2026年6月28日日曜日

堂島ばけもの算用 第六話 梅田の泥、千石を呑む

 

堂島ばけもの算用

第六話 梅田の泥、千石を呑む

 大坂の北へ出ると、地面が、急に頼りなくなる。

 船場や北浜では、立派な商家が、まるで天地開闢以来そこに建っていたような顔で、軒を並べている。ところが堂島川を越え、福島村から曽根崎、梅田の方へ近づくにつれ、道は細くなり、橋は軋み、踏んだ土が、ぐにゃりと足の裏へ返事をする。

 このあたりは、水と陸とが、まだ相談の途中なのである。

「ここは地面や」

「いや、川や」

「田にしよう」

「やっぱり沼や」

 と、人間と水が、何百年も言い争っておる。

 梅田という地名も、もとは低湿地を埋めた「埋田」から来たのだ、という説がある。もっとも、梅の木があったからじゃという話もあり、どちらが本当かは知らぬ。

 地名というものも、相場と同じで、皆がもっともらしい方を信じれば、それで通用する。

 ともかく寛政九年の梅田は、後の世のように人が集まる場所ではなく、人がなるべく足を踏み入れぬ、泥と葦と細い水路の国であった。

 もっとも、人が寄りつかぬ場所というのは、たいてい、見られたくない物を隠すには、たいそう都合がよい。

                 *

 寅吉、お駒、鶴松の三人は、難波村から町へ戻る荷車に便乗し、日が落ちるころには堂島川の南岸まで戻ってきた。

 荷車には、空になった野菜籠、肥桶、折れた鍬、酔いつぶれた百姓が一人。

 寅吉たちは、その隙間に押し込まれていた。

「くさい」

 鶴松が鼻をつまんだ。

「何がや」

「全部や」

「お前かもしれへんで」

「道頓堀川へ落ちたお前が言うな」

「肥えは金になる」

 お駒が焦げた帳面を読みながら言った。

「臭い臭い言うたらあかん。町の糞が難波の野菜になって、また町へ戻ってくるんや。あんたら、その野菜食うとるやろ」

「今、言わんでええ話や」

 鶴松が青くなった。

「そういうもんは、知らん顔して食うのが礼儀や」

 寅吉も青くなった。

 大坂では、銭も米も糞も、よく回る。

 回らぬのは、借金を返す日の主人の頭くらいのものである。

 荷車は堂島川の手前で止まった。

「福島へ行くなら、舟の方が早い」

 車の百姓が、眠ったまま言った。

「起きてたんか」

「寝言や」

「寝言で道を教えるな」

 だが、その寝言は正しかった。

 夜の大坂では、道を歩くより、川へ出た方が早い。

 昼の町は、人が銭を動かす。

 夜の川は、舟が物を動かす。

 寅吉たちは、小さな渡し舟へ乗った。

 船頭は、口に煙管をくわえた婆さんであった。

「福島まで、三人でなんぼや」

 お駒が尋ねた。

「三人やない。四人や」

 婆さんは答えた。

「四人?」

「その焦げた帳面の中に、死人が何人も乗っとる」

「そういう勘定は、いらん」

「なら三人分でええ」

 舟は岸を離れた。

                 *

 川の上には、陸とは別の大坂があった。

 薪を積んだ舟。

 酒樽を積んだ舟。

 魚を積んだ舟。

 人を積んだ舟。

 積んでいる物を、他人に知られたくない舟。

 どれも舳先に小さな灯を掲げ、黒い水面を、音もなく滑っていく。

 中之島の蔵屋敷には灯が並び、その下を、裸の荷役たちが、汗を光らせながら米俵を担いでいた。

 百姓が半年かけて育てた米を、一人の男が一俵ずつ担ぎ、商人が一息で値を決め、帳面の上では一瞬で千石が動く。

 米を作る者。

 米を運ぶ者。

 米を数える者。

 米を見ずに売る者。

 同じ米に、何百人もの暮らしが、蔓のように絡みついている。

 その蔓の一本を誰かが切れば、どこで誰が転ぶか、切った当人にもわからぬ。

「見てみい」

 渡しの婆さんが、川上を煙管で指した。

 一艘の荷舟が、福島の方角へ向かっている。

 筵をかぶせているが、船縁が水面すれすれまで沈んでいる。

「空舟みたいな顔しとるけど、腹いっぱい積んどる」

「米やろか」

 寅吉が尋ねた。

「知らん」

「船頭やのに」

「舟は見たらわかる。荷は、開けなわからん」

「追えるか」

「銭を出せば」

「なんぼや」

「四人分」

「三人や言うたやろ」

「いま、怪しい舟が一人増えた」

 この婆さんには、蟠桃以上の算術がある。

                 *

 渡し舟は、怪しい荷舟を追って堂島川を上った。

 ところが福島村の舟入へ近づく手前で、荷舟は葦の陰へ入り、ふっと消えた。

「消えた!」

 鶴松が立ち上がった。

「座れ。舟がひっくり返る」

「けど、消えたで」

「舟は消えん。見えんようになっただけや」

 婆さんは舟を岸へ寄せた。

 そこは福島村と曽根崎村の境に近い、細い堤の下であった。

 岸には柳が立ち、泥の中から蛙が鳴き、遠くに寺の鐘が聞こえる。

 その堤の上に、妙な男が一人いた。

 細長い筒を、空へ向けている。

 夜中に長い筒を持つ男を見れば、たいていの者は、盗人か、覗き屋か、気の触れた者だと思う。

 この男は、そのどれでもなかった。

 天文学者である。

 もっと悪い、と思う人もおるかもしれぬ。

「麻田先生」

 渡しの婆さんが声をかけた。

 男が筒から目を離した。

 麻田剛立である。

 豊後から大坂へ出てきて、医者をしながら星を眺め、幕府の暦より正確に日食を言い当てたという、これまた、たいそう世間の役に立つのか立たぬのか、すぐには判断のつかぬ人物である。

「お六どのか」

「星ばっかり見て、川へ落ちんといてくださいよ」

「星は落ちても、わしは落ちぬ」

「前に落ちはったやろ」

「あれは地面の方が崩れた」

「落ちた人は、みなそう言います」

 麻田剛立は、寅吉たちを見た。

「木村蒹葭堂どののところで、火事を起こした子供らじゃな」

「起こしてへん」

 寅吉が言った。

「火事場におった者は、みな、そう言う」

「先生まで婆さんみたいなこと言わんといて」

「誉め言葉じゃ」

 お六婆さんが言った。

                 *

 お駒は焦げた帳面を麻田に見せた。

現米、福島へ移す。
北の舟入に隠す。

「今しがた、米らしい荷を積んだ舟が、葦の向こうへ消えました」

 麻田は川を見た。

「何艘目じゃ」

「一艘しか見てへん」

「今夜だけで三艘目じゃ」

「三艘?」

「空舟の顔をして、三艘通った。だが、どれも水への沈み方が深い」

「なんで止めへんかったんです」

「わしは星を見る者じゃ。舟を止める者ではない」

「見たんやったら教えてください」

「誰に」

「誰でもええやろ」

「誰でもよい話は、たいてい、誰にも伝わらぬ」

 まことに学者というものは、すぐ理屈を言う。

「舟はどこへ行きました」

 お駒が聞き直した。

 麻田は空を見上げた。

 薄い月が、雲の間に浮かんでいる。

「もうすぐ、水が上がる」

「雨、降ってへんで」

「雨の話ではない。潮じゃ」

 大坂の川は、海とつながっている。

 海が満ちれば、川の水も押し戻される。

 月と海と川が、遠く離れたところで相談して、舟を浮かべたり、泥へ座らせたりする。

「さきほどの舟は、潮が満ちる前に、浅い水路へ入った」と麻田は言った。「いまは泥の上へ腹を置いて、動けぬ。水が上がれば、また動き出す」

「どの水路です」

「音を聞け」

 一同は耳を澄ませた。

 蛙。

 虫。

 遠い鐘。

 葦の擦れる音。

 その奥から、

 ごとん。

 ぎい。

 という、木の軋む音が聞こえた。

「舟や」

 寅吉が言った。

「西やない。北や」

 お駒が言った。

「北には梅田の泥しかないで」

 鶴松が言った。

 麻田は長い筒を肩へ担いだ。

「だから隠せる」

                 *

 麻田を先頭に、一行は堤を下り、葦の間の細道へ入った。

 お六婆さんもついてくる。

「婆さん、渡しはええんか」

「客は、ほかにも舟はある。こんな面白い話は、ほかにない」

「銭は?」

「あとで四人分もらう」

「また増えとる」

「星の先生が一人増えた」

 低地の夜道には、中心の町とは違う人間がいた。

 川魚を獲る者。

 葦を刈る者。

 薪を積む者。

 夜のうちに野菜を町へ運ぶ者。

 死んだ馬を引いていく者。

 墓穴を掘る者。

 日雇いの仕事を求めて、橋の下で眠る者。

 旅の途中で銭が尽きた者。

 店を逃げた丁稚。

 主人を逃げた奉公人。

 名前を捨てた者。

 新しい名前を買おうとしている者。

 大坂の中心が吐き出した物と人が、この泥の上で、もう一度、別の値をつけられていた。

 欠けた茶碗は、飯を盛れば茶碗である。

 折れた板は、泥の上へ置けば橋になる。

 身元のない男は、米一俵を担げば荷役になる。

 名を問わぬ仕事があり、昨日を問わぬ寝床がある。

 それを自由と呼ぶか、行き場がないと呼ぶかは、腹の減り具合による。

「足元、気ぃつけ」

 お六婆さんが言った。

「ここから先は、道のふりをした泥や」

「さっきまでは?」

「泥のふりをした道」

「どう違うんや」

「落ちたらわかる」

 寅吉が一歩踏み出した。

 ずぼり。

 膝まで沈んだ。

「わかった」

                 *

 葦の向こうに、低い小屋が幾つも並んでいた。

 炭焼き小屋。

 漁具小屋。

 舟大工の作業場。

 墓守の小屋。

 何に使うのかわからぬ小屋。

 どの小屋も傾き、風が吹けば一斉に倒れそうである。

 ところが、お駒は小屋を見ず、地面を見ていた。

「おかしい」

「何がや」

 寅吉は、片足を泥から抜きながら尋ねた。

「このへんだけ、葦が生えてへん」

 葦原の中に、妙に平らな土地がある。

 表面には薄く泥が塗られ、ところどころ板や藁が覗いていた。

「埋め立ての途中やろ」

 鶴松が言った。

「それにしては、新しい」

 お駒は足元を踏んだ。

 どん。

 地面の下から、空洞のような音が返ってきた。

「土やない」

「ほな、なんや」

 寅吉も踏んだ。

 どん。

 もう一度。

 どん。

「太鼓みたいや」

「踊るな」

 お駒が言うより先に、地面が、ばきり、と割れた。

 寅吉の体が消えた。

「寅!」

 泥と藁と板を突き破り、寅吉は下へ落ちた。

 どさり。

 だが、地面へ落ちた音ではない。

 何か柔らかく、乾いた物の上へ落ちた音である。

「いてて……」

「生きとるか!」

 お駒が穴から覗き込む。

「生きとる」

「何がある!」

 寅吉は暗闇の中で、手探りをした。

 藁。

 縄。

 俵。

 俵。

 また俵。

「米や!」

 穴の下に、米俵が、ぎっしり積まれている。

 そこは地面ではなかった。

 三艘の平底舟を並べ、その上へ板を渡し、藁を敷き、薄く泥をかぶせて、陸地に見せかけていたのである。

 大坂の泥が、千石の米を呑み込んだのではない。

 人間が、舟の上へ泥を塗り、千石の米を、泥に呑まれたように見せていたのだ。

「手ぇ貸して」

 寅吉が穴から手を伸ばした。

「その前に、俵の印見て」

「わし、米の中に埋まっとるんやで」

「せやから見やすいやろ」

「助けてからにしてくれへんか」

「先に印」

 お駒という娘は、友人の命より帳面を優先する。

 もっとも、寅吉は元気に文句を言っているので、まだ命の心配はなかった。

「空木藩や!」

 寅吉が叫んだ。

「ほかには!」

「待ってや。暗い……あ、ほかの印もある。波みたいなん。丸に木。三本線……空木だけやないで!」

 お駒の顔から、笑いが消えた。

「何藩分ある」

「知るか。わし、藩の印なんか覚えてへん」

「噂は覚えるくせに」

「印は喋らへん」

                 *

「上げろ」

 背後から、男の声がした。

 振り向くと、葦の間から、十人ほどの男たちが現れていた。

 舟子。

 荷役。

 浪人らしい男。

 中には、墓掘りの鍬を持つ者もいる。

 先頭にいるのは、五十ばかりの、肩幅の広い男であった。

 羽織の胸に、鷺の印がある。

「鷺屋の者やな」

 鶴松が言った。

「升屋の小僧か」

 男は鶴松を見た。

「わしは鷺屋清八。ここは、うちの荷置き場じゃ」

「荷置き場を、なんで泥で隠すんや」

 お駒が尋ねた。

「湿気避けじゃ」

「米の上へ泥を塗って?」

「大坂の米は、泥にも慣れとる」

「下手な嘘やな」

「上手な嘘なら信じるんか」

「値段による」

 清八は笑わなかった。

「子供の遊び場やない。帰れ」

「空木藩の米、返してから言い」

「米は、預かっただけじゃ」

「誰から」

「客の名を言わぬのが、舟問屋の信用じゃ」

「盗んだ米を隠す信用があるか」

「商いの信用は、きれいごとだけでは回らん」

 清八が手を上げた。

 男たちが一歩前へ出る。

 お六婆さんは、渡し舟の棹を構えた。

「年寄りに乱暴する気か」

「婆さんは引っ込んどれ」

「年寄りいうたな」

「そこかい」

 お六の棹が唸り、男の脛を払った。

 男が泥へ倒れた。

 それを合図に、あたりは大騒ぎとなった。

                 *

 鶴松は、升屋の丁稚らしく、喧嘩には弱かった。

 そのかわり、逃げ足だけは速い。

「助け呼んでくる!」

「どこへや!」

「どっか!」

 麻田剛立は、長い天体望遠鏡を槍のように構えた。

「それ、殴る道具ちゃうやろ!」

「星を見ぬときは棒じゃ」

 寅吉は穴の中から、米俵を一つ押し上げた。

 俵は板を転がり、清八の足へぶつかった。

「痛っ!」

「助ける前に印見ろ言うたん、お駒はんやからな!」

「誰も投げろとは言うてへん!」

 男たちが穴へ手を伸ばす。

 寅吉は米俵の間を這い回って逃げた。

 舟の底は暗く、米と縄と木の匂いがする。

 その奥で、何か硬い箱へ頭をぶつけた。

「いてっ」

 箱には錠が掛かっている。

 だが、錠より板の方が古い。

 寅吉が蹴ると、箱の側面が割れた。

 中から、書状と印判がこぼれた。

 空木藩。

 別の藩。

 さらに別の藩。

 そして、彫りかけの「鴻」の印。

「お駒はん! あったで! 印、ようけある!」

「持って上がり!」

「わしも上がりたいんや!」

 そのとき。

 ごご、と、足元が動いた。

 舟が浮き始めたのである。

                 *

「水が来るぞ!」

 麻田剛立が叫んだ。

 満ち潮が、海から川をさかのぼり、細い水路へ入ってきた。

 泥へ腹を置いていた三艘の舟が、ゆっくりと持ち上がる。

 その上へ載せた板が軋む。

 泥の地面に、亀裂が走る。

「何が起こっとる!」

 清八が叫ぶ。

「月が、お前らの嘘を持ち上げとる」

 麻田は言った。

「月に、そんな暇あるか!」

「月は暇じゃ。人間と違うて、銭勘定をせん」

 地面が、大きく割れた。

 泥と葦と板が崩れ、その下から、米を満載した舟の舷側が姿を現す。

 隠していた千石が、夜の空気へむき出しになった。

 近くの小屋から、人々が出てきた。

 漁師。

 墓守。

 日雇い。

 夜鷹。

 薪売り。

 荷役。

 子供。

 仕事のない者。

 仕事を終えた者。

 喧嘩があるなら見ておこうという者。

 火事でもないのに走ってきた者。

 数十人の目が、泥の下から現れた米舟を見つめた。

 秘密というものは、一人が見れば秘密である。

 二人なら相談になる。

 三人なら噂になる。

 五十人が見れば、翌朝には天下の常識である。

 清八の顔が、変わった。

「まずい」

「何がや」

 お駒が言った。

「湿気か?」

 清八は部下へ叫んだ。

「火をつけろ!」

「米にか!」

「舟にや! 証文も印も、全部燃やせ!」

 一人が松明を振り上げた。

 だが、投げるより早く、お六の棹がその手を打った。

 松明は泥へ落ち、じゅ、と消えた。

「年寄りを怒らせたら、火ぃまで消えるで」

                 *

 寅吉は、割れた地面から這い上がった。

 頭に藁。

 顔に泥。

 懐には、箱から拾った書状と印判を突っ込んでいる。

「取ったで!」

 お駒が書状を受け取った。

 一通目。

 空木藩の米の移動。

 二通目。

 火傷権六への支払い。

 三通目。

 道頓堀の芝居小屋への前金。

 そして四通目には、江戸風の堅い文字で、こう記されていた。

空木の一件、相場乱脈の証とすべし。
次いで鴻の名を用い、北浜の信用を動かすこと。
明後日、御勘定方御用掛、大坂入り。
米会所差止め、御定相場の儀、上申の用意あり。
その前夜までに、諸藩切手を安値にて集むべし。

「御定相場……」

 お駒がつぶやいた。

「なんや、それ」

 寅吉が尋ねる。

「お上が、米の値を決めるんや。堂島の相場を止めてな」

「ほな、この騒ぎは」

「堂島が勝手に荒れたことにして、米会所を潰すつもりや」

 鶴松も、いつの間にか戻っていた。

 助けは連れていない。

 かわりに、酒売り、魚屋、墓掘り、犬を一匹連れている。

「どっかに助け呼びに行ったんやないんか」

「呼んできた」

「犬まで?」

「ついてきた」

 お駒は書状を読み続けた。

「空木の切手を暴落させて、安う買い集める。ほんまの米は隠しておく。堂島が混乱したところへ江戸の役人が来て、『大坂商人に相場を任せるから、こんなことになる』て言う。それで市場を止めて、お上の決めた値にする」

「なんで、そんな面倒なことを」

「米の値を決める者は、天下の腹を握れる」

 麻田剛立が言った。

「暦を決める者は日を支配し、米価を決める者は人の飯を支配する。役人は、何でも自分の帳面へ入れたがる」

「鴻の名を用い、て」

 鶴松が聞いた。

「鴻池のことか」

「鴻池が黒幕やない」

 お駒は書状を握った。

「鴻池がやったように見せるつもりや。空木の次は、鴻池の信用を落とす。北浜の両替が揺れたら、大坂じゅうの銀が止まる」

「米の次は銀か」

「空木藩は、最初の一幕にすぎへんかったんや」

 芝居である。

 空の蔵。

 偽の切手。

 噂。

 死人。

 道頓堀の見世物。

 泥の下の米。

 その全部が、大坂の市場を「乱脈」と見せるために組まれた、大きな芝居の一場面だった。

                 *

 鷺屋清八は、泥の中へ膝をついた。

「わしは、頼まれて運んだだけじゃ」

「誰に」

 お駒が迫った。

「知らん」

「客の名を言わんのが信用やったな」

「もう信用も何もない」

 清八は、むき出しになった米舟を見た。

 周りには、見物人が増え続けている。

「江戸から来た男じゃ。名は葛城主膳。御勘定方の用人と名乗った」

「役人本人か」

「役人の手先かもしれん。じゃが、江戸の御用状を持っとった。空木藩の留守居役も頭を下げとった」

「なんで手伝った」

「銭じゃ」

「それだけか」

「それだけなら、まだ楽じゃった」

 清八は吐き捨てるように言った。

「鷺屋は、北国の舟を三艘沈めて、借金を抱えとる。葛城は、『手伝わねば、升屋にも鴻池にも、鷺屋の船は使わせぬ』と言うた。舟問屋から舟を取ったら、首を取るのと同じじゃ」

