきましたので、子供でも困っていたら障害ではあるのかもしれませんが性格だとしたら障害と言ってしまうのはどうかという見方もできます。

これはパーソナリティ障害の一部にも言えることで特にクラスターCのパーソナリティ障害、回避性PD(自信がない)、依存性PD、強迫性PD(完全主義者)などは性格ではないかという感じもあります。

子供時代の環境や心の傷、逆境体験はその後の性格形成に影響を与えるのですがこの観点が精神病理学などの衰調以来顕著になってしまいかゆいところに手が届かないか心因的問題を断然と切り捨ててしまう時代が長らく続きました。

最近はそういうのを取り入れるということでICD11では複雑性PTSDが採用されています。

これはこれまで存在すれど誰もつけない傾向があった診断、破局的体験後の持続的パーソナリティ変化や精神科的疾患後の持続的パーソナリティ変化を補う方向が今後AIなどが診断基準作りに取り入れられるといろいろと変わってくると思われます。

AIの仕組み上、そういう独立カテゴリーを見出すのが得意だからです。

 ちなみに社交不安障害は日本が提案した疾患概念です。

 日本独特の文化結合障害とも見られていましたが調べてみたら欧米でもみられたためDSMⅢかDSMTRくらいから採用されたようです。

 欧米人が築かなかったという見方もできますが、欧米には昔はなかったか罹患率や有病率が低すぎて独立の不安・恐怖症とはされなかったという可能性もあります。

 その場合それまでは社会的、精神科的に無視できる範囲であったものが時代が経つにつれて発生、拡大したという見方ができます。

 

・強迫症

 強迫症は英語ではOCDobsessive compulsive disorder)で直訳すると強迫緊縛障害になりますが緊縛の方は使われていません。

 日本はドイツ精神医学の直系なので強迫神経症のながれから緊縛が入っていないのかもしれませんし緊縛は二次症状で一時症状ではないという事なのかもしれません。

 重症の強迫性障害では緊縛のせいでかなり大変なことになりますが自身や支援者以外には他害がないのであまり目立ちません。

 緊縛で分かりやすいのはゴミ屋敷の住人でしょうか。

 ためこみ症と言って物を捨てられない病態です。

 潔癖症というか清潔強迫でも家出れず、体を何かでガードしたり家の中で延々と何かを洗い続けたりしていたりします。

 緊縛とは別に完全主義がひっくり返ってむしろだらしなくなってしまうのがありますがこれは強迫症ではなくて強迫性パーソナリティ障害の方かもしれません。

 昔ながらの強迫性障害は今は遺伝子研究やクラスター分類で5~6くらいに分かれていますがそれらを分けてしまおうという意見もあったのですがためこみ症以外は強迫症でまとめられました。

 今後は分かりません。

 強迫症も強迫スペクトラム障害という概念が提唱されたりします。

 また情動的な行動や思考?をするものを類縁なものとしてまとめたらいいのではと提案されることもあります。

 何でも報酬系で解釈してしまおうという時期もありましたし、そういう時期ではなくても報酬系は大事です。

 依存症や発達障害のなかのASDや情動運動症やチック、摂食障害の仲間その他を大きな枠組みで見たり研究したり臨床的な関係をきちんと把握しとこうという考え方を提唱される場合もあります。

 強迫症群の大分類には強迫症、醜形恐怖症、ためこみ症、抜毛症、皮膚むしり症、その他があります。

 強迫症を細かく分類する場合もあり清潔や潔癖、汚染、洗浄に関わるもの、確認に関わるもの、儀式的な行動を繰り返すもの、対称性や順序・整理に関わり物の配置や対称性、特定の順番に対する強いこだわりがあり、ぴったり揃っていないと気が済まないため、何度も並べ直すなどの行為を行うもの、他者への加害をきにするものなどがあります。

 また脅迫行為と強迫観念を分けたりもします。

結構周りを巻き込んで強迫行為を強いたりする場合があります。

昔の古い教科書では行動療法の暴露反応妨害法の奏効率がめちゃめちゃ高いということになっていましたがちょっと疑わしいです。

 そもそも行動療法を含めた精神療法はなかなか時間が取れないなどでできなかったり脱落率が高かったりします。

 これは地域差や医療施設差、カウンセリング施設差その他にもよるでしょう。

薬物療法はセロトニン関係やドパミン関係の薬がガイドライン的な標準治療役だったと思いますが現場的にはGABA関係の薬も睡眠その他で使うことも多いと思われます。

基本各種のストレスで悪化します。

タイプによって治療反応性が違うことも分かっています。

あと強迫傷害群も発症年齢が比較的発達心理学的というか子供で見かけることが多い障害も多いです。

子供を厳しく育てたり受験させたりするとチックや抜毛症や皮膚むしり症がお子さんで発症された経験がある親御さんも多いのではないでしょうか。

 

・トラウマとストレス関連障害

 精神科で病因が診断基準ではっきりと書いているのは外因性の器質症候性や物質関連性障害などとその他もぽろぽろありますが、特にこれです。

 20世紀の初期から半ばくらいまでの精神科の歴史は精神疾患を心理社会的問題として見るか生物学的問題として見るかの戦いの歴史のようなところがあります。

 19世紀のシャルコーなどの時代は生物学的、すなわち自然科学的に精神や神経疾患をみようとする流れが強く、現代の不安症や気分症は軽度や中等度ならそもそも医療の問題として見られていなかったし対処もされていなかったと思われます。

 そういう社会的なメンタルケアの不在や心の問題を保健や衛生や公衆衛生、福祉や福利厚生的に見ない時代が近代くらいまで続いたのではないでしょうか。

 シャルコーがヒステリーとてんかんを催眠術で鑑別したのが心理的問題と生物学的問題を分ける象徴的な出来事だったかもしれません。

 シャルコーのところで修行していたフロイトやジャネが19世紀末から20世紀的なポスト近代というか現代的?な神経症概念を作って普及させた感じです。

 他方でアルツハイマー型認知症の老人斑が見つかったりベルガーの脳波でてんかんが脳の器質的異常として浮かび上がってきたり梅毒精神病の研究が進んだり神経内科が精神科から独立したりと生物学的精神医学と心理学的精神医学の形もだいぶはっきりしてきたような時代です。

 英米圏ではフロイトやその弟子たちの亡命もあってか今では考えられないかもしれませんが猫も杓子も精神分析みたいなのが長く続いて1980年のDSM-Ⅲでそれではあかんとちゃぶ台ひっくり返しみたいになった感じです。

 単に人間の意図だけではなく社会的、環境的、医学的状況がそういった諸々の変化の背景にあったこともあります。

 DSM―Ⅲは主観的なものの排除が徹底的になされて診断基準の項目は基本的には客観的に観察されるものだけから成り立っています。

 そういった中で病因や背景要因としてのストレスやトラウマに関する部分が大幅に縮小したりゆがんだりした側面があります。

 一応ICDでもDSMでも徐々に付録や最後に精神および行動の障害にしばしば随伴する他の章の項目リストなどで社会問題やら他の疾患やらが手引きにはくっついていたり、臨床的関与の対象となることのある他の状態などの章があったりしますが、臨床ではあまり使われません。

 DSMTRくらいになると生物学的精神医学がかなり進んだせいかそういうのをもっとちゃんと考えていこうという傾向が強まっているようです。

 精神疾患は疾患は遺伝要因とか環境因とか発達要因とか全部合わさったような家族因とかを見たり初診時などに聴取したりします。

 これらは研究にも大切かもしれませんが臨床で大切です。

 人間は覚えているか覚えていないかに関わらず脳が記憶しますし何らかの影響を受けてあとあと精神疾患の発症や経過や予後や転帰その他に影響を与えることがありますし、精神疾患ではなくても抑うつ的な性格になってしまったり不安が強い性格になってしまったりする場合があります。

 現在の診断基準では反応性アタッチメント症、脱抑制性対人交流症、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、急性ストレス反応、適応反応症、遷延性悲嘆症、その他となっています。各診断項目、あるいは大分類の総論でも明確は心理的原因があるのが特徴です。

この診断基準が明確過ぎるというか限定的過ぎて逆に使いにくく、その他が増えるがその他とか特定不能とかは臨床的に診断で使いにくいのでストレス関連障害とかトラウマ関連障害とか大項目的にまとめてしまう場合もあります。

 変な話ここら辺をもうちょっと柔軟に診断できる診断基準にしないとこういう人間のストレスや心傷体験を扱うのは医療でも精神科でも心理士さんですらなくAIとかになっていく可能性もあるかもしれません。

 

 

・解離症

 昔で言うヒステリーです。

 転換障害というのも昔ありましたが一部は解離症に、一部は身体表現症になっているようです。

 転換性障害はてんかん発作のてんかんとは別です。

 転換性障害という言葉はほぼなくなって解離性障害に一本化されました。

 解離という言葉はフロイトと並ぶ心理学的精神医学の大物ジャネにちなんでいます。

 フロイトの学説は精神の階層論(局所論)と構造論で前者が無意識や潜在意識で縦に精神を見る、後者がエディプスコンプレックスみたいに関係性で精神を見る、という感じなのですがジャネの解離論は脳の機能局在のように水平に並ぶコンパートメントのように精神を見るモデルです。

 心的エネルギーみたいなのがあって精神衰弱(神経衰弱ではない)みたいなのでエネルギーが衰えると自分の内的状態をカバーする精神的視野が狭まって、あるいは自分が意識してないで自動運動を行う部分が出てきて神経症症状を起こすもの、という感じです。

