2026年5月19日火曜日

精神科の病気と時代の変遷 ――社会構造と生物学の交差点、病気自体の変化

精神科の病気と時代の変遷 ――社会構造と生物学の交差点、病気自体の変化

時代によって、病気は変わる。罹患率や有病率が変動するだけでなく、ある時代に存在した病気が姿を消し、別の時代に新たな病気が登場することがある。これは、診断基準や統計手法の発達による見かけ上の変化だけではない。精神疾患というジャンルにおいて、シニフィアン(名称や定義)の変化によってシニフィエ(対象の概念)が変わって見えるだけでなく、シニフィエ自体が時代とともに変容しているのだ。

その最たる例が、現在の正式名称で「神経発達症(neurodevelopmental disorder)」と呼ばれる、いわゆる発達障害である。

1. 診断基準のアップデートと「こぼれ落ちたもの」

現代精神医学の基礎は、1950年頃のクルト・シュナイダーらによるドイツの臨床精神病理学にある。その枠組みは優れていたが、現在の視点から見ると決定的に欠けている要素がある。現在の最新基準(DSM-5-TRICD-11)の中核をなす、自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如多動症(ADHD)といった神経発達症の概念である。

当時の体系には、現在の「知的発達症」に相当するものは存在したが、それ以外の発達障害の観点は極めて薄かった。なぜ、かつては目立たなかったこれらの特性が、現代になって個別の疾患として立ち上がってきたのだろうか。

2. 産業構造の変化と「病気の析出」

その答えの一つは、産業構造の変化にある。 第一次産業(農業)中心の時代、現代でいう統合失調症の患者であっても、農作業を通じて共同体の中に居場所を見出すことができた。かつて京都大学付属病院の精神科(神経科)の敷地内に、作業療法用の畑が残されていたことは、その名残とも言えるだろう。しかし、第二次産業へ移行し社会のシステムが複雑化するにつれ、彼らは社会に溶け込みづらくなり、結果として精神病が増加したように見えた。

発達障害の析出も、これと同じパラダイムで説明できる。 ASDの特性である「コミュニケーションの不器用さ」や「特異なこだわり」は、第二次産業の時代であれば、職人や技術者として大成する武器になり得た。しかし、第三次産業へと移行し、サービス業やチームワークといった対人スキルが最重視される現代社会では、途端に生きづらさに直面することになる。

3. テクノロジーの進化と「能力のインフレ」

ADHDについても同様である。ADHDの中核は「注意力の障害」だが、現代はかつてないほど高い注意力と、その適正な分配が求められる時代だ。 インターネットやAIなどの新しいテクノロジーは、人間の仕事を楽にするどころか、より「効率的」に処理することを強いる。かつてであれば普通の社会人として生活できていたレベルの注意力では、現代のスピードには追いつけない。その結果、「大人のADHD」という概念が生まれ、投薬治療を必要とする人々が増加した。

知的能力に対する要求水準のインフレも起きている。現在、IQ85未満70以上の「境界知能」が注目を集めている。彼らは知的発達症(IQ70未満)の枠組みに入らないため、福祉の支援(愛の手帳など)を受けられず、より高いIQを持つ層と同じ教育や競争を強いられる。社会が求めるベースラインが上がることで、結果として社会適応につまずく人が増えているのだ。

4. 生物学・環境要因による実体的な増加

一方で、社会の見方だけでなく、生物学的な要因で発達障害が生じやすくなっている側面も見逃せない。 周産期医療の発達により、かつては命を落としていた低出生体重児が救われるようになったが、これはADHDのリスク要因の一つとされている。また、遺伝子そのものは変わらなくとも、晩婚化(特に父親の年齢と胎盤・脳の発達の関連)や、エピジェネティクス(環境による遺伝子発現の違い)が影響を与えている可能性も指摘されている。核家族化や共働きの増加により、家庭内だけで育児を完結させることが難しくなった成育環境の変化も、発育のプロセスに複雑な影を落としている。

5. 未来に向けたインフラと運用の課題

社会の要請の変化と、生物学的・環境的要因の複雑な絡み合いによって、現代の発達障害は析出してきた。 国も近年、介護だけでなく、子どもや障害者に対する福祉インフラへの投資を始め、制度自体はかつてより格段に向上している。しかし、現場の運用はまだ追いついておらず、過渡期にあると言わざるを得ない。社会が新たな病の構造にどう適応していくのか、今後の現場の成熟に期待したい。

 

 

精神科の病気は時代によって変わる

診断名だけでなく、病気そのものの現れ方も変化する

 時代によって病気は変わります。

 これは、精神科に限った話ではありません。感染症も、生活習慣病も、癌も、時代によって増えたり減ったりします。食生活、衛生環境、医療技術、労働環境、家族構造、人口構成が変われば、病気の出方も変わります。

 精神科でも同じです。

 罹患率や有病率が変わります。ある時代には目立っていた病気が、別の時代にはほとんど見えなくなることがあります。逆に、昔はあまり問題にされていなかった病気が、ある時代から急に目立つようになることもあります。

 もちろん、その一部は診断基準の変化によるものです。

 病名が変わる。
 診断基準が変わる。
 統計の取り方が変わる。
 医師や社会の関心が変わる。

 その結果、病気が増えたように見えることがあります。

 しかし、それだけではありません。

 診断名という「言葉」が変わっただけではなく、実際に患者さんの困り方、症状の出方、社会の中で問題になる場面も変わっています。

 少し哲学的に言えば、シニフィアン、つまり記号や病名だけが変わっているのではありません。シニフィエ、つまりその言葉が指し示す実際の病態や生活上の困難も変わっています。

 精神科の病気は、脳の病気であると同時に、社会の中で現れる病気でもあります。
 社会が変われば、病気の見え方も、病気そのものの現れ方も変わります。

昔の精神医学に「神経発達症」はほとんどなかった

 現在の精神科診断では、神経発達症という大きなカテゴリーがあります。

 ここには、知的発達症、自閉スペクトラム症、注意欠如多動症、コミュニケーション症、限局性学習症、運動症などが含まれます。

 以前は「発達障害」という言い方がよく使われていました。現在も日常語としては「発達障害」と言うことが多いですが、診断分類としては神経発達症という枠組みで理解されるようになっています。

 この変化は、単なる言い換えではありません。

 かつての精神医学では、知的障害にあたるものは認識されていました。しかし、現在のようにASDADHDや学習症を、成人期まで続く神経発達上の特性として体系的に捉える視点は、非常に薄かったのです。

 クレペリンやシュナイダーに代表される古典的精神医学は、現在でも学ぶ価値のある優れた体系です。統合失調症、躁うつ病、妄想、幻覚、意識障害などを理解する上では、今も大切な基礎になります。

 しかし、現在の視点から見ると、そこには大きく抜けているものがあります。

 それが神経発達症です。

 昔の精神医学者が無能だったという話ではありません。
 むしろ、時代が違ったのです。

 当時の社会では、現在ほど発達特性が問題として前景化していなかった。あるいは別の言葉で理解されていた。家庭、地域、職人仕事、農作業、軍隊、学校、病院、施設などの中に、今とは違う形で吸収されていた可能性があります。

産業構造が変わると、困り方も変わる

 病気の見え方は、産業構造とも関係します。

 農業中心の社会では、現代なら精神疾患や発達特性として問題になる人でも、地域共同体の中に一定の居場所があったかもしれません。もちろん、昔が優しかったという単純な話ではありません。差別や排除も多かったでしょう。それでも、現在とは違う形の役割や居場所があった可能性があります。

 第二次産業の時代には、職人仕事や工場労働、技術職の中で、対人関係は苦手でも、こだわりや手先の技能や反復作業の強さを生かせる場面がありました。

 ところが、第三次産業、サービス業、情報産業が拡大すると、求められる能力が変わります。

 接客。
 電話対応。
 メール。
 会議。
 雑談。
 チームワーク。
 マルチタスク。
 空気を読むこと。
 柔軟に切り替えること。
 相手の意図を素早く推測すること。

 このような能力が、以前よりも強く求められるようになりました。

 すると、ASD傾向のある人の困り方が前景化します。本人の特性が急に変わったわけではありません。しかし社会の側が、より高度な対人調整能力を求めるようになった。その結果、同じ特性が、以前よりも「障害」として見えやすくなったのです。

ADHDも「大人の病気」として見えるようになった

 ADHDも同じです。

 ADHDは、非常にざっくり言えば、注意の持続、注意の切り替え、衝動性、多動性、実行機能の問題として現れます。

 かつては子どもの病気と考えられがちでした。ところが近年では、大人のADHDが広く知られるようになりました。

 これは、大人になって急にADHDという病気が発生したというより、社会が大人に求める注意力と実行機能の水準を上げてきたためだと見ることもできます。

 現代の仕事では、同時に複数のタスクを管理しなければなりません。メールを返し、チャットを確認し、予定表を管理し、書類を作り、会議に出て、締め切りを守り、相手に合わせて言い方を変える。

 PC、スマートフォン、インターネットは仕事を楽にした面もあります。しかし同時に、仕事の速度を上げ、情報量を増やし、注意を分断しました。

 AIも同じかもしれません。

 AIが仕事を楽にしてくれる部分はあります。しかし、AIを使いこなせる人には、さらに高い効率性が求められる可能性があります。AIで資料を早く作る。AIで大量の情報を処理する。AIで業務を効率化する。その結果、仕事の標準速度そのものが上がるかもしれません。

 そうなると、以前なら「少し不注意」「少し段取りが苦手」で済んでいた人が、現代では仕事についていけなくなることがあります。

 これは、本人の脳だけの問題ではありません。
 社会の要求水準が変わった結果でもあります。

境界知能・グレーゾーンが注目される理由

 近年、境界知能やグレーゾーンという言葉も注目されるようになりました。

 IQは絶対的な能力をそのまま示すものではなく、平均を100とし、標準偏差をもとにした相対的な指標です。一般にIQ70未満は知的発達症の診断を検討する水準とされます。一方、IQ70以上85未満程度は境界知能と呼ばれることがあります。

 境界知能の人は、知的障害の診断には該当しないことが多い。したがって、制度上の支援を受けにくい場合があります。しかし、学校生活、職業生活、金銭管理、対人関係、行政手続きなどで困難を抱えることがあります。

 現代社会では、読み書き、計算、予定管理、契約、スマートフォン操作、オンライン手続き、職場での報連相など、日常生活に必要な認知的負荷が非常に高くなっています。

 昔よりも、普通に生活するだけで高い知的処理能力が必要になっているのかもしれません。

 すると、境界知能は昔から存在していたにもかかわらず、現代社会でより見えやすくなる。これもまた、社会が変わることで病気や困難の見え方が変わる例です。

病気が増えたのか、社会が変わったのか

 ここで大切なのは、「本当に増えたのか」「診断されるようになっただけなのか」を単純に二分しないことです。

 両方あります。

 診断基準が変わったから、増えたように見える。
 社会の関心が高まったから、見つかるようになった。
 医療機関を受診する人が増えた。
 学校や職場が気づくようになった。

 これは確かにあります。

 しかし同時に、社会の変化そのものが、困り方を増やしている面もあります。

 また、生物学的な要因も無視できません。早産や低出生体重はADHDリスクの上昇と関連することが報告されています。周産期医療の進歩によって、かつてなら命を救えなかった子どもたちが生きられるようになったことは、非常に大きな医学の進歩です。同時に、その後の発達支援がより重要になっています。

 発達特性には遺伝要因も関係します。さらに、胎児期、周産期、成育環境、教育環境、家庭環境、社会制度も関係します。遺伝か環境か、という二択ではなく、遺伝的な傾向が、どのような環境の中で、どのような困難として現れるかが重要です。

医学は病名だけでなく、時代を見る必要がある

 精神科医療では、診断名は必要です。

 診断名がなければ、治療方針も、制度利用も、研究も、情報共有も難しくなります。

 しかし、診断名だけを見ていると、見落とすものがあります。

 同じ「うつ病」でも、1970年代のうつ病と、2000年代のうつ病と、コロナ後のうつ病は、同じではありません。
 同じ「ADHD」でも、学校制度、スマートフォン、職場環境、AI時代の働き方によって、困り方は変わります。
 同じ「ASD」でも、職人社会、工場労働、研究職、サービス業、リモートワークでは、見え方が変わります。

 病名は同じでも、病気の現れ方は時代によって変わります。

 だから精神医学には、脳を見る視点と同時に、社会を見る視点が必要です。

 病気は、個人の中だけにあるのではありません。
 個人と社会の接点に現れます。

 時代が変われば、その接点も変わります。

おわりに

 病名が変わるだけなら、それはシニフィアンの変化です。

 しかし精神科では、しばしばシニフィエそのものも変わります。つまり、言葉が指し示す病気の中身、患者さんの困り方、社会の中で問題になる場面も変わっていきます。

 精神科の病気は、脳の病気であり、身体の病気であり、同時に時代の中で現れる病気です。

 だから、病気を見る時には、診断基準だけでは不十分です。

 その人が、どの時代に生きているのか。
 どの社会にいるのか。
 どの学校や職場で困っているのか。
 どのような家族や地域の中で暮らしているのか。
 どのような技術環境の中で生活しているのか。

 そこまで見ないと、精神科の病気は十分には見えてきません。

 時代が変わると、病気も変わる。

 これは、精神医学が曖昧だからではありません。

 人間が、時代と社会の中で生きる存在だからです。

 

2026年5月18日月曜日

危険な時代―衰退しつつあるイデオロギーが過激化する―

 

危険な時代衰退しつつあるイデオロギーが過激化する

歴史的に見ると純粋なイデオロギーを持った人や組織は過激化しやすいです。 運動がどういう時期でもリスクはありますが、運動の衰退局面で危険な行動をしやすいです。 運動が盛り上がっている時とは別の機序でしょう。 余裕がないのかもしれません。

戦前・戦後日本での事例

日本で言えば戦前がそうだし、戦後の新左翼運動退潮期もそうでした。 ただ運動が大盛り上がりの1970年頃までとは違う形での社会的逸脱行動が見られます。

現代で言えばリベラルとまとめられる左翼、革新、進歩主義的運動は1968年には大衆運動としてはピークアウトし始めていました。

東京大学は戦前から現在まで共産党の牙城です。 学生自治会も教員もリベラルです。 東京大学だけではなく一部の大学を除いては基本日本だけでなく世界中大学はリベラルな傾向にあります。 自然にそうなった面もあれば、リベラル勢力の加入戦術の結果でもあります。 加入戦術とは既存の組織に組織員を加入させて乗っ取ったり、影響力を行使する方法です。 簡単に言えばスパイとか工作員と呼ばれるものの一つの手法になります。 一から組織を作るのは大変なので、組織があればそれのイデオロギーや運動の目的に自分たちの考え方を浸透させればいいので、合理的で効率的です。