「それでも人を殺したんか」

「弥七を殺したのは、わしやない」

「火傷権六は」

「葛城の犬じゃ。もっとも、銭をくれる者なら誰にでも吠える犬や」

「葛城主膳は、どこにおる」

 清八は、しばらく黙った。

「曽根崎」

「どこや」

「露天神の裏手に、江戸者が使う宿がある。じゃが、もうおらんかもしれん。明日の朝には、中之島の空木藩蔵屋敷へ入る手筈じゃ」

「明後日、大坂入りて、書状にあるで」

「公には、明後日じゃ」

 清八は笑った。

「役人は、表へ来る二日前から、裏へ来とる」

                 *

 遠くで、半鐘が鳴った。

 一つ。

 二つ。

 福島の方角。

 続いて、堂島の方角から、人の叫ぶ声が風に乗ってきた。

「何や」

 寅吉が耳を澄ませた。

 噂を一度聞けば忘れぬ耳である。

 遠い。

 だが、聞き取れた。

「空木の蔵が開いたぞ!」

「米がない!」

「切手を売れ!」

 お駒の顔が強張った。

「向こうも動き出した」

 葛城主膳は、隠した米が見つかったことを、まだ知らない。

 予定どおり、空木藩の蔵を開かせ、空であることを人々へ見せたのだ。

 堂島では、これから本当の取り付けが始まる。

 米切手を持つ者が、一斉に蔵へ米を取りに行く。

 米はない。

 米会所は荒れる。

 北浜の銀も揺れる。

「急いで堂島へ戻らな」

 鶴松が言った。

「その前に、曽根崎や」

 お駒が答えた。

「葛城を捕まえるんか」

「捕まえられると思う?」

「思わん」

「せやから、何をしようとしてるか、先に盗む」

「役人から?」

「向こうが、大坂じゅうの信用を盗もうとしてるんや。帳面一冊くらい、返してもらう」

 寅吉は、泥だらけの顔を拭いた。

「わしら、丁稚やで」

「知っとる」

「相手、江戸の役人やで」

「知っとる」

「捕まったら、どうなる」

「升屋と鯰屋が、なんとかする」

「他人任せやな」

「大店いうのは、こういうときのためにあるんや」

 鶴松が首を振った。

「小右衛門はんに聞かれたら怒るで」

「ほな、黙っとき」

「それも怒られる」

「どっちにしても怒られるなら、役に立ってから怒られ」

 この娘には、たいそう筋の通った無茶がある。

                 *

 麻田剛立は、空を見上げていた。

「夜半から雲が出る」

「雨ですか」

「雨にはならぬ。だが、月が隠れる」

「それが何や」

「盗みに入るには都合がよい」

「先生、手伝う気ですか」

「わしは手伝わぬ」

「ほな、なんで教えるんです」

「星の話をしただけじゃ」

「便利な言い訳やな」

 麻田は、長い筒を寅吉へ渡した。

「持っていけ」

「これで役人殴るんですか」

「星を見る物じゃ」

「さっき棒にしてたやろ」

「人は用途を一つに決めたがる。道具は、さほど窮屈ではない」

 お六婆さんも棹を担いだ。

「曽根崎まで舟で行ったる」

「なんぼです」

 お駒が尋ねた。

「七人分」

「三人から、えらい増えたな」

「死人、怪しい舟、星の先生、犬。全部乗った」

「犬は置いていく」

 犬が、わん、と吠えた。

「本人が嫌や言うとる」

「本人ちゃう」

 大坂の北の闇の中で、隠されていた米が、満ち潮に持ち上げられ、泥の上へ姿を現している。

 千石の米。

 三艘の舟。

 幾つもの藩の印。

 それを取り囲む、舟子、日雇い、墓掘り、夜鷹、学者、丁稚、商家の娘、渡しの婆さん、それに犬。

 大名も奉行もいない。

 だが、大坂の実際の米を動かしているのは、こういう者たちである。

 その者たちが、米のありかを見た。

 もう、蔵は空でも、天下から米が消えたわけではない。

 問題は、その事実が堂島へ届くのが先か。

 空木藩が潰れたという噂が、天下へ届くのが先か。

 銭も、舟も、噂も、夜道を走る。

 走るものの中で、このとき、いちばん遅かったのは、真実である。

「行こか」

 お駒が言った。

 渡し舟が、暗い水路へ滑り出す。

 向かう先は、曽根崎。

 江戸から来た役人が、表向きにはまだ大坂へ着いてもいない夜に、裏ではすでに、大坂の値段を盗もうとしていた。

 その夜の梅田では、泥が千石の米を吐き出し、かわりに、一つの大きな陰謀が、ぬるりと姿を現したのである。

                 *

(第六話・了。第七話「江戸の役人、天気に値をつける」へつづく)

◆この物語の史実と虚構について(語り手より)

寛政年間の大坂北郊に、福島村、曽根崎村、梅田周辺の低湿地や田畑、水路が広がっていたこと、大坂の河川が海の潮汐の影響を受け、夜も舟運と荷役が盛んであったことは、おおむね本当である。

梅田の名が、低湿地を埋めた「埋田」に由来するという説もあるが、梅の木に由来するという説もあり、語り手は決着をつける能力も意欲も持たない。

麻田剛立が豊後から大坂へ移り、医業を営みながら天文観測を行い、優れた観測と暦学で知られた人物であったことも、本当である。ただし、満ち潮を利用して泥の下の米舟を浮かび上がらせ、丁稚へ望遠鏡を貸したという記録は、今のところ見つかっていない。

鷺屋清八、渡しのお六、葛城主膳、泥をかぶせた三艘の米舟、大坂の米会所を潰すための一連の企みは、すべて拵えものである。

もっとも、表へ到着する二日前から裏へ到着している役人というものについては、昔も今も、それほど珍しくない。

2026年6月27日土曜日

堂島ばけもの算用 第五話 道頓堀、米を演じる

 

堂島ばけもの算用

第五話 道頓堀、米を演じる

 道頓堀というところでは、ほんとうの出来事が起こるより先に、それを芝居にしてしまう。

 男女が心中すれば、翌月には舞台の上でもう一度死ぬ。

 大名家で御家騒動が起これば、登場人物の名だけ少し変えて、まだ当人どもが揉めている最中から、役者が見得を切る。

 悪党が捕まれば、その悪党が牢を出るより先に、舞台の悪党が縛られる。

 したがって、空木藩がまだ潰れてもおらぬうちから、道頓堀では、とうに空木藩らしきものが潰れていた。

 しかも、昼夜二度ずつ。

                 *

「待て、こら!」

 北堀江を飛び出した寅吉は、死人を担いで逃げる二人の男を追って、道頓堀の人波へ飛び込んだ。

 先頭を行くのは、頬に火傷の痕を持つ、火傷権六。

 その相棒は、顔を手拭いで隠した大男である。

 二人の肩には、印判師・弥七の死体が、筵に巻かれて載っている。

 その後ろから、寅吉。

 お駒。

 鶴松。

 さらに、蒹葭堂の家から飛び出してきた岡田米山人が、筆を耳へ挟んだまま追っている。

「なんで絵師まで来るんや!」

 寅吉が走りながら叫んだ。

「描いた顔が、ほんまに動くか見届けるためじゃ!」

「動いとるのは本人や!」

「絵より鼻が短い!」

「そこ、気にするとこか!」

 道頓堀の芝居町は、人で煮えていた。

 芝居茶屋の若い衆が客を呼び、役者の名を染め抜いた幟が風にはためき、饅頭屋、寿司屋、酒売り、煙草売り、草履直し、占い師、似顔絵描き、抜け荷の唐物を売る怪しい男が、道の両側で声を張り上げている。

 芝居小屋の櫓には、太鼓が鳴る。

 その太鼓を聞いて、客が走る。

 客が走るので、掏摸も走る。

 掏摸が走るので、財布を取られた男も走る。

 何のために走っているのか、しまいには当人にもわからなくなる。

 そこへ、死人を担いだ二人組が走り込んでも、誰も不思議には思わぬ。

「次の芝居の道具や」

「いや、心中物の役者やろ」

「役者にしては、えらい静かやな」

「死んだ役やからや」

 人々は勝手に納得し、道を開けた。

 大坂の人間は、わからぬものを、わからぬままにしておくのが苦手である。

 たいてい、その場で適当な理屈をつける。

 その理屈が合っているかどうかは、さほど大事ではない。

 納得できれば、それでよい。

                 *

 権六は、道頓堀川の南岸に並ぶ芝居小屋の一つへ飛び込んだ。

 大芝居の角でも中でもない。

 その脇にしがみつくように建てられた、小さな見世物小屋である。

 表には、まだ糊の乾ききらぬ大看板が掛かっていた。

 墨痕も鮮やかに、

新作大評判
御蔵空々千石噺
殿は夜逃げ、家老は切腹、米は一粒もござらぬ

 と書いてある。

「空木藩やないか!」

 寅吉が叫んだ。

「空木とは、どこにも書いてへん」

 お駒が看板を睨んだ。

「書いてへんけど、空木や!」

「空木やな」

「なんで、もう芝居になっとるんや!」

「昨日から仕込んどったからやろ」

 お駒は、看板の隅へ指を当てた。

 紙には刷った日が書かれている。

 昨日。

 空木藩の船が遅れたという噂が、堂島へ広がる前の日である。

「噂が出る前に、噂の芝居を作っとったんや」

 お駒の目が細くなった。

「誰かが初めから、噂を芝居にするつもりやった」

「芝居を作ってから、ほんまのことにしたんか」

「まだ、ほんまにはなってへん」

「堂島では、もうほんまみたいな値ぇしとるぞ」

「せやから芝居なんや。ほんまでないものを、ほんまに見せる」

 芝居小屋の中から、太夫の声が響いた。

「米はなけれど証文あり、証文あれど米はなし――」

 三味線が、べべん、と鳴る。

 客が、どっと笑った。

                 *

 寅吉たちが木戸を押し破ると、舞台の上では、ちょうど空木藩らしき藩の御家老が腹を切ろうとしていた。

「殿! もはや蔵には、鼠の糞よりほか、何もござりませぬ!」

「ならば、その鼠を年貢として取り立てよ!」

「鼠は、すでに江戸へ逃げました!」

 客席が、どっと湧いた。

「それ、うちの藩のことや!」

「どこの藩も似たようなもんや!」

「鼠のほうが勘定が合う!」

 客が口々に野次を飛ばす。

 舞台の中央には、空の米俵が山と積まれていた。

 役者が一俵を持ち上げると、軽すぎて頭の上まで飛び、そのまま後ろへひっくり返った。

 また、客が笑う。

 大坂の芝居は、舞台だけで作るものではない。

 舞台の役者が半分。

 客の野次が半分。

 ときには、客のほうが役者より面白い。

 そうなると、役者は腹を立てる。

 腹を立てた役者を見て、客はもっと喜ぶ。

 たいそう健全な関係である。

「権六は、どこや!」

 寅吉が叫んだ。

「静かにせえ!」

 客席から蜜柑の皮が飛んできた。

「いま、家老が腹切るとこや!」

「そっちの家老は偽物や! こっちは本物の死人追うてんねん!」

「死人なら、もう出とる!」

 客が舞台を指した。

 廻り舞台が、ごろごろと動いた。

 空木藩の蔵の場面が裏へ回り、代わって、薄暗い墓場が現れた。

 墓石。

 枯れ柳。

 青い人魂。

 その真ん中に、一人の死人が横たわっている。

 弥七であった。

「あ」

 寅吉とお駒と鶴松が、同時に声を上げた。

 権六たちは、弥七の死体を舞台の道具に混ぜてしまったのである。

 弥七は、白い経帷子を着せられ、額に三角の紙を貼られていた。

 死んでから、ずいぶん役者らしくなった。

 死人の脇で、幽霊役の女形が恨めしげに手を垂らしている。

「この世に米がないのなら、あの世の年貢を取りに参ろうぞえ――」

 そこで弥七の体が、ぴくりと動いた。

 客席が、しん、と静まった。

 もう一度、動いた。

 実のところ、舞台の下にいる裏方が、弥七の着物へ糸をつけ、引っ張っただけである。

 死人がむっくりと上体を起こした。

「おお!」

 客が沸いた。

「よう出来た人形や!」

「生きとるみたいや!」

「ほんまに死んどるぞ!」

 寅吉が叫んだ。

「役者がうまいからや!」

「役者やない!」

「役者でなかったら、なんで舞台におる!」

 たしかに、もっともな疑問である。

                 *

「舞台止めえ!」

 お駒が花道へ飛び乗った。

 芝居小屋が、どよめいた。

「娘が出た!」

「新しい役者や!」

「算盤持っとるぞ!」

 お駒は、ほんとうに算盤を持っていた。

 肌身離さず持っているのである。

「芝居やない! この死人は、空木藩の偽の米切手を作った印判師や!」

 客席が静まった。

 ほんの一瞬だけ。

 そのあと、先ほどより大きな拍手が起こった。

「ええ筋や!」

「娘、もっと言え!」

「親の仇は誰や!」

「算盤で殴れ!」

「ちゃう言うとるやろ!」

 お駒が怒鳴った。

「ほんまの死人や!」

「ほんまらしく見せるのが芝居や!」

 客の言うことにも、一理ある。

 お駒は、生まれて初めて、自分の正しさが、まったく役に立たぬ場所へ来た。

 帳場なら数字を出せば、皆が黙る。

 だが、芝居小屋では、数字より面白い嘘のほうが強い。

「寅!」

「なんや!」

「権六を探し!」

「お前は!」

「この阿呆どもに、死人が死人やて、わからせる!」

「無理やと思うで!」

「やってから言い!」

 寅吉と鶴松は、花道の下をくぐり、舞台裏へ駆け込んだ。

                 *

 舞台裏というところは、舞台の表より、よほど芝居じみている。

 姫君が褌一つで弁当を食い、悪代官が借金取りから逃げ、幽霊が鏡の前で白粉を塗り直している。

 首を切られた役者が、次の場面では医者になり、さきほど死んだ家老が、裏では女房に叱られている。

 人間というものが、役と着物を一枚剥げば、だいたい似たようなものになることが、よくわかる場所である。

「権六!」

 寅吉は衣裳部屋を開けた。

 姫がいた。

「ちゃう!」

 次の部屋を開けた。

 生首が二十ほど並んでいた。

「ぎゃっ!」

「張りぼてや」と鶴松。

「わかっとる!」

「叫んだやないか」

「びっくりしただけや!」

 奈落へ下りる階段の前で、火傷権六の声が聞こえた。

「急げ! あの娘が帳面を見つける前に、始末せえ!」

 寅吉と鶴松は顔を見合わせた。

「帳面やて」

「それを先に言えや」

 二人が奈落へ駆け下りると、暗闇の中で、大勢の裏方が廻り舞台の心棒を押していた。

「押せ!」

「もっと押せ!」

「家老の腹切りから、難波村の場へ回すぞ!」

「難波村?」

 寅吉が足を止めた。

 次の瞬間、足元の床が動いた。

「うわっ!」

 舞台全体が、ごろりと回る。

 寅吉は米俵につかまり、鶴松は寅吉の帯につかまり、その寅吉の帯がほどけた。

「離せ!」

「離したら落ちる!」

「褌まで見えるやろ!」

「誰もお前の褌なんぞ見たない!」

 ごろごろ。

 ぐるぐる。

 舞台が半周したところで、二人は裏から表へ押し出された。

 目の前には満員の客。

 舞台には、腰を抜かした寅吉と、帯を握った鶴松。

 客が、一瞬黙り、それから盛大に笑った。

「どぶ鼠が二匹出た!」

「新しい道化や!」

「褌見せろ!」

「見せるか!」

 寅吉が叫んだ。

 そのとき、舞台袖を、権六が走った。

「あいつや!」

 寅吉が追おうとすると、足元の板が、ぱかりと開いた。

 並木正三という、二十余年前に死んだ芝居作者が考えた、迫りの穴である。

 人を舞台の下からせり上げたり、逆に奈落へ沈めたりする、大層便利な仕掛けである。

 芝居のためには便利だが、追っ手には、まことに迷惑である。

 寅吉と鶴松は、二人そろって奈落へ落ちた。

                 *

 一方、お駒は、客と口論しながらも、舞台袖に置かれた台本へ目を留めていた。

 題は『御蔵空々千石噺』。

 その台本の間に、一枚の紙が挟まっている。

 役者の名。

 衣裳代。

 大道具代。

 口上師への支払い。

 刷り物代。

 死人運び賃。

「死人運び賃……」

 お駒の眉が上がった。

 芝居の勘定書である。

 しかも、その勘定は、すでに全部払われている。

 小さな見世物小屋が、これほどの新作を一晩で仕立てるには、相当な前金が要る。

 支払人の欄には、名がない。

 ただ、朱で一文字、

 

 と押してある。

 例の、弥七の帯から出た、彫りかけの印と同じ字である。

「おい、娘」

 背後から声をかけたのは、この小屋の座本であった。

 腹の出た、目ばかり忙しい男である。

「勝手に帳面見るな。商売の秘密や」

「死人運びまで商売にしてるんか」

「わしは知らん」

「知らんのに、金は受け取ったんやな」

「金というものは、名前を名乗らんでも受け取れる」

「便利な商売や」

「芝居は、金を出す者が旦那や。どこの誰かは、客が知ることやない」

「ほな、誰がこの芝居を書いた」

「並木小三郎先生や」

「誰や、それ」

「並木正三先生の弟子の弟子の、そのまた飲み友達じゃ」

「ほとんど他人やないか」

「芝居の世界では、それを門流と言う」

 そこへ、奥から、頭に鉢巻を巻いた小柄な男が現れた。

「わしが並木小三郎じゃ」

「この芝居、いつ頼まれた」

「三日前」

「三日前?」

 空木藩の噂が広がる、さらに二日前である。

「誰に」

「火傷権六や。前金をどんと置いて、『空の蔵、偽の切手、家老の切腹を入れろ』と言うた」

「噂が出る前やのに、なんで空の蔵を知ってたんや」

「芝居作者が、ほんまか嘘かを気にしてどうする」

「気にせえ」

「ほんまの話だけ書いとったら、芝居が三日で終わる」

「三日もつんか」

「二日半や」

 小三郎は胸を張った。

「それにな、娘。芝居は世間を映す鏡や」

「噂を先に作って、世間に撒いたら、鏡やのうて火付けや」

 小三郎は、少し黙った。

「……それは、そうかもしれんな」

「納得するん早いな」

「筋の通った台詞には弱い」

                 *

 奈落の奥で、寅吉は権六を追い詰めていた。

 権六は、舞台道具の刀を振り回した。

「来るな!」

「それ、竹光やろ!」

「竹でも、目に入れば痛いぞ!」

「急に現実的やな!」

 権六は刀を投げ、裏口へ駆けた。

 寅吉も追う。

 裏口を抜けると、道頓堀川の船着き場である。

 権六は小舟へ飛び乗り、舟子へ銭を投げた。

「難波村や! 早う出せ!」

 小舟が岸を離れる。

「待て!」

 寅吉も飛び乗ろうとしたが、届かず、川へ落ちた。

 どぶん。

 堂島で水をかぶり、升屋へ泥足で上がり込み、今度は道頓堀川へ落ちる。

 この丁稚は、どうも水に縁がある。

「寅!」

 お駒が船着き場へ駆けてきた。

「泳げるか!」

「足つく!」

「ほな立て!」

 寅吉が立つと、水は胸までしかなかった。

「最初から立っとったらええのに」

「深いと思うやろ!」

「思う前に確かめ!」

 鶴松と米山人も追いついた。

 米山人は、川の上を逃げる権六を、素早く紙へ描いた。

「描いてる場合か!」

「逃げる姿も、あとで要る!」

「何にや!」

「絵巻じゃ!」

「売る気やな!」

 権六の舟は、道頓堀川を少し西へ進んだあと、南へ延びる細い堀へ入り、人家と蔵の間へ消えた。

 だが、権六が船着き場へ落としていったものがある。

 一枚の、役者用の鬘。

 その裏に、小さな紙片が縫いつけられていた。

難波村外れ
竹の小屋
日暮れまでに残りを焼くこと
次は北
福島へ送る

 お駒は紙を読んだ。

「難波村や」

「行くんか」と鶴松。

「行く」

「夕方になるで」

「死人を取られて、帳面まで燃やされて、手ぶらで帰ったら、小右衛門はんになんて言うんや」

 鶴松の顔が青くなった。

「行こ。すぐ行こ」

 升屋の丁稚は、死人より番頭を恐れる。

                 *

 道頓堀を南へ外れると、街の顔は少しずつ変わる。

 芝居小屋の櫓が背後へ遠ざかり、家並みの間に畑が見え始める。

 難波村では、葱、蕪、大根が、芝居役者より行儀よく列を作って育っている。

 牛が荷車を曳き、百姓が肥桶を担ぎ、町から出た糞尿が、今度は野菜になって町へ戻っていく。

 大坂という街は、銭ばかり回しているのではない。

 米も回す。

 水も回す。

 糞も回す。

 人間が要らぬと言ったものまで、誰かが拾い、値をつけ、また人間の口へ戻してくる。

 まことに、無駄のない街である。

 もっとも、今その道を走っている寅吉の着物からは、道頓堀川の水が滴り、たいそう無駄に臭かった。

「近寄らんといて」

 お駒が言った。

「川へ落ちたんやから、しゃあないやろ」

「川のせいやない。もとからや」

「ひどないか」

「事実や」

 難波村の道には、町へ野菜を運ぶ者。

 住吉へ詣る者。

 四天王寺へ骨を納めに行く者。

 諸国から流れてきた旅人。

 どこへ行くとも決めず、日雇いの口を探す者。

 竹細工を売る者。

 猿を連れた見世物師。

 鉦を叩く行者。

 足を引きずる元侍。

 赤子を背負って飴を売る女。

 そうした者たちが、中心の大店では決して交わらぬような近さで、同じ土埃を吸っていた。

 立派な暖簾も、蔵屋敷の白壁も、ここまで来れば薄くなる。

 かわりに、空が広くなる。

 西には、日の傾いた空の下、海へ続く低い土地が見えた。

 東には、上町の台地が長く横たわり、その上に四天王寺の伽藍が浮かんでいる。

 坂を上れば、寺と墓。

 坂を下れば、畑と湿地。

 その間を、熊野へ向かう道、住吉へ向かう道、堺へ向かう道が、何本もの古い縄のように南へ延びていた。

「大坂て、こんな広かったんやな」

 鶴松が言った。

「升屋と堂島しか知らんのか」

「奉公人は、用のないとこへ行かん」

「今日は死人追う用ができて、よかったな」

「よくないわ」

                 *

 今宮の社を横目に過ぎ、逢坂へ向かう道の手前で、竹藪が見えた。

 その奥に、傾いた小屋が一つある。

「竹の小屋や」

 寅吉が声を潜めた。

 中から煙が出ている。

 四人は駆け寄った。

 戸を蹴破ると、むっとする朱と油と紙の匂いが鼻を突いた。

 小屋の中には、版木。

 印判。

 芝居の台本。

 藩の紋を染めた布。

 米切手に似せた紙。

 町奉行所の触書に似せた紙。

 大名家の書状に似せた紙。

 何から何まで、似せたものばかりである。

 本物は、そこにいる四人と、鼻を刺す煙くらいのものだった。

 火鉢の上で、帳面が燃え始めている。

「水!」

 鶴松が叫んだ。

「ない!」

「寅、着物!」

「なんでや!」

「濡れとるやろ!」

 三人がかりで寅吉の着物を剥ぎ、燃える帳面へかぶせた。

「わしまで褌になるんか!」

「芝居小屋で一回見せたんや。二回も一緒や」

「見せてへん!」

 火は消えた。

 帳面の半分は黒く焦げたが、半分は読める。

 お駒が拾い上げる。

「……空木藩、切手千五百石」

 頁をめくる。

「売り煽り、火傷権六。芝居、並木小三郎。印、弥七」

 まためくる。

「買い集め……名前が焼けてる」

 次の行。

「空木藩の切手、三割落ちより買い始め、五割落ちで買い切る」

「やっぱり、安うなった切手を買う奴がおるんや」

 鶴松が言った。

「初めから、そのつもりや」とお駒。「偽物の切手を刷る。噂を撒く。芝居にする。懐徳堂に死人を置いて、学者に偽物やと言わせる。切手が紙屑みたいになったところを、誰かが全部拾う」