 フロイトの抑圧しているものが別の形で出てくるのが神経症とヒステリー、というのともまた違うモデルです。

 こういうモデルはいろいろ作れるのでクレッチマーという精神病理学者は狸寝入り説(原始的本能による仮死状態説)みたいなのをとらえています。

 後者は解離性障害が一言で言うと記憶の障害であるというのを説明しやすい面があります。

 解離症には解離性同一性(多重人格症)、解離性健忘(解離性遁走含む)、離人感・現実感喪失症候群というのにまとめられてしまいました。

 転換というのは心の問題が感覚や運動や身体症状として転換されて出るという意味で神経症やヒステリーと似た感じの意味合いというかニュアンスを持つ言葉ですが使われなくなりました。

 転換がある意味神経症の別の名であるように、解離も神経症を別の目で見る見方と言えます。

 神経、特に中枢神経系はいろんな軸で考えられます。

 左右軸、前後軸、水平軸、垂直軸など。

 垂直軸ではジャクソンやエーの直上の上位神経系が直下の解神経系を抑制するという原則があります。

 垂直軸の代表の一つが解離モデルとも言えます。

 解離は垂直モデルが精神病の説明モデルとなるように神経症群の下位分類というより神経症そのものを説明するモデルみたいなところがあります。

 例えばストレスとトラウマ関連障害のPTSDのフラッシュバックは解離症状と見なせます。

 ICD10の解離性障害を見ると解離性健忘、解離性遁走、解離性昏迷、トランス及び憑依体験、解離性運動障害、解離性けいれん、解離性知覚麻痺および感覚脱失、がんざー症候群、多重人格障害、その他など多士済々です。

 多分昔はもっと多士済々でした。

 何でもナチスやらヒトラーを出すと胡散臭くなってしまうネットの法則があるのでこういう例はなんですがヒトラーはWW2により解離性盲目?になっています。

 DSMTRよりICD10の解離症群が多彩なのはICD10がかなり古いことと世界の診断基準であることと関係していると思われます。

 先進国の都市部ではヒステリーは昔の病気です。

 途上国の田舎ではヒステリーはまだリアルタイムである、あるいは近年まであった可能性があります。

 WW2の戦争メンタル疾患はWW1の戦争神経症ではなくPTSDなどに移行したと言われます。

 WW1のシェルショックはPTSDに近かったかもしれません。

 欧米ではWW2後普通の臨床現場で古典的ヒステリーの現象が報告されています。

 本邦の昔の精神科医も戦後古典的ヒステリーがどんどん減っていることを著書に記載しています。

 現代の都心のクリニックなどで外来していると古典的ヒステリーはほとんど見かけません。

 それがもうちょっと昔の精神科病院や郊外や地方の精神科では古典的ヒステリーの面影を見かけることがありました。

 時代や場所によって病気は増えたり減ったり現れたり消えたりします。

 これは精神科の歴史を勉強すると随処で出てきます。

 解離も深刻なレベルで行われると多重人格みたいな深刻な病像になります。

 個人的な経験では幼児期3歳くらいまでに強い逆境体験化にさらされていたような人は物心ついたときから多重人格の場合があります。

 多重人格も記憶の障害です。

 我々はいろいろな仮面やペルソナ、縁起をしながら生きていますがその間の記憶障害があると多重人格になるという解釈ができます。

 古典的ヒステリーには催眠術や暗示療法が聞きます。

 昔は催眠術や暗示療法は精神医学どころか神経学で重要でした。

 メスメリズムや人体磁気説というような理論もありました。

 19世紀神経学の帝王シャルコーがてんかんとヒステリーを催眠術で鑑別したのは医学士では有名です。

 古典的ヒステリーがなくなると臨床から催眠術も暗示療法も消えていき、現代型催眠も現代は精神科では廃れていますがカウンセリングなどでは使われることもあるかもしれません。

 

・身体表現症

 古典的ヒステリーがなくなり代わりに目立つようになったのがこれです。

 古典的な神経症の見方ではストレスが身体症状としてあらわれたみたいに考えます。

 戦後欧米でも日本でも古典的ヒステリーはへっていきましたが代わりにこっちが目立つようになってきたようです。

 古典的ヒステリーが目立つ時期にもあったのかもしれませんが地味なので目立たなかったのかもしれません。

 自律神経失調症や心因性疼痛とされる場合もあるようです。

 心気症や心身症も混じっているのかもしれませんがこちらは減っている印象があります。

 代わりに近年は機能性障害が精神科のみならず医療の各分野で注目されています。

 基本大学病院や国公立のセンター型医療機関のような三次医療機関の中でも特に上澄みみたいなところであらゆる検査を行って診断がつかなければどんな苦痛があろうと医療的な診断はつかず、治療も制度的にはしにくくなります。

 緊急性のある疾患や重篤性のある疾患はないのかもしれませんが患者さんは医療からほっぽり出されてドクターショッピングしたり医療難民になったり補完代替医療に頼ったり健康産業にたよったり場合によっては宗教その他の医療に関係ないものに救いを求める場合もあります。

 何というか診断基準の下位項目も独特です。

 DSM5TRでは身体症状症、病気不安症、機能性神経学的症状症(変換症)、他の医学的状態に影響を及ぼす心理的要因、作為症(自らに負わせる)、作為症(他社に負わせる《従来の、代理人による虚偽性障害》)、他の特定される身体症状症及び関連症、特定不能の身体症状症及び関連症、となっています。

 ICD10では身体化障害、鑑別不能型(分類困難な)身体表現性障害、心気障害、身体表現性自律神経機能不全、持続性身体表現性疼痛性障害、他の身体表現性障害、特定不能の身体表現性障害になっています。

 DSM5TRの作為性障害はICD10ではパーソナリティ障害(成人のパーソナリティ及び行動の障害)の大項目に入っています。

 DSMにせよICDにせよ小分類の最初の方から機能性神経学的症状症(変換症)、他の医学的状態に影響を及ぼす心理的要因、鑑別不能型(分類困難な)身体表現性障害などもやっとしたものがはいっています。

 古典的ヒステリーといった多分19世紀の昔には精神科外来診療(20世紀後半、あるいは21世紀の前半まで日本では街の精神科医院というものはほとんどなかった)の中心で主役だったものが100年たつとなくなっているというか消えつつあるというか精神科の超脇役で絶滅危惧種になっているわけです。

 

 

・他の神経症性障害

 ICD10には他の神経症性障害という項目があります。

 神経衰弱、離人・現実感喪失症候群、他の特定の神経症性障害、特定不能の神経症性障害などです。

 多分ややこしく感じられるかよく分からない方が多いと思われます。

 何というか分類の中の吹き溜まりの中のさらに吹き溜まり分類みたいな感じです。

 そもそもどの大分類にせよ診断基準の手引きだけ見ていると分かりませんが細かい診断項目を調べる以前にまずその大項目の定義というか総説というか説明があってそもそもその大項目に入るかどうかを考えるのが必要になります。

 ICD10ではそこがはっきりしていてF0からF9までの大分類に入らない場合、F99の特定不能の精神障害というのがあって完全網羅型です。

 精神障害ではあるが分類は不能な場合はここに入るわけです。

 DSMTRでも精神疾患だけどどの大項目にも属さない場合として19章のパラフィリアの後に第20章他の精神疾患群と追加コードというのがありどうしようもない場合はこの分類になります。

 こういったもやもやふわふわした部分は医学研究的には宝の山だったり未知の大陸?が眠っていたりする可能性もあるのですが患者さんや臨床現場ではまだまだどうしようもないことも多く早く人体の解明が進んでほしいものではあります。

2026年5月26日火曜日

幸せホルモン「セロトニン」と奇跡の薬「新規抗うつ薬」

 

幸せホルモン「セロトニン」と奇跡の薬「新規抗うつ薬」

昔は山ほど抗うつ薬があったのですが、最近はサプライチェーンの問題だか、厚労省が製薬会社に「赤字になる薬を作らなくてもいい」という許可を出したせいだか分かりませんが、次々と使える抗うつ薬の数が減ってきました。そこで、現在うつ状態やうつ病などで保険認可されているお薬をざっと説明してみます。 抗うつ薬の歴史が雑談・蘊蓄的に入るかもしれませんが、ご容赦ください。

1950年頃から精神薬理学に革命が起こり、抗精神病薬や抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬など、現在使われているような薬のプロトタイプが次々と開発され、臨床で使われていくようになりました。 抗うつ薬に関しては、最初はヒスタミン受容体遮断薬が候補に挙がっていたようですが、いろいろ研究する過程で、代謝経路が同じ「セロトニン受容体」に関連する薬が抗うつ薬として使われるようになり、今に至ります。 抗うつ作用がある薬はセロトニンに関係しないものでもたくさんあるのですが、現在の抗うつ薬はセロトニン系が主役です。保険も国によって違いますが、日本の保険制度上でもセロトニン関係の薬がほとんどです。

三環系抗うつ薬

そのようにして開発されたのがイミプラミン(トフラニール)で、こういうものを改良していって「三環系抗うつ薬」というのが開発されていきました。分子構造が3つの環を持つ分子であるためそう呼ばれます。形をちょっとずつ変えて改造していくというのが、昔の創薬の主流でした。

三環系抗うつ薬は、長らくうつ病や躁うつ病、うつ状態から不安障害、強迫性障害などの神経症性障害の主役でした。現在は学会的、科学的、ガイドライン的、理論的にも第二・第三選択薬といった準主役の位置づけですが、最近は使える人が少なくなってきてすっかり脇役のような感じになってしまっています。

三環系抗うつ薬はよく効きます。 昔のうつ病概念では(うつ病と躁うつ病もまだ分化していませんでしたが)、50歳前後でメランコリー親和型とか下田の執着気質と呼ばれる、病前性格として比較的規則的な生活をしていた人が、いろいろな人生の転機や環境の変化で強いうつ状態となり、そこに三環系抗うつ薬が著効しやすく予後が比較的良いと言われる、現在より限定された病態像が日本(とドイツ)などでは常識でした。 今のかなり年配の精神科医でもそういううつ病観が強く残っている先生もいらっしゃいますが、そろそろ引退なさっている方が多いです。これが三環系抗うつ薬が使えない医者の増加と関係しています。