戦前や戦後の初期のリベラル(左翼?社会主義?)運動はパワフルでした。 運動の伸長期だったというのもあります。 また運動員が戦争経験者だったり徴兵経験者だったりした世代でもあったということもありました。 1960年代の大学での学生運動は戦後生まれの「戦争を知らない、徴兵も知らない子供たち」が行っていた運動です。 大学以外でも世間のあらゆるところで運動が盛んで、変わったところではキリスト教の教会、カソリックのようなところや独立系の教派ではなく特に日本キリスト教団みたいなところが加入戦術を受けました。

学生運動では東大の場合、東京大学や東京大学附属病院の占領は日本共産党により措置され、運動が方向性を見失います。 そこで何となく意味は薄いけどインパクトはある東大の象徴的なアイコンの安田講堂に立てこもってみたりする感じになります。 他の学生運動も学生同士の内ゲバリンチ殺人事件の連合赤軍事件やあさま山荘事件になりますが、アピール的ではありますが実質的な価値はありません。

戦前の共産党も治安維持法でつかまった人もいますが、思想や運動ではなく内ゲバリンチ殺人で刑務所に入っていた人もいるので、運動が追い詰められれば過激な危険行動はとりやすいです。

国際比較同じ構造は日本に限らない

これは日本だけでなく世界中そうです。 むしろこの「衰退局面における過激化」は、ほぼ同時代の各国新左翼運動で同型の現象として観察されています。

西ドイツのバーダー・マインホフ(ドイツ赤軍、RAF)は、1968年の学生運動の大衆的盛り上がりが退潮した後の1970年代に、誘拐や暗殺を組織化していきました。 イタリアの赤い旅団によるアルド・モロ首相誘拐殺害事件(1978)も、左翼運動が大衆基盤を失った後の局面です。 アメリカのウェザーアンダーグラウンドは、SDS(学生民主社会同盟)の分裂・崩壊の中から濃縮されるように出てきた組織でした。 フランスのアクション・ディレクト、北アイルランドのIRA諸派の分岐なども類似の構造が見られます。

イタリアの政治社会学者ドナテッラ・デッラ・ポルタは『Clandestine Political Violence(2013)で、新左翼運動の退潮と地下化・暴力化を組織社会学のフレームで分析しています。 連合赤軍やあさま山荘事件を「日本に固有の異常事態」として読むのではなく、同時代の世界的な構造的現象の日本における現れとして読み直す見方は、当時の運動の評価にも、現在の警戒のあり方にも示唆を与えるものと思います。

「余裕がない」のメカニズム

「運動が追い詰められれば過激な危険行動はとりやすい」と先に書きました。 これを少し丁寧に分解してみると、いくつかのメカニズムが重なって作用していることが見えてきます。

第一に、選択効果の問題があります。 運動が退潮すると、まず穏健派から離脱していきます。 組織に最後まで残るのは、運動への帰属がアイデンティティと深く結びついて引き返せなくなった層、もともと強硬だった層です。 結果として、組織内の平均的な強硬度は、運動全体が縮小するほどむしろ上がっていきます。

第二に、フロイトの言うところの「些細な差異のナルシシズム」が、縮小する集団ほど苛烈な形で働きます。 外部に対する大きな敵がリアリティを失うと、視界に入る他者は内部の同志だけになります。 路線の微小な違いが運動の存亡を賭けた重大な対立として体験され、純度競争が暴力に転化していきます。 連合赤軍の「総括」リンチも、革マル派と中核派の内ゲバも、この機序の極端な顕現と読めます。

第三に、フェスティンガーらが宗教カルト研究で記述した、予言が外れた後の認知的不協和の処理に近い力学があります。 「世界変革は近い」と信じてきた者にとって、運動が萎んでいくという現実は受け入れがたく、その不協和は、信念を捨てるのではなく、行動をエスカレートさせることで「処理」されることがあります。

第四に、社会運動研究で言うラディカル・フランク効果に近い構造変化があります。 大衆基盤という背景が消えると、それまで運動全体の周縁にいた急進派が、相対的に運動の前景に出てきます。 退潮局面の運動が過激に「見える」のは、過激な部分の絶対量が増えたためというより、それを中和していた穏健な大衆部分が抜けたためでもあります。

精神科臨床の側からこれを眺めると、閉鎖的集団における現実検討能力の劣化、外部世界からの是正フィードバックが途絶えた状況での思考の濃縮、リフトンが思想改造研究で「閉鎖された情報環境」と呼んだ条件下での認知の歪み、といった現象として理解する余地があります。 「余裕がない」と直観的に言われるものの内実は、こうした多層的な機序の重なりであるように思われます。

戦後日本の事例の続き

東大の自治会は共産党が死守したわけですが、20265月の東大学園祭で爆破脅迫があり学園祭が中止になったようです。

日本キリスト教団系は2派か3派にわかれますが、新左翼の時代に加入戦術されて、今でもクリスチャンの活動家もいるのでしょうけど、クリスチャンじゃない活動家もいます。 活動家の方も食べていかないといけないので大学や組合などを拠点とするわけですが、日本キリスト教団も加入戦術で拠点にされた面があって、関西のK大学とかD大学とかが有名でした。 東京にも神学系の大学がありますが、そういうところでドタバタしたようです。

山本七平という評論家で日本人論の学者で聖書関係の出版社経営で内村鑑三系の三代目のクリスチャンの方がいらっしゃいましたが、息子さんがその東京の神学系の大学出身でした。 小生はYMCA系の団体で聖書を学んでいたことがありましたが、山本七平が保守系の言論人と位置付けられていたせいか問題視されていたのを聞いたことがあります。

そういうのがいろいろ絡まると、沖縄での船の転覆の死亡事故みたいなのになっていろいろ問題になるのですが、こういうのが最近立て続けに問題になってきたのが、ここ最近の一時的な現象かもしれませんがリベラルの退潮傾向と関係あるのかもしれません。 ただこれらはあくまで「同型の現象として理解できる可能性がある」というレベルの話であって、個別の事案について特定の組織や個人の関与を断定する話ではありません。 構造的フレームと個別事実は読み手の側でも分けて受け取っていただく必要があると思います。

新左翼の代表みたいな革マル派も中核派も、それ以外のまだ存在感がある派や、組織的な活動をしていなくてもいわゆる安保闘争世代はともかく全共闘世代というのがまだ運動をしていますので、最近はちょっと危険な行動が垣間見えます。

対称性の問題右派側はどうか

ここまで主に左翼・リベラル系運動の退潮と過激化を見てきましたが、「衰退しつつある(と自己認識する)イデオロギーが過激化する」という命題は、本来イデオロギーの左右を問わずに成立する構造であるはずです。

実際、世界的に見れば右派側にも加速主義(accelerationism)的な暴力化や、アメリカの2021年連邦議会襲撃事件、各国で続発する孤狼型右翼テロなど、衰退や周縁化の自己認識から先鋭化していく事例は少なくありません。 日本国内でも、近年の保守派政治家への暴力事件をどう枠づけるかは、なかなか難しい問題です。 全共闘世代の延長線上に置けるものなのか、それともまったく別の社会層の、別の動因による現象なのか。 もし同じ「衰退過激化」フレームで括れるなら、この命題はイデオロギー横断的な構造命題として強くなります。 括れないとすれば、逆に、左翼運動側に固有の何か組織ネットワークや人的継承の残存、訓練された行動様式のようなものが浮き彫りになるかもしれません。

たまたまかもしれませんが、保守派の政治家の暗殺事件や暗殺未遂事件もあり、米ソ冷戦の時にはスパイ工作物のエンタメが流行りましたが、米中新冷戦と日本におけるリベラルの少なくとも退潮の中で、今後も物騒な事件が増えるかもしれません。

リベラルの全体像と古層の問題

戦前からの社会主義やら新左翼運動やら、その後のリベラル的な風潮を一括してリベラルと呼んできましたが、世代にせよ来歴にせよ関係がある面もあれば違いもあります。

最近はリベラルが退潮しているように見えますが、欧米の主要な地域で長らくリベラル教育を子供時代から施されてそれが通念になってしまったような社会も多いですし、多かれ少なかれ近代以降の歴史はいろんなものがリベラル的な方向に進んでいるように見えるため、またリベラルが復調することも想定されます。

ただ大きな意味のリベラルの中で、あるいはそれとは違う形で、少数化し、先鋭化し、高齢化した勢力があります。 全体としてのリベラルの動向と、その内部に堆積した古層の運動エネルギーは、別の現象として観察する必要があります。 表層が穏やかでも古層が動くということはあり得ますし、逆もまた然りです。

新冷戦・ハイブリッド戦との接続

現在は新冷戦下ですし、新冷戦に関係なくいつの時代もそうですが、情報戦やハイブリッド戦がいつの時代にもあり、日本の中の古層のリベラル勢力が過激化したり先鋭化したりすることがあるかもしれません。

ここで意識しておきたいのは、こうした古層の運動エネルギーや、それが長年かけて築いてきた既存組織のインフラ大学、宗教団体、労働組合、出版・言論機関などは、それ自体として内部から自然に動くだけではなく、外部のアクターから見ても「利用可能な資源」として参照され得るということです。 加入戦術はかつて国内の運動内部の手法でしたが、ハイブリッド戦の時代には、外部国家アクターから見ても同じインフラが利用対象になります。 古層が動いて見える時、それが純粋に内的な力学なのか、外的な働きかけの結果なのか、両者の合成なのかは、外から見分けるのは難しいです。

1970年代でも日本では連続爆破事件とか内ゲバとか暴力事件が普通に起こっていましたので、その時の現役世代は現在も普通に生活して社会活動して、運動から完全には離れていない人も、離れられない人も多いでしょう。

これらの人たちは現代のポリコレで言うところの現代的なリベラルではないかもしれませんが、文字通り血なまぐさい経験をしてきた人たちもいるので、しばらくは治安や身の安全にかかわる事件が起きて、自分に関係する人たちや自分自身の安全に注意するのがいいかもしれません。

 

 

 

危険な時代――衰退するイデオロギーはなぜ過激化するのか

 歴史的に見ると、純粋なイデオロギーを持った人や組織は、ときに過激化しやすい。

 もちろん、運動が盛り上がっている時期にも危険はある。大衆運動の熱狂、集団心理、正義感の暴走、敵味方の単純化。そういうものは、運動の伸長期にも起こる。

 しかし、それとは別に、運動が退潮局面に入ったときにも、独特の危険が生じる。

 運動が広がっているとき、人々は外部に向かって語る。仲間を増やそうとし、社会を変えようとし、世論を動かそうとする。ところが、運動が衰退し、社会的支持を失い、若い世代に届かなくなってくると、しばしば運動は内側に向かう。

 外部への説得ではなく、内部の純度が重視される。

 社会への訴えではなく、仲間内での忠誠証明が重視される。

 現実を少しでも動かすことよりも、「まだ自分たちは存在している」と示すことが目的化していく。

 この時期の運動は危険である。

 なぜなら、社会を変えるだけの力は失っているのに、社会に衝撃を与えたいという欲望だけは残るからである。

 多数派を説得できなくなった運動は、少数派の純粋さに逃げる。大きな歴史を動かせなくなった運動は、小さな事件によって歴史に爪痕を残そうとする。そこに、象徴的な暴発、過激な示威行動、内ゲバ、リンチ、脅迫、破壊活動のリスクが生まれる。

 これは左翼だけの問題ではない。保守、右翼、宗教運動、民族主義運動、反体制運動、反革命運動のいずれにも起こりうる。問題は思想の中身だけではない。問題は、運動が衰退し、社会との接点を失い、残った構成員だけで純度を競うようになる組織生態にある。

 危険なのは、思想を持つことではない。

 危険なのは、自分たちの思想だけが歴史の正義であり、それに従わない人間は遅れている、汚れている、裏切っている、と見なし始めることである。

伸長期の過激化と退潮期の過激化

 日本で言えば、戦前の社会主義運動や共産主義運動にも、戦後の新左翼運動にも、この問題は見られた。

 戦前には治安維持法によって検挙された思想犯がいた一方で、単なる思想運動ではなく、内ゲバ的なリンチ殺人に関与して刑務所に入った人物もいた。思想の純粋性が高まるほど、人間を抽象的な「敵」「裏切り者」「反革命」として扱いやすくなる。

 戦後の新左翼運動も同様である。

 1960年代から1970年頃までの学生運動は、まだ大衆運動としての勢いを持っていた。大学、労働組合、メディア、文化運動、教会、市民運動など、社会の広い領域に運動が広がっていた。戦前世代や戦争経験世代もまだ社会に多く残っており、戦後民主主義や反戦平和の理念には強いリアリティがあった。

 一方で、1960年代の大学紛争を担った学生たちは、戦争も徴兵も直接には知らない世代であった。

 もちろん、それが直ちに悪いということではない。むしろ戦争を知らない世代だからこそ、戦争を否定する理念を純粋に掲げることができた面もあっただろう。しかし、直接経験を持たない理念は、しばしば観念的に純化される。

 戦争を知る世代の反戦と、戦争を知らない世代の反戦は、同じ反戦でも内実が少し違う。

 前者には、身体の記憶がある。後者には、理念の純度がある。

 理念の純度は力にもなるが、危険にもなる。

 東大安田講堂事件も、連合赤軍の山岳ベース事件やあさま山荘事件も、ある意味では運動の行き詰まりの象徴であった。社会を変える実質的な力が弱まり、運動が方向性を失ったとき、象徴的な占拠や、仲間内の純化や、外部への劇場的アピールが前景化する。

 そこには、政治的合理性よりも、運動の自己証明がある。

 この構造は、今後も繰り返される可能性がある。

広義のリベラルという複雑な地層

 ここでいう「リベラル」は、厳密な政治思想史上の自由主義だけを意味しない。

 古典的自由主義、社会民主主義、共産主義、新左翼、戦後進歩主義、現代のポリティカル・コレクトネス的な進歩主義は、本来は別物である。

 しかし日本の戦後言論空間では、これらが大学、労組、メディア、教育運動、教会、市民運動などを通じて重なり合い、広義の「革新」「進歩」「反体制」「リベラル」として一つの空気を作ってきた。