「けど、蔵がほんまに空なら、切手を買うても、米は出えへんぞ」

 寅吉が言った。

「そこや」

 お駒は帳面の下の行を指した。

 そこには、短く、

現米、福島へ移す
北の舟入に隠す

 と書かれている。

「米は、あるんや」

「空木藩の蔵には、ない」

「蔵から出して、別のところへ隠した」

「ほな、切手を底値で買い集めてから、米を戻したら……」

「紙屑が、また財産に戻る」

 お駒は、焦げた帳面を握りしめた。

「誰かが、空木藩の信用をいったん殺して、安う買い取ってから、生き返らせるつもりや」

「死人まで使うてか」

「死人のほうが、口が堅いやろ」

 小屋の奥で、何かが倒れる音がした。

 寅吉たちは身構えた。

 だが出てきたのは、人ではない。

 大きな米俵であった。

 俵の中から、ぱらぱらと米がこぼれた。

 本物の米である。

 寅吉は一粒拾い、口へ入れた。

「食うな!」

 お駒が叫んだ。

「米かどうか、確かめたんや」

「見たらわかる!」

「わしは見るより食うほうが得意や」

 その米俵には、空木藩の蔵印が焼きつけてあった。

 ただし、その印の上から、別の印が墨で塗り潰されている。

 舟問屋の印らしい。

 波の上に、鷺が一羽。

「この印、見たことある」

 鶴松が言った。

「どこのや」

「福島村の鷺屋や。升屋へ、北国の米を運んでくる舟問屋や」

「次は北、福島へ送る」

 お駒は、権六が落とした紙片を思い出した。

「米は、ここを通って、福島へ運ばれたんや」

「なんで南の難波村から、わざわざ北へ」

 寅吉が尋ねた。

「道を混ぜるためやろ。蔵屋敷から直接福島へ運んだら、誰かが見る。いったん芝居の道具や野菜の荷に混ぜて、町の南へ出してから、別の舟に積み替える」

「大坂じゅう使うて、米を隠しとるんか」

「大坂じゅう使うて、芝居しとるんや」

 そのとき、小屋の外から、腹の鳴る音がした。

 ぐう。

 寅吉が振り返った。

「わしやないで」

「誰も聞いてへん」

「わしの腹より、ええ音やった」

 竹藪の向こうから、一人の爺さんが現れた。

 よれよれの木綿の着物。

 日に焼けた皺だらけの顔。

 年齢のわからぬ、澄んだ目。

 本間宗久である。

 ――あるいは、本間宗久と名乗る、誰かである。

 爺さんは、紙包みを一つ持っていた。

「坊。腹、減っとるな」

「また握り飯か」

「二度目は、銭を取る」

「いくらや」

「千両」

「高いわ!」

「前は、ただでやった。安いときに買わんからじゃ」

 宗久は笑い、握り飯を寅吉へ放った。

 寅吉は受け取り、今度は少しだけ噛んでから呑み込んだ。

「爺さん、知っとったんか。米が福島へ運ばれとること」

「知らん」

「嘘つけ」

「相場師は、知っとることまで、知らんと言う。知らんことは、もっと知らんと言う」

「何しに来たんや」

「芝居を見に来た」

 宗久は、小屋の中を見回した。

 偽の印。

 偽の切手。

 偽の触書。

 芝居の台本。

 そして、本物の米。

「よう出来た芝居じゃ」

「人が死んどるんやで」

「芝居は、死人が出てからが、いちばん客が入る」

 お駒が宗久の前へ進み出た。

「あんた、この切手、買うたんか」

 宗久は、お駒を見た。

「何をじゃ」

「空木藩の切手や。噂で値が落ちるのを知って、買い集めとるんと違うんか」

「買うた」

 あっさりと答えた。

「どれくらい」

「少し」

「相場師の少しは、なんぼや」

「大名一人が、三日眠れんくらいじゃ」

「やっぱり、この騒ぎで儲けるつもりやないか!」

 寅吉が叫んだ。

「儲けるつもりはある」

 宗久は平然としている。

「じゃが、この芝居を書いたのは、わしではない」

「信じられるか」

「信じる必要はない。値を見い」

「値?」

「空木の切手は、今日、三割下げた。誰かが底で拾っておる。じゃが、拾う手が、二つある」

「二つ?」

「一つは、この芝居を仕組んだ者。もう一つは、わしじゃ」

 宗久の目が、細くなった。

「わしが買うたせいで、仕組んだ者は、思うたほど集められておらぬ。いまごろ、たいそう腹を立てておるじゃろう」

「あんた、黒幕の邪魔をしとるんか」

「相場に、正義も邪魔もない。安いと思えば買う。ただ、それだけじゃ」

「そのせいで、誰かが助かるかもしれへんやろ」

「それは、あとから人が足す物語じゃ」

 富永仲基が聞けば、喜びそうなことを言う。

 宗久は、米俵の鷺の印を指で撫でた。

「福島へ行け」

「やっぱり知っとるやないか」

「いま、知った」

「どこ見て知った」

「米じゃ」

「米は喋らへんぞ」

「人が喋りすぎるから、米の声が聞こえんのじゃ」

 宗久は、俵から落ちた米を一粒拾った。

「この米は、北から来た米じゃ。じゃが一度、潮気のある蔵へ入っとる。そのあと、川泥の匂いがついた。北の舟入へ、二度運ばれた米じゃ」

 寅吉も米を嗅いだ。

「なんもわからん」

「坊は、噂を嗅げ。米は、わしが嗅ぐ」

「福島のどこや」

「鷺は、泥の深いところへ立つ」

「謎掛け、やめてくれへんか」

「謎にせんと、誰かに聞かれたとき、困るじゃろう」

 宗久は、夕暮れの空を見た。

 上町台地の寺々から、鐘の音が響いてくる。

 四天王寺の方角で鳴った鐘が、難波村の畑を越え、町の屋根を越え、遠く水の多い北の低地へ流れていく。

「急げ」

 宗久が言った。

「日が落ちれば、米も舟も動く。大坂では、昼に銭が働き、夜に荷が働く」

「爺さんは、来えへんのか」

「わしは、もう一度、道頓堀へ戻る」

「芝居見るんか」

「わしの役が、出ておらんか確かめる」

「出てたら、どうする」

「役者より、うまくやる」

 宗久は笑い、竹藪の向こうへ消えた。

                 *

 夕陽が、上町台地の向こうからではなく、西の海へ落ちていく。

 坂の上の寺々が赤く染まり、難波村の畑に長い影が伸びる。

 中心の町では、まだ芝居が続いている。

 道頓堀では、偽物の空木藩が、今夜も二度、潰れる。

 堂島では、本物の空木藩の米切手が、刻々と値を下げる。

 中之島の蔵は空になり、米は大坂の南を回って、北の福島へ運ばれている。

 偽の印を彫る者。

 噂を撒く者。

 芝居を書く者。

 死体を置く者。

 安くなった切手を買う者。

 そして、それらを追いかける、九九も言えぬ丁稚と、算盤の化け物の娘。

 誰が役者で、誰が客か。

 誰が芝居を仕組み、誰がその芝居を横から乗っ取ろうとしているのか。

 もはや、誰にも、はっきりとはわからない。

 ただ一つ、確かなことがある。

 空木藩の蔵から消えた米は、足が生えたわけではない。

 人間が運んだ。

 人間が運んだものなら、必ず、道に跡が残る。

 その跡は、南から北へ。

 難波の畑から町を横切り、水と泥の低地へ向かっている。

 寅吉は濡れた着物を絞り、お駒は焦げた帳面を懐へ入れ、鶴松は升屋へ戻ったときの言い訳を考えながら、三人そろって北を向いた。

「福島まで、遠いな」

 寅吉が言った。

「走ったら早い」

 お駒が言った。

「また走るんか」

「足しか取り柄ないんやろ」

「腹も丈夫や」

「それは取り柄やない」

 大坂の一日は、まだ終わらない。

 町の南では寺の鐘が鳴り、町の中央では芝居の太鼓が鳴り、町の北では、米を積んだ舟が、人目を避けて動き始めていた。

 空木藩の米を呑み込もうとしているのは、空の蔵ではない。

 大坂の北に広がる、川と沼と泥の闇であった。

                 *

(第五話・了。第六話「梅田の泥、千石を呑む」へつづく)

◆この物語の史実と虚構について(語り手より)

道頓堀の南岸に芝居小屋が並び、歌舞伎、人形浄瑠璃、見世物その他、ありとあらゆる芸能が集まっていたことは、本当である。

並木正三という大坂の狂言作者が、迫りや廻り舞台など、後の劇場でも使われる大掛かりな舞台仕掛けを工夫したことも、本当である。ただし、彼はこの物語の二十余年前に没しているので、寅吉を奈落へ落とした責任を本人へ問うことはできない。

道頓堀の外へ出れば、難波村、今宮村などの田畑や村落が広がり、四天王寺、住吉、堺、熊野方面へ向かう道が、大坂三郷とその周縁を結んでいたことも、おおむね本当である。

『御蔵空々千石噺』、並木小三郎、火傷権六、米を隠した竹の小屋、空木藩の米を福島へ運ぶ鷺屋は、すべて拵えものである。

もっとも、まだ起きてもいない事件を芝居や読み物にして先に儲ける者がいたかどうかについては、さほど自信を持って「なかった」とは言い切れない。

人間は、三百年前から、そのくらいのことは考える。

失われた希望と失われた30年~ ―近現代の経済は希望で出来ている―

 

失われた希望と失われた30年~ ―近現代の経済は希望で出来ている―

 

価格は数式と心が織りなす芸術:株価と資本主義を動かす「心理のグラデーション」

株価やGDPといった経済の数字は、無機質な数式だけで決まるものではありません。そこには常に、人間の「希望」や「恐怖」といった感情がグラデーションのように溶け込んでいます。

資本主義のメカニズムと市場の価格形成を読み解く鍵は、この「目に見える数字」と「目に見えない心理」の混ざり合いを理解することにあります。

株価を形成する「3層のグラデーション」

株価という将来価値を取引する世界は、白と黒で明確に分かれているわけではなく、ガチガチの現実から純粋な妄想までのスペクトラム(連続体)で成り立っています。これを3つの層に分けると、市場の構造が視覚的に見えてきます。

  • 1層:核(ファンダメンタルズ) 現在の利益、保有する現金、工場や特許といった「過去と現在」の確定した事実です。数字で完璧に証明できる、相場の最も重い土台となります。
  • 2層:移行帯(合理的な推測) 来期の成長予測や新製品の売上見込みなど、事実をベースにしつつも「未来への楽観や悲観」が混ざり始める領域です。
  • 3層:外殻(純粋なムード) 「この技術で世界が変わる」「戦争で経済が終わる」といった、数字の裏付けがない純粋な熱狂や恐怖の集団心理です。

平常時、株価は業績という「核」に沿って動きますが、バブルのような強気相場では「外殻(純粋なムード)」だけで価格の大部分が説明されるようになります。逆に暴落時には、過剰な恐怖が「移行帯」の合理性をすっ飛ばし、「核」である現在の価値すら疑い始めることで価格が不当に叩き落とされます。 市場価格とは、この3つの層が常に伸び縮みしながら混ざり合うスープのようなものなのです。

資本主義のエンジンは「明日への期待」

この心理のグラデーションは、株式市場だけでなく、実体経済(GDP)の根底にも流れています。

そもそも資本主義の根底には、「明日は今日よりも良くなる」という全員の合意(信仰)が不可欠です。投資家がリスクを取って株を買うのは将来への「期待」があるからであり、企業が借金をして設備投資をするのも未来への「楽観」があるからです。

この「期待する心」が自由な売買を生み、それが巡り巡ってリアルな経済の拡大(GDPの成長)を作り出します。資本主義における自由な売買とGDPの成長は、人間の未来に対する信頼という同じ燃料で動く「不可分のセット」なのです。

「失われた30年」が証明した心理の力

この「期待する心」が失われた時、経済に何が起きるのでしょうか。その完璧な証明が、日本のデフレと「失われた30年」です。

1990年のバブル崩壊以降、日本の市場からは「楽観や夢」という外殻が完全に消え去りました。「どうせ明日も物価が下がる」「給料は上がらない」というムード(悲観)が国民全体に定着した結果、誰もお金を使わず、企業も投資を止めました。

日本は企業の現預金や技術力といった「ファンダメンタルズ(核)」としては非常に健全で豊かだったにもかかわらず、悲観のムードが現実を支配し、GDPの成長を止めてしまいました。まさに、心理の冷え込みが実体経済を殺してしまった典型例と言えます。

グラデーションの前提となる「信用の土台」

では、この理論は世界中どこでも通用するのでしょうか。実は、発展途上国では全く別のダイナミズムが働きます。

日本や欧米のような先進国では、「法律が守られる」「虚偽の決算をすれば罰せられる」「通貨の価値が安定している」という絶対的な「信用の土台」があります。この土台があるからこそ、投資家は安心して不確実な未来(ムード)を売買できるのです。

しかし、土台となる制度やルールがない途上国では、国のトップが変われば資産が没収されたり、発表される数字自体が偽造であったりするリスクが常に牙をむきます。どれだけ高いGDP成長率を誇っていても、絶対的な信用という「核」が存在しないため、そこでの投資は健全な成長期待ではなく、明日は我が身のマネーゲームになりがちです。

市場は人間の心を映す鏡

裏を返せば、日本の失われた30年という苦しいデフレの時代は、「それだけ長期間、国や市場のルールが壊れずに耐え抜いた」という、世界でも稀有な信用の強さの証明でもありました。

価格とは、冷徹な数式だけで決まるものではありません。市場全体が恐怖のムードに支配されている時、霧の奥にある「核(ファンダメンタルズ)」の価値を見極めること。それこそが投資の神髄であり、経済活動の最も人間らしい側面なのです。

 

希望と失望のグラデーション

──株価・GDP・そして失われた三〇年

株価のように「将来の価値」を取引する世界では、目に見える数字と、目に見えない心理とが、白と黒のようにはっきり分かれているわけではない。両者はグラデーションをなして溶け合い、毎秒の価格を形づくっている。

そう考えると、価格とは確定した事実と純粋な気分とのあいだに引かれた、たえず伸び縮みする一本のスペクトラムだということになる。その構造を、三つの層に分けて眺めてみたい。

価格をつくる三つの層

いちばん内側にあるのがである。現在の利益、手元の現金、工場、特許――過去と現在においてすでに確定した事実の層だ。数字で証明でき、誰が見ても動かない、重い土台である。

その外側に移行帯がある。来期の成長予測、新製品の売上見込みといった、事実を足場にしながらも「未来への楽観や悲観」が混ざりはじめる領域だ。ここから先、価格は次第に人間の心の側へ傾いていく。

そしていちばん外側を覆うのが外殻、純粋なムードの層である。「AI革命で世界が一変する」「戦争で世界が終わる」――数字の裏づけを持たない、集団の恐怖や熱狂がここに渦巻く。

現実の株価は、この三層が溶け合った一杯のスープのようなものだ。問題は、その境界線が、外部環境と時間軸に応じてたえず伸縮することにある。

グラデーションはなぜ激しく揺れるのか

景気が穏やかなとき、価格の中心には核が据わっている。ムードは薄いベールのように株価を包むだけで、相場はおおむね業績に沿って動く。これが平常時のグラデーションだ。

ところが強気相場が行きすぎると、グラデーションは一気に楽観の側へ偏る。投資家は核の数字を見なくなり、外殻の「きらびやかな未来」だけで株価の九割を説明しようとしはじめる。テクニカル指標がしばしば天井に張りついて機能しなくなるのは、ちょうどこの局面だ。

逆にパニックが起きると、今度は一瞬で恐怖と失望が全体を染める。投資家は移行帯の合理的な予測を飛び越え、ついには核の――現在の確固たる価値そのものを疑いはじめる。「この会社は潤沢な現金を抱えているが、世界恐慌が来れば無価値になるかもしれない」。この過剰な恐怖が、株価を本来の価値のはるか下まで叩き落とす。

伝説的な投資家たちが冷徹なのは、まさにこの歪みを見ているからだ。市場全体が恐怖のムードに覆われ視界が濁っているとき、彼らはあえてその霧の奥にある核――会社の利益と資産だけを凝視する。そして「ムードのせいで核の価値より不当に安くなっている」という歪みを見つけたとき、静かに買いを入れる。ウォーレン・バフェットの「他人が貪欲なときに恐れ、他人が恐れているときに貪欲であれ」とは、このグラデーションの読み方そのものである。

資本主義は「成長への期待」と一体である

ここで少し視点を上げてみる。

そもそも資本主義の根底には、「明日は今日より良くなる」という、ほとんど信仰に近い合意がある。投資家が株を買うのは、その企業が成長して取り分が増えると期待するからだ。企業が借金をして工場を建てるのは、もっと売れると楽観しているからだ。

この「期待する心」が自由な売買を生み、それがめぐりめぐって実体経済の拡大、すなわちGDPの成長をつくる。株価もGDPも、元をたどれば「未来への信頼」という同じ燃料で動いている。だとすれば、自由な売買と成長への期待とは、切り離せない一組のものだと言ってよい。

そして、この燃料が尽きたとき何が起こるのか。それを三〇年かけて実演してみせたのが、ほかならぬ日本である。

失われた三〇年――心理が経済を縛った国

一九八九年十二月二十九日、日経平均は終値で三万八九一五円八七銭という史上最高値をつけた。バブルの絶頂である。そして翌年からの崩壊以降、日本の市場からは外殻――楽観や夢の層が、ごっそりと消え去った。

この最高値を再び超えるまでに、日本はおよそ三四年を要した。更新は二〇二四年二月二十二日。世界的に見ても異様なほど長い、ムードの凍結である。

注目すべきは、この間の日本がファンダメンタルズとしてはむしろ健全だったことだ。企業は潤沢な現預金と技術力を抱えていた。事実、バブル期の日経平均のPERが六〇倍前後という純然たる熱狂だったのに対し、最高値を更新した二〇二四年のPERは一六倍台にすぎない。同じ株価でも、かつては夢が、今度は利益が支えていた。