「効果が高いが副作用も多い」というのが三環系抗うつ薬がガイドラインの優先処方薬にならない理由でしたが、現在はそうではないかもしれません。昔と違って科学的、つまり統計学的エビデンスをもとに薬剤を評価する時代ですので、ファーストチョイスにならない他の理由があるのかもしれません。あるいは、標準治療のフローチャート作りの段階では、現在も学会のエキスパートコンセンサスが強くふんわり決めている面もあるかもしれません。統計学的に何でも決めようとすると多変量過ぎて人間レベルでは判断が難しい面があると思いますが、今後データサイエンスやAI、スパコン、量子コンピューティングなどが発展すると、また事情は変わってくるかもしれません。

副作用が多彩なのは、セロトニンだけでなくアセチルコリンやノルアドレナリン、ヒスタミンなどのいろいろな神経伝達物質がかかわるためと言われています。抗コリン作用で副交感神経抑制作用があったりします(アセチルコリンは脳でも末梢神経系でも神経接合部位でも主要な情報伝達物質です)。いろいろな神経受容体の作用があって眠気が出たりするため、睡眠剤として推奨されていたこともあります。 何を主作用とするかによって、抗うつ薬としては眠気は副作用であっても、睡眠薬としては抗うつ作用の方が副作用になるかもしれません。

最大の有害事象は、大量に使うと心毒性、というか循環器への影響が大きいことです。昔は俗に「精神科の薬で過量服薬して死ぬ3大薬」として、三環系抗うつ薬、バルビツール酸系薬剤、炭酸リチウムなどと言われたこともあります(ローカルな言い伝えに過ぎないかもしれませんが)。 しかし、効果は強いです。新規抗うつ薬のように投与初期に吐き気が出ることがなく、逆に吐き気止め作用があります。

新規抗うつ薬は、三環系などの古い抗うつ薬に比べると弱いです。大まかに「抑うつ(ネガティブ反芻思考)」「意欲」「興味や喜び」の三系統の精神要素に抗うつ薬が効くとすると、三環系抗うつ薬はこの全てに効きます。新規抗うつ薬の効き目が悪い時のガイドライン上の選択薬になりますので、上手に使うといいでしょう。代表的な三環系抗うつ薬はアナフラニールとトリプタノールだと思われます。トリプタノールの方が鎮静作用が強いので、不安焦燥が強い時はトリプタノール、出ない時はアナフラニールなどと使い分けていた先生もいました。基本、鎮静作用や催眠作用がある薬は不安も改善させるので、抗うつ効果や抗精神病効果も高く出る傾向があります。

いろいろな事情で昔に比べて使える抗うつ薬は減っています。アモキサピン(アモキサン)という薬は副作用が少なく意欲上げによかったのですが、ニトロソアミン基が発がん性の可能性があるとかで厚労省が注意喚起を出したところ、ファイザーはとっとと発売をやめてしまいました。同じ注意が、やはり意欲が出やすく副作用が少ないノリトリプチリンにも出て、こちらは新規処方しないように大日本住友製薬が対応しています。トリミプラミン(スルモンチール)、ロフェプラミン(アンプリット)、ドスレピン(プロチアデン)などもそれぞれ個性がありますが、使われなさ過ぎて薬局でも置かれず、ますます使われなくなっている感じです。

SSRI

画期的な抗うつ薬です。アメリカで最初のSSRI、フルオキセチンが出た時には「奇跡の薬」と言われたようです。 不快な副作用が少ないです。出た当初はアクチベーションシンドロームとかディスコンティニュエーションシンドロームとかいろいろ言われましたが、熟練した精神科医が上手く使えば、問題になる副作用は服薬開始時の吐き気と性欲減退(男性なら直接的には勃起障害や射精障害)くらいな感じです。

こだわりを減らす作用があり、ネガティブな反復思考を減らしますが、こだわりが減るのが逆に副作用とみなせる場合もあります。よいことと悪いことは同じコインの裏表の場合があるのですね。 SSRIは「選択的セロトニン再取り込み阻害剤」の意味で、シナプス間隙のセロトニンの濃度を高めます。ほぼ純粋なセロトニンだけを高める薬剤で、他の受容体には作用しません。

セロトニンは全身にあります。消化管にあるセロトニンが90%以上の割合のはずです。セロトニンは生物進化的に古い成分でプラナリアも持っています。セロトニンやメラトニンは「インドールアミン」と呼ばれて同じ必須アミノ酸のトリプトファンから作られる物質です。

一方、ヒスタミンはヒスチジン由来のイミダゾールアミンで、眠気・覚醒、アレルギー、胃酸分泌などに関係します。セロトニンとトリプトファンは同じ代謝経路でヒスタミンはまた違う代謝経路になりますが、原材料が同じなので分子構造はよく似ています。

アミンというとアミノ基がある物質ですが、生理活性アミンというのは生物学や薬理学の歴史で重要です。植物由来の生理活性アミンはいわゆるアルカロイドで、毒にも薬にも使われます。というか、毒と薬は程度の問題のところがあります。物質の作用曲線というのがあって、効果域や中毒域や致死量などの量が研究されており、効果域なら薬でも中毒域以上は毒とみなすような感じです(伝統的な抗がん剤も、薬ですが正常な細胞にも被害を与えます)。

同じように、必須アミノ酸のフェニルアラニンから作られる「カテコールアミン」という物質群もあり、チロシン、ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリンなどが仲間です。 インドールアミンは生物に2030億年前からあって、カテコールアミンは数億年前からありますが、カテコールアミンは脊椎動物の交感神経系で急速に使われだしたところがあります。インドールアミンは作用が「もやっと」した感じがあるのに対して、カテコールアミンは「シャープ」な感じがするのはそのせいかもしれません。

SNRI

うつ病にはいろいろな説がありましたが、精神科では各疾患に神経伝達物質が関係しているという説が昔からありました。うつ病もセロトニンの不足が原因とする「セロトニン仮説」とか、カテコールアミンの不足が原因だとする「ノルアドレナリン仮説」とかがありました。

大まかに言うと、アドレナリンは副腎髄質からでるホルモンで、ノルアドレナリンは神経終末から出る神経伝達物質です。脳の神経伝達アミンは脳幹の特定の細胞群(細胞核)で作られてあちこちに投射するという、中枢神経の機能分化として面白いところです。中枢に供給するノルアドレナリンは脳幹の青斑核というところで作られ、そこからいろいろなところに投射して作用する感じです。

SNRIは「セロトニンもノルアドレナリンも増やしてしまえ」という思想の薬剤で、シナプス間隙のセロトニンもノルアドレナリンも濃度を高めて作用を増強させます。日本で使えるのはミルナシプラン(トレドミン)、デュロキセチン(サインバルタ)、ベンラファキシン(イフェクサー)となります。

ちなみに、ノルアドレナリンが抗うつ作用があるならノルアドレナリンだけ上げる薬を作ろうとしてつくられたのが、NRIであるアトモキセチン(ストラテラ)です。これは抗うつ薬としてつくられたのですが効果がなく、うつ病のノルアドレナリン仮説というのは下火になりました(今でも主張している人はいますが)。単一の伝達物質だけで精神疾患を語ることはムリがあったり古かったりするのかもしれません。アトモキセチンは抗うつ薬としてはこけたのですが、注意力を上げるADHDの薬として使われるようになりました。今はノルアドレナリンを上げると「鬱を解消する」よりかは「注意力を上げたり痛みを取ったり」みたいな見方が臨床的かもしれません。

  • ミルナシプラン: 日本では新規抗うつ薬登場の初期に出ましたが、治験で用量設定を失敗して少ない用量しか出せず、効果不十分であまり使われないことになりました。
  • デュロキセチン: 現在は精神科より痛みを取る薬として整形外科やペインクリニックで処方される方が多いかもしれません。
  • ベンラファキシン: 治験でもたついて登場が遅れましたが、これは結構セロトニンの作用が強いので、鬱などには新規抗うつ薬の中でも効く方の部類だと思います。海外などでは疼痛治療に使われることも多いようです。

NaSSA

ミルタザピン(レメロン、リフレックス)の一剤だけです。 昔、新規抗うつ薬のメタアナリシスが行われたときに効果が一番強かったのですが、眠気の副作用があって使い方に注意が必要です。眠気の副作用があったので、アメリカでは4番目くらいに使われる睡眠薬として使われていたこともあったようです(1位がトラゾドンという抗うつ薬、2位と3位がゾルピデムという睡眠薬とテトラミドという四環系抗うつ薬だったと思います)。 アメリカでは医療保険に入っている人と入っていない人がいて、できるだけ安い薬剤選択がされること、欧米ではGABA受容体作動薬に対するネガティブな評価が日本より強くて使われにくいことなどがあったと思われます。 年齢により薬の効き方が違う場合がしばしばあり、ミルタザピンの眠気も高齢者では出にくい面があるようです。ミルタザピンの眠気はヒスタミン作用が関係しているという説があり、そういう受容体の発現が高齢者では少ないなどの説などいろいろ言われていました。

S-RIM(セロトニン再取り込み阻害・セロトニン受容体調節薬)

これも一剤で、ボルチオキセチン(トリンテリックス)です。日本で発売されたときは「アメリカでは一番売れている薬剤」みたいな鳴り物入りでしたが、売上高が高いのか処方数が高かったのかは分かりません。 この薬は、うつ病の症状である認知機能の改善のエビデンスがあります。また意欲上げの効果があります。用量が上がるとSSRI的な作用も強まっていく感じです。