 本稿では、その違いを承知したうえで、あえて広義のリベラル圏と呼んでいる。

 日本だけではなく、世界中の大学は一般にリベラルな傾向を持ちやすい。これは自然な面もある。若者が集まり、知識人が集まり、既存秩序を相対化する学問が営まれる場所では、保守よりも革新や批判の言葉が強くなりやすい。

 ただし、それだけではない。

 既存の組織に入り込み、その組織の方向性に影響を与える「加入戦術」や「浸透戦術」と呼ばれる方法も、歴史的にはさまざまな運動で用いられてきた。一から組織を作るのは大変である。すでに存在する大学、労組、教会、市民団体、教育団体、メディア、文化団体の中に入り、その内部で影響力を持った方が効率的である。

 これは左翼だけが行うことではない。保守でも宗教でも民族運動でも、似たことは起こりうる。

 ただ、戦後日本では、大学や一部の労組、教会、市民運動の領域で、広義の左派・革新・リベラル勢力が影響力を持った時期が長く続いた。

 東京大学にも、戦後長く共産党系・民青系の影響力が一定程度存在した時期があった。もちろん、東大全体が単一の思想で動いていたわけではない。教員も学生も多様であり、時代によって勢力図も変化している。ただ、東大が戦後日本の左派・リベラル的言論空間において象徴的な位置を占めてきたことは確かである。

 大学は思想の場所である。

 だからこそ、大学は自由でなければならない。

 しかし同時に、大学は思想運動の拠点にもなりやすい。

 自由な知の場であることと、特定のイデオロギーの拠点になることは、紙一重である。

教会、市民運動、教育運動

 大学以外にも、戦後の革新運動が影響を与えた場所は多い。

 その一つが教会である。

 日本のキリスト教界、とくに日本キリスト教団のような戦後日本のプロテスタント主流派には、社会運動や平和運動と強く結びついた流れがあった。もちろん、キリスト教そのものが左翼であるわけではない。むしろ保守的な信仰者も多いし、内村鑑三以来の無教会主義のように、日本独自の知的伝統もある。

 しかし、戦後のある時期以降、平和運動、反基地運動、反戦運動、市民運動と教会活動が重なり合う場面は確かにあった。

 関西の一部の大学や神学系教育機関、東京の神学系大学などでも、そうした運動の影響をめぐる摩擦があったと聞く。

 小生もかつてYMCA系の団体で聖書を学んでいたことがある。そのとき、山本七平が保守系の言論人と見なされ、問題視されているような空気を感じたことがあった。

 山本七平は、聖書関係の出版社を経営し、内村鑑三系の流れにも関わる評論家であった。彼をどう評価するかは別として、キリスト教の内部でも、信仰そのものというより、政治的立場や歴史認識をめぐって人が分類されることがある。

 これは教会にとって健全なことなのか。

 信仰が政治を持つことはありうる。むしろ信仰が社会倫理を持つのは自然なことである。

 しかし、政治的立場が信仰を上書きし始めるとき、教会は教会ではなく、政治運動の支部のようになってしまう。

 これは右でも左でも起こる。

 宗教は政治と完全に無関係ではありえない。しかし、宗教が政治運動に従属すると、宗教の持つ深さ、赦し、自己反省、祈り、悔い改めといった部分が痩せていく。

理念が安全管理を上書きするとき

 最近、沖縄県名護市の辺野古沖で、平和学習中の船が転覆し、同志社国際高校の女子生徒と、日本基督教団佐敷教会の牧師で抗議船「不屈」の船長でもあった金井創氏が亡くなる事故が起きた。報道によれば、事故は2026316日、普天間基地移設に伴う工事海域付近で発生し、生徒ら計21人が乗船していたという。学校側は第三者委員会を設置し、安全管理体制などを検証する方針を示したと報じられている。

 この事故は、政治暴力とは別の問題である。

 事故の原因や責任については、今後の検証を待つ必要がある。軽々に政治運動の過激化と結びつけるべきではない。

 しかし、ここには別の重要な問題がある。

 理念運動が教育、宗教、市民活動、安全管理と絡み合ったとき、理念の正しさが現場のリスク評価を鈍らせることがあるのではないか、という問題である。

 「よい目的」のためなら、多少の危険は許容される。

 「平和のため」「人権のため」「社会正義のため」「国のため」「信仰のため」なら、普通なら避けるべきリスクも受け入れられる。

 こうした空気は、右にも左にも、宗教にも政治にも教育にも生じうる。

 問題は目的の善悪だけではない。

 どれほど善い目的であっても、現実の安全管理を軽視してよい理由にはならない。

 理念は現実を照らすためにある。しかし、理念が現実を見えなくさせることもある。

 そこが危ない。

象徴的事件の時代

 20265月、東京大学の五月祭では、爆破予告により初日の全企画が中止となった。東京大学の公式発表によれば、五月祭常任委員会および特定の企画団体に対して、本郷・弥生キャンパスを爆破するなどの犯行予告があり、警察とも協議したうえで、来場者の安全確保が困難と判断されたという。

 その後、翌17日はキャンパス内の安全確認や手荷物検査などを行ったうえで開催されたと報じられている。

 もちろん、この事件の犯人や動機は現時点では分からない。特定の政治勢力と結びつけることはできない。

 しかし、大学、学園祭、政治的講演、抗議、脅迫、安全管理といった要素が重なるとき、公共空間の脆さが露呈する。

 かつて大学は政治運動の主要な舞台であった。

 今は当時ほどではないにせよ、大学は依然として象徴的な場所である。

 象徴的な場所に対する脅迫は、実際に爆発物があるかどうかとは別に、社会的効果を持ってしまう。たった一通のメール、たった一つの予告で、多くの人が準備してきたイベントが中止され、来場者が退避し、警察や大学が動き、社会がざわつく。

 これは現代的な示威行動の一つである。

 暴力の実行ではなく、暴力の予告によって社会を動かす。

 実体よりも、情報が社会を動かす。

 この意味で、現代の過激化は、かつての火炎瓶やゲバ棒の時代とは異なる。情報空間、SNS、メール、匿名性、メディア報道、警備コスト、イベント中止リスクが組み合わさることで、少数者でも大きな社会的混乱を生み出せる。

 これは新しい時代の危険である。

古層の運動と新冷戦

 戦前からの社会主義運動、戦後の共産党系運動、新左翼運動、全共闘世代、戦後リベラル、現代のポリコレ的進歩主義。これらはすべて同じものではない。

 世代も違う。来歴も違う。思想も違う。組織文化も違う。

 しかし、互いに重なり合う部分もある。

 とくに日本には、戦後の古い革新運動の地層がまだ残っている。新左翼の代表的存在である革マル派や中核派も、かつてほどの社会的影響力はないにせよ、完全に消えたわけではない。組織的な活動をしていなくても、安保闘争世代、全共闘世代、新左翼運動に関わった世代の一部は、いまも市民運動、教育運動、労組、地域活動、宗教活動、反基地運動などに関わっている。

 もちろん、その全員が危険であるという話ではない。

 多くの人は普通に生活し、普通に老い、普通に社会活動をしているだけである。

 しかし、血なまぐさい時代を知っている人たちが、完全に運動から離れていないという事実は、軽く見るべきではない。

 1970年代の日本では、連続企業爆破事件、内ゲバ、リンチ、テロ、暴力事件が実際に起きていた。その時代の現役世代は、いまも社会の中にいる。

 そして現代は、新冷戦の時代である。

 米ソ冷戦期には、スパイ、工作、情報戦、代理戦争、宣伝戦が日常的に存在した。現代の米中新冷戦でも、情報戦、ハイブリッド戦、世論工作、認知戦、サイバー攻撃、社会分断の利用は当然のように行われる。

 そのとき、国内の古いイデオロギー運動や、退潮しつつある政治勢力や、行き場を失った活動家集団は、外部勢力にとって利用しやすい接点になることがある。

 これは陰謀論ではない。

 国際政治において、相手国の内部対立を利用するのは昔から普通に行われてきたことである。

 右派も利用される。左派も利用される。民族主義も、反差別運動も、宗教運動も、環境運動も、反ワクチン運動も、反グローバリズム運動も、すべて利用されうる。

 重要なのは、「自分たちは正義だから利用されない」と思わないことである。

 純粋な正義感ほど、外部から操作されやすい。

リベラルは終わったのか

 最近は、少なくとも日本では、リベラルが退潮しているように見える。

 ただし、リベラルが完全に終わったと見るのは早計である。

 欧米の主要国では、長年にわたってリベラルな教育、価値観、人権意識、多文化主義、反差別思想が子供時代から教え込まれてきた。それはすでに社会の通念になっている部分もある。

 また、近代以降の歴史全体を大きく見れば、身分制の解体、個人の自由、女性の権利、少数者の権利、表現の自由、法の下の平等、宗教的寛容など、広い意味ではリベラルな方向に進んできた面がある。

 したがって、リベラルは一時的に退潮しても、再び復調する可能性がある。

 問題はリベラルそのものが終わるかどうかではない。

 問題は、大きな意味でのリベラルの中に、少数化し、高齢化し、先鋭化した古層の運動が残っていることである。

 それらは現代の若いリベラルとはかなり違うかもしれない。

 現代のポリコレ的リベラル、ジェンダー運動、気候変動運動、多様性運動と、1970年代の新左翼的運動は同じではない。

 しかし、反体制、反権力、反資本、反国家、反戦、反基地、反差別といった言葉の周辺で、古い運動と新しい運動が接続することはある。

 その接続が健全な議論や社会改革を生むこともある。

 しかし、ときに古い過激性が、新しい言葉をまとって再登場することもある。

 そこに注意が必要である。

危険なのは思想ではなく、閉じた正義である

 繰り返すが、危険なのはリベラルであることではない。

 保守であることでもない。

 宗教的であることでも、反宗教的であることでもない。

 危険なのは、自分たちの理念だけが歴史の正義であり、それに従わない人間を、人間としてではなく、敵、裏切り者、遅れた者、汚れた者として扱い始めることである。

 そして運動が衰退するとき、その誘惑は強くなる。

 多数派を説得できなくなった運動は、少数の純粋さに逃げる。社会を変える力を失った運動は、象徴的事件によって自己の存在を示そうとする。外に向かって開かれた政治運動だったものが、内側に向かって忠誠を試す共同体になる。

 そのとき、運動は社会を変える力ではなく、社会を傷つけ、自分自身をも傷つける力になる。

 いま必要なのは、特定の思想を絶対悪として叩くことではない。

 衰退しつつある理念運動が、どのように先鋭化し、どのように公共空間の安全を脅かし、どのように外部勢力に利用され、どのように内部で純度を競い始めるのかを、冷静に見ることである。

 思想は必要である。

 理念も必要である。

 正義感も必要である。

 しかし、思想が現実感覚を失い、理念が安全管理を上書きし、正義感が他者への敬意を失ったとき、それはもはや思想ではない。

 それは、閉じた信仰共同体に近づいていく。

 衰退するイデオロギーが危険なのは、力があるからではない。

 むしろ、力を失いつつあるから危険なのである。

 社会を説得する力を失った運動が、なおも歴史に爪痕を残そうとするとき、時代は物騒になる。

 私たちは、思想の内容だけでなく、思想が置かれている時代の局面を見なければならない。

 伸びている思想の危険。

 勝っている思想の危険。

 そして、負けつつある思想の危険。

 いま見ておくべきなのは、おそらくこの三つ目である。

 

 

危険な時代衰退しつつあるイデオロギーが過激化する

【衰退する集団はなぜ過激化するのか】 歴史的に見ると、純粋なイデオロギーを持った人や組織は過激化しやすい傾向があります。どのような運動であっても常にリスクは伴いますが、特に「運動が衰退局面に入った時」に、集団は危険な行動に走りやすくなります。

運動が盛り上がっている伸長期と、退潮期とでは、社会的な逸脱行動のメカニズムが異なります。退潮期には、長年運動に人生を捧げてきたという「サンクコスト(埋没費用)」から後戻りできない心理が働き、心理的な余裕が失われます。人が減っていく中で組織を維持しようとすると、外部への極端な攻撃性を強めるか、あるいは内部での「純化」を求めて内ゲバを起こすなど、閉鎖的な集団特有の病理が露わになるのです。

これは決して左翼運動に限った話ではなく、カルト宗教の末路や一部の極端な右派組織など、あらゆる純粋なイデオロギー集団が衰退期に陥る普遍的な現象と言えます。日本で言えば戦前の運動がそうでしたし、戦後の新左翼運動の退潮期もまさにそうでした。

【大学と宗教を狙った「加入戦術」の歴史】 現代において「リベラル」と総称される左翼、革新、進歩主義的な大衆運動は、1968年頃を境にピークアウトし始めていました。

東京大学は戦前から現在に至るまで共産党の牙城であり、学生自治会も教員もリベラルな傾向が強い空間です。これは東大や一部の大学に限らず、世界中の大学の基本的な傾向でもあります。これには自然発生的な側面もありますが、リベラル勢力による「加入戦術」の成果という側面も見逃せません。

加入戦術とは、既存の組織に構成員を潜り込ませ、内部から乗っ取ったり影響力を行使したりする手法です。一から組織を作るのは膨大な労力がかかりますが、既存の基盤に自分たちのイデオロギーを浸透させるこの方法は、極めて合理的で効率的です。

戦後初期のリベラル・社会主義運動は非常にパワフルでした。当時は運動の伸長期であり、構成員が戦争や徴兵を実体験として知る世代だったことも影響しています。しかし、1960年代の学生運動を担ったのは「戦争も徴兵も知らない子供たち」でした。

彼らの加入戦術は大学空間にとどまらず、意外なところではキリスト教の教会にも及びました。カトリックや独立系の教派よりも、特に日本キリスト教団のような組織がターゲットにされました。関西のK大学やD大学などが拠点にされたことは有名ですし、東京の神学系大学でも同様の混乱があったようです。聖書関係の出版社を経営し、保守派の言論人と位置づけられていた評論家の山本七平氏(内村鑑三系の三代目クリスチャン)の息子さんがその東京の神学系大学の出身でしたが、当時、小生が聖書を学んでいたYMCA系の団体でも、そうした政治的な絡みから問題視する声を耳にしたことがあります。