それでも成長は止まった。「どうせ明日も物価は下がる」「給料は上がらない」という悲観が国民全体に定着し、誰も金を使わず、企業も投資をためらった(経済学者リチャード・クーが「バランスシート不況」と呼んだ、負債圧縮へと一斉に傾く心理もまた、凍りついた期待のひとつの形である)。

健全な核を持ちながら、外殻の悲観がそれを上書きし、実体の成長まで縛り上げてしまう。失われた三〇年とは、心理が経済の足を引いた典型例だった――むろんそれが唯一の原因ではないにせよ、この一枚のグラデーションは、気分が現実をどれほど支配しうるかを生々しく映している。

土台のない市場――途上国という別のゲーム

ここまでの議論は、実はある前提の上に成り立っている。「核」と呼べる確かな土台が存在する、という前提だ。

日本や欧米の先進国には、「ルールが守られる」「嘘の決算をすれば逮捕される」「通貨の価値が安定している」という絶対的な信用がある。だからこそ人は安心して、未来という不確実な夢を売買できる。グラデーションがきれいに映るのは、土台がびくともしないからだ。

この前提を欠く発展途上国では、まったく別のゲームが始まる。為政者が変われば企業の資産が没収されるかもしれない。発表されるGDPや決算書が、そもそも偽造されているかもしれない。通貨が一夜にして紙切れになるかもしれない。

こうなると市場は「未来への健全な楽観」ではなく、「明日は我が身の大博打」――純粋なマネーゲームに近づく。どれほど高いGDP成長率を誇っても、土台の信用がなければ、世界の長期資金はそこを終の住処には選ばない。グラデーション以前に、制度の崩壊という文字どおりの「リスク」と隣り合わせなのである。

結び――停滞の裏にあった「信用の強さ」

整理すれば、こうなる。先進国の相場は、強固な土台の上に人間の楽観と悲観のグラデーションがくっきりと映し出される世界だ。途上国の相場は、その土台じたいが砂上の楼閣であるために、グラデーション以前の崩壊リスクと隣り合わせの世界である。

そう考えたとき、日本の失われた三〇年には、苦さとは別の一面が見えてくる。それだけ長いあいだ悲観に沈みながら、この国のルールも、通貨も、信用の仕組みも、ついに壊れなかった。停滞は確かに重い代償だったが、裏を返せばそれは、三〇年以上にわたって土台が崩れなかったという、世界でも稀な信用の強さの証明でもあったのだ。

価格とは、冷徹な数式と、生身の人間の心とが、たえず綱を引き合う場所である。だからこそそれは、私たちが思うよりずっと人間的な現象なのだ。

 

株価は「未来への気分」でできている

――ファンダメンタルズ、期待、制度、そして失われた30

株価とは、いったい何だろうか。

企業が保有する現金や工場、現在の売上や利益を表した数字だろうか。それとも、「この会社はこれから成長する」という投資家の期待を表したものだろうか。

おそらく、そのどちらか一方ではない。

株価のように将来価値を取引する価格は、確定した事実から、合理的な予測、希望、楽観、失望、恐怖に至るまで、さまざまな要素が連続的に溶け合ったものとして形成される。

そこには、数字と感情を分ける明確な境界線はない。

ファンダメンタルズと市場心理は、白と黒のように分かれているのではなく、むしろ一つのグラデーションをなしている。

株価を構成する三つの領域

株価を大まかに分解すると、次の三つの領域を考えることができる。

1.比較的確かな現在

最も確実性が高いのは、すでに存在している事実である。

企業の現預金、借入金、保有資産、現在の売上、現在の利益、生産設備、顧客数などがここに含まれる。

もちろん、会計上の数字にも推計や評価は入り込む。工場や不動産の価値、のれん、将来の退職給付などは、完全に客観的な数字ではない。それでも、将来予測に比べれば、現在の財務諸表は比較的確かな土台である。

これが、一般にファンダメンタルズと呼ばれる領域である。

2.事実に基づいた未来予測

しかし、株を買う人が見ているのは現在だけではない。

新製品が売れるだろうか。海外市場に進出できるだろうか。原材料価格は上がるだろうか。金利はどうなるだろうか。競争相手に勝てるだろうか。

こうした予測は、現在のデータを基礎にしている。しかし、そこにはすでに楽観と悲観が混じり始めている。

同じ決算書を見ても、ある投資家は「一時的な減益にすぎない」と考え、別の投資家は「衰退の始まりだ」と考える。

つまり、事実は一つでも、そこから導かれる未来は一つではない。

3.物語と集団心理

さらに外側には、「この技術が世界を変える」「この国の経済はもう終わりだ」といった、より大きな物語が存在する。

AI革命、宇宙産業、脱炭素、人口減少、金融危機、戦争、国家衰退――

こうした物語は、単なる妄想とは限らない。現実の変化を先取りしていることもある。しかし、遠い未来の物語ほど検証が難しくなり、期待や不安が入り込む余地は大きくなる。

バブルでは、希望に満ちた物語が数字を圧倒する。

暴落では、恐怖に満ちた物語が企業の現実価値を覆い隠す。

株価とは、現在の企業価値の値札であると同時に、社会がその企業の未来についてどのような物語を信じているかを示す指標でもある。

ムードは株価に「付着する」のではない

市場心理は、ファンダメンタルズの外側に付着する飾りではない。

もっと深く、企業価値の計算そのものに入り込んでいる。

株価は理論的には、企業が将来生み出す利益や現金を、現在価値に割り引いたものとして考えられる。

ところが、「将来どれだけ利益を生むか」も、「その未来をどの程度割り引くか」も、確定した数字ではない。

景気に対して楽観的になれば、将来利益の予測は大きくなる。社会が不安定になれば、投資家は高い安全性を求めるため、同じ将来利益でも現在の評価額は低くなる。

期待や恐怖は、外から株価を揺らすだけではない。

将来利益の予想と、リスクの評価を通じて、株価の計算式の内部に入り込んでいるのである。

平常時、バブル、暴落

このグラデーションの形は、いつも同じではない。

平常時には、現在の利益や企業の競争力を中心として、一定の成長期待が付け加えられる。価格は多少揺れながらも、長期的には業績との関係を保つ。

ところがバブルになると、遠い未来の物語が急速に膨張する。

「今は利益が出ていなくても、巨大市場を支配する」「従来の評価基準は通用しない」と語られ、現在の数字を無視すること自体が、新時代への理解の証明であるかのように扱われる。

反対に暴落時には、恐怖が未来を覆う。

利益を出している企業、十分な現金を持つ企業まで売られ、「これまでの前提がすべて崩れるのではないか」という疑いが広がる。

ただし、楽観が常に誤りであり、悲観が常に非合理的なのではない。

技術革新が実際に社会を変えることもある。危機によって企業の事業基盤が本当に崩壊することもある。

問題は、市場の物語が正しいか間違っているかだけではない。どこまでが根拠のある予測で、どこからが集団心理による増幅なのかを見分けることにある。

資本主義と「明日は豊かになる」という期待

現代の資本主義は、未来への期待と深く結びついている。

企業が借金をして設備投資をするのは、将来の売上が現在より増えると考えるからである。投資家が株を買うのは、その企業が将来利益を生み、配当や企業価値が増えると予想するからである。

銀行の融資も、住宅ローンも、年金運用も、国の税収見通しも、程度の差はあれ、将来の所得や生産力を前提としている。

したがって現代の信用経済は、

明日は、少なくとも今日と同じ程度には生産できる。
できれば今日より豊かになる。

という未来への信頼によって支えられている。

ただし、資本主義とGDP成長が論理的に完全な同義語であるわけではない。

成長しない経済でも、私有財産や市場取引は存在し得る。しかし、信用、株式、年金、財政などが複雑に組み合わさった現代資本主義は、継続的な成長がないと、さまざまな場所に負担が集中しやすい。

人口が減り、経済全体が拡大しない社会では、誰かの所得増加が別の誰かの取り分の減少に見えやすくなる。

成長はすべての問題を解決するわけではないが、社会の対立を和らげる余白をつくるのである。

失われた30年は「期待を失った時代」だったのか

日本の失われた30年を、期待や希望が失われた時代として読むことには、かなりの妥当性がある。

バブル崩壊後、日本では企業と金融機関が過剰債務や不良債権の処理を優先した。企業は投資より借金返済を選び、家計は将来不安から消費を抑えた。

長いデフレと低成長のなかで、

「価格は上がらない」
「給料も上がらない」
「会社は成長しない」
「失敗するより現状を守った方がよい」

という予想が社会に定着した。

期待は、単なる心の状態ではない。

物価が上がらないと思えば、消費は先送りされる。商品が売れないと思えば、企業は設備投資や賃上げを控える。賃金が上がらないと思えば、家計はさらに支出を減らす。

このように、悲観的な予想が悲観的な行動を生み、その行動が本当に経済を停滞させることがある。

期待が現実をつくり、できあがった現実が再び期待を強化する。

ここには一種の循環がある。

日本経済を「ムードだけ」で説明してはいけない

もっとも、日本の長期停滞を国民の悲観や心理だけに帰するのは適切ではない。

バブル崩壊後の債務調整、不良債権問題、金融政策と財政政策、人口構造の変化、生産性の伸び悩み、雇用制度、社会保障負担、国際競争の変化など、多数の構造的・政策的要因が存在した。

したがって、次のように考える方がよい。

日本経済が停滞したのは、日本人が悲観的だったからだけではない。
長期停滞を生み出す制度と政策と経済条件があり、その結果として悲観が生まれた。
そして、定着した悲観が、さらに投資と消費を抑え、停滞を長引かせた。

心理は原因であると同時に結果でもある。

経済的現実と社会的ムードは、互いに影響し合う。

日本の株価が1989年末の高値を回復するまで長い年月を要し、2024年になってようやく名目上の最高値を更新したことは、この長期停滞を象徴する出来事だった。

ただし、それは単純に「日本人の気分が34年間暗かった」ことを示すのではない。

企業収益、産業構造、金融政策、海外投資家の評価、物価、賃金、為替、企業統治などが重なった結果である。その全体が市場価格という一つの数字に圧縮されて現れた、と考えるべきだろう。

市場を支える、目に見えない制度

株式市場で未来の価値を取引するには、期待以前に必要なものがある。

それが信用である。

企業の決算書がある程度正しい。株主の権利が守られる。契約が裁判によって執行される。突然、国家に資産を没収されない。通貨と金融制度が極端には崩れない。

こうした制度的な信用があるからこそ、投資家は不確実な未来を計算し、長期的な投資を行うことができる。

市場価格とは、企業への評価だけではない。

その国の法律、会計制度、政治、中央銀行、通貨、所有権、統治機構に対する評価も含んでいる。

つまり、株価のファンダメンタルズには、企業の利益だけでなく、企業活動を可能にしている社会制度そのものが含まれている。

「先進国対途上国」という単純な二分法

この点から、制度の安定した国と不安定な国とでは、株価の意味が異なることが分かる。

しかし、「先進国には信用があり、途上国には信用がない」と一括りにすることはできない。

新興国の中にも、比較的安定した法制度や資本市場を持つ国がある。一方、先進国でも政治的混乱、会計不正、金融危機、制度への不信が起こる。

重要なのは、国の分類ではなく、個別に次の条件を見ることである。

  • 財産権と少数株主の権利が守られるか
  • 会計情報が信頼できるか
  • 政治権力が企業経営にどこまで介入するか
  • 通貨価値が安定しているか
  • 資本を自由に持ち出せるか
  • 経済成長の成果が株主に帰属するか

GDPが大きく成長しているからといって、株式投資の収益が高くなるとは限らない。

企業が利益を上げても、国家や支配株主に吸い上げられるかもしれない。増資によって一株当たりの価値が薄まることもある。通貨下落によって、外国人投資家の利益が消えることもある。

経済成長と株主利益のあいだにも、制度という橋が必要なのである。

株価は社会の「未来予想図」である

市場は、完全に合理的な計算機でもなければ、純粋な賭博場でもない。

そこでは、現在の利益、将来の成長率、金利、制度への信用、技術への期待、戦争への恐怖、社会全体の楽観と悲観が、一つの価格に押し込められている。

だから株価は、ときに企業の現実から大きく離れる。

しかし、価格が現実から離れているように見えても、その価格が企業の資金調達や人材獲得、設備投資に影響し、やがて現実の企業活動を変えることがある。

期待が価格をつくり、価格が資金を動かし、資金が現実をつくる。

そして、変化した現実が再び期待を変える。

株式市場は、現実を映す鏡であるだけではない。映し出した像によって、現実そのものを動かしてしまう鏡でもある。

おわりに――希望は経済的な力である

希望や楽観は、数字と対立する非合理的な感情ではない。

適度な希望は、投資を生み、研究開発を促し、人を雇い、新しい産業をつくる。まだ存在していない未来を信じることが、未来を現実にすることもある。

しかし、根拠のない楽観はバブルを生む。

反対に、慎重さは危機を避けるために必要だが、過度の悲観は投資と挑戦を止め、恐れていた停滞を自ら実現してしまう。

健全な資本主義に必要なのは、楽観そのものでも悲観そのものでもない。

確かな制度と事実を土台にしながら、不確実な未来に向かって、一定の希望を持つことである。

株価とは、冷たい数字と、生身の人間の期待が出会う場所である。

そして経済とは、現在存在する富を分配する仕組みであるだけでなく、まだ存在していない未来を、社会がどこまで信じられるかを試す仕組みなのである。

 

堂島ばけもの算用 第三話 死人の足し算

 

堂島ばけもの算用

第三話 死人の足し算

 翌朝、空木藩は、朝飯前に一度潰れ、五ツ時には殿様が夜逃げし、昼までには御家老が腹を切った。

 もちろん、本物の空木藩は、まだ潰れておらぬ。

 殿様も夜逃げしておらぬし、御家老も、たぶん朝餉の焼き魚などを、何も知らずに食っておる。

 ただ、堂島の浜では、そういうことになったのである。

「空木の船が二日遅れとる」

 という話が、魚屋の口に入ると、

「船が難破した」

 となり、湯屋へ入るころには、

「蔵が空になった」

 となり、駕籠かきの肩に乗ると、

「殿様が逃げた」

 となり、茶屋で酒を一杯飲むうちに、

「家老が腹を切った」

 となった。

 噂というものは、足が速い。

 しかも、走っているうちに、勝手に太る。

 人間なら、朝から昼まで走れば、いくらか痩せるものだが、噂だけは、走れば走るほど、でっぷりと肥え太る。まことに羨ましい体質である。

 その肥え太った噂が、堂島を一周して鯰屋へ戻ってきたころ、空木藩の米切手は、昨日よりさらに値を下げていた。

                 *

「あかん、売る。いま売る。全部売る」

 鯰屋の主人・利兵衛は、空木藩の米切手を両腕いっぱいに抱え、店先を右へ左へ駆け回っていた。

「誰ぞ買わんか。安いで。昨日より、もっと安いで」

「安いから売るんやろが」

 帳場から、お駒が冷たく言った。

「お父っつぁん。昨日は、安いから買うた。今日は、安いから売る。明日は何をするつもりや」

「明日のことは、明日考える」

「そうやって今日まで来たんやな。よう店が残ったもんや」

 利兵衛は娘に痛いところを突かれ、米切手の束を抱いたまま、うう、と唸った。

「せやけどな、お駒。このまま持っとったら、紙屑になるかもしれへんやないか」

「もう紙や」

「そういう意味やない」

「ほな、黙ってそこ置き」

 お駒は、父親から米切手の束をひったくると、帳場の上へ広げた。

 一枚、二枚、三枚。

 額面を見、日付を見、蔵屋敷の印を見ていく。

 隣では、寅吉が、何の役にも立たぬ顔で眺めている。

「なあ、お駒はん」

「なんや」

「そんな紙、何枚見ても、おんなじやないか」

「おんなじやから見とるんや」

「おんなじもんを何枚見ても、おんなじやろ」

「寅。あんた、自分が昨日と今日で、おんなじ顔しとると思うか」

「思うけど」

「昨日より阿呆になっとる」

「なんやと」

「紙も人間も、よう見たら、同じ顔なんぞ一つもない」

 お駒は、十枚ほどを脇へ除けた。

「このへんの古い切手は、印の右肩がきれいや。ところが、こっちの新しい切手は、印の右肩が、ほんの少し欠けとる」

 寅吉は顔を近づけた。

「……どこがや」

「ここや」

「見えへん」

「見えん目は、閉じとき」

 お駒が指したところを、寅吉は片目をつぶって覗き込んだ。

 なるほど、丸い印の縁が、ごくわずかに欠けている。鼠が一口だけ囓ったような、小さな欠けである。

「これが、なんやねん」

「知らん。せやから調べる」

 そのとき、表から、聞き覚えのある生意気な声がした。

「鯰屋のどぶ鼠、おるか」

 升屋の丁稚、鶴松であった。

「誰がどぶ鼠や」

「おまはん以外に、どぶ鼠がおるか」

「おるわ。どぶにも鼠にも、ようけおる」

「鼠と張り合うな。小右衛門はんから言付けや」

 鶴松は、懐から一通の紙を出した。

 そこには、山片蟠桃の、細く堅い字で、こう書かれていた。

値を見るな。
日付と印を見よ。
死人を一人、勘定に足してみい。
懐徳堂の中井先生に見せること。

 お駒は二度読み、寅吉は一度読もうとして、途中で諦めた。

「死人を、足す?」

 利兵衛が首を傾げた。

「お父っつぁんは、ここで切手を見張っとき」

「お前ら、どこ行くんや」

「学問所」

「うちの店が潰れかけとるときに、学問なんぞして何になる」

 お駒は切手を風呂敷に包みながら答えた。

「学問せえへんかったから、潰れかけとるんや」

                 *

 懐徳堂というのは、大坂の町人が、自分らで銭を出し合って拵えた学問所である。

 武士が町人に学問を許してやったのではない。

 町人が、自分らに要る学問を、自分らで買うたのである。

 このあたりが、いかにも大坂らしい。

 玄関を入ると、商家の若旦那が『論語』を読み、その隣で薬種屋の手代が天文の話をし、さらにその隣では、浪人が昼飯代を誰に借りるか思案している。

 身分は違えど、腹が減るところだけは、皆、平等である。

「中井先生はん、いてはりますか」

 お駒が声をかけると、奥から、落ち着いた男が姿を現した。

 中井竹山である。

 懐徳堂の学主を務め、大坂じゅうの商人や武士から敬われる学者で、物腰は穏やかだが、目には人の腹の底まで見通すような光があった。

「升屋の小右衛門どのから、話は聞いております」

 竹山は二人を座敷へ通した。

「米切手を見せてください」

 お駒が風呂敷を開くと、障子の向こうから、別の声がした。

「米切手を見るのに、兄者一人では、目が上品すぎる」

 障子が開き、もう一人、痩せた男が入ってきた。

 竹山の弟、中井履軒である。

 兄の竹山が、人を安心させる顔をしているのに対し、こちらは、人をわざわざ不安にさせて楽しんでいるような顔をしている。

「これは、山片小右衛門が寄越した丁稚か」

 履軒は寅吉を見た。

「いえ、鯰屋の丁稚だす」

「ほう。見るからに鯰屋じゃ」

「どこ見たらわかるんや」

「口を開けたときの、知恵のなさ加減じゃ」

「会うてすぐ悪口言う学者があるか」

「ある。ここにおる」

「履軒」

 竹山が、弟をたしなめた。

「子供をからかうものではない」

「兄者は、子供には甘い。大人には、もっと甘いが」

「米切手を見なさい」

「はいはい」

 履軒は、お駒の前に広げられた切手を、一枚ずつ手に取った。

 日付を見る。

 紙を透かす。

 印の欠けを、爪の先でなぞる。

 やがて、ふん、と鼻を鳴らした。

「小右衛門の言うた死人とは、これか」

「ご存じなんですか」と、お駒。

「空木藩の蔵改役、榊原久兵衛。この男は、若いころ、ここへ通うておった」

 竹山が、奥の書棚から古い箱を取り出した。

 中には、何通もの書状が納められている。

 その一通を開くと、末尾に、空木藩蔵改役・榊原久兵衛の名と印があった。

 お駒は、米切手の印と、書状の印を並べた。

 どちらにも、右肩に、鼠が囓ったような小さな欠けがある。

「同じ印や」

「同じですな」と竹山。

「ほんで、この榊原はんは、いま、どこにいてはるんです」

 寅吉が尋ねた。

 履軒は、こともなげに答えた。

「墓の下じゃ」

「えっ」

「三年前に死んだ」

 寅吉は、もう一度、切手の日付を見た。

 新しいものは、今月。

 古くても、去年。

 どれも、榊原久兵衛が死んだあとの日付である。

「死人が、切手に印を押しとるんか」

「そういう勘定になるな」と履軒。

「そら、幽霊や」

「小右衛門に言うてみい。たいそう喜ぶぞ」

 お駒は、すでに算盤を出していた。

 新しい切手を日付順に並べ、額面を読み、ぱらぱらぱらと玉を弾く。

「榊原はんが死んだあと、この印で出た切手だけで……わかる限り、四千二百石」

「死人にしては、よく働く」と履軒。

「笑い事ではありません」と竹山。

「笑えるうちに笑うておかねば、あとで笑えんようになる」

 履軒は、古い書状と新しい切手を並べて、もう一度眺めた。

「字は、榊原のものではない。榊原は、もっと右へ傾く字を書いた。これは誰かが似せて書いたものじゃ。じゃが、印だけは本物に見える」

「ということは」と、お駒。「死んだ榊原はんの印を、誰かが持っとる」

「それも、空木藩の蔵屋敷の内側に出入りできる誰かがな」

 竹山が静かに言った。

 寅吉は、米切手の赤い印を見つめていた。

 赤い。

 妙に、赤い。

 その赤を見ているうちに、頭の奥で、今朝見たものが、ふっと浮かんだ。

「あ」

「なんや、寅」と、お駒。

「親指や」

「何の話や」

「けさ、浜で、『空木はもうあかん、早よ売れ』て触れ回っとった男がおったやろ。あいつの右の親指、真っ赤やった。血かと思うたけど、あれ、朱肉や」

 座敷の空気が変わった。

「どんな男でした」と竹山。

「背の低い、声のでかい男や。頬に古い火傷があって、空木の切手を一枚、ひらひらさせながら歩いとった。あいつ、噂を撒いとっただけやない。切手か、印か、どっちかを触っとる」