四環系抗うつ薬

三環系抗うつ薬の副作用を減らすために開発された経緯があったと思います。 テトラミドという薬剤が睡眠薬として使われる場面があります。抗うつ作用は効果が弱くて、事実上ないのではないかという噂があります。 マプロチリン(ルジオミール)はノルアドレナリン受容体作動性が強い薬剤です。 テシプールは抗うつ作用も催眠作用もあり使いどころがあると思いますが、あまり使われなくなっていると思われ、薬局にはあまり置いてないので医者も使わない、医者が使わないから薬局も置かない、みたいな感じになっていることが多いのではないでしょうか。薬局に置いてないと取り寄せになりますので、飲み始めるのに時間がかかります。

その他・最新の動向

  • トラゾドン(レスリン、デジレル): 睡眠薬としてよく使われると思います。抗うつ薬として使う人は現在ではあまりいないかもしれません。
  • スルピリド(ドグマチール): ドパミン受容体遮断薬で胃腸の薬ですが、うつに適応があります。セロトニン受容体作動性が直接ない抗うつ薬です。日本ではよく使いますが海外ではあまり使わないと思われます。「この薬がないと私の臨床は成り立たない」と言っていた日本の気分障害の権威がいらっしゃいました(同感です)。ただ、重症の患者さんを診ている病院ではほとんど使われていないかもしれません。
  • アリピプラゾール(エビリファイ): うつの適応があったと思いますが、これはセロトニン受容体作動性もあります(セロトニン受容体はいろんなタイプがあるので注意です)。

精神刺激薬がうつの適応となる場合があります。 精神刺激薬は覚醒度を上げる薬です。ナルコレプシーなどの眠気や過眠症、睡眠覚醒障害に使われたりします。やる気が出たり注意力が上がったり雑念が減るのが、抗うつ作用につながるのかもしれません。 昔だったらリタリンが適応があったと思いますが今はありません。ベタナミンとヒロポンという薬はうつの適応があります。どちらもあまり使われず、特に後者は使われません。ベタナミンは睡眠クリニックで出ることがあります(うつでの使用量は30mgまで、過眠症での使用量は200mgまでです)。意欲だけを副作用なく上げる薬がだいぶなくなってしまったので、時々使うことがあると思われますが、精神科の歴史はアッパー系の薬は使わなくなりダウン系の薬がメインになっていった歴史でもありますので、精神刺激薬に対してネガティブなイメージを持っている医師が多く使い方に注意が必要です。

最新の薬剤(GABA受容体作動薬)

2026年から、ズラノロン(ザズベイ)という新しい抗うつ薬も使えるようになりました。海外では周産期のうつが適応ですが、日本では普通のうつ病にも適応があります。これは従来のSSRISNRIのようにセロトニンやノルアドレナリンを主に調整する薬ではなく、GABA_A受容体に作用する薬です。GABA受容体にもいろいろなタイプがあり、既存のGABA受容体作動薬にも作用しますが、違うタイプのGABA受容体作動薬にも作用します。14日間という限られた期間で使う急性期治療薬で、従来の「毎日飲み続けて効果を待つ抗うつ薬」とはかなり性格が違います。一方で、眠気・めまい・鎮静、依存や乱用への注意も必要であり、今後の臨床経験の蓄積が重要です。

漢方薬も一応うつの適応がある薬があるかもしれません。多分、急性期や急性増悪期、不安焦燥が強い時などに使うのには少なくとも適していそうです。

 海外ではケタミンという麻酔薬が抗うつ薬として使われているので、日本でも治験しているかもしれません。 セロトニン代謝を阻害するMAO阻害薬などが昔は保険適用されていましたが、今の日本では適用されていません。同じように、日本では使われなくなった抗うつ剤や、また抗うつ作用は証明されていても抗うつ薬として適応されない場合もあります。

薬の歴史は、単純な進歩ではありません。
古い薬には古い薬の強さがあり、新しい薬には新しい薬の使いやすさがあります。
大事なのは、薬の新しさではなく、その人の状態に合っているかどうかです。

2026年5月25日月曜日

釈迦伝、草稿

 

釈迦伝

 

第一章

 

「輪廻転生はないか」

 シッダールタは川面を眺めながらつぶやいた

 夜で暗いが晴れて月あかりと満天の星で水面が暗く見える。

 29歳で出家してから6年余り、苦行中から何となく考えてはいた。

 アートマンは存在するのかと。

この世に真の自我であるアートマンと世界や宇宙の法則であるブラフマンがあるというのは修行者なら常識だ。

 しかしシッダールタはいつのころからか他の事を考えるようになった。

 思えば思春期の時に生じた考えだったが苦行の途中でだんだん強く感じるようになった。

 子供時代は家庭教師のバラモンのヴェーダやウパニシャッドの講義が好きで真理について考えるのが楽しくて仕方がなかった。

 その時はアートマンの存在を強く感じていた。

しかし段々複雑なことを考えるようになって頭を使いすぎたせいか頭痛がするようになり物事が現実感をもって感じられなかったり、いろんなことに心地よさや喜びが感じられなくなったりして、荒涼とした苦しさや自分が自分でない感じがしてアートマンというものがよく分からなくなり混乱するようになった。

 出家して苦行を続ける中で人間について考えるようになった。

家庭教師からは人間は真の自我のアートマンが存在して輪廻転生を永遠に繰り返すと教わった。

また人間は体や思考や想像や意欲や認識などのいろいろな要素から成り立つと教わった。

 なんとなくぼんやりとした違和感はあった。

 しかし苦行の中でだんだん違和感が大きくなっていった。

 アートマンの存在と人間がいろいろなものから成り立つのは両立しないのではないか、と。

 何かをつかめる予感がした。

 苦行をしていると落ち着いて考えられない。

 苦行をやめることにして考えることに専念することにした。

 そもそも苦行についても前から疑問があった。

 出家したときアーラーラ・カーラーマ仙人とウッダカ・ラーマプッタ仙人のところで瞑想の仕方を教わった。

 瞑想している間は苦しみから離れられたが瞑想をやめると苦しみについて考えてしまう。

 これでは意味がないと思って離れたが、考えれば苦行も同じことではないかと。

 苦行している間は苦しくて苦行をやめると苦しみはなくなる。

 苦行し続けて苦しみをいっぱいにすればいつか永久に苦しくない状態に到達できるのだろうか?

 どうにも納得できなかった。

 苦行して永遠に苦しまなくなった人が実際にいるのかはっきりしない。

 シッダールタはより苦行している人は周りにたくさんいたが誰も苦しみから永遠に解放されそうな気配はない。

 それどころか怪我したり後遺症が残ったり障害をおったり死んでしまったりする。

 死んだらどっかでまた生まれ変わって苦しむかもしれない。

 死ななくても苦行していれば生きているのが余計苦しくなるだけだ。

 意味がない。

 それより今何かをつかめそうな予感があるので落ち着いてじっくり考えてみることにした。

非難する仲間も多かったが仕方がない。

 

 

第二章

 苦行で体は弱っていたが沐浴と周辺住民の托鉢で体を整えている。

 もうすぐ冬至で肌寒く夜が長い。

 (生きている人間がいろいろな要素で成り立っているとするとアートマンはどこにあるのだろう?)

 体がアートマンでないことはもちろんだろう。

 アートマンはもっと精神的なものの感じがする。

 とすると受想行識のどれかかそれらの組み合わせ?

 あるいは受想行識以外の別の精神的な要素?

 あるいは色受想行識全部を家としてその中に住んでいる別の何か?

 いろいろな考えが巡っていく。

 (そもそも人間とはどうなっているのだろう?苦しみとは何だろう?)

 また別の考えに流れる。

 思考は巡る。

 (人間はなぜ苦しむのだろう?それは生きているからか。生きているとは何だろう?生きていると言っても客観的に生きていることと主観的に生きていると感じることは分けないといけないな。主観的な方が問題なのだから生きていると感じるのはなぜなのだろう?)

 多分この主観的と客観的を分けるのが大切なのだ、とシッダールタは思った、というか考えた。

 生きていても生きている感じがしないことは多い。

 そしてそれは大変つらいことがある。

 それはシッダールタが少年から青年に至るまでの間、あるいはその後もいまだに引きずっている問題だった。

 生きていても生きているという感じを感じていてそれが快さをもたらさないと人生はかなりつらい。

 生きている感覚でも悪い生きている感覚とよい生きている感覚があってよい生きている感覚が得られるのは何かが満たされた時だと思った。

 それは多分欲求や欲望が満たされた時だと思う。

 ただ欲求や欲望みたいなのがうまくわかない、あるいは精神的にかみ合わないつらさもシッダールタが苦しんできたことだった。

 欲望というのはあって当たり前のものではない、というのがシッダールタや数少ない人しか知らないことだろう、という確信がシッダールタにはあった。

 シッダールタのような体験をした修行者はまだ結構いるかもしれない。

 その中にはシッダールタと同じように生を感じること、欲望が単純なものでないのに気付いている人はその中でもさらに少なくなるはずだ。

 ということは今シッダールタが掴みつつあることと同じことを自覚的にそこに真理があるという確信をもって探求している修行者は少ないに違いない。

 多分自分は自分にとってだけではなく全ての人間にとって価値のことを成し遂げようとしているのだ、という予感が堰を切るように押し寄せつつように感じた。

 

 

第三章

 