【行き場を失った熱情と「言葉」の複雑さ】 学生運動がピークを迎えた頃、東大や東大病院の占領は日本共産党によって阻止され、運動は方向性を見失いました。その結果、実質的な意味は薄いもののインパクトだけはある「安田講堂への立てこもり」といった象徴的な行動へと向かいます。その後、連合赤軍事件やあさま山荘事件といった凄惨な内ゲバやリンチ殺人に至りますが、これらも自己アピール的であり、運動としての実質的な価値はありませんでした。

ここで整理しておくべきは「リベラル」という言葉の複雑さです。戦前からの「マルクス主義的な左翼」、6070年代の暴力革命も辞さない「新左翼」、そして多様性やポリコレを重視する「現代のリベラル」は、来歴も性質も異なります。しかし、かつての過激な運動の残党が、現代の「リベラル」という言葉の傘の下に同居している複雑さが、事態を見えにくくしています。

戦前の共産党員の中にも、思想弾圧(治安維持法)ではなく内ゲバによる殺人罪で服役した者がいたように、運動が追い詰められれば過激な行動に走るのは、日本に限らず世界共通の現象です。

【新冷戦時代における古層の活性化と新たなリスク】 最近、リベラル勢力は退潮しているように見えます。欧米を中心に子供時代からリベラル教育が施され、それが社会通念となっている地域も多いため、今後また違った形で復調する可能性は十分にあります。しかしその一方で、大きな意味でのリベラルから取り残され、少数化・先鋭化・高齢化した「古層の勢力」が存在しています。

最近、沖縄での船の転覆死亡事故など、活動家が絡む問題が立て続けに起きています。また、かつて共産党が死守した東大の自治会ですが、20265月の学園祭では爆破脅迫があり、中止に追い込まれる事態も起きました。こうした出来事は、リベラルの退潮傾向と、行き場を失った過激化のサインかもしれません。

革マル派や中核派といった新左翼の代表格や、組織的な活動はしていなくても全共闘世代にあたる人々は、現在も普通に社会生活を送りながら、運動から完全には離れていない(あるいは離れられない)ケースが多くあります。1970年代には連続企業爆破事件や暴力事件が日常的に起きており、彼らの中には文字通り血生臭い経験をしてきた層も含まれています。

現在は米中を中心とした新冷戦下にあり、情報戦やハイブリッド戦が展開されています。そうした不穏な空気の中で、保守派政治家への暗殺・暗殺未遂事件なども起きています。日本国内に潜伏する古層の過激派勢力が、衰退の焦りから再び先鋭化する可能性は否定できません。

現代のポリコレ的なリベラルとは一線を画す、過去の過激な行動様式を内面化した人々が引き起こす、治安や身の安全に関わる事件。それが今後増えていくリスクを想定し、自分自身や周囲の安全に十分注意を払うべき危険な時代に入っているのかもしれません。

 

 

 

 

危険な時代衰退するイデオロギーが過激化するとき

歴史的に見て、純粋なイデオロギーを持った人々や組織は、運動が衰退局面に入ると過激化しやすいというパターンがある。 運動が拡大・盛り上がっている時期とは異なる機序でリスクが高まる。余裕がなくなり、現実とのギャップ(認知的不協和)が拡大すると、外部を敵視し「純粋性競争」が激化する。最後のチャンスという焦りも加わるためだ。

日本で言えば、戦前の状況や戦後の新左翼運動の退潮期が典型例である。 現代で「リベラル」と総称される左翼・革新・進歩主義的運動は、1968年頃をピークに大衆運動としては既に下降線をたどり始めていた。

大学は特にその傾向が強い。東京大学は戦前から現在まで共産党の牙城とされ、学生自治会・教員ともにリベラル色が濃い。これは日本だけでなく、世界中の多くの大学で見られる現象である。自然発生的な面もあるが、「加入戦術(Entryism)」による組織乗っ取りの結果でもある。 加入戦術とは、既存の組織に工作員を潜り込ませ、イデオロギーを内部から浸透させる手法だ。一から組織を作るより効率的であるため、長年使われてきた。

戦前・戦後初期のリベラル(左翼・社会主義)運動は、伸長期ということもありパワフルだった。運動員の多くが戦争・徴兵経験者という世代的特徴もあった。一方、1960年代の学生運動は「戦争を知らない、徴兵も知らない子供たち」によるものだった。

大学以外でも、キリスト教団体(特に日本基督教団など)や各種組合が加入戦術の対象となり、影響を受けた。学生運動では、東大安田講堂占拠のような象徴的・パフォーマンス的な行動や、内ゲバ(同志同士の殺傷事件)、あさま山荘事件など、実質的価値に乏しいが社会に衝撃を与える事件が相次いだ。 運動が追い詰められると、思想的な対立を超えた暴力や内ゲバが起きやすい。これは日本に限らず、世界中のイデオロギー運動に共通する傾向である。

ここで言う「リベラル」とは、主に1960-70年代の新左翼・全共闘系とその系譜、およびそれに影響を受けた進歩主義的運動を指す。世代や来歴による違いはあるが、共通した歴史的文脈を持っている。

20265月の東京大学五月祭での爆破脅迫により学園祭が中止になった出来事は、まさにこの文脈で象徴的である。 また、革マル派・中核派をはじめとする新左翼諸派は組織的活動を続け、全共闘世代(現在70代後半〜80代前半)の人々も、まだ運動の現場から完全に離れていない。血なまぐさい経験をしてきた世代が高齢化し、組織防衛や最後のアピールとして先鋭的な行動に出る可能性は否定できない。

最近、保守派政治家に対する暗殺・暗殺未遂事件も散見される。米中新冷戦下での情報戦・ハイブリッド戦の影響も考慮すると、今後もしばらく物騒な事件が続く可能性がある。 古典的な加入戦術は今や大学・メディア・NGO・企業内のDEIなど、より洗練された形で進化している。

欧米でも、長年のリベラル教育により「通念」となった価値観が根強く残る一方、Woke運動の一部では支持を失いつつ過激な抗議やキャンセルカルチャーが目立つようになっている。これは左翼に限った現象ではなく、衰退するイデオロギー全般に見られる普遍的な傾向と言える。

もちろん、近代以降の歴史は多かれ少なかれリベラル的な方向に進んできた面があり、状況が変わればリベラルが再び勢いを取り戻す可能性もある。しかし一方で、少数化・高齢化・先鋭化している「古層」の勢力が存在するのも事実だ。

こうした時代だからこそ、冷静な情報収集を心がけ、過度に感情的にならず、自分自身や周囲の安全に配慮することが重要である。

 

2026年5月7日木曜日

精神医学は履歴現象と組織化の医学である ストレス・トラウマ関連障害の薄さをめぐって

 

精神医学は履歴現象と組織化の医学である

ストレス・トラウマ関連障害の薄さをめぐって

一 近代医学の枠組みと、精神医学の例外性

近代医学の中核は、科学的な病因の同定にある。一九世紀の病理学者ヴィルヒョウが確立したこの方針の上に、現代のあらゆる医療と医学が組み立てられている。しかし、ここに二つの例外領域がある。一つは、近年ようやく研究が進みつつある機能性疾患群であり、もう一つは、精神医学である。

精神医学が長く例外であったのは、対象の特殊性ゆえである。精神科の疾患のなかで、科学的・生物学的な病因が確定したものは、しばしば精神医学の領域を離れていく。脳波の発見によって、てんかんが精神科から神経内科系の領域へ移行していった経緯は、その典型である。逆に、精神療法・心理療法、閉鎖病棟・隔離・身体的拘束といった精神科特有の治療モダリティが必要な場合、本来は他科の疾患であっても精神科で扱われることがある。

大雑把に言えば、精神や行動の問題で、原因がはっきりしない場合に、精神科が引き受けることになる。この「原因がはっきりしない」という構造的な位置取りが、精神医学の歴史と現在を強く規定してきた。

二 外因・内因・心因——古典的三分法の歴史と解体

科学的病因が見えにくかった時代、精神科疾患は外因性・内因性・心因性に分けられてきた。外因性は身体的異常から精神や行動の異常が生じていることが明確な場合、内因性はおそらく外因性であろうがその時代の科学では機序が解明できない場合、心因性は心理的原因によって生じる場合、という分類である。

外因性精神障害は、診断基準では長らく器質性・症候性精神障害および物質関連精神障害として、精神科診断学の筆頭に置かれてきた。内因性精神障害は、かつて精神病と呼ばれ、統合失調症、躁うつ病、てんかんを含んだ。前述の通り、てんかんは生物学的異常の同定により精神病の範疇から外れ、現在の内因性精神障害は、統合失調症スペクトラム障害を中核とする精神病群と、それから分かれた双極性障害および抑うつ障害群に整理されている。心因性の代表であった神経症性精神障害は、現在では不安症群、強迫症群、ストレス因関連障害群、解離症群、身体症状症群などに分かれている。

DSM-5以降、外因・内因・心因という用語は、診断学の表面からは姿を消した。新しい診断基準では、外因性精神障害の独立した章は設けられず、症候に応じて他の診断カテゴリーに分散して組み入れられている。これは、すべての精神症状に生物学的基盤の可能性を認め、原因論的な二分法を廃止するという、現代的な編集判断の帰結である。

ただし、この方針が完全に進歩であったかどうかは、別の論考で検討した(基質症候性の独立章の必要性をめぐる議論を参照されたい)。本論考では、それに続く第二の問題、すなわちストレス・トラウマ関連障害の診断学的扱いの薄さを、別の角度から論じる。

三 精神医学は履歴現象と組織化からなる

精神医学が扱う現象を構造的に見ると、その本質は二つの過程に集約できる。すなわち履歴現象(ヒステリシス)と、その後の組織化(オーガニゼーション)である。

ヒステリシスは、もともと物理学・材料工学の概念で、磁性体の磁化、形状記憶合金、強誘電体などに見られる現象を指す。外力が加わって変化したシステムが、外力が去っても完全には元に戻らず、過去の履歴に依存した状態を保持する現象である。

精神医学が扱う多くの現象は、まさにこの構造を持っている。強いストレス、心的外傷、慢性的な逆境、発達上の負荷、薬物、感染、睡眠破綻、対人関係の傷、社会的失敗、貧困、暴力——これらの外力が、神経系・身体・記憶に痕跡を残し、出来事が終わった後も状態が元に戻らない。シナプス可塑性の変化、海馬と扁桃体の機能的・構造的変化、HPA軸の応答性の変化、エピジェネティック修飾、デフォルトモードネットワークの再編、これらすべてが履歴の物質的基盤として記述できる。

しかし、履歴が残るだけでは精神疾患にはならない。残された履歴が、その人の脳・身体・性格・生活・対人関係・社会環境のなかで、どう組織化されるかが、臨床像を決定する。組織化の様態は、おおよそ次の四つに分類できる。

第一に、組織化が成立せず、ばらばらのままに留まる状態。記憶や自己感や身体感覚がまとまらず、「私の経験」として統合されない。重い解離、統合失調症圏の解体型、複雑性トラウマの一部が、ここに重なる。

第二に、何とか組織化され、生活が回る状態。傷は残るが、それを含んだ形で人格・生活・対人関係が再編される。回復とは、しばしば「元に戻る」ことではなく、履歴を含んだ新しい組織化が成立することである。

第三に、変な形で組織化が固定化され、苦痛が反復する状態。不安、回避、確認、依存、自己否定、慢性怒り、過覚醒、抑うつ、嗜癖、摂食症状、対人パターンとして固まる。これらは、しばしば本人を守るために形成された組織化が、長期的には苦痛と機能障害を生んでいるものである。精神症状は、単なる「異常」ではなく、不完全な適応の固定化として読むほうが、臨床的に正確であることが多い。

第四に、これらの中間や移行。一つの組織化が時間とともに別の組織化に移行することも、同じ履歴が異なる組織化を辿ることも、臨床ではしばしば観察される。

この見方は、精神病理学の伝統のなかでも、すでに部分的に展開されていた。アンリ・エーの基質力動論、ジャクソンの神経系階層論、これを精神医学に応用したいわゆるネオ・ジャクソニズムは、過去の神経系の侵襲が現在の機能水準の解体・再編として現れる、という構造を、別の語彙で記述してきたものである。

四 ストレス・トラウマ関連障害の診断学的薄さ

DSM-5以降、心的外傷およびストレス因関連障害群は、独立した章として整備された。DSM-5-TRでも、外傷またはストレス因への曝露が診断基準に明示される群として扱われている。ICD-11にも、ストレスに特異的に関連した障害群が設けられ、PTSD、複雑性PTSD、遷延性悲嘆症、適応反応症などを含む分類が整備されている。

これは確かに前進である。しかし、内実は依然として薄い。理由は単純で、ストレス・トラウマは、PTSDや適応障害だけの病因ではないからである。

臨床現場で見ると、ストレス・トラウマは、診断分類のはるかに広い範囲で、隠れた病因として作動している。うつ病の背景にある喪失、慢性疲弊、無力化経験、社会的敗北。不安症の背景にある警戒系の過学習。解離症の背景にある統合不能な記憶・感情・身体感覚。物質使用症や行動嗜癖の背景にある苦痛制御の外部化。摂食障害の背景にある身体・支配・自己価値の再組織化。身体症状症や慢性疼痛の背景にある身体感覚への注意・予測・警戒の固定化。発達障害の二次障害として現れる、不適応経験の累積と自己否定の組織化。パーソナリティ病理の背景にある対人予測モデルの履歴的固定化。

これらすべての背景に、広く「履歴化したストレス」「組織化されたトラウマ」が伏在している。しかし現行の診断分類では、ストレス・トラウマ関連障害という一つの章があるだけで、横断的な病因軸としての位置づけは弱い。これは前論考で論じた基質症候性の問題と、構造的に対をなす。基質症候性も、ストレス・トラウマも、どちらも横断的な病因軸として診断学を貫く必要があるのに、現在の分類体系ではそうなっていない。

五 なぜ薄くなるか——研究上、社会上、産業上の要因

ストレス・トラウマ関連障害の扱いがこれだけ薄くなる背景には、いくつかの構造的要因が重なっている。

第一に、研究上の困難である。ストレス・トラウマと精神症状の関係は、複雑系であり、相関と因果の同定が難しい。長期追跡研究が必要であり、人間に対する実験的曝露は倫理的に不可能である。ランダム化比較試験の論理が使えず、観察研究と疫学研究に依拠せざるを得ない。エビデンスのヒエラルキーのなかで、これらの研究は薬物治療の研究に比べて軽く扱われがちである。