「顔を覚えとるか」と履軒。

「九九は忘れても、顔は忘れへん」

「世の中、何が役に立つかわからんな」

「九九も、そのうち役に立つわ」

 お駒が言った。

「そのうち、て、いつや」

「来世や」

 そのときである。

 表の方で、どさり、と、何か重いものが倒れる音がした。

 続いて、誰かが叫んだ。

「先生! 先生、来てください。人が倒れました!」

 一同が玄関へ走ると、懐徳堂の門の内側に、一人の男が倒れていた。

 空木藩の蔵屋敷に勤める者らしく、袖に藩の印がある。

 歳は四十ばかり。

 顔は青黒く、口の端から細い泡を吹いていた。

 外傷は見当たらぬ。

 だが、右手だけは、何かを絶対に放すまいとするように、固く握られている。

 お駒が、その指を一本ずつ開いた。

 中から出てきたのは、一枚の米切手であった。

 空木藩蔵屋敷。

 榊原久兵衛の、欠けた印。

 そして日付は――。

「……明日や」

 寅吉が言った。

 そこに書かれていたのは、まだ来てもいない、明日の日付であった。

 死んで三年になる役人の印で、明日発行されるはずの米切手を握った男が、今日、懐徳堂の門前で死んでいる。

 竹山は眉をひそめた。

 履軒は、さすがに笑わなかった。

 お駒は算盤を握りしめたまま、死体を見下ろしている。

 寅吉は、死人の手から落ちた米切手を眺めて、ぽつりと言った。

「死人が、もう一人、増えたな」

 この日の勘定に、米は一粒も足されなかった。

 ただ、死人だけが、一人、足された。

 しかも、帳面の上では、明日という日まで、先に足されていたのである。

                 *

(第三話・了。第四話へつづく)

◆この物語の史実と虚構について(語り手より)

懐徳堂が大坂町人の出資によって設けられ、商人・武士その他、身分を越えた者たちが学んだ学問所であったこと、中井竹山・履軒兄弟がその中心を担ったことは、本当である。

ただし、二人が空木藩の米切手を鑑定したこと、中井履軒が鯰屋の丁稚に会うなり悪口を浴びせたこと、三年前に死んだ蔵改役の印が米切手へ押されていたこと、明日の日付の切手を握った死人が懐徳堂の門で倒れたことは、今のところ、ことごとく怪しい。

とりわけ最後の死人については、語り手にも、まだ何者なのか、よくわかっていない。

わからぬが、死体というものは、出してしまえば、あとで誰かが始末をつけねばならぬ。

次の話では、医者を呼ぶことになる。

2026年6月26日金曜日

堂島ばけもの算用 第二話 升屋の番頭、鬼を勘定に入れず

 

堂島ばけもの算用

第二話 升屋の番頭、鬼を勘定に入れず

 寅吉(とらきち)が、夕焼けの中をたったか駆けていく先(さき)は、升屋(ますや)である。  升屋といえば、大坂でも指折りの大店(おおだな)で、ただの米屋・両替屋(りょうがえや)ではない。なにをしている店かというと、これが面白い。──大名(だいみょう)に、金を貸している。  考えてもみていただきたい。刀(かたな)を差した御大名(おだいみょう)が、丸腰(まるごし)の町人(ちょうにん)に、頭(あたま)を下げて金を借りに来る。借りた金が返せぬとなると、今度はその町人が、藩(はん)の勝手向(かってむ)き──つまり財政(ざいせい)のいっさいを、「御勝手御用(おかってごよう)」と称(しょう)して、まるごと預かって、立て直しにかかる。米俵(こめだわら)の上にあぐらをかいた御百姓(おひゃくしょう)が一番(いちばん)えらい、というのが世の建前(たてまえ)であるが、本(ほん)のところは、算盤(そろばん)を弾(はじ)く番頭(ばんとう)が、刀を差した殿様(とのさま)の首根(くびね)っこを、しっかと押さえておる。士農工商(しのうこうしょう)などというお題目(だいもく)が、いかにあてにならぬ作り話か、この升屋ひとつ眺(なが)めればよくわかる。  その升屋に、これまた天下(てんが)に名の知れた番頭がいる。  山片蟠桃(やまがたばんとう)──と、人は号(ごう)で呼ぶが、店(みせ)では「小右衛門(こうえもん)はん」で通っている。蟠桃というのは、唐(から)の言い伝えにある、食えば不老不死(ふろうふし)になるという仙界(せんかい)の桃(もも)の名であって、つまりこの御仁(ごじん)、自分の本職(ほんしょく)である「番頭(ばんとう)」に、ぴたりと音(おん)をひっかけて、「蟠桃(ばんとう)」と洒落(しゃ)れたのである。仙人(せんにん)の桃と、店の番頭とを、しれっと同じ音(おん)で並べて澄(す)ましている。──こういう人を食った洒落(しゃれ)を、まじめくさった仏頂面(ぶっちょうづら)でやってのけるところに、この男の、底(そこ)の知れぬところがある。

                 *

 さて、その升屋の立派(りっぱ)な暖簾(のれん)をくぐろうとして、寅吉は、いきなり行(ゆ)く手(て)をふさがれた。 「これ、待ち。待たんかい」  升屋の丁稚(でっち)である。鶴松(つるまつ)とかいって、同じ丁稚でも、こちらは天下の升屋の丁稚(でっち)、片(かた)や鯰屋(なまずや)の使い走り、というわけで、この鶴松、寅吉を上(うえ)から下(した)まで、ねっとりと眺(なが)め回して、鼻(はな)の先(さき)で笑った。 「うちの小右衛門はんに、おまはんみたいな、どぶ鼠(ねずみ)が、なんの用(よう)や。だいたい、その泥(どろ)だらけの足(あし)で、升屋の敷居(しきい)、またげる思(おも)とんのか。出直(でなお)してきなはれ。十年(じゅうねん)ほど」 「どぶ鼠で悪(わる)かったな」と寅吉。「そのどぶ鼠が、お前(まえ)んとこの大事(だいじ)な番頭はんに、火急(かきゅう)の用や。退(ど)け」 「退かんわい」 「退かんか」 「退かん」  水掛(みずか)け論(ろん)である。米市(こめいち)で水をぶっかけられてきたばかりの寅吉が、ここでまた水掛け論をやっている。ところが、ここで寅吉が、ふと思い出して、例(れい)の呪文(じゅもん)を口にした。 「──本間宗久(ほんまそうきゅう)が、来とる」  とたんに、鶴松の顔(かお)から、すうっと、笑いが引(ひ)いた。  申し上げたとおり、堂島じゅうが「本間宗久」と聞けば、いるかいないかも知れぬくせに、とりあえず背筋(せすじ)が寒(さむ)くなる。鶴松も、ご多分(たぶん)にもれず、背筋を寒くした口(くち)である。 「……ほ、本間宗久が、なんやて」 「升屋の番頭はんに、伝(つた)えることがあるそうや。『酒田(さかた)の照(て)る照る、堂島曇(くも)る。蔵(くら)の米(こめ)は、空(から)を売(う)る』てな。──さあ、退け。退かんと、この火急(かきゅう)の用が遅(おく)れたんは、升屋の鶴松が、どぶ鼠の足(あし)を笑(わろ)て突(つ)っ立(た)っとったせいや、と、わし、ちゃんと番頭はんに言うたるからな」  最後(さいご)のひとことが、よく効(き)いた。  奉公人(ほうこうにん)というものは、損(そん)を出すのが、なにより怖(こわ)い。鶴松は、青(あお)くなったり赤(あか)くなったりしたあげく、 「……ま、待っとれ。今(いま)、取り次(つ)ぐ」  と言うが早(はや)いか、奥(おく)へすっ飛(と)んでいった。  間(ま)もなく、寅吉は、升屋の奥座敷(おくざしき)へ通(とお)された。──泥(どろ)だらけの足のまま、である。

                 *

 行燈(あんどん)のあかりの下(した)で、一人(ひとり)の男が、帳面(ちょうめん)を繰(く)っていた。  歳(とし)のころは五十(ごじゅう)に手(て)が届くかどうか。痩(や)せて、背(せ)が高く、色(いろ)は黒(くろ)い。これといって偉(えら)そうな身なりはしておらぬが、坐(すわ)っているだけで、なにやら、しんと、座敷(ざしき)の空気(くうき)が引き締(し)まる。手(て)もとには、算盤(そろばん)が一挺(いっちょう)。その玉(たま)を、見るともなしに、ぱちん、ぱちん、と、まるで考え事(ごと)の拍子(ひょうし)を取(と)るように、はじいている。  これが、山片蟠桃である。 「お前(まえ)が、その使(つか)いか」と、蟠桃は、顔(かお)も上げずに言った。「鯰屋の、丁稚(でっち)じゃな。もういっぺん、言(い)うてみい。一字一句(いちじいっく)、たがえずにな」 「『酒田の照る照る、堂島曇る。蔵の米は、空を売る』」  寅吉が言うと、蟠桃は、ぱちん、と算盤の玉を、ひとつ、はじいた。  それきり、しばらく、黙(だま)っている。  ここで、語り手(かたりて)として、ひとつ、面白いことを申し上げておきたい。  昨日(きのう)、浜(はま)のはずれで、あの妖怪(ようかい)じみた爺(じい)さん──本間宗久が、同(おな)じ謎掛(なぞか)けを口にしたとき、寅吉は、さっぱりわけがわからず、ただ背筋(せすじ)を寒(さむ)くした。宗久という男は、相場(そうば)を「人の心(こころ)」で読(よ)む。皆(みな)が信(しん)じればそれが相場(そうば)じゃ、嘘(うそ)でも皆が信じれば米(こめ)が動(うご)く──と、そういう、なんとも掴(つか)みどころのない、血(ち)の通(かよ)った、生(なま)あたたかいことを言う。あの爺さんが惚(ほ)れておるのは、相場という大(おお)きな生き物の、どくどく脈(みゃく)打つ、熱(あつ)い血(ち)のほうである。  ところが、この蟠桃という御仁(ごじん)は、ちがう。  同(おな)じ謎掛けを聞(き)いても、この男は、背筋(せすじ)を寒くしたりはせぬ。算盤(そろばん)を引(ひ)き寄(よ)せる。──蟠桃が惚れておるのは、相場という生き物の、もっと奥(おく)にある、ごりごりと硬(かた)い「骨(ほね)」のほうだ。米(こめ)の出来(でき)、藩(はん)の台所(だいどころ)、舟(ふね)の費(つい)え、銀(かね)の利(り)、誰(だれ)がいくら借(か)りて、誰がいくら儲(もう)けたか。そういう、勘定(かんじょう)の通った、揺(ゆ)るがぬ骨組(ほねぐ)みのほうを、この男は、惚れ惚(ぼ)れと、撫(な)でさするのである。  血(ち)を読む宗久と、骨(ほね)を読む蟠桃。  であるから、世間(せけん)には、よく、こういう誤解(ごかい)がある。──「血(ち)を読む山師(やまし)・宗久は、相場(そうば)が好(す)きな男。骨(ほね)を読む堅物(かたぶつ)・蟠桃は、相場なんぞ嫌(きら)いで、米や物(もの)の実(じつ)だけを尊(たっと)ぶ男」だと。  とんでもない、と、私(わたし)は声(こえ)を大(おお)にして申し上げたい。  この蟠桃という男ほど、相場(そうば)と市(いち)を、心(こころ)の底(そこ)から愛(あい)し、敬(うやま)っておる者はない。あの男はのちに『夢(ゆめ)の代(しろ)』という書物(しょもつ)を著(あらわ)して、その中(なか)で、将軍家(しょうぐんけ)のお膝元(ひざもと)たる江戸(えど)を、「あんなものは、ただ食(く)うて捨(す)てるだけの、なんも生(う)まぬ田舎(いなか)じゃ」と、けろりと言い切(き)った。市(いち)が立(た)って物(もの)が動(うご)く下関(しものせき)や尾道(おのみち)のほうが、よほど上等(じょうとう)じゃ、とまで言うた。物(もの)の値(ね)というものは、お上(かみ)が「これこれの値(ね)にせよ」と力(ちから)ずくで決(き)めるものではない。市場(いちば)が、おのずからの理(ことわり)で──まるで目(め)に見(み)えぬ手(て)にでも導(みちび)かれるように──ひとりでに、釣(つ)り合(あ)うところへ落(お)ち着(つ)く。だからお上は、よけいな口(くち)出(だ)しをせず、市場(いちば)の honesty(しょうじき)を信(しん)じておればよい、と、こう説(と)いた男なのである。  つまり、宗久(そうきゅう)が、相場(そうば)の「嘘(うそ)」を喰(く)って銭(ぜに)に換(か)える男だとすれば、蟠桃(ばんとう)は、相場(そうば)の「正直(しょうじき)」を、神(かみ)のごとくに信(しん)じておる男だ。  二人(ふたり)とも、相場(そうば)に惚(ほ)れておる。ただ、惚れた女(おんな)の、どこに惚れたかが、まるでちがう。──そう思(おも)って読(よ)んでいただくと、これからの話(はなし)が、ぐっと面白(おもしろ)くなる。

 さて、その「相場(そうば)の正直(しょうじき)」を信(しん)じる男が、しばらく算盤(そろばん)をはじいたのち、ぽつりと言った。 「──宗久(そうきゅう)の爺(じい)さんが、ほんまに来とるとは、思(おも)わなんだ」 「ほな、本間宗久(ほんまそうきゅう)て、ほんまにおるんか」と寅吉。 「おる、と言(い)えば嘘(うそ)になり、おらぬと言うても嘘(うそ)になる」蟠桃は、薄(うす)く笑(わら)った。「あの爺(じい)さんは、そういう男(おとこ)じゃ。──じゃが、坊(ぼん)。この謎掛(なぞか)け、中身(なかみ)は、たいして謎(なぞ)でもないぞ」 「えっ」 「ええか」蟠桃は、算盤(そろばん)の玉(たま)を、すっと、いっぺんに、はらった。「『蔵(くら)の米は、空(から)を売る』──これはな、どこぞの御藩(ごはん)の蔵屋敷(くらやしき)が、蔵(くら)にありもせぬ米(こめ)を担保(かた)にして、米切手(こめきって)ばかりを、刷(す)りすぎとる、ということじゃ」  米切手(こめきって)、というのは、ここでひとこと申し添(そ)えておくと、藩(はん)の蔵屋敷(くらやしき)に、「米が何石(なんごく)、たしかに預(あず)かってあります」という、いわば米(こめ)の預(あず)かり証文(しょうもん)である。これが大坂(おおさか)では、まるで小判(こばん)か銀(ぎん)のように、人(ひと)の手(て)から手へ、ぐるぐると回(まわ)って、立派(りっぱ)な財産(ざいさん)として通用(つうよう)する。──ところが。 「蔵(くら)に千石(せんごく)しか米(こめ)が無(の)うても、切手(きって)は三千石(さんぜんごく)ぶん刷(す)れる。四千石(よんせんごく)ぶんでも刷(す)れる。紙(かみ)と墨(すみ)があればええんやからな」蟠桃は、いとも事(こと)も無げに言う。「皆(みな)が、いっぺんに『米(こめ)をくれ』と蔵(くら)へ押(お)しかけさえせなんだら、足(た)りぬことは、ばれぬ。──じゃが、そんな無理(むり)が、いつまでも続(つづ)くか。続(つづ)かん。どこかで、ぱちん、と弾(はじ)ける」 「……それ、宗久(そうきゅう)の爺(じい)さんも、おんなじこと言(ゆ)うとったわ」と寅吉。「ぱちんと弾(はじ)けたら、堂島(どうじま)に、見(み)たこともない地獄(じごく)が見(み)える、てな」 「言(ゆ)うとったか」蟠桃は、ふん、と鼻(はな)を鳴(な)らした。「あの爺(じい)さんは、その地獄(じごく)を、銭(ぜに)に換(か)えに来(き)とる。──わしは、ちがう」  そう言うと、蟠桃は、はじめて、まっすぐに寅吉(とらきち)の顔(かお)を見(み)た。その目(め)が、行燈(あんどん)のあかりを受(う)けて、静(しず)かに光(ひか)っている。 「ええか、坊(ぼん)。市(いち)というものはな、嘘(うそ)を、いつまでも、つき通(とお)せはせん。あの蔵(くら)が空(から)じゃと、市(いち)は、もう薄々(うすうす)、感(かん)づいておる。なんでわかる、と思(おも)うか」 「……知(し)らんわ」 「値(ね)じゃ」蟠桃は言った。「その御藩(ごはん)の米切手(こめきって)だけ、ほんのちょびっと、安(やす)う取引(とりひき)されとるはずや。額面(がくめん)より、安(やす)うな。皆(みな)、口(くち)では何(なに)も言(ゆ)わん。言(ゆ)わんが、銭(ぜに)を出(だ)すときには、正直(しょうじき)になる。誰(だれ)も、『この切手(きって)は危(あぶ)ない』とは口(くち)に出(だ)さんが、値(ね)が、こっそり、それを言(ゆ)うとる。──市(いち)というのは、人(ひと)よりよっぽど正直(しょうじき)な、たいした生(い)き物(もの)じゃ」  寅吉(とらきち)は、ぽかんとした。  ぽかんとしたが、なんとなく、この骨(ほね)を読(よ)む番頭(ばんとう)の言(ゆ)うことのほうが、血(ち)を読(よ)む爺(じい)さんの言(ゆ)うことより、まだしも、頭(あたま)に入(はい)ってくる気(き)がした。なにしろ、こちらは、「値(ね)」という、目(め)に見(み)える物差(ものさ)しがある。

                 *

 ここで、その「どこぞの御藩(ごはん)」の名(な)を、はっきり書(か)いてしまいたいところだが──やめておく。  実在(じつざい)の御藩(ごはん)の名(な)を出(だ)すと、後(のち)の世(よ)のご子孫(しそん)から、「うちのご先祖(せんぞ)を、なんと心得(こころえ)る」と、苦情(くじょう)が舞(ま)い込(こ)んでもかなわぬ。ゆえに、ここでは仮(かり)に、その御藩(ごはん)を、「空木藩(うつぎはん)」としておく。──いや、藩(はん)の名(な)にまで「空(から)」の字(じ)を入(い)れてしまうのは、いかにも私(わたし)の趣味(しゅみ)が悪(わる)い。悪(わる)いが、覚(おぼ)えやすかろうと思(おも)って、わざとそうした。読者(どくしゃ)諸氏(しょし)、どうか、この戯作者(げさくしゃ)の浅(あさ)はかさを、お笑(わら)いくだされ。  その空木藩(うつぎはん)の米切手(こめきって)が、いま、どれだけ、どこに、出回(でまわ)っておるか。  それを知(し)らねば、蟠桃(ばんとう)とて、骨(ほね)の在(あ)り処(か)が掴(つか)めぬ。 「坊(ぼん)」蟠桃は言った。「お前(まえ)んとこは、鯰屋(なまずや)じゃな。けちな仲買(なかがい)ほど、こういう、安(やす)う出回(でまわ)っとる切手(きって)を、『掘(ほ)り出(だ)し物(もの)じゃ』と喜(よろこ)んで、せっせと買(か)い込(こ)む。──帰(かえ)って、お前(まえ)んとこの旦那(だんな)が、ちかごろ、どこぞの御藩(ごはん)の切手(きって)を、安(やす)い安(やす)いと、抱(かか)え込(こ)んどらんか、確(たし)かめてみい。もし、抱(かか)え込(こ)んどったら──」  蟠桃は、そこで、ふっと、言葉(ことば)を切(き)った。  その先(さき)を言(い)わなんだのが、かえって、寅吉(とらきち)の背筋(せすじ)を、ぞっと、冷(ひ)やした。