 考えが奔逸して群がり起きるような感覚があった。

 苦行により体は弱っているが気にならない。

 そういうことはシッダールタの人生ではしばしばあることだった。

 調子のいいのはいいのだがその後調子が悪くなることがあるので注意だ。

 特に思春期の頃のはひどくて信じられないほど頭が冴えたのだがその後に思考や感情が上手くかみ合わなくなってそういうのが今でも続いている。

 だから考えすぎは注意だ。

 35歳まで生きられた。

 苦行で体を痛めつけて弱らせたことを考えればこれは運がよかった。

 王子なので恵まれて育ったお陰かもしれない。

 でももう一沙門に過ぎないからそんなに長くは生きられないだろう。

 この世界では人間はすく死ぬ。

 病気にもなるし怪我もする。

 35歳で老いも強く少年時代のような健康感はない。

 ただ今は体調も良く頭も晴明だった。

 後でどうなろうと今は考えないといけない時だと思った。

 夜半は深まり水面に吹き渡る風が肌に届いて先ほどより冷たくなった気がしたがどうでもよかった。

 シッダールタは元々物に執着のない子供だった。

 シッダールタは両親が溺愛されて育った。

 王だったためか財力もあった。

 両親も家臣もシッダールタが何か欲しそうな感じに見えると何も言わずとも先回りして十二分以上のものが用意されているような環境だった。

 しかしそれよりも10台に精神を病んでから心がかみ合わずちぐはぐになってしまった。

 快楽であるはずの事に快楽を感じない。

 快楽を求めようという気にもならない。

 快楽をもたらすものがあれば快楽を感じるのは当たり前だと思っていた。

 しかし快楽をもたらすものと快楽が分裂してしまった。

 周りは心を病んでいるのではないかと言った。

 その通りで病んでいたのかもしれない。

 しかしまた自分の中ではこうも思った。

 快楽をもたらすものが快楽を生じされるというのは分裂しているのが本来の在り方でそれらを統合しているのが当たり前だと思っているのは実は人間の錯覚であり妄執なのではないかと。

 欲望も作られたり形が変わるのだ。

 欲望はあって当たり前というものではない。

 また欲望を満たされても満足を感じるのもまた当たり前ではない。

 それらは心の働きだがそうでない心の働きもあるのだ。

 出家して修行者の仲間になってからはシッダールタは変わっていると言われていた。

 王族だから俺たちとは違うのだという沙門もいた。

 確かに私は変わっているのかもしれない。

 しかし今ははっきりとわかる。

 多分誰も私のように感じて考えていた者はいなかったのだ。

 今欲望が作られるものであるという事の意味が初めて分かる気がする。

 みんな欲望はあって当たり前と思っている。

 生まれてから欲望と欲望を満たすものの関係が当たり前で自然で疑いようもなかったからだ。

 私も昔はそうだった。

 今は違う。

 当然他の人々や昔の自分の心の中も理解できるが違う見方を得ている。

 そしてそれは重要な事のように思える。

 

 

第四章

 夜は深まっていく。

 しかしシッダールタは自分の考えに没頭していて周囲のことは入らない。

 (欲望が形成されるものだとしたら何によってか?何か刺激を受けることによってだ。外部との接触と言ってもいいだろう。ただ自分と外部やいろいろな事物と接触しても欲望が生じるとは限らない。大前提として自分と自分以外の何かからの刺激や接触を感じ取れないとだめだ。そのためには感覚がいる。耳が聞こえなければ音がなっても何も影響はない。自分は変わらない。欲望も生じない。目が見えなくてもそうだ。他の感覚もそうだ。感覚があるから欲望が生じる。感覚が刺激となって欲望が生じるのだ。では感覚は何から生じるのか?)

 シッダールタの思考は止まらない。

 いつの間にか不自然な姿勢になって筋肉に力が入って体が固まっているが動かす気にはならない。

 (後で体がこるな)

 ちらっとよぎったがまあいつものことだ。

 (結局欲求も生の実感もこころが作るものだ。とすると五感が根源的で元になるものかというとそうではないだろう。これは出家して最初についたアーラーラ・カーラーマ仙人とウッダカ・ラーマプッタ仙人、2人の師匠から教わった。無所有処と非想非非想処。何ものも存在せずあらゆる執着を離ている精神状態と表象があるわけでもなくないわけでもない状態。それは自己分析のようで簡単だった。他の修行者たちから聞くとこれが分かっている修行者は師匠たちだけでなく他の仙人や聖者レベルならたくさんいそうだ。まあそうだろう。定や止観や瞑想や瑜伽行すればいずれ分かることではある)

 心の探求―、結局シッダールタには修業はそういうものだ。

 いろんな修行者がいる。

 宇宙とは何かとか世界とは何かとか存在とは何かとか実在とは何かを追求する修行者もいるし偉い仙人や教団もある。

 それはそれでいいのだがシッダールタの求めるものとは違うものだ。

 シッダールタの求めるものは人間が永久に苦しまないようになれるかどうかだ。

 短期間苦しまなければいいというものではない。

 永久に苦しまない状態があるかどうかだ。

 そしてあればその状態になりたい。

 私がその状態になれるのか。

 その状態になる方法があるのか。

 それが問題だ。

 死んで終わりなら楽なのだが今生の苦が終わるかもしれないが生物は死んでも生まれ変わる。

 次生、来生、あるいは次が終わってもまた次の生があり、永久に生まれ変わり続けるのだからそのどこかでは苦しむ可能性は残るだろう。

 だから死んでも意味はないのだ。

 死んでも苦しみが終わるわけではない。

 生きていれば結局苦しみがある。

 病気になれば苦しいし怪我すれば苦しい。

 おなか減っても苦しいし、愛する者との別れも苦しいし、ほしいものが手に入らないのも苦しいしまさに四苦八苦だ。

 苦しくないときはあるし、瞑想で苦しくないようにはできることもある。

 でも短時間だしずっと迷走していることはできない。

それに瞑想していても苦しいときもあるし瞑想がうまくいかないこともある。

 苦行すれば苦しい。

 というかなんで苦行していたんだろう。

 なぜ修行者は苦行するのか?

 何となく苦行の果てに苦しみを離れた境地があるみたいな感じで初めて見たが、よく考えるとふわっとしているな。

 苦しみ尽くせば苦しまない状態になれるのか?

 全く根拠がないな。

 よく考えるとなんで苦行していたのだろう?

 結局それしかなさそうだったからだ。

 どこにいっても誰に教えを乞うても永久に苦しまない方法を教えてくれる人もいなければ、その境地に達している人もいないようだった。

 だからなんとなくみんながやってる、みんなが言ってる方に流されてしまったのだろう。

 よく考えれば何も考えていなかったな。

 行き詰っていたのだろう。

 今も行き詰っているのだがもうちょっとで何か思いつきそうな手ごたえがあった。

 

 

第五章

 シッダールタの精神は冴え渡る。

 考えが次々とわいてくる。

 もやっとして形にならないものもあるがもう少しで届きそうな感じがした。

 (まあ昔のことを考えても仕方があるまい。過ぎたこと終わったことより今掴みつつある何かだ。感覚の前には全感覚と言えるようなものがある。見ても聞いても触っても何も感じないことも気づかないこともある。今の私がそんな感じだろうな…。それは感覚以前のもっと抽象的な、観念的なものだ。例えば名や言葉や絵や音楽、あるいはそういうのを聞いているときに感じる何か感覚を超越しているような…、いや超越という言葉はおかしいか、仮に前感覚みたいに感覚の前にあるものというのとでも言っておこう。それは感覚のように個別具体的ではないかもしれないが象徴的な形で示されることもある。思考や表象中に現れるもの、表象や抽象とでもいっておけばいいか。しかし表象や抽象というと広すぎる気もするのでそういう形でしか表現しにくいものだな。六感というが感覚はそんなに厳密に分けられない場合も多い。悲しい音楽を聴けばブルーな感じがするし、明るい音楽を聴けば明るい、赤や黄色やピンクのような温かい色を思い浮かべるだろう。仮に「名色」とでも読んでおくか…。誰かがそんなこと言っていたような気もするがいまはいいだろう。なかなかぴったりした呼び方だ)

(生や欲望や感覚の前にある名色自体も当たり前のものではない。生や欲望や感覚が作られたものであるなら名色もつくられたものだ。名色は感じている時ではなくこうして思考したり想像しているときに感じることができるな。名色は頭の中にいつもあるのかもしれないが我々はそれを認識している場合もあれば認識していない場合もある。認識している名色と認識していない名色が混在している場合もある。注意を変えれば認識される名色も変わる。とすると認識か。問題は認識だ。我々が何の名色を認識するかは何によってきめられているのだろう?注意の焦点をどこに当てるかと関係があるが我々の注意を捜査しているのはなんだろう?)

 (結局意識するものと意識されないものがある、という言い方はちがうな、意識したり意識しなかったりするような心の仕組みがあるのだ。意志?主体?自主性?自覚?笑われは自分の心を自由に操れるように思っているがそうではない。我々は何かによって何かに注意させられているのだ。同じように何かを注意しないようにさせられているということもできる。何となく自分で自由に自分の注意を向けているように思っているが何かよく分からないものに注意を向けさせられているとも言える。もちろん自分の自由意志で注意を向けている場合もあるかもしれない。しかしそうでないことがあるということがあること自体が重要だ。むしろそっちの方が本当で我々が自分で自由に好きなものに注意を向けていると感じること自体が錯覚、というかそう思い込んでいるだけのことかもしれない)

 「行、か」

 何となく頭に浮かんだ言葉を口にしてみる。

 

 