第二に、社会的・政治的な含意の重さである。ストレス・トラウマを病因として正面から認めることは、医学の問題が社会政策の問題に転化することを意味する。労働環境、家族環境、社会的不平等、戦争、災害、貧困、虐待、ジェンダー暴力——これらが精神疾患の病因として診断学に組み込まれれば、医学の射程が福祉・労働法・教育制度・貧困対策・公衆衛生政策の領域に張り出していく。診断学が個人の病理に焦点を絞り続けることへの慣性は、こうした境界の曖昧化への、構造的な抵抗としても作動している。

第三に、製薬産業の関心構造である。薬物治療の主要な対象となる症候群——うつ病、不安障害、双極性障害、統合失調症——は、診断学のなかで厚く整備される。一方、薬物治療よりも環境調整・心理療法・社会的支援が中心となるストレス・トラウマ関連障害は、産業の関心の周辺に置かれる。研究資金、ガイドライン整備、診断概念の精緻化、これらすべてに、産業の関心構造が陰に陽に作用する。

これらは、誰か特定の人物や組織の悪意ではない。しかし、構造的な力として、ストレス・トラウマ関連障害の診断学的厚みを薄く保つ方向に作用してきた。

六 病因——除去できるものと、できないもの

精神医学の病因には、構造的に除去が困難なものと、社会的介入によって改善可能なものが混在している。両者を区別することは、臨床と政策の双方にとって重要である。

除去が困難なもの——遺伝的脆弱性、すでに起きた発達上の傷、過去の外傷、エピジェネティック変化、神経発達特性、不可逆的な脳損傷。これらは現時点では予防や緩和の対象であって、根治の対象ではない。

一方、介入可能なもの——貧困、家庭内暴力、虐待、いじめ、過酷な労働環境、慢性的な睡眠破綻、社会的孤立、治安の悪化、教育機会の欠如、医療アクセスの不足、家族支援の不在。これらは、福祉・公衆衛生・経済対策・労働法・教育制度・治安政策・地域保健・産業保健・司法制度の改善によって、現実に減じうる病因である。

精神医学がストレス・トラウマ関連障害を真摯に扱うということは、診察室のなかだけで完結する医学ではなくなることを意味する。福祉、教育、労働、司法、地域保健、公衆衛生、政治制度——これらと精神医学を接続する作業を、避けて通ることができなくなる。これは精神医学の領域の拡張であると同時に、責任の拡張でもある。

七 提言——横断軸としてのストレス・トラウマ因

具体的な提言として、二つを挙げたい。

第一に、診断分類上は、PTSD、複雑性PTSD、適応障害、急性ストレス反応、遷延性悲嘆症などを、ストレス・トラウマ関連障害群のなかに整理しておいてよい。これは現行の構造を大きく変える必要はない。

第二に、しかし臨床手引き・教育マニュアル・症例検討の章として、ストレス・トラウマ因がどの精神障害の背景にどう関与しているかを横断的に記述する章を、重複を恐れずに設けるべきである。これは、前論考で論じた基質症候性の横断章の必要性と、構造的に並行する提言である。

精神症状を見るとき、臨床医は常に二つの問いを持つべきである。すなわち、この患者の症状の背景に、身体疾患・脳疾患・薬剤・代謝・自己免疫・腫瘍・外傷など、基質症候性の要因はないか。そして、この患者の症状の背景に、ストレス・トラウマ・慢性逆境など、履歴化された外因の関与はないか。この二つの横断的問いを、診断学の構造そのものが支える形にすることが、現代精神医学に求められる実務的な改革である。

八 結語

精神医学は、原因を一つに還元する医学ではない。しかし、原因を考えなくてよい医学でもない。過去の出来事が、どのように身体と神経系に残り、生活と関係性のなかで組織化されるのか。この履歴と組織化の力学を読み、必要なら組織化をほどき直し、新しい組織化を助ける。これが、精神医学の核心的な仕事である。

そして、患者の人生に刻まれた履歴のうち、どれだけが社会の側の責任であったかを問う視点を、精神医学は失ってはならない。診察室のなかで個人の症状を診断し治療することと、社会の側に介入可能な要因を指摘することは、矛盾しない。むしろ両者を共に引き受けることが、現代の臨床医の責務である。

精神医学は、心の医学であると同時に、履歴と再組織化の医学である。そしてその履歴は、しばしば社会のなかで形成され、社会のなかで持続している。

 

過去は消えないが、組織化のしかたは、変えられる。

 

 

 

精神医学は「履歴現象」の医学である ――ストレス・トラウマと「組織化」から読み解く心の病理

近代医学の「病因論」と精神科の特異性

近代医学の核心は「科学的な病因の同定」にあります。19世紀、病理学の父と呼ばれるウィルヒョウが確立して以来、現代のあらゆる医療はこの病理学の土台の上に成り立っています。

しかし、その中で例外的に独自の道を歩んできたのが精神科です。かつて科学的病因が分からなかった時代、精神医学は疾患を「外因性(身体的異常が原因)」「内因性(科学的原因は不明だが素因があるもの)」「心因性(心理的原因)」の3つに分けて対応してきました。

現在、科学の進歩により、この境界は崩れつつあります。かつて「内因」や「心因」とされていたものの背後に、脳神経系の変化やエピジェネティクスといった「生物学的・科学的な病因(外因)」が次々と見つかっているのです。

診断学における「ストレス・トラウマ因」のミゼラブルな扱い

精神疾患の発症・増悪・再発において、「ストレス」や「トラウマ」が極めて大きな因子であることは、誰もが臨床現場で実感しています。

しかし、DSM-5ICD-11といった現代の精神科診断学において、ストレス・トラウマ関連障害(PTSDや適応障害など)の扱いは、その重要度に対してあまりにも「厚みが薄すぎる」のが現状です。

実際には、うつ病、不安症、解離症、身体症状症、物質使用症(嗜癖)、パーソナリティ病理など、精神科で扱うあらゆる疾患の背景に、ストレスやトラウマが「隠れた病因」として広く作動しています。それにもかかわらず、複雑性や因果関係のエビデンスが構築しにくいという理由で、診断学の枠組みの中では局所的な扱いに留まっています。これは、科学として立派に成熟した現代精神医学において、非常にミゼラブルで残念な事態と言わざるを得ません。

履歴現象(ヒステリシス)としての精神病理

この複雑な精神科の病態を本質的に理解するためには、物理学やシステム論のメタファーが非常に有効です。それが「履歴現象(ヒステリシス)」「組織化(オーガニゼーション)」です。

ヒステリシスとは、「物質の現在の状態が、過去に加わった力の履歴に依存して決まり、外力が去っても完全には元に戻らない現象」を指します。

精神医学において、これはまさに「過去の出来事が脳と身体に残した痕跡」です。強いストレス、トラウマ、幼少期の逆境(虐待、貧困、DVなど)、睡眠破綻、対人関係の傷。これらは単なる「嫌な記憶(心理的出来事)」ではなく、神経回路の変容やHPA軸(ストレス応答系)の過覚醒など、身体化・神経化された履歴としてシステムに刻み込まれるのです。

「組織化」の3つのパターン

ヒステリシス(履歴)が刻まれた後、心身のシステムはその傷を含んだまま新たなバランスを取ろうとします。これが「組織化」です。精神症状とは、この組織化がどのような形で行われたか(あるいは行われなかったか)の帰結に他なりません。

  • 組織化されず、ばらばらになる状態(解体・解離)

強い外力によりシステムがまとまりを失い、「私の経験」として統合されない状態。統合失調症圏の自己障害や、重度の解離症などがこれに該当します。

  • 変な形で組織化され、苦痛が反復する状態(不適応な固定化)

傷から身を守るためにシステムが再編されたものの、長期的には不安、抑うつ、回避、嗜癖、身体症状、パーソナリティ病理として苦痛が続いてしまう状態。精神症状の多くは、単なる「異常」ではなく、この「不完全な適応の固定化」として理解できます。

  • 何とか組織化され、生活が回る状態(適応的な再建)

傷は残るものの、それを含んだ形で新しい生活形式や対人関係が築かれる状態(レジリエンスの発揮)。回復とは「完全に元に戻る」ことではなく、履歴を含んだ新しい組織化の成功を意味します。

精神医学が社会政策と接続する時

なぜ、精神医学においてトラウマや環境因の研究・診断体系化が遅れがちなのでしょうか。

病因が「先天的な遺伝子の問題」であれば、それは純粋な医学の領域です。しかし、病因が貧困、虐待、いじめ、労働環境、孤立といった「社会因・環境因」にあると正面から認めることは、精神医学が診察室を飛び出し、福祉、教育、労働、司法、政治制度といった社会政策の領域へと張り出していくことを意味します。

エビデンスが出しにくいこと、そして医学と社会政策の境界が曖昧になることへの慎重さが、診断学におけるトラウマ因の扱いを薄くしてきた要因の一つかもしれません。

おわりに:履歴と再組織化の医学へ

精神医学は、原因を一つに還元する単純な医学ではありません。しかし、だからといって「診断基準さえ満たせば原因は問わない」という学問でもありません。

過去の出来事がどのように身体に残り、神経系に刻まれ(ヒステリシス)、生活の中でどう固定化されてしまったのか(組織化)。その履歴を読み解き、必要であれば痛みを伴う不適応な組織化をほどき直し、新しい適応的な組織化を助けること。

精神医学とは、心の医学であると同時に、人間が生き抜いてきた「履歴と再組織化の医学」なのです。

 

 

ストレスとトラウマと精神医学

――履歴現象、組織化、そして病因を考える

近代医学の大きな柱は、病気の原因を科学的に明らかにすることでした。

19世紀の病理学者ウィルヒョウ以降、医学は「病気とは身体のどこに、どのような変化が起きているのか」を追究してきました。感染症であれば病原体、癌であれば細胞の異常増殖、脳梗塞であれば血管の閉塞、糖尿病であれば代謝の異常というように、医学は病因を探し、その病因に介入することで発展してきました。

ところが精神科は、長いあいだこの流れから少し外れた場所にありました。

もちろん精神疾患にも脳や身体の基盤があります。しかし、幻覚、妄想、抑うつ、不安、不眠、解離、強迫、依存、人格変化などの精神症状は、血液検査や画像検査だけで簡単に原因が分かるものではありません。そのため精神医学は、他の診療科よりも長く、「原因がはっきりしない苦痛」を扱う医学であり続けてきました。

外因性・内因性・心因性という古い整理

かつて精神医学では、精神疾患を大きく、外因性、内因性、心因性という枠組みで考えていました。

外因性とは、脳疾患、感染、中毒、内分泌異常、外傷、薬物など、身体的原因によって精神症状が出るものです。

内因性とは、統合失調症や躁うつ病など、身体的基盤があると考えられながらも、その時代の科学では原因が十分に分からなかったものです。

心因性とは、心理的葛藤、ストレス、対人関係、トラウマなどを背景に症状が生じると考えられたものです。

この三分法は現在ではあまり使われなくなりました。DSMICDなどの診断基準では、症状のまとまりや臨床像に応じて分類する方向が強くなっています。それは精神医学の研究や診断の信頼性を高めるうえで、大きな役割を果たしました。

しかし一方で、この変化によって見えにくくなったものもあります。

その一つが、病因を考える視点です。

精神医学は「履歴現象」を扱う医学である

精神科で扱う症状の多くは、単なる現在の状態ではありません。
過去の出来事が、現在の脳、身体、記憶、生活、対人関係に痕跡を残している状態です。

このような現象は、物理学やシステム論の言葉を借りれば、ヒステリシス、すなわち履歴現象と呼ぶことができます。

ヒステリシスとは、現在の状態が現在の条件だけで決まるのではなく、過去にどのような力が加わったかに影響される現象です。

精神医学でいえば、強いストレス、トラウマ、虐待、いじめ、DV、貧困、慢性的な過労、睡眠破綻、孤立、薬物、感染、頭部外傷などが、その後の神経系や身体の反応様式に長く影響を残すことがあります。

出来事そのものは終わっている。
しかし身体と脳は、まだその出来事の履歴を保持している。

これが精神医学の大きな領域です。

トラウマは、単なる「嫌な記憶」ではありません。恐怖記憶、警戒反応、自律神経、ホルモン系、免疫系、睡眠、身体感覚、対人関係の予測モデルなどに影響します。幼少期の逆境や慢性的ストレスも、神経発達、ストレス応答系、免疫炎症、エピジェネティックな変化などを通じて、長期的な影響を残しうると考えられています。

つまりストレスやトラウマは、心理的な出来事であると同時に、身体化され、神経化され、履歴化される出来事でもあるのです。

問題は、その履歴がどう「組織化」されるかである

ただし、過去の傷が残るだけで精神疾患になるわけではありません。

重要なのは、その履歴がその人の中でどのように組織化されるかです。

強いストレスやトラウマを受けたあと、人は何とか自分を保とうとします。脳も身体も生活も対人関係も、新しいバランスを作ろうとします。その組織化の仕方によって、その後の経過は大きく変わります。

一つは、うまく組織化されない場合です。
記憶や感情や身体感覚がまとまらず、自己感がばらばらになったり、解離や混乱として現れたりします。

一つは、何とか適応的に組織化される場合です。
傷は残っていても、それを含んだ形で生活が再建される。完全に元に戻るわけではないが、「新しい自分」として生きていける。これは回復やレジリエンスに近い状態です。

もう一つは、不適応な形で組織化される場合です。
本来は本人を守るために作られた反応が、長期的には苦痛や機能障害を生む。不安、回避、過覚醒、自己否定、依存、嗜癖、強迫、身体症状、対人関係の反復パターンなどとして固定されることがあります。

つまり精神症状は、単なる異常ではなく、しばしば不完全な適応の固定化でもあります。

この意味で、精神医学は「現在の症状を分類する医学」であるだけではありません。
過去の履歴がどのように残り、それがどのように組織化され、現在の症状や生活様式として現れているかを見る医学でもあります。

ストレスとトラウマは、診断分類よりずっと広く関わっている

現在の診断基準には、PTSD、複雑性PTSD、急性ストレス反応、適応障害、遷延性悲嘆症など、ストレスやトラウマに関連する診断群があります。

しかし臨床的には、ストレスやトラウマはそれらの診断に収まるものではありません。

うつ病、不安症、解離症、身体症状症、摂食障害、物質使用症、嗜癖、パーソナリティ病理、慢性疼痛、不眠、自律神経症状、発達障害の二次障害など、多くの病態の背景に、ストレスやトラウマの履歴が関与していることがあります。