                 *

 鯰屋(なまずや)へ戻(もど)ると、案(あん)の定(じょう)、というべきか、店(みせ)の奥(おく)から、旦那(だんな)の利兵衛(りへえ)の、上機嫌(じょうきげん)な声(こえ)が、もれていた。 「いやぁ、ええ買(か)いもんした。ええ買(か)いもんしたで」  覗(のぞ)いてみると、利兵衛(りへえ)が、米切手(こめきって)の束(たば)を、それはもう、子(こ)を抱(だ)くように胸(むね)に抱(かか)えて、にやにやしている。利兵衛という男(おとこ)、人(ひと)は悪(わる)うないが、これがまた、おそろしく算盤(そろばん)が甘(あま)い。安(やす)い、と聞(き)けば、後先(あとさき)考(かんが)えず飛(と)びつく。鯰屋(なまずや)の身代(しんだい)が、ちまちまと痩(や)せていく原因(げんいん)は、九分九厘(くぶくりん)、この旦那(だんな)の「安(やす)い物(もの)好(ず)き」にある。 「旦那(だんな)はん」と寅吉(とらきち)。「それ、どこの切手(きって)だす」 「おう、寅(とら)。聞(き)いて驚(おどろ)け。空木藩(うつぎはん)の米切手(こめきって)が、額面(がくめん)より、まるまる一割(いちわり)も、安(やす)う出(で)とったんや。一割(いちわり)やぞ、一割(いちわり)。こんな掘(ほ)り出(だ)し物(もの)、めったにあるかい。ありったけ、買(か)うたった」  寅吉(とらきち)の、顔(かお)から、すうっと、血(ち)の気(け)が引(ひ)いた。  ──額面(がくめん)より、一割(いちわり)、安(やす)い。  市(いち)が、こっそり、正直(しょうじき)になっとる、と、蟠桃(ばんとう)は言(ゆ)うた。誰(だれ)も口(くち)では言(ゆ)わんが、値(ね)が言(ゆ)うとる、と。  つまり、この一割(いちわり)安(やす)は、「掘(ほ)り出(だ)し物(もの)」では、ない。市(いち)が、薄(うす)目(め)を開(あ)けて、「その蔵(くら)、空(から)とちがうか」と、こっそり囁(ささや)いておる、その囁(ささや)きの、声(こえ)の大(おお)きさなのである。  それを、よりにもよって、うちの旦那(だんな)が、ありったけ、抱(かか)え込(こ)みやがった。 「旦那(だんな)はん、それ──」 「やかましわ、寅(とら)。お前(まえ)に相場(そうば)のなにがわかる。九九(くく)も言(い)えんくせに」  と、利兵衛(りへえ)が、上機嫌(じょうきげん)のまま、寅吉(とらきち)の頭(あたま)を、ぽかりと小突(こづ)いた、そのときである。  帳場(ちょうば)の奥(おく)から、ぴしゃり、と、鋭(するど)い声(こえ)が、飛(と)んできた。 「お父(と)っつぁん。その切手(きって)、いったい、なんぼ買(こ)うたんや」

 声(こえ)の主(ぬし)は、帳場格子(ちょうばごうし)の中(なか)で、これまた算盤(そろばん)をはじいていた、一人(ひとり)の娘(むすめ)である。  お駒(こま)、という。鯰屋(なまずや)利兵衛(りへえ)の、一人娘(ひとりむすめ)で、歳(とし)は十六(じゅうろく)。  この娘(むすめ)が、また、とんでもない。  父親(ちちおや)の利兵衛(りへえ)が、算盤(そろばん)が甘(あま)いぶん、神様(かみさま)は帳尻(ちょうじり)を合(あ)わせなさったとみえて、この娘(むすめ)に、おそろしいほどの、算盤(そろばん)の才(さい)を授(さず)けてしまわれた。お駒(こま)の指(ゆび)にかかると、算盤(そろばん)の玉(たま)が、まるで生(い)き物(もの)のように、ぱらぱらぱら、と鳴(な)って、どんな込(こ)み入(い)った勘定(かんじょう)でも、瞬(またた)く間(ま)に、答(こた)えが出(で)る。鯰屋(なまずや)の、ほんとうの帳面(ちょうめん)は、阿呆(あほ)な父親(ちちおや)ではなく、とうの昔(むかし)から、この娘(むすめ)が、裏(うら)で、ぴしりと締(し)めておる。  ただし、口(くち)が、悪(わる)い。 「九九(くく)も言(い)えん寅(とら)に、相場(そうば)のなにがわかる、て、お父(と)っつぁん」お駒(こま)は、算盤(そろばん)から目(め)も上(あ)げずに言った。「そら、わからんやろ。けど、九九(くく)が言(い)えるはずのお父(と)っつぁんが、なんで、市(いち)が一割(いちわり)も値(ね)を引(ひ)いとる切手(きって)を、『掘(ほ)り出(だ)し物(もの)』や思(おも)て、ありったけ抱(かか)え込(こ)むんや。九九(くく)が言(い)えても、わからんもんは、わからんのやな。ようわかったわ」 「な、なんやと、お駒(こま)」 「寅(とら)」お駒(こま)は、はじめて顔(かお)を上(あ)げて、寅吉(とらきち)を見(み)た。その目(め)が、利兵衛(りへえ)とは似(に)ても似(に)つかぬ、きりりと、よく切(き)れる目(め)だ。「あんた、いま、どこ行(い)て、何(なに)、聞(き)いてきた。顔(かお)に、書(か)いてあるで。──お父(と)っつぁんが、なんぞ、えらいもん、踏(ふ)んだんやろ」  寅吉(とらきち)は、思(おも)わず、唾(つば)を、ごくりと呑(の)んだ。  九九(くく)も言(い)えぬ自分(じぶん)が、たまたま、本間宗久(ほんまそうきゅう)と山片蟠桃(やまがたばんとう)という、二人(ふたり)の怪物(かいぶつ)から、たてつづけに同(おな)じ秘密(ひみつ)を聞(き)かされ、そして今(いま)、目(め)の前(まえ)には、三人目(さんにんめ)の──こちらは小(ちい)さな、けれども、おそろしく切(き)れる、算盤(そろばん)の化(ば)け物(もの)が、いる。  血(ち)を読(よ)む爺(じい)さん。骨(ほね)を読(よ)む番頭(ばんとう)。そして、その骨(ほね)の、いちばん細(こま)かな目盛(めも)りまで読(よ)んでしまう、この娘(むすめ)。  ──どうやら、この鯰屋(なまずや)の、けちな店先(みせさき)に、天下(てんが)を揺(ゆ)るがす「米(こめ)のない蔵(くら)」の、いちばん危(あぶ)ない切れ端(はし)が、知(し)らぬ間(ま)に、舞(ま)い込(こ)んできてしまったらしい。  寅吉(とらきち)は、覚悟(かくご)を決(き)めて、口(くち)を開(ひら)いた。 「お駒(こま)はん。──ちょっと、込(こ)み入(い)った話(はなし)が、あるんや」

                 *

 さて、ところ変(か)わって、その晩(ばん)の、升屋(ますや)。

 奥座敷(おくざしき)では、山片蟠桃(やまがたばんとう)が、ただ一人(ひとり)、行燈(あんどん)のあかりの下(した)で、何冊(なんさつ)もの帳面(ちょうめん)を、畳(たたみ)いっぱいに広(ひろ)げて、難(むずか)しい顔(かお)をしていた。  空木藩(うつぎはん)の、知(し)れたかぎりの石高(こくだか)。蔵屋敷(くらやしき)の、おおよその蔵(くら)の数(かず)。回(まわ)っておるとおぼしき、切手(きって)の見当(けんとう)。──それらを、銀(ぎん)の匁(もんめ)に直(なお)し、石(こく)に直(なお)し、ぱちん、ぱちん、と、算盤(そろばん)に乗(の)せていく。ちなみに、ここ大坂(おおさか)では、勘定(かんじょう)はすべて、銀(ぎん)の目方(めかた)、すなわち匁(もんめ)でする。江戸(えど)は、金(きん)じゃ。「東(ひがし)の金遣(かねづか)い、西(にし)の銀遣(ぎんづか)い」と申(もう)してな、同(おな)じ日(ひ)の本(もと)の国(くに)でも、東(ひがし)と西(にし)とでは、銭(ぜに)の数(かぞ)え方(かた)からして、まるでちがうのである。 「……合(あ)わぬな」  蟠桃(ばんとう)は、つぶやいた。 「どう転(ころ)んでも、合(あ)わぬ。あの蔵(くら)から出(で)てよい切手(きって)の数(かず)と、現(げん)に出(で)回(まわ)っとる数(かず)とが、まるで、合(あ)わぬ。これは──」  と、そこまで言(い)って、蟠桃(ばんとう)は、ふと、口(くち)をつぐんだ。  行燈(あんどん)のあかりが、ふっと、ひとつ、揺(ゆ)れた。  誰(だれ)も、いないはずの、座敷(ざしき)の隅(すみ)で。

「──無鬼(むき)、と申(もう)すはな」  と、声(こえ)が、した。  しずかな、けれども、よく通(とお)る、若(わか)い男(おとこ)の声(こえ)である。 「無鬼(むき)と申(もう)すは、鬼(おに)がおらぬ、という意味(いみ)では、ない。鬼(おに)を、勘定(かんじょう)に、入(い)れぬ──という、肚(はら)の据(す)わりのことじゃ。ちがうか、小右衛門(こうえもん)どの」  蟠桃(ばんとう)は、算盤(そろばん)から、目(め)を、上(あ)げなかった。  上(あ)げぬまま、ぴしゃりと、こう言(い)った。 「……どなたか存(ぞん)ぜぬが、この刻限(こくげん)に、人(ひと)の店(みせ)に上(あ)がり込(こ)むとは、無作法(ぶさほう)な。それに、あいにくと、わしは、鬼(おに)も、幽霊(ゆうれい)も、信(しん)じませぬ。──ゆえに、あんたは、おらぬ」 「おらぬ者(もの)と、ようも、まあ、喋(しゃべ)るな」と、声(こえ)が、くつくつと笑(わら)った。 「独(ひと)り言(ごと)でござる」と、蟠桃(ばんとう)。  座敷(ざしき)の隅(すみ)の闇(やみ)が、ゆらりと、人(ひと)の形(かたち)に、なった。  痩(や)せた、青白(あおじろ)い、まだ若(わか)い男(おとこ)である。歳(とし)のころは、三十(さんじゅう)を、出(で)たか、出(で)ぬか。だが、その目(め)だけが、もう何百年(なんびゃくねん)も、ありとあらゆる書物(しょもつ)を読(よ)み尽(つ)くしてしまった老人(ろうじん)のように、底(そこ)が、深(ふか)い。  この男(おとこ)、五十(ごじゅう)年(ねん)も前(まえ)に、わずか三十一(さんじゅういち)で、この世(よ)を去(さ)った、大坂(おおさか)の醤油屋(しょうゆや)の倅(せがれ)。仏(ほとけ)の経(きょう)も、儒(じゅ)の教(おし)えも、後(あと)の世(よ)になるほど、言葉(ことば)が、あとから、あとから、足(た)し込(こ)まれて、ふくれ上(あ)がっていくものだ──と、そういう、おそろしく剣呑(けんのん)なことを見抜(みぬ)いて、世(よ)の学者(がくしゃ)どもを震(ふる)え上(あ)がらせた、町人(ちょうにん)学者(がくしゃ)。  名(な)を、富永仲基(とみながなかもと)、という。  その、五十(ごじゅう)年(ねん)前(まえ)に死(し)んだはずの男(おとこ)が、いま、鬼(おに)も幽霊(ゆうれい)も信(しん)じぬと言(い)い張(は)る、当代(とうだい)一(いち)の合理(ごうり)の番頭(ばんとう)の、すぐ枕元(まくらもと)に、ちんまりと、坐(すわ)っている。 「小右衛門(こうえもん)どの。お前(まえ)さまは、骨(ほね)を、読(よ)む」と、富永仲基(とみながなかもと)は言(い)った。「蔵(くら)の石高(こくだか)、切手(きって)の数(かず)、銀(ぎん)の匁(もんめ)。合(あ)う、合(あ)わぬ。──結構(けっこう)じゃ。じゃがな、お前(まえ)さまの、その立派(りっぱ)な帳面(ちょうめん)には、どうしても、載(の)らぬものが、一(ひと)つだけ、ある」 「……何(なに)が、載(の)らぬと」と、蟠桃(ばんとう)。  その声(こえ)が、ほんの少(すこ)し、低(ひく)くなったのを、私(わたし)は、聞(き)き逃(のが)さなかった。 「人(ひと)が、勝手(かって)に、足(た)していくもの、じゃ」  富永仲基(とみながなかもと)は、青白(あおじろ)い指(ゆび)を、一本(いっぽん)、立(た)てた。 「最初(さいしょ)はな、ただ、『北(きた)の船(ふね)が、三日(みっか)遅(おく)れとる』と、それだけのことであった。──翌日(よくじつ)には、『難破(なんぱ)したらしい』に、なる。三日(みっか)も経(た)てば、『あの藩(はん)は、もう潰(つぶ)れる』に、なる。人(ひと)はな、小右衛門(こうえもん)どの。事(こと)の真(まこと)を、伝(つた)えはせぬ。事(こと)の真(まこと)に、おのれの恐(おそ)れを、ひとつかみ、足(た)して、伝(つた)える。経(きょう)が、後(のち)の世(よ)になるほど膨(ふく)れ上(あ)がるのと、同(おな)じことよ。──わしは、これを、加上(かじょう)、と名(な)づけた」  蟠桃(ばんとう)は、しばらく、黙(だま)っていた。  畳(たたみ)いっぱいに広(ひろ)げた帳面(ちょうめん)を、じっと、見(み)つめている。そこには、米(こめ)の石高(こくだか)も、銀(ぎん)の匁(もんめ)も、びっしりと、書(か)き込(こ)まれている。だが、たしかに、そのどこを探(さが)しても、「人(ひと)の恐(おそ)れ」という勘定(かんじょう)だけは、一(ひと)つも、書(か)き込(こ)まれて、いなかった。  やがて、蟠桃(ばんとう)は、ゆっくりと、顔(かお)を上(あ)げた。  そして、誰(だれ)もいないはずの、座敷(ざしき)の隅(すみ)に向(む)かって、はっきりと、こう言(い)った。 「──幽霊(ゆうれい)など、おらぬ」  行燈(あんどん)のあかりが、また、ひとつ、ゆれた。

(第二話・了。第三話「死人(しびと)の足し算」へつづく)


◆この物語の史実と虚構について(語り手より)

升屋が仙台藩などへ巨額の大名貸を行い、藩財政の立て直しに深く関わったこと、山片蟠桃(通称・升屋小右衛門)が無類の市場肯定論者で、江戸を「消費するだけの田舎」と評し、市場の自然な理を信じる「無鬼論者」であったこと、大坂が銀建て・江戸が金建てであったこと、米切手が貨幣のように流通したこと――このあたりは、おおむね本当である。

富永仲基(一七一五~一七四六)が大坂の醸造業の家に生まれ、三十一歳で夭折し、経典や思想が後世になるほど言葉を継ぎ足されていくという「加上」の説を唱えた町人学者であったことも、本当である。ただし、彼の幽霊が無鬼論者の枕元に現れて議論を吹っかけたかどうかは、まことに、怪しい。

空木藩、鯰屋、利兵衛、お駒、鶴松は、まるごと、わたしの拵えものである。藩の名に「空」の字を入れたのは、断じて、わざとである。

堂島ばけもの算用

 

堂島ばけもの算用

第一話 米を喰わぬ男、千両を呑む

 天は米を降らさず、されど堂島には米が満ちた。  ──と、いきなり大仰に始めてみたが、念のため申し添えておく。この堂島の浜に満ちていた米というのは、蔵にも舟にも一粒として存在せぬ、いわば「気(き)」の米である。  享保の御代、八代将軍吉宗公がしぶしぶ御免(ごめん)を出して以来、大坂堂島の米市は、世界のどこにもまだ無かった奇態(きたい)な商いを始めていた。帳合米(ちょうあいまい)という。籾(もみ)の一俵も受け渡さず、ただ米の値が上がるか下がるかだけを紙の上の数字でやり取りして、差額をふところに入れる。早い話が、ありもせぬ物を売り買いするのである。罰当たりにも程があるが、なに、これを後の世の異人どもがそっくり真似て「フューチュル」だの「先物(さきもの)」だのと気取って呼び、ロンドンだのシカゴだのが百年遅れで自慢することになるのだから、堂島の旦那衆(だんなしゅう)の慧眼(けいがん)、恐るべしというほかない。  さて、その堂島へ、出羽(でわ)の酒田から一人の男が下(くだ)ってきた。──いや、「下ってきた」は語弊がある。上方(かみがた)から見れば江戸も奥羽(おうう)も等しく「下(しも)」であって、上方の上物が「下り物(くだりもの)」、江戸の安物が「下らぬ物」、ゆえに今日われわれが下らぬ駄洒落(だじゃれ)を「くだらない」と申すのも、もとはと言えば大坂のこの高慢から出ている──と、まあそれはよい。とにかく、本間宗久(ほんまそうきゅう)という。  酒田の本間家といえば、「本間様には及びもないが、せめてなりたや殿様に」と里謡(りよう)に唄われたほどの分限者(ぶげんしゃ)で、つまりそのへんの大名よりよほど金がある。その本間家の男が、なんだって自前の蔵に米をうならせておきながら、わざわざ大坂くんだりまで来て、ありもせぬ気の米を売り買いしているのか。  理由は一つ。──面白いからである。  なお、この本間宗久、後の世では「蝋燭足(ろうそくあし)という罫線(けいせん)を編み出した相場の神様」ということになっている。実のところ、あの蝋燭の絵を最初に引いたのが本当にこの御仁(ごじん)かどうか、学者衆のあいだでは今もって怪しいものだとされておるのだが──まあ、よい話というのは、たいてい少々怪しいほうが面白い。我らはしばらく、怪しいほうの本間宗久につきあうことにしよう。

                 *

 話を寛政九年(かんせいくねん)の夏に進める。  その日の堂島浜は、いつもどおり気が狂っていた。

 米会所(こめがいしょ)の立合(たちあい)というのは、正気の沙汰ではない。何百という男が地面に膝をつき、額をぶつけ合うほどに寄り集まって、てんでに腕を振り上げ、指を立て、唾を飛ばし、「買うた」「売った」「いくらや」「あほんだら」と喚(わめ)き続ける。傍(はた)から見れば、米屋の集会というよりは、何かの宗派が一斉に憑(つ)かれて踊っているとしか思えぬ。げんに、ここで動いているのは米ではない。男どもの胸の内にある、欲と、恐れと、見栄(みえ)と、隣のやつには負けたくないという、あの煮えたぎった汁だけである。  立合の終いは、火縄(ひなわ)で計る。一日の刻限を決めた火縄が、じりじりと焦げて尽きる。その火が消えたが最後、立合は終(しま)い、もう何を喚いても勘定には入らぬ。ところが欲のかかった男どもは、火が消えてもなお「あと一声、あと一声」と粘りやがる。そこでどうするか。──水である。「水方(みずかた)」と呼ばれる屈強(くっきょう)な若い衆が、桶(おけ)になみなみと汲んだ水を、粘る男どもの頭から容赦なくぶっかける。世界に冠(かん)たる金融市場の引け方が、頭から水ぶっかけ、というのが、いかにも大坂らしくて私は好きだ。  その水しぶきの中を、一匹のすばしこいのが、ぬらりくらりとくぐり抜けていく。

 寅吉(とらきち)、歳(とし)は十四。  仲買(なかがい)の「鯰屋(なまずや)」に奉公する丁稚(でっち)である。鯰屋というけったいな屋号は、初代が鯰(なまず)の蒲焼(かばや)きで身上(しんしょう)を築いたとも、地震のたびに身代(しんだい)が揺れるからとも言うが、ともかく今の主(あるじ)、利兵衛(りへえ)の代になってからは、もっぱら米相場でちまちまと張る、けちな仲買屋に成り下がっている。  寅吉という男は、これがまた、算盤(そろばん)がまるで駄目(だめ)である。三と七を足させると、たまに九になる。掛算(かけざん)に至っては、九九を「ろくしちしじゅうろく」などと、聞いたこともない数を堂々と言い放って、店じゅうの者を凍りつかせる。  そのかわり、足だけは速い。  堂島から、北浜(きたはま)の両替屋まで、人混みをすり抜けて駆けて、また戻ってくる。その間(あいだ)に、どこそこの店で誰が泣いていた、誰が高笑いしていた、どの蔵屋敷(くらやしき)の門の前に立派な駕籠(かご)が止まっていた、という見聞きしたことを、ぜんぶ覚えて帰ってくる。数は覚えられぬが、噂(うわさ)は一度で覚える。妙な才能である。  その寅吉が、水方の若い衆に尻(しり)を蹴(け)とばされながら、浜のはずれまで転がり出てきて、どてっと尻もちをついた。