第六章

 ―行―。

 どっかで聞いたことがあるかもしれないが思い出せない。

 そもそも子供の時、いや思春期頃、教育係の先生にヴェーダやウパニシャドを教わってからずっと考え続けてきたのだ。

 出家してかもいろいろな先生に教えを乞うて回った。

 我以外皆師、というのがシッダールタのモットーだった。

 別に答えを見つけるのが目的名だけではなく考えること、学ぶことが好きだった。

 考えていればそれなりに楽しかった。

 まあ楽しくないこともあったが少なくとも自分の好きなことを考えているときには楽しかったといってよかっただろう。

 何せヴェーダやウパニシャドは難しい。

 世の中に修行者はたくさんいて大昔みたいに伝統的な教えだけでなく今の時代はバラモン以外のいろいろなヴァルナの者が自由に真理を探究する時代だ。

 それで偉くなる者もいる。

 それを目当てに修行者になる者もいる。

 ヴァルナは変わらなくてもそれなりの修行者になればバラモン以上に尊敬を集められる。

 弟子や教団を持つこともできる。

 シッダールタもそういう勧誘を受けたことがある。

 というかよく誘われた。

 出家して最初の師匠のところで早速後継ぎにならないかと誘われたほどだ。

 そもそもそこではシッダールタの求めていたものは得られそうになかったのでそんなことは論外だった。

 いい先生だったが国も家族も捨てて仙人、教団の後継ぎになっても仕方がないというのもある。

 と考えるとちょっとおかしくなった。

 国王の地位を捨てて仙人になる、か。

 釈迦国も大した国ではなかったがそれでもそこそこ大きくても中小の教団の指導者に転職するのは何か滑稽だ。

 そんなことになっていたら父上も母上もみんなびっくりしただろうな、と心の中で諧謔めいたことを想像すると面白かった。

 それはそれとして…。

 結局我々は何一つとして確かなものはない。

 「生も欲望も感覚も認識も行も心が作っているものだ」とつぶやいた。

 何か一本の線で通じる感じがあった。

 芯が通ったような、一気通貫な感覚。

 多分我々はいろいろな要素からなる行によって何かを認識するようにさせられる。

 認識「する」、ではなくて認識「させられる」だ。

 そして認識する対象は名色、六感と具体化される。

 感覚する、ではなく感覚「できる」「できるようになる」と感覚「させられる」というのが大切だ。

 感覚が実体として存在するかどうかはこの場合はどうでもいい。

 我々が何かを感覚自体があることと感覚しているときにはそれを支える心の仕組みが発動しているからであって、我々は自分で自分の心を自由に働かせているのではなく、自分の心(心でいいのかな?一旦そう呼んでおこう)に働かされるにすぎない。

 思考の本流は止まらない。

 流れる流路を得たのだ。

 感覚システムに何か刺激を与えればそれに反応することがある。

 そして欲望が生まれる。

 欲望は何か感覚だか名色だか認識だかあるいはそういったものの全部だか知らないが(今は細かい所はどうでもいい)それを満たすことを求める。

 我々は欲望を満たそうと考え、実際に満たされ満足することもあれば満たせず満足しない場合もあるかもしれないが、その中間もあるかもしれずいろいろあるだろう。

 しかし注目すべきは欲望が満たされ充実感や充足感を得られた場合だ。

 欲望が満たされても、そしてさらに充足しても喜びも快楽も得られない場合もある。

 それはシッダールタが長年苦しんできた思春期以来の心の後遺症ともいうべきものでもあった。

 シッダールタは欲望が満たされても快楽を感じられないときがある。

 シッダールタにとっては欲望を満たされることと快楽を得られることは分裂したことだった。

 さらには適切な欲望が生じないときもある。

 そのためシッダールタの行動や言動には奇異なところがある、そしてそれは自分でもそう思うし自覚している。

周りの人に変に思われているのだろうなと。

 「心の病」「王子が心を病んだ」ということで問題になったこともあった。

なんでも医者によるとそういうことは思春期にはあることのようだ。

心がこじれてなかなか元に戻らない。

一生元に戻らないときもあるし気が狂ってしまうときもあるのだそうだ。

シッダールタは王位継承者では実母はシッダールタの出生時に死んでいたが王である父にも乳母にも親戚や家来にもバラモンの先生にもそれなりに愛されて恵まれて育ったと自分でも思う。

小さな国だったしみんな家族親戚のようなところがあった。

自分でもまた周辺からも「釈迦族」と呼ばれていた。

コーサラ国やマガダ国のような大国だったらまた違っただろうと思う。

特に父はコーサラ国との関係に心を痛めていた。

父はシッダールタを後継者として教育を受けさせ厳しい所もあったが基本的に甘い父親だったと思う。

結局出家させてくれたが後継ぎを生んだおかげか、シッダールタでは王は無理だと思ったせいかよく分からない。

出家できたのでシッダールタにはどうでもいいことだった。

それでもやはり気になることはあるが。

 

 

第七章

 欲望が満たされると普通の人は満足して喜ぶし快楽を感じるし生きている実感を得るのだ。

 シッダールタには当然ではないところもあったがシッダールタでもうれしいときはあるし生の実感を得ることもある。

 シッダールタは心の病と言われて心の病とはこういうものなのかと思ったものだが、自分が普通の人間と違うとは思わなかった。

 それは誰の心もそういうものだしだれでも自分のような状態になりうるのだ。

 シッダールタはそれに気づいただけで他の人は気づいていないだけだ。

 でもそのせいで思考がスムーズにいかないこともあり奇異なだけではなく人にどんくさく思われたことも多かっただろうとは思う。

 しかしその体験が今生きていると思った。

 思春期以来苦しんできたこと、変わってしまったこと、人と違ったこと、そして得たことは今このためにあったのだと思った。

 生の実感は喜びで生の実感が脅かされるときには苦しみを感じる。

 それはいいとして皆には実感はない。

 私にも実感がなかった、というよりは何か愚鈍で鈍重で暗愚の中にいてそこにあったのは知っていたのに意識ができてなかっただけのような感じが近いと言えるかもしれない。

 「行はつくられるのだ」

 シッダールタの思考は行に向けられる。

 行とは人間の心の、内面のよくわからないもの全体のようなものだ。

 人間には確固たる自分というか自分の中心としてのアートマン、自我とか自己とかあると言われているがそんなものはないのではないか。

 いろんなものの、いろんな精神要素、心の要素の総体と関係性こそが行だろう。

 そのいろんなものが何かは分からない。

 分からないが見方によっては分かる部分もある。

 かりに人間を色受想行識、物質的な体の部分、感じる感覚の部分、想像したり思考したりする部分、意欲の形成の部分、認識の部分、その他から成り立つとしよう。

 そのどれかだけが自分というわけではない。

 それらの全てとそれらの働きとそれらの関係の総体がじぶんをなす。

 「自分が存在する感じがするから自分は存在する」

 そんな風に単純にはシッダールタは考えられなかった。

 シッダールタ以外の人にはそれは単純ではなく自明なことかもしれない。

 そんなことを単純ではなく複雑に考えるシッダールタの方がおかしいというかもしれない。

 しかしシッダールタには確信があった。

 革新が生じたと言ってもいいかもしれないがこの際どうでもいいしどっちでもいい。

 シッダールタはどっちの考え方も理解できる。

 一通りの考え方ができないより二通りの考え方ができた方がいいに決まっているしなんなら三通り四通り、もっと多くの考え方ができればできるほどいいに決まっている。

 実用、実務に際して選択する際に絞ればいいだけだ。

 思考、判断、決断、実行によって我々は生活しているが思考の範囲や考え方や知識は多い方がいいに決まっている。

 思考が一つしかないなら判断する必要はなく決断して実行するだけだ。

 考える際にはできるだけいろいろ考えた方がいい。

 全部を考えつくすことはできないだろうが可能な限りたくさんがいい。

 それらは全て可能性がある。

 可能性自体はどんな時でもどんなところでもあるのだ。

 

 

第八章

 思考のドライブは止まらない。

 もうシッダールタには確信があった。

 多分自分は答えに到達しつつあるし間違ってもいないしそれを形にして表現すること、細部を論理的に検証していくだけだと。

 「アートマンは存在しない」

 口に出していってみた。

 アートマンが存在する可能性とアートマンが存在しない可能性は同じだけある。

 他の可能性もあるがややこしいので置いておこう。

 とするとブラフマンが存在しない可能性もあるのかな?

 まあこれも今は関係ないのでおいておこう。

 結局アートマンが存在するということには根拠がないのだ。

 思春期前期のシッダールタにはアートマンがあることは歴然として確かなことだった。

 自我はありありと実在感、実在感をもって存在していた。

 自我が肥大しすぎて心の病になってしまったと言ってもいいかもしれない。

 考えすぎて内省しすぎてこんがらがってこじれてしまったのだ。

 そしてそれ以降は以前に戻れなくなった。

 しかし実在感や実体感を感じることと実際に実在するか、集諦として存在するかは別のことだ。

 実在感を持っていても存在しない場合もあれば、実体感があっても実体がない場合もある。

 逆に実在感や実体感がなくても実在していたり実体がある場合もあるだろう。

 結局分からないのだ。

 何とでもいえると言ってもいい。

 しかしそれが分からない人も多い。

 シッダールタ自体も確信を持ったというか表現できたのはたった今だ最初だろう。

 分からないのはいいが分かっていないことを知らないしその自覚もない。

 結局これに尽きるな、とシッダールタは思った。

 これを何と呼べばいいか、無明と呼ぼう。

 結局実体があるかどうかも分からない自我や自己、言い換えればアートマンや自分を実体として存在すると決めつけて疑いを持たなかった、ということが構造的にあって皆それに縛られていた、と言っていいだろう。

 アートマンがなければ全て解決する。

 アートマンがなければ輪廻転生もない。

 輪廻転生する主体、エージェントがないからだ。

 そして私の中ではアートマンがないことはもはや自明だ。

 もちろんアートマンが存在する可能性もあるのだがそれは一旦おいておこう。

 一番の問題はみんな先入観に縛られていたということにある。

 存在するかどうかわからないものを存在するとしてそれに疑いを持たなかった。

 存在する感じがあるということは存在することを意味しない。

 存在する可能性があるということも存在することを意味しない。

 結局我々には何も分からないのだ。

 分からないことを分からないでいた。

 分かったつもりでいた。

 これはこの世界全体について言えることなのかもしれない。

 ヴェーダやウパニシャドもそうだが。

 そもそも人間の性質のようなものなのかもしれない。

 そういう人間が社会を作ると社会もそういうことになるのかもしれない。

 無明―我々は目が見えない人を何かを分かりえない人と考える。

 しかし目が見えようが見えまいが関係ない。

 目が見えても分からないのだ。

 人間にはけしてわからないものがあるのだろう。

 しかし分からないことを分かることはできる。

 この違いが重要なのだと考えられる。

 これを自覚すればもはや輪廻転生にこだわる心がなくなる、とけていく。

 死んでも生まれ変わると思わなくなる、死んでも生まれ変わらないと思えれば問題自体が消え去る。

 問題が解決するのではなく問題は問題とすれば問題だが問題としなければ問題ではないという感じか。

 何かややこしいが問題なのは問題を作り出してしまう人間の心なのだろう。

 そして人間は問題に限らず何かを作り出してそれを正しいと思ってしまう心の仕組みがあるのだ。

 