たとえば、うつ病の背景に喪失体験、慢性的疲弊、社会的敗北がある。
不安症の背景に、危険予測の過学習がある。
嗜癖の背景に、苦痛を鎮めるための自己治療がある。
身体症状症の背景に、身体感覚への警戒や予測の固定化がある。
発達障害の二次障害の背景に、長年の失敗経験や叱責、孤立がある。

このように考えると、ストレス・トラウマは単一疾患の原因ではなく、精神医学全体を貫く横断的な病態形成の軸です。

ところが診断分類上は、その厚みが十分に表現されていません。

ストレス・トラウマ関連障害という章はあっても、そこに収まらないストレス性・トラウマ性の病態形成が広く存在します。ここに現代精神医学の大きな課題があります。

なぜストレス・トラウマは扱いにくいのか

ストレスやトラウマが重要であることは、多くの臨床家が知っています。
しかし、それを科学的に扱うことは簡単ではありません。

まず、因果関係が複雑です。
ある出来事が本当に症状の原因なのか、それとも元々の脆弱性があったからその出来事が強く影響したのか、簡単には分けられません。

次に、長期的な経過を見る必要があります。
幼少期の逆境が成人後の精神症状にどう関与するかを調べるには、長期間の追跡研究が必要になります。

さらに、倫理的な問題があります。
人間に意図的にストレスやトラウマを与えて実験することはできません。したがって、研究は観察研究や自然実験に頼らざるを得ません。

そしてもう一つ大きいのは、ストレス・トラウマを病因として厚く扱うと、精神医学が社会制度の問題に踏み込まざるを得なくなることです。

虐待、DV、貧困、過労、いじめ、孤立、戦争、災害、差別、治安、公衆衛生、教育、労働環境、福祉制度。
これらは診察室の中だけで解決できる問題ではありません。

しかし、だからといって精神医学がそこから目を逸らしてよいわけではありません。
ストレスやトラウマが神経系に履歴を残し、症状として組織化されるなら、それは精神医学の中心的な問題です。

病因を考えることは、精神医学を古くするのではない

近年の診断基準は、病因論をいったん棚上げし、症状のまとまりを重視してきました。
これは診断の信頼性を高めるためには重要でした。

しかし、症状の分類だけでは不十分です。

精神医学が本当に医学であるなら、やはり病因を考えなければなりません。
ただし、病因を一つに還元する必要はありません。

精神疾患の病因は、多くの場合、複数の層から成ります。

遺伝的脆弱性。
神経発達特性。
身体疾患。
薬物や物質。
感染や炎症。
睡眠や代謝。
ストレス。
トラウマ。
家族。
学校。
職場。
地域。
社会制度。
文化。

これらが折り重なり、ある人の脳と身体と生活の中で履歴化し、組織化されて症状になります。

だから必要なのは、「外因か、内因か、心因か」と分けることではありません。
むしろ、それらがどのように重なっているかを見ることです。

精神医学は、履歴と再組織化の医学である

精神科治療とは、単に症状を消すことではありません。

もちろん薬物療法で不眠、不安、抑うつ、幻覚、妄想、興奮、衝動性などを和らげることは重要です。
しかしそれだけではなく、その人の中に残った履歴がどのように組織化されているかを見ていく必要があります。

その組織化が苦痛を生んでいるなら、少しずつほどき直す。
組織化されずにばらばらになっているなら、安全な形で統合を助ける。
本人なりの適応ができているなら、それを尊重し、支える。
環境が病因になっているなら、福祉、家族支援、職場調整、教育、地域支援につなげる。

精神医学は、原因を一つに還元する医学ではありません。
しかし、原因を考えなくてよい医学でもありません。

過去の出来事がどのように身体に残り、神経系に刻まれ、生活の中で組織化されるのか。
その履歴を読み、必要なら組織化をほどき直し、新しい組織化を助ける。

その意味で精神医学は、心の医学であると同時に、履歴と再組織化の医学です。

おわりに

ストレスやトラウマは、単なる心理的な出来事ではありません。
それは脳と身体に残る履歴であり、生活と対人関係の中で組織化される出来事です。

そして精神症状とは、その履歴がうまく組織化された場合、不十分に組織化された場合、あるいは歪んだ形で組織化された場合に現れるものでもあります。

これからの精神医学には、ストレス・トラウマを一つの診断群に閉じ込めるのではなく、精神疾患全体を横断する病因軸として捉える視点が必要です。

精神医学は、現在の症状だけを見る医学ではありません。
その人の神経系と人生に刻まれた履歴を読み、その履歴がどのように組織化されているのかを見て、よりよい再組織化を支える医学です。

そこに、精神科臨床の大きな役割があります。

 

 

**ストレスとトラウマと精神医学 

―履歴現象(ヒステリシス)、組織化、そして病因―**

 

近代医学の基礎を築いたのは、19世紀の病理学者ルドルフ・ウィルヒョウである。彼が確立した「細胞病理学」は、すべての疾患に科学的病因を求める思考の基盤となった。現代の医学・医療は、ほぼ例外なくこの線上に立っている。

 

ただし、比較的最近まで「例外」とされてきた分野がある。機能性疾患、そして精神科である。

 

精神科では、原因が科学的に明らかになると、てんかんのように神経内科へ移行する傾向がある。逆に、原因が不明瞭で、精神療法・心理療法・環境調整・場合によっては閉鎖治療や身体的対応が必要な場合に、精神科が担う構造が続いてきた。

 

### 古典的分類から現代へ

 

かつて精神科疾患は、外因性・内因性・心因性に大別されていた。

- **外因性**:脳外傷、感染症、中毒、内分泌異常など、身体的要因が明確なもの

- **内因性**:統合失調症や躁うつ病のように、遺伝・体質的要因が想定されるが、当時の科学では原因が不明瞭なもの

- **心因性**:心理的・環境的ストレスが主因とされるもの

 

しかし、科学の進歩により、この三分法は急速に溶解しつつある。DSM-5-TRICD-11では「器質性・症候性」という独立章がなくなり、各症候群に分散配置された。これは「一次 vs 二次」という古い二分法を廃した点では進歩だが、臨床的には「まず身体因・脳因を考える」という基本動作が見えにくくなる弊害も生んでいる。

 

### 精神医学の本質履歴現象と組織化

 

精神科で扱う現象の多くは、**履歴現象(ヒステリシス)** **組織化(オーガニゼーション)** の二段階で理解できる。

 

**履歴現象**とは、過去に加わった力(ストレス、トラウマ、外傷、慢性逆境など)が、神経系・免疫系・エピジェネティクスに不可逆的な変化を残すことである。出来事が終わっても、脳の回路やHPA軸の反応性、DNAメチル化パターンは「元通り」には戻らない。これがPTSD、慢性うつ、解離、依存症、身体症状症の基盤にある。

 

**組織化**とは、その履歴がどのように定着し、現在の心身・行動・対人関係・生活様式として構造化されるかである。

 

- 組織化が成立しないまま解離、混乱、統合不全

- 適応的に組織化されるレジリエンスや回復

- 歪んだ形で組織化される不安・回避・嗜癖・自己破壊的パターン・慢性化した苦痛

 

精神症状とは、しばしば「過去の履歴が不適応的に組織化された結果」なのである。これはアンリ・エーの基質力動論や、現代の神経可塑性研究とも深く響き合う視点である。

 

### ストレス・トラウマの扱いの貧弱さ

 

今日、ストレスやトラウマが精神障害の発症・増悪・慢性化・再発に極めて大きな役割を果たしていることは、疫学・脳科学・免疫学の蓄積で明らかになっている。しかし、診断体系上ではその重要度に比べて扱いが薄い。

 

DSM-5でようやく独立した「心的外傷およびストレス因関連障害群」が設けられたが、臨床で見られる多様なトラウマ関連病態(うつ病や不安症、身体症状症、パーソナリティ病理、依存症などの背景要因)を十分にカバーできていない。ICD-11の複雑性PTSDも前進だが、まだ不十分である。

 

なぜ薄いのか。研究の困難さ(長期追跡の必要性、因果関係の複雑さ)、社会政策との境界の曖昧さ、製薬産業の関心構造など、構造的理由がある。しかし、それ以上に大きいのは、「ストレス・トラウマを深く扱うことは、精神医学を診察室の外に連れ出す」ことである点だ。貧困、虐待、DV、労働環境、教育、福祉――これらはもはや個人の「心の問題」ではなく、社会的・政治的課題となる。

 

### おわりに

 

精神医学は、単なる「現在の症状の分類学」ではない。 

患者の神経系と人生に刻まれた**履歴**を読み取り、それがどのように**組織化**され、苦痛を生み出しているのかを理解し、必要ならば再組織化を支援する学問である。

 

ウィルヒョウ以来の科学的病因追求を、精神科も本格的に受け止める時期に来ている。ストレスとトラウマを軽視することは、患者の現実を軽視することに他ならない。

 

精神医学が「履歴と組織化の医学」として成熟するとき、それは単に診断精度が上がるだけでなく、社会の中で果たすべき役割も大きく変わるはずである。

 

 

2026年5月6日水曜日

精神科診断基準の問題点―やっと精神障害の病因が分かってきたのに診断基準が病因を軽視するように変わってしまった?―

精神科診断基準の問題点―やっと精神障害の病因が分かってきたのに診断基準が病因を軽視するように変わってしまった?―

 

 

 精神科の診断基準は2つあります。

DSMTRICD11(日本ではICD10)です。

これらの元となる1980年のDSMⅢの登場により精神医学は劇的に進歩しました。

ただ2010年代以降の最新の診断基準では病気や外傷やその他の明らかに生物的、医学的な異常からくる基質・症候性の精神障害の章が消えてしまいました。

そのせいかアメリカ国立精神保健度研究所(NIMH)がDSMの限界を見限り?、遺伝子から脳回路、行動までを連続的に評価するRDoCResearch Domain Criteria)プロジェクトを立ち上げたのは、まさに「生物学的基盤(外因性)に基づく新たな分類」への移行宣言と思われます。

学会やWHOの診断基準から生物学的な病因が原因で起こる精神障害の章が消えてしまったことによる弊害や問題点と対策をまとめてみました。

 

 

精神症状はどこから来るのか

――「基質・症候性」をもう一度見直す時代

精神医学は長いあいだ、他の診療科に比べて「病気の生物学的な土台」が見えにくい領域でした。

内科や病理学では、炎症、感染、腫瘍、血管障害、代謝異常など、身体の変化をもとに病気を理解してきました。一方、精神科では、幻覚、妄想、抑うつ、不安、不眠、人格変化などを扱いながらも、それが脳や身体のどの変化から生じるのか、長く十分には分かりませんでした。

そのため、古典的な精神医学では、精神疾患を大きく、

  • 内因性
  • 心因性
  • 外因性
  • さらに社会因、発達因、ストレス・トラウマ因

のように分けて考えてきました。

しかし近年、この区別は大きく揺らいでいます。

心因や社会因も、身体に書き込まれる

現代の脳科学、神経免疫学、分子生物学、発達研究は、心因や社会因が単なる「気持ちの問題」ではなく、身体と脳に実際の変化を起こすことを明らかにしつつあります。

たとえば、強いストレスやトラウマは、脳の恐怖記憶の回路、ストレス応答系、自律神経、免疫系に影響します。幼少期の逆境体験や慢性ストレスは、神経発達やホルモン系、炎症反応、さらには遺伝子発現の調節にも影響しうると考えられています。

また、炎症性サイトカインとうつ病、自己免疫性脳炎と精神病症状、腫瘍や疼痛と抑うつ、脳血管障害や外傷後の人格変化・認知機能障害など、身体疾患と精神症状の関係も次々に見えてきました。抗NMDA受容体脳炎では精神症状が目立って精神科を初診することがあり、炎症性サイトカインが抑うつに関与する可能性も多く研究されています。

つまり、かつて「心因」「社会因」と呼ばれていたものも、脳・免疫・内分泌・自律神経・神経回路の変化として理解される時代に入りつつあります。

言い換えれば、外因性は消えたのではありません。むしろ拡張しているのです。

DSMICDの功績、そして限界

DSM-III以降の操作的診断基準は、精神医学に大きな進歩をもたらしました。診断の信頼性が上がり、研究や疫学、薬物治療研究が進みました。DSM-5-TRも、DSM-5以降の研究知見を反映した現在の改訂版として位置づけられています。

ICD-11も、世界標準の診断分類として整備されており、精神疾患の分類体系は以前よりはるかに洗練されています。ICD-11には「他に分類される疾患に関連する二次性精神・行動症候群」に相当する枠組みも存在します。

ただし、ここに一つ大きな問題があります。

現在の分類では、昔の「器質性精神障害」「症状性精神障害」に相当する視点が、せん妄、神経認知障害、物質・薬剤誘発性、他の医学的疾患による精神症状などに分散しています。

分類として分散すること自体は、必ずしも悪いことではありません。
しかし臨床教育や日常診療の手引きとして見ると、まず基質・症候性を疑うという視点が見えにくくなる危険があります。

なぜ「基質・症候性」の横断章が必要か

精神科臨床では、精神症状を見たときに、まず身体疾患・脳疾患・薬剤・中毒・感染・内分泌・代謝・炎症・自己免疫・腫瘍・外傷などを鑑別する必要があります。

たとえば、

  • 高齢者の幻視や妄想の背景にDLBがある
  • うつ症状の背景に癌、炎症、甲状腺疾患、疼痛がある
  • 精神病症状の背景に自己免疫性脳炎がある
  • 性格変化や衝動性の背景に頭部外傷や慢性外傷性脳症がある
  • 不安や抑うつの背景に薬剤、睡眠障害、代謝異常がある

こうした例は珍しくありません。DLBでは幻視や認知変動、REM睡眠行動異常、パーキンソニズムなどが重要であり、慢性外傷性脳症でも気分・行動・認知の変化が問題になります。

分類上は各章に分散していても構いません。
しかし臨床の手引きでは、重複してでも、

基質・症候性精神症状を見逃さないための章

を独立して置くべきだと思います。

これは復古主義ではありません。
むしろ、現代の脳科学・免疫学・神経発達研究・社会医学の進歩に合わせた、新しい基質・症候性の再統合です。

精神医学は「心だけの医学」ではなくなる

これからの精神医学は、心を身体へ単純に還元する医学ではありません。
しかし、身体から切り離された心だけを扱う医学でもありません。

必要なのは、

  • 生物因
  • 発達因
  • ストレス・トラウマ因
  • 社会因
  • 文化因
  • 脳・免疫・内分泌・自律神経の変化

を、対立するものとしてではなく、折り重なる層として見ることです。

NIMHRDoCのように、遺伝子、神経回路、行動、心理機能を横断的に見る研究枠組みも登場しています。ただしRDoCは診断マニュアルではなく、現行診断を置き換えるものではありません。むしろ、症状ベースの分類と病態生理ベースの理解をどう接続するかが、今後の課題です。