 ここで、引けたばかりの堂島浜を、ひとつ見渡してみよう。  水をかぶってずぶ濡れのまま、なお算盤を弾(はじ)き直して「勝った勝った」と踊る男がいる。隣では、今日一日で身上(しんしょう)を溶かしたとみえる男が、会所(かいしょ)の白壁(しらかべ)に向かって両手をついて、声もなく嘔吐(へど)を吐いている。その横で、別の男が、その同じ壁に向かって、これは盛大に小便をひっかけながら、「相場なんぞ、どこのどいつが考えやがった」と呪詛(じゅそ)している。──ちなみに考えたのは大坂商人である。自分で考えたものに自分で呪われておるのだから世話はない。  その向こうを、蔵屋敷の留守居役(るすいやく)とおぼしき侍(さむらい)が、供を従えて、苦虫を噛みつぶした顔で通る。藩(はん)の年貢米(ねんぐまい)を金に換えに来て、思うた値がつかなんだか、刀の柄(つか)に手をかけたいような顔をしているが、ここ堂島では侍の刀よりも商人の算盤のほうが切れる、ということを、この御仁もそろそろ思い知り始めているらしい。  その後ろから、墨染(すみぞめ)の衣(ころも)の坊主が、米切手(こめきって)の束を懐(ふところ)から覗(のぞ)かせて、いそいそと両替屋のほうへ歩いていく。寺の喜捨(きしゃ)で張った相場が当たったとみえる。仏は果報(かほう)を諭(さと)すが、坊主は相場を張る。けっこうなことである。  そのまた後ろを、医者がひとり、薬箱を担(かつ)いだ供を連れて、これは何やら難しい顔で空を見上げながら歩いていく。──この男のことは、いずれまた書く。今は名だけ覚えておいていただきたい。伏屋素狄(ふせやそてき)という。犬や豚の腹をかっさばいて、腎(じん)の臓(ぞう)に醤油(しょうゆ)を注ぎ込み、それがどこから滲(にじ)み出てくるかを、目を皿にして眺めているという、たいそうな変人である。後の世では「日本の実験生理学の祖」などと、ずいぶん御立派な肩書(かたがき)を頂戴(ちょうだい)することになるのだが、この時分(じぶん)の堂島では、ただの「臓物(ぞうもつ)いじりのけったいな先生」で通っていた。  米を売る者、米を買う者、米を金に換える侍、その金で経(きょう)をあげぬ坊主、その坊主を診(み)る変人医者──。  この狭い浜に、武家(ぶけ)も、町人(ちょうにん)も、僧(そう)も、学者も、博奕(ばくち)打ちも、ずぶ濡れの破産者も、ことごとくが渾然(こんぜん)と入り混じって、てんでに勝手な欲をかいている。これを一色(ひといろ)に染めようなどというのは、土台(どだい)無理な相談で、大坂という街は、もとからこういう、けったくその悪い、ありとあらゆる色のごった煮なのである。

 さて、その寅吉が尻もちをついて、空腹(すきばら)を抱えて、ぼんやり浜を眺めていると、腹の虫が「ぐう」と、それはもう情けない音で鳴いた。  考えてみれば妙なものである。  寅吉は、朝から晩まで米のことしか喋(しゃべ)っておらぬ。米が上がる、米が下がる、米が何万石(まんごく)動いた、と、口を開けば米、米、米。それでいて、その寅吉が今日の昼に食ったのは、塩をまぶした握り飯がたった一つ。米を商う街のどまんなかで、米を商う者が、その米を腹いっぱい食えぬ。天下の台所(だいどころ)と呼ばれる大坂で、いちばん米に困っているのが、米を扱う者だというのだから、世の中というのは、よくよく出来そこないに出来ている。

 その、出来そこないの世の中の片隅(かたすみ)に、一人、妙な爺(じい)さんが座っていた。

 浜のはずれ、荷揚(にあ)げの済んだ空き樽(あきだる)を椅子(いす)がわりにして、その爺さんは、引けてがらんとし始めた米会所のほうを、じっと眺めていた。  歳のころは、わからぬ。六十にも見えるし、八十にも見える。日に焼けた顔は皺(しわ)だらけだが、背筋(せすじ)はしゃんと伸びて、目だけが、やけに澄んでいて、若い。よれよれの木綿(もめん)の着物を着ているが、その着物の上から、なんとも言えぬ──そう、相場で言うところの「地合(じあい)」のようなものが滲(にじ)み出ていて、近寄りがたい。  その爺さんが、寅吉のほうをちらと見て、こう言った。 「坊(ぼん)。腹、減っとるな」  出羽訛(でわなま)りの、ぼそりとした声であった。 「減ってへんわい」と寅吉。腹が「ぐう」と返事をした。 「正直な腹じゃ」爺さんは笑った。「主(あるじ)よりよう出来とる」  寅吉はむっとした。むっとしたが、相手の懐(ふところ)から、握り飯らしき紙包(かみづつ)みが覗(のぞ)いているのを見て、むっとしたまま、そろりと近寄った。 「爺(じ)い。それ、なんや」 「握り飯じゃ」 「食わへんのか」 「歳をとると、あんまり食わんでも生きとられる。──やる。そのかわり、ひとつ走ってもらおう」  寅吉は、握り飯ほしさに、ぱっと受け取って、ほとんど噛(か)まずに半分を呑(の)み込んでから、口をもごもごさせて尋ねた。 「どこへや」 「升屋(ますや)の番頭はんとこじゃ」

 ここで、語り手として、ひとつ申し上げておかねばならぬ。  升屋といえば、その敏腕(びんわん)の番頭、山片蟠桃(やまがたばんとう)である。──と、ここまでは、たいていの御方(おかた)が御存じであろう。だが、世間には妙な誤解がはびこっておって、この蟠桃という御仁を、まるで「相場や金貸(かねか)しのごとき虚業(きょぎょう)を嫌(きら)い、米や物の実(じつ)だけを尊(たっと)ぶ、お堅い実物の人」のように思っている向きがある。  とんでもない。  蟠桃という男は、相場と金融の、これ以上ないほどの信奉者(しんぽうしゃ)である。あの男は、その著(あらわ)した『夢の代(ゆめのしろ)』の中で、将軍家のお膝元(ひざもと)たる江戸を、「あんなものは、ただ食って捨てるだけの、なんも生まぬ田舎じゃ」と平然と言い切り、下関(しものせき)だの尾道(おのみち)だの、市(いち)が立って物が動く湊(みなと)のほうが、よほど上等じゃと喝破(かっぱ)した男である。物の値というものは、お上(かみ)が「これこれの値にせよ」と力ずくで決めるものではなく、市場(いちば)が、おのずからの理(ことわり)で──まるで目に見えぬ手にでも導かれるように──ひとりでに釣り合うところへ落ち着くのだ、と説いた。これは、海の向こうの紅毛(こうもう)の国で、スミスとやらいう学者が同じようなことを書物(しょもつ)に著(あらわ)したのと、ほとんど同じ時分のことである。  つまり蟠桃は、相場を嫌うどころか、相場の中に天地(てんち)の理を見た男なのだ。  であるから、これから先、この物語に出てくる二人の怪物──升屋の番頭・蟠桃と、酒田の妖怪・宗久とを、「実(じつ)の人」と「虚(きょ)の人」とに分けて読もうなどとは、ゆめゆめ思われぬほうがよい。二人はどちらも、相場という名の、あの巨(おお)きな生き物に惚(ほ)れ込んだ者どうしである。ただ、その惚れ方が、ちがう。  蟠桃が惚れたのは、相場という生き物の「骨」である。米の出来(でき)、藩の台所(だいどころ)、舟の費(つい)え、銀(かね)の利(り)、誰がいくら借りて誰がいくら儲(もう)けたか──そういう、勘定の通った、揺るがぬ骨組(ほねぐ)みのほうを、惚れ惚れと眺める。  いっぽう、この爺さんが惚れているのは、その生き物の「肉」のほう、それも、肉の奥でどくどくと脈打っている、熱い血のほうだ。皆が上がると思えば、もう上がらぬ。皆が怖(こわ)がって投げ売れば、そこが買い場じゃ。──人の心の、あの煮えたぎった汁を読む。  骨を読む番頭と、血を読む爺さん。  この二人を引き合わせるための使い走りに、よりにもよって、九九もろくに言えぬ寅吉が選ばれた、というところに、私はどうも、この世というものの、底意地(そこいじ)の悪い采配(さいはい)を感じるのである。

                 *

「升屋やったら、知っとるわ」と寅吉は、握り飯の残り半分を頬張(ほおば)りながら言った。「けど、爺い。あんた、誰や。升屋の番頭はんに、なんて言うて取り次げばええんや」  爺さんは、しばらく黙って、引けたばかりの浜を眺めていた。それから、ぽつりと、 「本間宗久(ほんまそうきゅう)が来とる、と」  と言った。  寅吉は、握り飯を喉(のど)に詰まらせかけた。  本間宗久といえば、堂島で知らぬ者はない。──いや、正しくは、堂島じゅうが「知っている」と思い込んでいる、という言い方のほうが当たっている。なにしろ、その噂(うわさ)たるや、 「宗久先生は、酒田から、ようやく出てきはったらしいで」 「あほ言え、あの御方はもう江戸の根岸(ねぎし)に住んではる」 「いや、三日で十万両(まんりょう)儲けて、もう国へ帰らはったがな」 「あれは本人やのうて、弟子(でし)の宗久二代目(にだいめ)や」 「そもそも本間宗久ちゅう人間、ほんまにこの世におるんか」  と、会う者ごとに歳(とし)も、住まいも、儲(もう)けた額も、生きているか死んでいるかさえもが、ことごとくちがう。堂島の連中(れんじゅう)にとって、本間宗久という名は、もはや一人の人間の名というよりは、「相場で途方(とほう)もないことが起きたとき、とりあえずその名を口にしておけば恰好(かっこう)がつく」という、便利な掛(か)け声(ごえ)、いわば縁起物(えんぎもの)に近いものになっていた。  その、縁起物が、目の前で空き樽に腰かけて、握り飯を恵んでいる。 「……うそやろ」と寅吉。 「うそかもしれん」と爺さん。 「えっ」 「相場師に歳と儲けを訊(き)くな、と言うてな」爺さんは、皺(しわ)の中の目を、いよいよ細めて笑った。「どっちも、答えた途端(とたん)に、嘘になる。──わしが本間宗久じゃと答えれば、それもまた、そのへんの噂(うわさ)と、たいして変わらん嘘になる。じゃがな、坊。嘘でも、皆がそれを信じれば、相場は動く。米の一粒も動かんでも、人の胸の内は、嘘ひとつで、ごっそり動く。──それが、わかるか」  寅吉には、さっぱりわからなかった。  わからなかったが、この爺さんが、ただの腹をすかせた行き倒(だお)れではない、ということだけは、なんとなく、背中(せなか)の毛(け)が逆立(さかだ)つようにして、わかった。  爺さんは、空き樽から、よいしょと腰を上げた。背は、思うたより高い。立ち上がると、よれよれの木綿(もめん)の着物が、急に上等の絹(きぬ)ででもあるかのように、ぴんと張って見えた。 「ついでに、もうひとつ覚えておけ」  と、爺さんは、引けてがらんとした米会所のほうを、顎(あご)でしゃくった。 「あの蔵(くら)にはな、坊。──米が、無い」 「は?」 「いや、米会所の話やない。中之島(なかのしま)の、とある御藩(ごはん)の蔵屋敷(くらやしき)の話じゃ。あすこの蔵には、帳面(ちょうめん)の上では、それはもう、ぎっしりと米が積まれとることになっとる。その米を担保(かた)にした米切手(こめきって)が、今、天下(てんが)じゅうを、立派(りっぱ)な財産(ざいさん)の顔をして、ぐるぐる回っとる。──ところがな、坊。その蔵を開けてみたら、中は、すかすかの、もぬけの殻(から)じゃ」  寅吉は、ぽかんとした。 「……米、あらへんのに、米の証文(しょうもん)だけ、回っとるんか」 「そういうことじゃ」 「そんなん、ばれたら、どうなんねん」  爺さんは、ひどく愉(たの)しそうに、笑った。それは、後にも先にも寅吉が、これほど嬉(うれ)しそうに人の破滅(はめつ)を語る顔を見たことがない、というほどの、見事な笑顔であった。 「ばれるまでは、財産(ざいさん)じゃ。ばれた途端(とたん)に、ただの紙(かみ)きれじゃ。──ええか坊、世の中というものはな、米で回っとるんやない。『あの蔵には米がある』と、皆が信じとる、その信じ込みだけで、回っとる。その信じ込みが、ぱちんと弾(はじ)けるとき、堂島は、わしの生涯(しょうがい)で見たこともないような、それはそれは見事(みごと)な、地獄(じごく)を見せてくれるはずじゃ」  そう言うと、本間宗久と名乗った爺さんは、寅吉の頭をひとつ、ぽんと叩(たた)いて、 「行ってこい。升屋の蟠桃はんに伝えよ。──『酒田の照る照る、堂島曇(くも)る。蔵の米は、空(から)を売る』とな」  と、なんとも人を食った謎掛(なぞか)けを言い残し、ゆらりと、夕暮れの人混みの中へ、消えていった。

 あとに残されたのは、握り飯を呑み込み損(そこ)ねて目を白黒(しろくろ)させている、九九もろくに言えぬ丁稚(でっち)が、ただ一人。  この、いちばん間の抜けた男が、これから、天下を揺るがす「米のない蔵」の一件(いっけん)に、まるで関(かか)わりたくもないのに、首までずっぷりと突っ込んでいくことになる──のだが、それは、まだ、この子(こ)の知ったことではない。

 今はただ、腹を満たした一匹の丁稚が、夕焼(ゆうや)けの堂島を、升屋目指して、たったか、たったかと駆けていく。その背中の向こうで、何百という男が、ありもせぬ米のために、まだ何やら喚(わめ)いている。  米のない天下の台所に、夏の日が、ゆっくりと、暮れていった。

                 *

(第一話・了。第二話「升屋の番頭、鬼を勘定に入れず」へつづく)


◆この物語の史実と虚構について(語り手より)

帳合米市場、米切手、中之島の蔵屋敷、升屋と仙台藩、火縄と水方による引け、銀建ての大坂——このあたりは、おおむね本当の話である。山片蟠桃が無類の市場肯定論者であったこと、江戸を「消費するだけの田舎」と評したこと、市場の自然な理を信じたことも、本当である。

いっぽう、本間宗久がこの年この場所にこの恰好で座っていたかどうか、蝋燭足を本当にこの男が引いたのかどうか、「米のない蔵」の一件が実在したのかどうか——このあたりは、ことごとく、怪しい。怪しいが、怪しいほうが面白いので、そう書いた。

寅吉とお駒(次話より登場)と鯰屋は、まるごと、わたしの拵(こしら)えものである。

2026年6月24日水曜日

ヒルベルトの最後の問題

 

ヒルベルトの最後の問題

一 最後の秋

 一九三二年十月八日、ゲッティンゲンには朝から細かな雨が降っていた。

 雨というより、空気そのものが湿っているような日だった。ヴィルヘルム・ウェーバー通りの木々は、夏の名残をすでに失い、黄色い葉を石畳へ一枚ずつ落としていた。

 高木貞治が門をくぐったとき、ヒルベルトはまだ食卓にいた。

 皿の上には、薄く切った仔牛の肝臓があった。

 医師から毎日食べるように言われているのだ、とヒルベルトは説明した。自分の命は、いまや定理でも薬でもなく、このあまり愉快ではない食べ物によって支えられているらしい。

「数学者が肝臓によって生かされるとは思わなかったよ」

 ヒルベルトはそう言って笑った。

 七十歳になった顔には、かつて高木が知っていた童顔の名残があった。だが、手は細くなり、椅子から立ち上がるときには、机の端に片手をつかなければならなかった。

「よく来てくれたねえ」

 そう言って、高木の両手を握った。

 高木が初めてゲッティンゲンへ来たのは、三十年以上も前のことだった。

 当時の彼は、ヨーロッパの学界ではほとんど知られていない、東洋から来た若い数学者にすぎなかった。代数的整数論を研究したいと手紙に書いたところ、ヒルベルトは住む場所まで手配した。かつて自分が住んでいた家を紹介し、研究所の扉を開いた。