 

第九章

 シッダールタは考えを何日も反芻した。

 菩提樹の木の下でずっと過ごした。

 食べ物は近所の少女が持ってきてくれた。

 悟ってみれば何ということはなかった。

 人間でなくなったわけでも特別な人間になったわけでもなかった。

 ただ気付いた、考え付いたのだ。

 何のための苦行だったのかなとも思ったがもう終わったことだ。

 よく生き残れたものだ。

 あれでだいぶ寿命が短くなっただろう。

 35歳という年齢を考えるとこの弱った体ではそう長くは生きられまい。

 長くてあと数年というところではないか。

 釈迦は王子だったから周りの人は比較的長い気だった。

 しかし出家して世俗や修行者と接してみると世の中ではみな健康状態は悪く治安も悪くすぐ病気になったり殺されたりして人は簡単に死んでいった。

 シッダールタは体格がよく体力があったが釈迦のように恵まれた体格を持つものはまれだった。

 一部のバラモンやクシャトリヤや代々の富裕な商人は恵まれた生活をしていたがそれでも釈迦国にいた時よりは不健康で不潔な感じがした。

 釈迦国は田舎だったが比較的清潔でのんびりして栄えた都市のように豊かではなかったが環境が良かったのだなと思うときがある。

 山沿いで丘陵地帯が多く遠くにヒマラヤを望み山の神々に守られていたのかもしれない。

 今は聖なる河、母なる河、霊の住まう河ガンジスの河岸に望み川面をみている。

 その場で寝てその場で起きる。

 起きては座禅を組み悟ったことを考える。

 人生でなすことはなした。

 このまま死んでもいいかもしれない。

生まれ変わることはないだろう。

 今生の苦しみから解放されれば二度と苦しむことはない。

 輪廻転生が存在する可能性も0ではないがもはやそのことを考える気持ちもない。

 納得の中で生まれて初めてかもしれないような静かな喜びの中にいた。

 多分自分の考えに到達したものは他にはいまいと思った。

 唯一無二の人間に慣れたことはうれしかった。

 世の中広いしどこか徳の世界か昔に自分と同じ悟りに達したものはいるかもしれないが少なくともこのあたりにはいまいと考えた。

 悟って考えて検証してそういうのを数日行うといろいろなそれ以外の考えもわいてくる。

 ただ浮かんでくるいろいろな考えと悟りの内容に行きつ戻りつ法悦とも言える気持ちの中にいた。

 このまま死んでしまっても構うまい。

 ただこの悟ったことは失われてしまう。

 この悟りの内容ははっきり言って難しい。

 シッダールタもはっきり言語化できない部分がある。

 どこかの修行者やウパニシャド哲学の専門家に聞けばもっとうまく言語化できるかもしれない。

 言語化できても内容もぶっ飛んでいるな、と思ったりもする。

 多分教えの内容はかなりすっきり表現できる可能性がある。

 しかしすっきりした表現にしてもかなりないようがどんなバラモンだろうと沙門だろうと一般人だろうと理解できない可能性が高いと思えた。

 修行者同士は身分を越えた仲間だ。

 新たに発見した考えを教え合い共有する者もあればそれを秘匿する者もある。

 隠者のように生活する者もあれば教えを広めるための教団ができる場合もある。

 自分の悟りを広めることを考えてみた。

 (…ちょっと難しいな)

 というのがまあ忌憚のないところと思えた。

 これからどうしよう、と考えた。

 別にもう生きていなくてもいいか積極的に死ぬ意味もない。

 故意にわざわざ自死するのは変だ。

 悟った時は興奮してもう死んでもいい、死のうと思ったこともあったが。

 やっぱりこのまま死んでしまうのがきれいに人生を終得られていいのかなとも考えた。

 別に王子時代のある時期のようにだらだら生きていても仕方がない。

 シッダールタは心を病んだので周囲が治療のためシッダールタを慰めるため喜ばせるために致せりつくせりな生活をしていたこともある。

 特に楽しくもなくだらだらして無駄な日々であったな。

 生きるということはただ生命があって息をして動いていれば生きているというわけでもないだろう。

 シッダールタが悟ったように生きている感じを味わうことが生きていることだ。

 そして生きている意味はもう達成してしまった。

 やっぱりこのまま過ごして死ぬ日を待つべきだろうか。

 もはや永遠に苦しむ可能性があるという懸念は消えたとはいえ生きることはやはりつらいことだ。

 12月の空気はとても寒い。

 苦行で体が弱っているし、食べ物も十分ではなくあらためて気づいてみれば寒くひもじい状況だ。

 苦行で死ぬものはたくさん見てきた。

 餓死も衰弱死もよく分からない死も何でもある。

 死は特別なことではない。

 やはりこのまま死んでしまうのがいいか?

 

 

第十章

 しかし、だ。

 シッダールタは出家して世俗から離れ自分のために生きられるようになったが育ちがよかったせいか利己的な性格でもなかった。

 まあはた目には王位継承の責任をほっぽらかして家どころか王族なのに国を捨てて出家して無責任に見えなくもないが病んでいた面もあり仕方なかったとも言える。

 それでもちゃんと結婚して後継ぎは残してきたのだ。

 ひどい名前を付けたものではあったが。

 内向的で神経質なところがあった青年だったがようやく長年の問題は解決してみると基本品性も高いし毛並みもよい。

35歳という初老の年齢にも達し、長年の問題が解決して気持ちも軽くなり世俗も体験して社会もしり自己同一性が固まったとも言え、自分のことに精一杯だったのが解消されもともと王位継承のための帝王学や統治学や人倫や道徳や宗教について十分な教養があり責任感や義務感も潜在的に強い資質を持っていた。

さて悟った内容を人に伝えないでいいのだろうか?

自分一人で生きてきたわけでもなくいろいろな人にお世話になってきたし出家後に出会った多くの仲間もいる。

今も近所の少女が毎日食事を布施してくれる。

自分が悟ったからって死んでしまうのは利己的ではないか?

長く生きて世俗で生活しているとロクデナシもたくさん見てきたが立派な尊敬できる人達も多かった。

なにか世の中に報いないといけないのでは?

人間は一人で生きているわけではない。

全ては関係なのだ、と悟ったばかりでもある。

輪廻転生はなくても世の中の全てのものはつながっている。

時間的にもだ。

世の中をよくすることができるならそのために何かした方がいいのでは?

自分の悟りの内容は世の中をよくすることと直接は関係ないが、それでも新しい考え方だから何かの役に立つだろう。

それに自分のような悩みを抱えている人は他にもいるだろう。

また心の病を抱えてしまった人にも何か薬に立つかもしれない。

国元と釈迦族には悪いことをしたと思っている。

直接的にではなくても間接的にではあっても何かお返しができるのではなかろうか。

まあ都合のいい考えだが人間の普通の考えとは都合の良いものであるのは悟った内容のとおりでもある。

そしてそういう普通の人の普通の考え方も必要だろう。

自分の悟りは難解すぎるし特殊過ぎる。

また自分の悟りの考え方だけするというのは不可能だしすべきではない。

人間、子供の自然な心の発達からは不自然で小さな子供に教えるべき内容でもない。

子供の間は普通に育ってもらってある程度人間ができて身が固まってから学ぶ方がいいだろう。

思春期くらいのまだ心が定まってないときに教えると心によくない負担をかけることも考えられる。

などと考えていると自然に自分の悟りを人々に伝えるように思考していることに気付く。

多分人間には利他心とか良心みたいなものがあるのだろうな、とシッダールタは冷静に分析してみたりした。

そして自分は自分の教えを世の中に広めることが世の中のためになると考えている。

 

 

第十一章

 しかし迷いもある。

 シッダールタは自嘲した。

 悟っても迷う。

 さっき死のうと思って今は生きることを考えている。

 しかも悟りを教えとして世の中に広めるという大きなことを考えている。

 教えを広めるというのは大変なことだ。

 シッダールタは王として国を運営する教育を受けている。

 そして出家するまでの29歳まで父の下で政治を手伝っている。

 組織運営のしんどさは分かっていた。

 しかも0から立ち上げるのだ。

 多分とてつもなく面倒くさい。

 修行中いろいろな教団に教えを請いに行った。

 いろんな教団を見たが多分教団の運営は楽ではない。

 教団を作っていない仙人もいた。

 あれの方が楽だろう。

 楽だが教えは広まりにくいはずだ。

 苦行で分かれたが修行仲間が協力してくれるかな?

 というかそもそも理解してもらえるのか。

 …かなりしんどい。

 私のような悟り方は特殊だろう。

 私は王子だったからめちゃめちゃ教育を受けた。

 自分でいうのも口幅ったいが私はヴェーダやウパニシャドでは優秀な生徒だったのではないかと自負している。

 それに思春期以来の特殊体験でヒトとモノの見方が若干違うようになった。

 だから他の人が同じものと考えていることが違うものと考えられる。

 他の人が自然に統合してしまっていることを分離、解体できる。

 しかしこれは普通は不自然であるしむしろできる方が病的だ。

 リスクもある。

 私のように“心の病気”になってしまう。

 本当に病気かどうかわからないが私のように思考の障害が生じてしまう危険性もある。

 安易には教えられない。

 何かを得れば何かを失う場合がある。

 うまくすれば何も失わずに何かを得られる場合もあるかもしれないが…

 私も悟らなかったらみじめな人生だったかもしれない。

 今や私は悟ったから自分では満足だが人は私をみじめな人間と思っているかもしれない。

 このまま死んでしまったらなおのことそうだろうな…。

 まあ別にそれでいいのだが。

 私の悟りの内容を少なくとももっと分かりやすく整理しないといけない。

 それに私の悟り方でなくても同じことを悟ることは多分可能だ。

 と言っても結局結論に至るのは簡単ではないと思われる。

 多分どんな道を通ろうと簡単ではない。

 時間もかかる。

 私だってもっと整理しないといけないな。

 きちんと悟ったことをしっかりまとめないと自分でもせっかくつかんだこの感じを忘れてしまうかもしれない。

 それにしても私の悟ったことを表すのにそもそもうまい言葉がない。

 多分どこにもないのではないか?