DSMICDは、精神医学を大きく前進させました。
しかし、その前進によって、逆に分類の限界も見え始めています。

精神医学は今、ようやく他の診療科と同じように、症状の背後にある身体・脳・免疫・社会環境の変化を、より具体的に追える時代に入っています。

だからこそ、次の時代の精神医学には、こうした視点が必要です。

精神症状は、心だけから生まれるのではない。
社会が身体に入り、身体が脳を変え、脳が精神症状として現れる。
その複層的な経路を見失わないために、現代版の「基質・症候性」の視点を、もう一度、臨床の中心に戻す必要がある。

 

 

「心の病」から「全身の病」へ:DSMの皮肉と、精神医学に求められる「基質・症候性」の再統合

はじめに かつて精神医学は、病因を「内因・心因・外因」の三分法で整理してきました。しかし現代の神経科学・免疫学・分子生物学は、この境界を鮮やかに溶かしつつあります。心因や社会因が身体に書き込まれ、精神症状として現れるプロセスが解明され始めた今、精神医学は新たなパラダイムシフトの只中にあります。

1. 「外因性」の劇的な拡張 現代科学は、かつて「心の問題」や「原因不明(内因)」とされていたものを、次々と「生物学的な変化(外因)」として証明しています。

  • 神経免疫学: NMDA受容体脳炎などの自己免疫疾患が、統合失調症様の精神症状で発症する事実。
  • エピジェネティクス: 幼少期の逆境(発達因)や強いトラウマ(心因・社会因)が、DNAのメチル化などを通じて脳のストレス応答系を物理的に変容させる。
  • 身体疾患との連関: 膵癌に伴う抑うつ、DLB(レビー小体型認知症)の初期精神症状、反復性頭部外傷(CTE)による人格・衝動性の変化。
  • その他: 慢性炎症、腸内細菌叢、代謝異常など、「全身の病態」が直接的に精神機能に影響を与えることが次々と明らかになっている。

2. DSMの成功がもたらした「皮肉」 DSM-III以降の操作的診断基準は、病因論をいったん棚上げし「症状の寄せ集め」で分類することで、精神医学の研究と疫学を爆発的に進歩させました。しかし皮肉なことに、DSMが進めた科学の進歩そのものが、分類の境界が生物学的には人工的であったことを暴き、DSM自身を時代遅れにしつつあります。

3. 「基質・症候性」カテゴリー消失の危機 ICD-11DSM-5-TRでは、旧来の「器質性/症候性精神障害」というまとまった章が消え、各疾患カテゴリーに分散されました。これはすべての精神症状に生物学的基盤があることを認めるという意味では進歩ですが、臨床現場には大きなリスクをもたらします。

  • 臨床的見落としリスク: 若年者の精神病症状に潜む脳炎や、高齢者の妄想に潜む変性疾患など、「まず身体的・器質的原因を除外する(ルール・アウト)」という基本動作が甘くなる。
  • 教育的バイアス: 若手医師が初めから「精神疾患の枠内」だけで症状を当てはめようとする、早期閉鎖(思考停止)に陥りやすくなる。

4. 提言:臨床手引きにおける「横断的章」の復活 診断分類の体系自体は、現在のように分散していても構いません。しかし、臨床医が使う手引きや教育の場においては、重複を恐れず「基質・症候性精神症状」を横断的に見直す独立した章を再統合すべきです。これは単なる復古主義ではなく、患者の安全を守るための極めて実践的で現代的なアプローチです。

おわりに これからの精神医学は、心を身体へ還元するだけの学問ではありません。「社会や環境が身体に入り込み、身体が脳を変え、脳が精神症状として現れる」という複層的なモデルを見る学問です。内因・心因・外因を対立させるのではなく、その連関を見逃さないためにも、「基質・症候性」の視点を今一度、臨床のど真ん中に取り戻す必要があります。

 

 

外因性は消えていない、拡張している

基質症候性の視点を、臨床のなかに取り戻すために

一 古典的三因論の崩壊

ヤスパース以来、精神医学は内因・心因・外因という三因論を臨床思考の骨格としてきた。原因不明の生物学的疾患を内因性、心理社会的経験による反応を心因性、明確な身体的原因が同定できるものを外因性とする分類である。これは二〇世紀前半の医学的知見の限界を反映した、過渡的な作業仮説であった。

しかし二一世紀の知見の蓄積は、この三分法を実質的に解体しつつある。神経炎症、HPA軸の機能異常、エピジェネティック修飾、神経可塑性の変化、腸内細菌叢の関与、自己免疫機序、これらの連続的な発見によって、かつての「内因」は次々と外因の言葉で書き直されている。心因についても、ACE研究以降、幼少期の逆境体験が脳の構造的・機能的変化を実際に引き起こすことが、膨大なエビデンスで示されている。社会因についても、貧困や差別が炎症マーカーや細胞老化に影響することが示されてきた。

つまり、心因や社会因は、消えたのではない。身体に書き込まれる過程が見えるようになっただけである。境界が崩れたというより、外因性の射程が拡張した、と言うほうが正確であろう。

二 拡張された外因性の射程

古典的な外因性は、感染、外傷、中毒、内分泌、代謝、脳血管障害、変性疾患などを想定していた。現代では、ここにさらに、慢性炎症、自己免疫、腫瘍随伴症候群、慢性疼痛、睡眠・概日リズム、腸内細菌叢、幼少期逆境による神経発達とストレス応答系の変化、貧困・差別・環境ストレスによるエピジェネティック変化、慢性ストレスによる免疫・内分泌・自律神経変化が、明確な研究対象として加わっている。

具体例を挙げれば、抗NMDA受容体抗体脳炎は、不安、興奮、妄想、気分不安定、奇異行動、人格変化などで初発し、初期にはしばしば一次性精神疾患と判断される。Lewy小体型認知症では、認知変動、詳細な幻視、パーキンソニズム、レム睡眠行動異常、自律神経症状が複合的に絡み、精神症状が前景に立つ場面が多い。膵がんと抑うつ、炎症性サイトカインと抑うつ様症状の関連は、単なる反応性の落胆では説明しきれない身体・精神連関として議論されている。反復性頭部外傷や慢性外傷性脳症でも、気分・行動・認知・衝動性の長期的変化が報告されている。

これらは、精神症状が「心の問題」だけではなく、脳・免疫・内分泌・腫瘍・炎症・外傷・環境の問題として立ち上がる、という当然のことを、改めて示している。

三 DSM/ICDの皮肉

DSM-III以降の操作的診断基準は、精神医学から曖昧な精神分析的言語をいったん外し、診断の信頼性を高め、研究可能性・疫学・薬物治療研究を大きく前進させた。これは紛れもない功績である。

しかし、その成功によって、今度は精神疾患の背後にある生物学的連続性、多因子性、身体疾患との境界の曖昧さが見えてきた。分類を明確にしたからこそ、分類の境界が生物学的にはかなり人工的だったことが、かえって明らかになった。DSMが推進した精神医学の生物学化が、結果としてDSM自体の構造を時代遅れにしつつある、という皮肉な事態が現在進行している。

米国NIMHが、症候群ベースのDSMの限界を超えるべく、遺伝子から脳回路、行動までを連続的に評価するRDoCResearch Domain Criteria)プロジェクトを立ち上げたのは、この行き詰まりへの一つの応答であった。

四 基質症候性が見えにくくなる危険

ICD-11には、二次性精神又は行動症候群(Secondary mental or behavioural syndromes associated with disorders or diseases classified elsewhere)に相当するブロックが存在しており、基質症候性の概念が完全に消えたわけではない。DSM-5-TRにも、認知症、せん妄、物質・薬剤誘発性、他の医学的疾患による精神症状などは存在する。

しかし臨床現場の実用性という観点から見ると、旧来の「器質性/症候性精神障害」というまとまった臨床的入口は、明らかに弱くなっている。臨床医が「まず器質を除外する」という思考の枠を保つには、独立した章として目に入る構造が必要であった。これが分散することで、研修医も指導医も、症状から疾患を考える訓練のなかで、器質性疾患を後回しにしがちになる。

実際の臨床では、若年発症の精神病症状に自己免疫性脳炎が混じることがあり、高齢者の幻視や妄想にDLBが混じることがあり、頭部外傷後の人格変化や衝動性が「性格」や「うつ」だけで処理されることがあり、がん・炎症・疼痛・薬剤・内分泌異常による精神症状が見落とされることがある。これらは現実に起きており、しばしば致命的である。

五 提案——分類とは別に、横断章を

旧来の器質性精神障害の章を、原因論カテゴリーとして単純に復活させよ、という提案ではない。原因論として外因に統合される流れは、科学的に正当であり、止めるべきではない。

提案したいのは、診断分類としては各章に分散しているとしても、臨床手引き・教育マニュアル・鑑別診断の章として、基質症候性精神症状を横断的に再統合する章を、重複を恐れずに設けることである。

具体的には、せん妄、認知症(神経認知障害)、物質・薬剤誘発性、他の医学的疾患による精神症状、てんかん・脳血管障害・外傷・腫瘍・自己免疫・内分泌などに伴う精神症状、これらが、各疾患章にもありつつ、横断的にも一覧できる構造である。さらに、現代的射程として、慢性炎症、自己免疫、腫瘍随伴症候群、慢性疼痛、概日リズム異常、幼少期逆境のエピジェネティック影響、社会的逆境による生物学的変化なども、この横断章に含めるべきである。

DSMICDが、研究のための分類体系であると同時に臨床医の思考のツールでもあるという二重性を引き受けるなら、後者の機能を支える構造的な工夫は、編集判断として積極的に行われるべきである。次世代の診断マニュアル、特にDSM-6においては、この点が考慮されるべき段階に入っている。

六 結語

精神医学は、長く生物学的医学の本流から外れた位置にあった。ヴィルヒョウ、コッホ、シャルコーらが切り拓いた病理学的・細菌学的・神経学的基盤の上に、内科学、外科学、神経学が築かれていった一方で、精神医学は、その対象の特殊性ゆえに、長らく独自の暗闇のなかをさまよってきた。

いま、その暗闇は、ようやく薄くなりつつある。神経炎症、自己免疫、エピジェネティクス、社会的決定要因の生物学的研究、これらの蓄積によって、精神症状が脳と身体と環境の連続的な相互作用のなかで生じることが、具体的な機序として記述されるようになってきた。これは、精神医学が、心を身体に還元するということではない。身体から切り離された心を扱う学問でもない、ということである。

これから必要なのは、内因・心因・社会因・外因を対立させることではなく、それらが、どのように身体と脳のなかで折り重なって精神症状になるのかを見る、複層的な精神医学である。

そのためには、診断マニュアルが、研究の言語と臨床の言語の双方を支える構造を持つ必要がある。基質症候性の視点を、横断的な章として臨床のなかに取り戻すことは、精神医学が本流の医学に合流していくための、一つの実務的な提案である。

 

外因性は消えていない。むしろ拡張している。

 

 

精神症状は「心の問題」だけか

——基質症候性を再び見据えるとき

精神医学は今、大きな転換点にある。 かつて「内因・心因・外因」と分けられていた精神症状の理解が、脳科学・免疫学・エピジェネティクスの進展により、急速に「生物学的基盤(外因性)」へと統合されつつある。

NMDA受容体脳炎が幻覚・妄想で精神科初診となるケース、慢性外傷性脳症(CTE)の衝動性・認知変化、炎症性サイトカインによるうつ症状、幼少期逆境によるDNAメチル化の長期影響——これらはすべて、かつて「心因」や「内因」と呼ばれていた領域が、身体の生物学的変化として捉えられるようになった好例である。

DSM-5-TRICD-11は、この流れに追いつけているか?

残念ながら、追いついていないどころか、後退している面がある。

両基準とも、旧来の「器質性・症状性精神障害」という独立した枠組みを廃止し、各疾患カテゴリーに分散させた。認知症、せん妄、物質誘発性、他の医学的疾患による精神症状などは残っているが、「まず身体因を疑う」という臨床的入口が、診断基準上、見えにくくなった。

これは臨床現場で深刻な影響を及ぼしている。

  • 若手医師が「精神症状=一次的精神疾患」と早めに閉鎖し、身体的要因の鑑別を後回しにするリスクが高まる。
  • 自己免疫脳炎や膵癌随伴うつ、甲状腺機能異常による精神症状などの見落としが、診断遅延につながる。
  • 教育・研究でも、基質症候性という横断的視点が希薄になりやすい。

DSM-III以降の操作的診断基準は、精神医学に「信頼性」をもたらし、研究を大きく進展させた。しかしその成功が、今度は「病因の多層性・生物学的連続性」を覆い隠す副作用を生んでいる。皮肉なことに、DSMが進めた科学の進歩が、DSM自身を時代遅れにしつつある。

提案:分類上は分散させても、臨床手引きには独立章を

診断分類としては、分散していても構わない。 しかし、臨床教育・実地診療の手引きレベルでは、重複を恐れずに「基質・症候性精神症状」の横断章を復活させるべきである。

そこでは、以下の点を明示的に扱う:

  • 脳血管障害・外傷・腫瘍・自己免疫・内分泌・炎症・代謝・感染・薬剤など
  • 慢性ストレス・幼少期逆境による神経可塑性・エピジェネティック変化
  • 腸脳軸・免疫・疼痛などの身体精神連関

精神科医は「心の専門家」である前に「全身の医学者」でなければならない。患者の精神症状の背後に、身体の生物学的変化が潜んでいる可能性を、常に意識できる仕組みが必要だ。

精神医学はようやく「ちゃんとした医学」の仲間入りをする準備ができつつある。

外因性が内因・心因・社会因を飲み込み、すべてが生物学的基盤へと還元されていくこの時代に、診断基準が臨床の現実から乖離してはならない。

心因や社会因を軽視するのではない。 むしろ、それらがどのように身体と脳に書き込まれ、精神症状として現れるのかを、正確に見つめるための基盤を、診断体系の中に明確に位置づけるべきだ。