 国籍も、宗教も、家柄も問わなかった。

 何を考えたいのか。

 ヒルベルトが人に尋ねたのは、ほとんどいつもそれだけだった。

「君は、私の考えた類体より先へ行ってしまった」

 客間に入ると、ヒルベルトは言った。

「先へ行ったというより、少し横へ外れたのです」

「横へ外れることを、先へ行くと言うんだよ」

 高木は笑った。

 ヒルベルトも笑った。

 若い頃のヒルベルトは、問題を提示することに喜びを感じていた。だが、それは自分の領地に旗を立てるためではなかった。問題は、誰かが入るための入口だった。

 解く者がドイツ人であろうと、日本人であろうと、女であろうと、ユダヤ人であろうと、彼にはどうでもよかった。

 正しい証明には、出生証明書が添付されていない。

「東京には若い人が育っているかね」

 ヒルベルトは尋ねた。

 高木が何人かの名を挙げると、ヒルベルトは身を乗り出した。自分の病気のことを話すときより、はるかに熱心だった。

 外国から来た客に会うたび、彼はその国の若い数学者について尋ねた。

 誰が何を研究しているのか。

 どんな問題に夢中になっているのか。

 才能のある者はいるか。

 その者はよい環境にいるか。

 ヒルベルトにとって数学とは、すでに証明された定理の集積ではなかった。まだ知られていない何かを見つけようとして、異なる人間が同じ黒板の前に集まることだった。

 数学は本の中にあるのではない。

 人と人との間に生まれる。

 高木との会話は、夕方まで続いた。

 外では雨がやみ、濡れた庭木の間から低い西日が差していた。

「人類は、少しずつでも前へ進んでいると思いますか」

 帰り際、高木は尋ねた。

 それは数学の質問ではなかった。

 ヨーロッパでは、通りに制服を着た若者が増えていた。新聞には、民族、血、領土、裏切りという言葉が並び、政治家たちは、国を浄化しなければならないと繰り返していた。

 ヒルベルトは窓の外を見た。

「人間については分からない」

 しばらくして言った。

「だが、知識については、そう信じるしかないだろう」

 彼は微笑んだ。

「われわれは知らなければならない。われわれは知るであろう」

 それは彼が好んで使う言葉だった。

 高木は頭を下げた。

 二人とも、その秋がゲッティンゲンの最後の秋になるとは知らなかった。

 数学者たちがまだ同じ廊下を歩き、同じ食堂で昼食をとり、黒板の前で互いの誤りを遠慮なく指摘できた、最後の秋だった。

二 ミンコフスキーの椅子

 高木が帰った後、ヒルベルトは長いあいだ客間に残っていた。

 日が落ちると、窓ガラスに自分の姿が映った。

 白い髪。

 薄い肩。

 大きすぎる上着。

 ガラスの向こうに、別の老人が立っているように見えた。

 彼は、ミンコフスキーのことを思い出した。

 二人はケーニヒスベルクで出会った。

 ヒルベルトがまだ、自分がどのような数学者になるのか知らなかった頃である。ミンコフスキーは年下だったが、すでに揺るぎない自信を持っていた。

 二人は町を歩きながら数学を話した。

 歩くことと考えることを、ほとんど同じ行為だと思っていた。

 一人が問いを出し、もう一人が反例を挙げる。

 その反例を避けるため定義を変える。

 すると、初めの問題とは別の問題が現れる。

 彼らは夕方まで歩き、どこまで来たのか分からなくなることがあった。

 だが、道に迷ったとは思わなかった。

 数学の中では、道を外れることが新しい道を見つける唯一の方法だった。

 後にヒルベルトがゲッティンゲンへ移ったとき、彼はミンコフスキーを呼び寄せることに力を尽くした。

 自分一人では足りなかった。

 優秀な人間が一人いるだけでは、学問の中心は作れない。

 必要なのは、別の仕方で考える人間だった。

 自分の考えに賛成する者ではない。

 自分一人では見ることのできない誤りを発見し、自分一人では開けることのできない扉を開く者である。

 ミンコフスキーが一九〇九年に死んだとき、ヒルベルトは、世界の一部が突然沈黙したように感じた。

 だがその後も、数学研究所には人がいた。

 講義は続いた。

 若者たちはミンコフスキーの論文を読み、その先を考えた。

 一人の人間が死んでも、共同体がその問いを引き継いだ。

 椅子は空いた。

 しかし、その空席の周りに人々が集まった。

 死とは、そのようなものだとヒルベルトは思っていた。

 一人ずつ奪っていく。

 残された者に、失われた者の仕事を託す。

 翌年の春、彼は、死とはまったく異なる仕方で人間を奪うものがあることを知った。

 国家は、一人ずつ奪わなかった。

 国家は名簿を作り、部屋全体を空にした。

三 名簿

 一九三三年四月、大学へ一通の文書が届いた。

 紙そのものは、何の変哲もなかった。

 上等でも粗末でもない、官庁で使われる薄い紙だった。上部に鷲の印があり、いくつかの条文と、記入すべき欄が並んでいた。

 祖父の名。

 祖母の名。

 宗教。

 従軍歴。

 政治的所属。

 ヒルベルトは二度読んだ。

 それから秘書に尋ねた。

「これは数学研究所に送られてきたのかね」

「全学部にです」

「数学者の祖父母を調べて、何が分かるのだろう」

 秘書は答えなかった。

 ヒルベルトはもう一度、用紙を見た。

 証明に不要な条件を追加すれば、定理は弱くなる。

 必要のない仮定を増やすことは、数学では不器用さの印である。

 しかし、これは定理を強くするための条件ではなかった。

 人を除外するための条件だった。

 数日後、教授たちの名簿が回ってきた。

 ある名前の横には印がつけられていた。

 別の名前には線が引かれていた。

 線は定規を使って引かれていた。

 まっすぐで、感情がなかった。

 人間を殺す命令も、おそらくこのように整然と書かれるのだろうとヒルベルトは思った。

 赤い鉛筆の線が、リヒャルト・クーラントの名を横切っていた。

 クーラントは、研究所を実際に動かしていた。

 資金を集め、建物を整え、学生の相談に乗り、優れた研究者を各国から招いた。

 ヒルベルトが問題を開いた人間なら、クーラントは、人々がその問題に取り組める部屋を作った人間だった。

 彼は第一次大戦で従軍していた。

 国のために働いた。

 負傷者を運び、砲火の下で通信装置を考案した。

 それでも、新しい国家は、彼を祖父母によって分類した。

「何かの間違いでしょう」

 若い事務官は言った。

「先生ほどのお方が申し出れば、例外が認められるかもしれません」

「例外」

 ヒルベルトはその言葉を繰り返した。

 クーラントが優れた数学者であることは、例外を求める理由ではなかった。

 そもそも数学者を祖先によって選別する規則そのものが、誤っている。

 だが事務官には、その違いが分からないようだった。

 彼らは不正な法を撤回する話をしているのではなかった。

 不正な法の中で、偉い人間だけを救う話をしていた。

 ヒルベルトは政府へ手紙を書いた。

 クーラントの研究業績、従軍歴、研究所への貢献を列挙した。

 数学は国際的な営みであり、研究者を血統によって分類することは、ドイツ科学に回復できない損害を与える、と書いた。

 文章は論理的だった。

 各段落は前の段落から導かれ、結論には飛躍がなかった。

 それでも何の効果もなかった。

 相手は論理を誤解しているのではなかった。

 論理を必要としていなかった。

四 エミー

 エミー・ネーターは、大きな鞄を抱えて研究所へ来た。

 鞄からは本の角が突き出し、留め金が閉まっていなかった。

「旅行ですか」

 ヒルベルトは尋ねた。

「まだです」

 ネーターは言った。

「ただ、いつ出てもよいようにしているのです」

 彼女は平然としていた。

 いつものように髪はうまくまとまっておらず、外套のボタンを一つ掛け違えていた。

 ヒルベルトは彼女が若かった頃を思い出した。

 女性に大学で講義をさせるべきではない、と多くの教授が反対した。

 兵士たちが戦場から帰ってきて、女性の足元に座って学ばされると知ったら、どう思うでしょう、と言った者もいた。

 ヒルベルトには、その質問の意味が理解できなかった。

 正しい定理を証明できる者から学ばず、証明できない男性から学ぶ方が、兵士たちの名誉にかなうというのだろうか。

 大学は男子浴場ではない。

 彼がそう言ったと、後に人々は語った。

 実際にどのような言葉を使ったのか、彼自身もう覚えていなかった。

 ただ、腹を立てたことは覚えていた。

 数学の前に、人間の性別を置く人々がいることに。

 ネーターは長いあいだ、正式な地位も報酬もほとんど得られないまま講義を続けた。

 それでも彼女の周りには学生が集まった。

 学生たちは彼女の話す速さについていくため、必死でノートを取った。彼女は一つの定理を説明している途中で、より一般的な構造に気づき、初めの定理そのものを置き去りにすることがあった。

 多くの数学者が個々の対象を研究していたとき、ネーターは対象を支配する関係を見ていた。

 他の者が家々を数えている間に、彼女は都市の地図を描いていた。

「アメリカから話が来ています」

 ネーターは言った。

「よい大学ですか」

「女子大学です」

「君にふさわしい地位を用意できるのかね」

「少なくとも、講義はさせてもらえるでしょう」

 彼女は笑った。

 その笑い方に、恨みはなかった。

 ヒルベルトは、それがかえって苦しかった。

「私はもう一度、政府へ書く」

「先生」

「君を追い出すことが、どれほど愚かなことか説明する」

「愚かな人は、説明されて賢くなるでしょうか」

 ヒルベルトは答えなかった。

 ネーターは鞄を床に置いた。

「先生は昔、私を例外として大学に入れようとしてくださいました」

「例外ではない。君には資格があった」

「今度は、例外になりたくありません」

「どういう意味だね」

「私一人だけ残れるようにしてもらうことです」

 窓の外で、学生たちが行進していた。

 同じ色の制服を着て、同じ歩幅で歩き、同じ言葉を叫んでいた。

 数学研究所の窓ガラスが、声に合わせてかすかに震えた。

「代数学は軽いものです」

 ネーターは言った。

「国境を越えるのに、機械も標本も要りません。頭に入れて持っていけます」

「学生はどうする」

「学生も頭を持っています」

 ネーターは再び笑った。

「いつか、どこかで会えます」

 ヒルベルトは、彼女が鞄を持ち上げるのを手伝おうとした。

 だが腕に力が入らなかった。

 ネーターは一人で持ち上げた。

 廊下の先で、彼女は一度だけ振り返った。

「先生」

「何だね」

「数学は、ここだけにあるものではありません」

 それは慰めだったのだろう。

 だがヒルベルトには、宣告のように聞こえた。

五 ドイツ数学

 夏になる頃には、研究所の廊下から多くの声が消えていた。

 扉には、新しい名前札が掛けられた。

 新しく任命された者の中には、誠実な研究者もいた。空席を望んだわけではなく、ただ与えられた職を受けただけの者もいた。

 だが、急に昇進したことを、新しい時代による正当な評価だと考える者もいた。

 ある若い講師が、講演で「ドイツ的数学」という言葉を使った。

 ヒルベルトは後方の席で聞いていた。

 講師は、抽象的で形式的な数学はユダヤ的であり、真にドイツ的な数学は直観的で、民族の生活に根ざしたものでなければならないと語った。

 黒板には式が一つも書かれなかった。

 講演の後、司会者が質問を求めた。

 誰も手を挙げなかった。

 ヒルベルトはゆっくり立ち上がった。

「一つ教えてください」

 若い講師の顔に緊張が走った。

「ドイツ的な三角形と、ユダヤ的な三角形では、内角の和が違うのですか」

 会場のどこかで、短い笑い声がした。

 すぐに消えた。

 講師は、これは比喩です、と答えた。

「数学では、比喩で証明を済ませることはできません」

 ヒルベルトは座った。

 それは小さな抵抗だった。

 あまりに小さく、その日の午後にも世界は何一つ変わらなかった。

 講師は職を失わず、追放された者たちは帰ってこなかった。

 その夜、ヒルベルトは自分の言葉を何度も思い返した。

 少し機知の利いた質問をしたことで、自分が何かを成し遂げたような気持ちになってはいないか。

 人々が職を失い、国を失っているときに、老人が講演会で一度相手を黙らせた。

 それに何の意味があるのか。

 彼は抵抗したのだろうか。

 それとも、自分は抵抗したと思える程度のことだけをしたのだろうか。

 数学では、証明に穴があれば、どれほど美しくても定理として認められない。

 だが人は、自分の人生については、穴だらけの証明で自分を納得させる。

 私は病気だった。

 私は老人だった。

 私には政治的な力がなかった。

 できるだけの手紙は書いた。

 抗議もした。

 すべて本当だった。

 そして、そのどれも、去っていった人々を連れ戻しはしなかった。

六 手紙

 秋から冬にかけて、外国の切手を貼った手紙が届くようになった。

 ケンブリッジ。

 オックスフォード。

 プリンストン。

 ニューヨーク。

 フィラデルフィア。

 イスタンブール。

 人々の名前は、ゲッティンゲンの名簿から消え、世界地図の上に散らばっていった。

 クーラントからは、イギリスでの生活について書かれた手紙が来た。

 新しい職を探していること。

 子どもたちの将来が心配なこと。

 それでも研究は続けていること。

 末尾には、研究所の若い者たちをよろしく頼む、と書かれていた。

 自分が追い出された研究所のことを、まだ心配していた。

 ネーターからは、アメリカの学生たちについて書かれた手紙が来た。

 講義の進み方を少し遅くしなければならないこと。

 女性の学生たちが熱心であること。

 プリンストンへも出かけていること。

 文章からは、不満よりも、新しい数学を教えられる喜びの方が強く伝わってきた。

 ヒルベルトは、それを読んで安心した。

 同時に、恥ずかしくなった。

 彼女は奪われたものについてではなく、これから作るものについて書いていた。

 残された自分だけが、失われたゲッティンゲンについて考え続けていた。

 ある日、日本から高木の手紙が届いた。

 前年の訪問への礼と、ヒルベルトの健康を案じる言葉が書かれていた。最後に、ゲッティンゲンの皆様はいかがお過ごしでしょうか、とあった。

 ヒルベルトは返事を書き始めた。

 皆、元気です。

 そう書いて、消した。

 クーラントはイギリスにいる。

 ネーターはアメリカへ渡った。

 ヴァイルも去った。

 若い者たちは、残るべきか、逃れるべきか迷っている。

 研究所は存続している。

 建物も、図書室も、黒板もある。

 しかし、「皆様」はもう、どこにもいなかった。

 ヒルベルトは新しい紙を取り出した。

 私は元気です、とだけ書いた。

 それも嘘ではなかった。

 嘘でないことと、真実であることは、同じではない。

七 空いた椅子

 研究会の日、ヒルベルトは予定より早く研究所へ行った。

 講義室には長い机と椅子が並んでいた。

 彼は前から三列目の端に座った。

 そこは、かつてミンコフスキーが好んで座った場所だった。

 クラインは前方に座り、しばしば講演者の話を途中で止めた。

 クーラントは出入口に近い席を選んだ。遅れて来る学生を入れたり、急な連絡に対応したりするためだった。

 ネーターは椅子に深く腰かけることができず、講演が面白くなると、ほとんど立ち上がりながら質問した。

 若い高木は、言葉を一つも聞き落とさないよう、少し前屈みになって座っていた。

 ヒルベルトには、彼らの姿が見えた。

 もちろん、実際にはいなかった。

 記憶は、ときに現実よりも多くの人間を部屋に集める。

 開始時刻になっても、聴衆は十人ほどしか来なかった。

 以前なら、廊下まで学生が立っていた。

 講演者は、新しい微分方程式の解法について話し始めた。

 悪い講演ではなかった。

 正確で、よく準備されていた。

 だが質問が出なかった。

 以前のゲッティンゲンでは、講演が終わるまで待つ者はいなかった。定義が不明瞭なら、その場で声が飛んだ。主張が強すぎれば反例が出され、弱すぎればもっと一般化できると言われた。

 講演者と聴衆が争い、黒板の上で別の数学が生まれた。

 今は、誰も誤りを犯さないよう注意して話し、誰も目立った質問をしなかった。

 間違うことより、間違った人物と見なされることの方が危険な時代になっていた。

 講演が終わると、礼儀正しい拍手が起きた。

 ヒルベルトは黒板を見た。

 証明は正しかった。

 それでも、そこに数学があるようには思えなかった。

 数式が書いてあれば数学なのではない。

 反対する者がいる。

 先へ進める者がいる。

 全く違う分野から、思いがけない関係を見つける者がいる。

 失敗を笑い、成功を奪い合わず、他人の発見によって自分の世界が広がることを喜ぶ者がいる。

 数学とは、そのような人間の集まりだった。

 黒板は残っていた。

 だが、その前に集まるべき人々がいなかった。

八 新しい世界地図

 一九三四年になると、国外へ去った者たちが新しい場所を作り始めたという知らせが届いた。

 クーラントは、やがてニューヨークへ渡ることになるらしい。

 アメリカには、ゲッティンゲンのような数学研究の中心はまだ少ない。だからこそ、そこに作れるかもしれない、と彼は書いた。

 ヒルベルトは手紙を読みながら、地図を広げた。

 ヨーロッパの外側に、いくつもの点をつけた。

 プリンストン。

 ニューヨーク。

 ブリンマー。

 ケンブリッジ。

 数学の中心は、国王や大臣の命令によって作られるものではない。

 人が集まり、話し、教え、反論し、若い者を受け入れることで、長い時間をかけて作られる。

 だが、壊すのには数か月しかかからなかった。

 ドイツは研究者を国外へ追い出した。

 国外へ追い出された研究者は、その国々へ数学を運んだ。

 ナチスはドイツ数学からユダヤ人を取り除いたつもりだった。

 実際には、数学をドイツから取り除いていた。

 それは復讐でも罰でもなかった。

 数学は誰かを罰するために移動するのではない。

 呼吸のできる場所へ移っただけだった。

 ヒルベルトは、かつてネーターが言った言葉を思い出した。

 代数学は軽いものです。

 頭に入れて持っていけます。

 確かにその通りだった。

 国家は研究室を閉鎖できる。

 教授職を奪える。

 本を焼くこともできる。

 だが、一度理解された定理を、人間の頭から完全に取り出すことはできない。

 それだけが慰めだった。

 しかしその慰めには、別の悲しみが伴った。

 数学は生き残る。

 ゲッティンゲンがなくても。

 ドイツがなくても。

 ヒルベルトがいなくても。

 自分が一生をかけて築いた場所は、数学にとって不可欠ではなかった。

 学問の普遍性とは、国境を越える力であると同時に、どの故郷も見捨てて生き延びられる力でもあった。

九 晩餐会

 晩餐会はベルリンで開かれた。

 ヒルベルトは出席を断ろうとしたが、大学側から、ドイツ科学を代表する者としてぜひ出席してほしいと言われた。

 ドイツ科学。

 近頃、その言葉を聞くたびに、彼は疲れを覚えた。

 かつて科学には、ドイツもフランスもなかったわけではない。

 学派はあり、伝統はあり、国ごとの好みもあった。

 しかし一つの定理がドイツで証明されたからといって、フランスでは偽になるわけではなかった。

 晩餐会場には旗が並び、軍服と礼服を着た男たちが集まっていた。

 給仕が銀の皿を運び、楽団がワーグナーを演奏した。

 ヒルベルトの席は、文部大臣ベルンハルト・ルストの隣だった。

 大臣は礼儀正しかった。

 ヒルベルトの業績を称え、ドイツ民族がいかに彼を誇りに思っているかを語った。

 ヒルベルトは黙って聞いていた。

「教授」

 食事が半ばまで進んだ頃、大臣が尋ねた。

「ゲッティンゲンの数学は、その後いかがですか」

 ヒルベルトは顔を上げた。

「その後、とは」

「ご存じでしょう」

 大臣は微笑んだ。

「好ましくない影響から解放された後のことです。ユダヤ的な影響が強すぎたために、多少の混乱はあったでしょう。しかし、いまは純粋なドイツ科学を再建しておられるのでしょうな」

 周囲の男たちが会話をやめた。

 何人かは、笑う用意をしていた。

 大臣は、自分が気の利いた質問をしたと思っているようだった。

 ヒルベルトは、卓上の白いクロスを見た。

 そこに、一本のまっすぐな線が見えた。

 赤い鉛筆で名簿に引かれた線だった。

 クーラントの名を消した線。

 ネーターの名を消した線。

 何十人もの研究者を、大学から、都市から、祖国から切り離した線。

 彼はミンコフスキーの椅子を思い出した。

 高木が三十年前に座っていた若者の席を思い出した。

 ネーターの閉まらない鞄を思い出した。

 外国の切手を貼った手紙を思い出した。

 質問の出ない講義室を思い出した。

 黒板はある。

 机もある。

 研究所の建物もある。

 予算も、教授の肩書も、大学の印章も残っている。

 だが、それらを数学と呼ぶことができるのだろうか。

「混乱しているのではありません」

 ヒルベルトは言った。

 大臣の微笑が、少し固くなった。

「では、順調なのですか」

「いいえ」

 ヒルベルトは首を振った。

「苦しくなったのでもない」

 声は小さかった。

 長いテーブルの端までは聞こえなかったかもしれない。

 しかし、大臣には聞こえた。

「数学ですか」

 ヒルベルトは言った。

「ゲッティンゲンには、もうそんなものはありません」

 大臣は一瞬、彼を見た。

 それから大きく笑った。

 老人の皮肉を、無害な冗談だと思ったらしい。

 周囲の男たちも笑った。

 ヒルベルトは笑わなかった。

 笑い声の中で、彼には別の音が聞こえていた。

 ケーニヒスベルクの道を歩きながら議論するミンコフスキーの声。

 講義を途中で止め、もっと一般化できると叫ぶネーターの声。

 不慣れなドイツ語で質問する若い高木の声。

 研究所の廊下を走る学生たちの足音。

 それらは遠く、すでに別の時代の音になっていた。

十 最後の問題

 ゲッティンゲンへ戻った夜、ヒルベルトは一人で研究所へ行った。

 守衛は彼の顔を見ると、何も言わずに扉を開けた。

 廊下は暗かった。

 窓から月の光が入り、床に細長い四角形を作っていた。

 ヒルベルトは講義室へ入った。

 黒板には、前日の講義の数式が一部残っていた。

 彼はチョークを取った。

 手が震えた。

 かつては、大きく明瞭な字で黒板いっぱいに式を書いた。いまは、一本の線を引くことさえ難しかった。

 ヒルベルトは黒板の上部に書いた。

 問題。

 そこで手を止めた。

 何を書くつもりだったのか。

 なぜ人間は、自分たちの最も優れた知性を追放するのか。

 なぜ国家は、自らを強くすると称して、自分の未来を破壊するのか。

 なぜ教育を受けた人間が、明らかな虚偽に従うのか。

 なぜ善良な人々は、悪が始まったとき、それが一時的な愚行にすぎないと考えてしまうのか。

 なぜ私は、彼らを救えなかったのか。

 どの問いも、数学の問題にはならなかった。

 未知数を定めることができない。

 仮定を整理することもできない。

 解が存在するかどうかさえ分からない。

 ヒルベルトは、パリで二十三の問題を提示した日のことを思い出した。

 あの頃、彼は、明確に述べることのできる問題は、いつか必ず解かれると信じていた。

 解けないように見える問題も、正しい言葉で表現し直せば、解への入口が見つかる。

 分からないということは、一時的な状態にすぎない。

 われわれは知らなければならない。

 われわれは知るであろう。

 だが、目の前にある問題は、正しい言葉で述べることさえできなかった。

 人間はなぜ、自分が知ることを恐れるのか。

 人間はなぜ、知らないことを誇りに変えるのか。

 人間はなぜ、真理よりも、真理を語る者の血筋を問題にするのか。

 ヒルベルトはチョークを置いた。

 黒板には「問題。」という一語だけが残った。

 番号は書かなかった。

 それは二十四番目の問題ではなかった。

 数学者に解ける問題ではなかった。

 窓の外で、風が木々を揺らした。

 数枚の枯葉が石畳を転がり、研究所の階段の下へ集まった。

 ヒルベルトは空いた椅子を見渡した。

 かつてそこに座っていた人々の多くは、もう遠い国にいた。

 彼らは別の大学で教え、別の学生を育て、別の黒板に式を書くだろう。

 数学は続く。

 ゲッティンゲンがなくても続く。

 それは喜ぶべきことだった。

 けれども、その夜のヒルベルトには、数学が生き延びることと、自分たちの世界が滅びることが、同じ出来事の二つの面のように思えた。

 彼は明かりを消し、講義室を出た。

 扉が閉まる直前、月の光が黒板を照らした。

 そこには、問いだけが残されていた。

 誰も解くことのできない問い。

 あるいは、人類が何度も解いたつもりになり、そのたびに初めから間違え続ける問い。

 ヒルベルトは廊下をゆっくり歩いた。

 彼の後ろで、誰もいない講義室は静まり返っていた。

 数学を失った国には、数学を失ったことを証明する者さえ、やがていなくなるのだった。