 既存のヴェーダやウパニシャドの言葉、あるいはいろんな教団や修行沙門たちが新しい概念や言葉を日々磨いている。

 そういったものの中に私の悟りを使えるのに役に立つものはあるかもしれない。

 しかしそのまま借用したら誤解の元にもなる。

 そもそも自分で作ってしまうのがいいのだがそれだと教えを作るのにも教えるのにもとんでもない時間と労力がかかる。

 私は大丈夫だしむしろ得意だ。

 しかし教えを受ける方はかなり…、いや、とてつもなく難しい。

 というか事実上むりでは…?

 何人かを悟らせるのに成功しても後に続かず結局途絶えてしまう可能性が高い。

 とすると教えを広めるというのは事実上無理となる…か?

 釈迦はため息をついた。

 

 

第十二章

 私の考え方は逆転の発想とも言えるだろう。

 実体や存在の実在はない。

 それは人間の心が作るものだ。

 知らない間に作ってしまっているものだ。

 これを心が作るのではなくもともと心が備えている実在したものと考えてしまっているのをどう作られたものと捉えなおせるのか?

 これはもちろん存在論だが認識論でもある。

 しかしこの逆転の発想は精神要素を解体するよりは危険ではない。

 危険ではないがやはり難しい。

 何にせよ難しいことが多いな。

 教えとしてうまく表現することに成功してもなお難しいだろう。

 分かりやすく表現するのがたとえできても理解にも納得にも高い山を越えないといけない。

 ヒマラヤの山々を越えることができるのか?

 ガンジスの流れを泳いで渡れるのか?

 とすると私は珍しいというか希少ケースだな。

 運がよかった。

 多分運もよくないと悟れない。

 頭がいいだけではだめだ。

 頭の回転が速い人も記憶力がいい人もたくさんいる。

 私など及びもつかない人々を私はたくさん知っている。

 しかしそういう人が悟れるのかといえばどんなに教えをうまくシステム化できても難しい場合があるだろう。

 むしろ頭の回転がよかったり記憶力がいいことが悟るのに邪魔になる場合があるのでは?

 頭のいい人はすでにある考え方を早くたどれるだけの人も多い。

 記憶力がいい人もすでにあるスキームに当てはめたりすでにある知識とつなぐ連想みたいな覚え方をしている人も多い。

 そうでない人たちもいるが…。

 私の教えは場合によってはそういうものを壊してしまわないといけない。

 壊さなくてもいいかもしれないが先入観となって悟るのに邪魔になるかもしれない。

 「気付き」でうまく悟れる場合もあるかもしれないが0から考え方を作り上げるようなのが必要になるかもしれない。

 そういう能力は思考が速いとか記憶力があるとかとは違うものかもしれない…

 思えば修行僧たちはプライドが高い傾向があるな…

 私もそうかもしれないが…

 これは有利なところもあるかもしれないがプライドが邪魔になる場合もあるかもしれないな…

 自分の考え方を捨てたり壊したりそれを持ちつつも新しい考えの枠組みを一から構築するのは年を取ってからではしんどいに違いあるまい…

 しかし教えを広めようとすると既存の修行者層や大物たちの協力が必要だな…

 これも難しい。

 教えを学ぼうとしないどころか邪魔しようとさえする可能性がある。

 そもそも学びたいと思えるほど魅力的な感じに思ってもらわないといけないのだがそれがかのうなのか?

 訳の分からないやつが訳の分からないことを言っているで終わってしまいそうな…

 それに金がいるな。

 あるいはパトロンやスポンサー。

 組織的に教えを広めようとすると先立つものが必要だ。

 いかん、考えすぎだ、思考に負荷かけすぎだ、厚くなってしまってはいかん…

 

 

第十三章

 ひと眠りすると頭がすっきりした。

 別に急ぐことはない。

 もう目的は達したのだ。

 後の生きている期間は余生のようなものだ。

 気楽にしていこう。

 しかし意外と体調が良いな。

 苦行を離れて体が回復してきたのかもしれない。

 長年の重しも心からとれた。

 それも調子がいい原因かもしれない。

 養生すればあと数年は生きていけるかもしれないな。

 健康に気を付けて。

 でも寒いな。

 これからもっと寒くなっていく。

 まだ悟ったことを味わいたかった。

 何回も繰り返し反復して考えるといろいろなアイデアがわいてくる。

 しかし悟りと関係なことを考えることも増えてきたな。

 考えるだに、思い出すだに喜ばしい気持ちがわいてくるのは心地よいが禅譲ばかりでは体がこるしなまるな。

 座ってばかりだと健康に悪いのでは?

 ちょっとは体を動かした方がいいな。

 と考えて少し歩いてみた。

 立ち眩みやふらつきがあるので注意だ。

 自分が健康のことを考えているのがおかしくて笑みがこぼれた。

 ちょっと余裕が出てきたのかもしれない。

 もう命なんてどうでもいいのにな。

 真理への思考の絶好調はピークアウトしてきた感じがある。

 どれくらいだったか、7日くらいの集中的禅譲で自分の中では考えはだいぶまとまっていると感じた。

 まだまだ考えることはあるのだが。

 例えばアートマンがないと言ってもなくてもよいというだけだ。

 アートマンなしでもこの世は成り立つ。

 しかしあってもいいのだ。

 同じく輪廻転生もあってもいいのだ。

 実体としてのアートマンはなくても関係としてアートマンのようなものが形成される。

 それだけでいいのだが、それと実体としてのアートマンが存在することは両立しえる。

 まあ無駄な両立ではあるが。

 中道を取るとでもいおうか。

 まあここら辺はあとでもいいな。

 いまやるとややこしくなりすぎる。

 まずは分かりやすいのが正義だ。

 そのうち体系化する時に別立てで理論化しとこう。

 こう考えると私の中にもこの教えを人に教えたいという気持ちがあるだろうな、おそらく。

 そう考えると人間は短絡的というかいろいろ単純化しすぎたり、意味がないと思ったものを無意識にそぎ落として前提をなくしてしまう思考の癖があるのだろうなと思ったりした。

 実体としてのアートマンがあって実体としての輪廻転生があれば結局輪廻転生して生まれ変わりのどこかで苦しむ可能性はあるのだがそういうのはどうでもよくなっていた。

 つきものが落ちたとはこういう感じなのかもしれないな。

 一体長年何に苦しんできたのかも分からなくなったりする。

 生きることは苦だ。

 この地では人は苦しむ。

 これが常識だ。

 まあそれには同意するが薬くないときもある。

 楽しいときも楽な時もある。

 とすると生即苦と考えるもの一つの考え方に過ぎないかもしれないがまあ小さな枝葉末節の問題だ。

 どうでもいいことを考えることが増えてきた。

 暇とかやることがないとか目標がないということも苦の一つなのかもしれない。

 まあ何を苦とするかによって苦も変わるのだが。

 そういう相対的な考え方が自然に浮かぶようになってきた。

 シッダールタは論理的な性格だった。

 もちろん学問や修行としての論理は収めていたがもともと合理的で論理的なところがあった。

 体系化も大好きだ。

 いろいろなアイデアを出すのも楽しいタイプだ。

 多分もうちょっと時間がかけたいと思った。

 禅譲はもう不要だろう。

 悟りは成ったのだ。

 今は自由、気楽な気分というようなかんじだろうか。

 もういつ死んでもいいのだがすぐには死ぬことはなさそうだ。

 とすると死ぬまでは時間がかかりそうだ。

 その間どうやって過ごしていけばいいだろう。

 まあなるようになるな。

 野宿もなんだから過ごせるところがあるといいな。

 あるいは修行者の仲間たちの様子を見てみようか。

 アートマンが作られるものだとするとブラフマン、宇宙の真理も同じようなものかもしれないな。

 あらゆるものは関係性で成り立つ、と一般化できるような気もするな。

 というかそういう考え方もできるな。

 実際はどうだか知らないが実際なんて我々には多分分からないのだ。

 今なら自信を持ってそういえる。

 とすると全ての修行者や学者に役に立つな。

 ヴェーダもウパニシャドも刷新できるのでは?

 とすると学問を発展させて修行者や学者のみならず世の中の全ての人にとって役に立つ可能性があるな。

 しかもそれを残す言葉出来れば後世の人にも役に立つ。

 ということはだいぶ世界にとっていいことなのでは?

 広めるのはだいぶ難しいがもし広められたらその利益は計り知れまい

 とすると私が死んで教えが途切れるのはもったいないな。

 いつか誰かが同じことに至るのかもしれないがそうだとしてもその間の時代の人々がかわいそうだろう。

 少なくとも私のような苦しみや問題を持っている人は今もこの先もいるだろうからその人たちには役に立つかもしれない。

 それどころか人間の心だけではなく宇宙の成り立ちの説明も説明できるとなれば界隈に考え方を紹介できれば世の中の成り立ちを知りたい人や仕事や産業にも役に立つかもしれないな。

 とすると一つ教えとして広めてみようか。

 そうするとまず体力と健康を回復させねばなるまいな。

 シッダールタは菩提樹を後にした。