精神医学は、暗闇をさまよう時期を終えようとしている。 次のステップは、生物学と臨床を再びしっかり繋ぐことである。

  

季節の変わり目はなぜ不調になるのか ―冬の終わりと夏の終わりの心身の変化―

 

季節の変わり目はなぜ不調になるのか

―冬の終わりと夏の終わりの心身の変化―

 

 

季節の変わり目は心身ともに不調になりやすいです。

たいていの医療の各診療科目で患者さんが増えたり症状が悪化したり受療頻度が高くなります。

これには非常に多くのことが関わっています。

科学的にもいろいろなことが分かっています。

最近では炎症性サイトカインに季節差があって冬などの感染症は他の季節より悪化しやすいなど、かなり科学的に説明できることが増えています。

炎症性サイトカインは免疫や感染症発症時の症状を悪化させるだけでなくそれ自体が神経系にも内分泌にも影響を与えますからメンタルの基礎状態も変化させる可能性が示唆されます。

これは一例ですがそれ以外にも様々なことが冬の終わりや夏の終わりのような気候的な極期からの季節の変わり目での心身の変化に影響することが分かっているのでまとめてみます。

 

 

分かっていること:生理学・基礎医学的メカニズム

自律神経系の負荷: 季節の変わり目、特に気温・気圧・湿度の変動が大きい時期に、恒常性維持のために自律神経系が過剰に動員されます。気圧の変動を内耳の三半規管と前庭が感知し、脳に伝達され、自律神経がストレス反応を起こして交感神経が興奮状態になるというメカニズムが近年の研究で示されています。これが「気象病」「天気痛」と呼ばれる現象の基盤です。

光とホルモン: 日照時間の変化がメラトニンとセロトニンの産生に影響します。冬季のうつ(SAD)は日照時間の減少によるセロトニン低下が関与しており、光療法が有効とされています。春に日照が急に増えることによる概日リズムの急激な再調整も負荷になります。

免疫系の季節変動: 冬の終わりには感染症負荷の蓄積があり、免疫系が消耗した状態で春の環境変化に曝される。炎症性サイトカインとうつ症状の関連も指摘されており、感染症後のsickness behaviorが気分変調の基盤になりうる。

コルチゾールの季節変動: HPA軸の活動には季節性があり、冬から春にかけてコルチゾールの日内変動パターンが変化します。この移行期にストレス応答系が不安定になりうる。

臨床的な裏づけ

2-3月の揺れと衝動性、4-5月の自殺の多さ: これは精神医学的にもよく知られたパターンで、冬季うつから回復する過程で活動性が先に戻り、抑うつ気分がまだ残っている時期に自殺の実行力が生じるというメカニズムが古くから指摘されています。2-3月の衝動的な自傷は気分の不安定さ(揺れ)の反映で、4-5月は「動ける程度には回復したがまだ苦しい」状態の反映です。

夏の終わりの高齢者と子ども: 猛暑による身体的消耗(熱中症の亜臨床的な累積、脱水、睡眠障害)が高齢者の死亡率上昇に関与しています。子どもの夏休み明けの自殺は、環境的・社会的なストレス(学校復帰への不安)が主ですが、夏の生活リズムの乱れによる概日リズムの崩れも基盤にあるでしょう。

壮年期に目立つという観察: これは非常に興味深い点で、いくつかの要因が重なっていると思われます。壮年期は社会的負荷(仕事、子育て、介護)が最大であり、環境ストレスに加えて社会的ストレスが乗る。また40歳を過ぎると副交感神経の機能が低下することが知られており、自律神経の調整能力が下がり始める年代と社会的負荷のピークが重なる。若い世代はエネルギーの余力で環境変化を吸収でき、高齢になると感受性の鈍麻(これ自体が防御的に働く面がある)で影響が表面化しにくい。

東洋医学的な視点

東洋医学はこの領域でかなり古くから体系的な記述を持っています。五行説における季節と臓腑の対応(春=肝、夏=心、秋=肺、冬=腎、土用=脾)は、季節ごとの心身の変調パターンを記述する枠組みです。春に肝気が上昇してイライラや頭痛が増え、秋に肺気が収斂して感傷的になる、といった記述は臨床的な観察と合致する部分が多い。

「気」の概念は西洋医学的には自律神経機能とHPA軸活動と免疫機能を合わせたようなものに対応し、「気虚」は奥村さんがおっしゃる「生理活性やエネルギーの低下」に近い。季節の変わり目に気虚が生じやすいという東洋医学の記述は、自律神経の過剰動員によるエネルギー消耗として現代医学的にも解釈可能です。

 

 

気候・日照・睡眠/概日リズム・自律神経・感染症/炎症・社会的節目が重なる多因子現象として理解するのがいちばん自然です。季節と気分変動の研究はなお不均一ですが、少なくとも冬〜春、夏の極端な暑熱、長期休業明け/年度替わりが心身の不調や自殺リスクの増減と関係することは、レビューや公的統計でかなり一貫して見えます。

まず、冬の終わりから春先に揺れやすいのは十分ありえます。
理由の一つは、日照と概日リズムです。季節性うつ病は典型的には秋冬に悪化し春夏に軽くなる病型として知られ、双極性障害でも光・睡眠・季節リズムの乱れがエピソードに関与しうるとされています。さらに「春の自殺ピーク」は国際的にも再現性が高い一方、なぜ春に増えるのかはまだ完全には分かっていない、というのが現在の誠実なまとめです。つまり、春先の不安定さは臨床的に感じられても、その中身は「気分障害の悪化」だけではなく、眠気・不眠・活動性の上がり方と気分の追いつかなさ・衝動性の変動を含む可能性があります。

次に、自律神経・循環器系はかなり季節性があります。
交感神経活動は冬に高くなることが示されており、血圧も一般に冬高く夏低い傾向があります。日本の家庭血圧データでも季節変動は確認されていて、寒冷時の血圧上昇や朝の血圧上昇が問題になります。これは「冬の負債」という表現とかなり相性がよく、冬の終わりには、寒冷曝露、睡眠の質低下、感染症、活動量低下、血圧変動などが積み上がった状態で、そこへ年度末・異動・進学就職準備が重なる、と考えると臨床感覚に合います。

さらに、冬の終わりは感染症と炎症の影響も残りやすいです。
感染症の季節性は、気温や湿度などの環境要因だけでなく、人の行動、宿主の感受性、免疫の季節変動が重なって生じます。実際、ヒトの免疫パラメータには季節変動があり、呼吸器感染症の流行にも影響しうるとされています。したがって、23月の「何となく心身がしんどい」は、気分の問題だけでなく、感染後疲労、炎症、睡眠負債、体力低下も同時に考えた方がよいです。

日本の自殺統計も、「春」と「休み明け」の二つの山をかなり示しています。
厚労省資料では、令和6年の月別自殺者数は4月が最多でしたし、令和4年も5月が最多でした。小中高生では、文科省が長期休業明け、とくに91日付近で自殺が増える傾向を繰り返し注意喚起しています。さらに白書では、児童生徒は月別累計で8月・9月・1、学生等は3月・4月・9が多いとされています。ですから、先生が感じておられる

  • 23月:揺れや衝動性が目立つ
  • 45月:統計上の自殺が多い
  • 8月末〜9月初旬:子どもの自殺が多い
    という臨床感覚は、日本の公的統計とかなり整合的です。

一方で、近年は夏の重さも無視できません。
高齢者では熱中症死亡が多く、レビューでも65歳以上、とくに75歳以上で熱関連死亡リスクが高いことが確認されています。日本では熱帯夜(hot nights)も全死亡リスク上昇と関連し、暑さは睡眠を崩し、睡眠障害は気分や不安の悪化につながります。精神科的にも、暑熱はイライラ、不安、抑うつ、精神科救急受診、自殺リスクと関連する報告が増えています。ですから、昔の「冬のしんどさ」に加えて、最近は夏の終わりの消耗が本当に大きくなっている、と見てよいです。

年齢差については、先生の臨床印象はよく分かりますが、少し分けて考えると整理しやすいです。
まず、身体の脆弱性という意味では高齢者はむしろ暑さ・寒さに弱く、死亡や循環器イベントのリスクは高いです。いっぽうで、「季節で気分が揺れる」「天候でつらい」と主観的に訴えるかは、年齢、生活リズム、就学就労ストレス、慢性疾患、社会的役割でかなり変わり、単純な一本線では言えません。季節性感情障害は一般に若年〜成人早期発症が多い一方、子どもは学校暦の影響を強く受け、高齢者は身体リスクの比重が増えます。したがって、若年は社会移行と生活リズム、壮年期は役割負荷と自律神経/睡眠、高齢期は身体脆弱性と温度負荷というように、同じ「季節の影響」でも顔つきが違うと考えるのが実践的です。

先生の「壮年期に目立つ」という印象も、心理社会的負荷の重なりを考えるとかなり自然です。
壮年期は、仕事の繁忙、異動、管理責任、家族ケア、受験・卒業・就職・転居のサポートなど、季節の変わり目に社会負荷が集中しやすい時期です。そこへ、冬の寒冷負荷や感染症、春先の睡眠・概日リズム変化、夏の暑熱消耗が重なると、「気候だけ」でも「ストレスだけ」でもない揺れが生じます。実際、気候・気象因子と精神・行動の問題の関連をまとめたレビューでも、温度、湿度、気圧、降雨などは精神症状と関連しうるが、効果は生物学的要因と社会的要因の相互作用として理解すべきだとされています。

クリニック記事として書くなら、私は次の軸でまとめるのが読みやすいと思います。

「季節の変わり目に心身が揺れるのは、気のせいではなく複合要因です」
として、本文では

  • 気候:寒暖差、暑熱、湿度、日照
  • :自律神経、睡眠、血圧、免疫、感染後疲労
  • :不安、抑うつ、イライラ、衝動性
  • 社会:年度替わり、異動、進学就職、長期休暇明け
  • 年齢差:子どもは学校暦、働く世代は役割負荷、高齢者は身体脆弱性
    5本立てにすると、かなりまとまります。公的統計としては、春の自殺ピーク子どもの91日前後高齢者の熱関連リスクを押さえると、記事に説得力が出ます。

一言でまとめるなら、

季節の変わり目の不調は、「気候」単独ではなく、「体の季節変化」と「生活の節目」が重なって起こる。
冬の終わりは寒冷負荷・感染症・睡眠/概日リズム変化・年度末が、夏の終わりは暑熱消耗・睡眠障害・休み明けストレスが重なる。

です。

 

 

1. 23月の「揺れ・衝動性」と45月の「統計的自殺増」の生理学

23月は揺れと衝動的な自傷が多く、45月は揺れが落ち着くのに自殺が増えるのは、精神医学的に非常に重要な現象を捉えています。

  • エネルギーと気分のタイムラグ: 冬の間、日照時間不足により枯渇していた「セロトニン(気分安定)」と、体内時計を司る「メラトニン」のバランスが、春の急激な日照増で変化します。このとき、「気分の落ち込み」が回復するよりも先に「身体的エネルギー(焦燥感・衝動性)」が回復してしまうというタイムラグが起きます。抗うつ薬の投与初期に起こるアクティベーション・シンドローム(賦活症候群)と同じ理屈で、これが23月の「衝動的な行動」の引き金になります。
  • 汎適応症候群(ストレスの枯渇期): 45月は、日本の社会的な新年度の環境変化(引っ越し、異動、進学)という強烈なストレッサーが加わります。ハンス・セリエのストレス学説でいう「抵抗期(過剰適応して頑張れている状態)」から、GW明けにエネルギーが切れて「疲廃期」へと移行するため、揺れは見えにくくとも、不可逆的な決断(自殺)に至るリスクが跳ね上がるのです。

2. なぜ「壮年期」に環境感度が上がり、「高齢者」で鈍るのか?「壮年期(働き盛り)で気候への感度が上がり、高齢者で鈍る」という現象は、自律神経機能と感覚受容器のエイジング(加齢変化)で見事に説明がつきます。

  • 若年層(20代まで): 東洋医学でいう「気(生命エネルギー)」が満ちており、ホメオスタシス(恒常性維持機能)が強力です。気圧や気温が乱れても、強力な自律神経のバネで即座に補正できるため、環境のノイズを「感じずに」済みます。
  • 壮年期(30代〜50代): 自律神経の機能は20代をピークに、10年ごとに約10%ずつ低下すると言われています。バネが弱っているにもかかわらず、社会的・家庭的ストレス(仕事の責任、育児、介護の挟み撃ち)は人生で最も高い時期です。さらに先生が指摘した「運動不足(身体的予備能の低下)」が重なると、内耳の気圧センサー(圧受容器)などが過敏に反応し、「気象病」や「季節の変わり目の不調」としてアラートを鳴らしやすくなります。
  • 高齢期: ここが面白いところですが、高齢になると自律神経だけでなく**「温度センサー」や「気圧センサー」といった知覚そのものが鈍麻(鈍く)なります。** そのため、「気候の変化による主観的な揺れやだるさ」は感じにくくなります。しかし、これは環境に適応できているわけではなく、「アラートが鳴らないままダメージが蓄積している状態」です。だからこそ、主観的な揺れはないのに、真夏や真冬に「突然の熱中症」や「心筋梗塞」で命を落とす率が高くなるのです。

3. 東洋医学からのアプローチ:季節の「気」のダイナミズム

東洋医学では、自然界の季節変化と人体の臓腑を完全にリンクさせて考えます

冬の終わり〜春(肝の昂り): 春は「肝(自律神経や感情のコントロール)」の季節です。冬の間に内に溜め込んでいた(蔵)エネルギーが、春になって一気に上に向かって芽吹こうとします(生)。この「気の上衝」がうまく発散されないと、上半身に熱がこもり、イライラ、焦燥感、不眠、めまい、そして衝動的な揺れとなって表れます。

  • 夏の終わり〜秋(気陰両虚): 猛暑で大量の汗をかくと、水分(陰)だけでなく、気(エネルギー)も一緒に漏れ出てしまいます。これを「気陰両虚(きいんりょうきょ)」と呼びます。夏休みの終わりには、このエネルギーと潤いの絶対的な枯渇により、深い抑うつや無気力(いわゆる夏バテのどん底)が訪れます。

これらの知見をまとめると、

  1. **「今の不調は、あなたの心が弱いからではなく、地球の季節と自律神経のズレという『物理的・生理的な現象』です」**という免罪符(バリデーション)。
  2. 年代別のメカニズム解説: 「若い頃は気合いで乗り切れたのに」と落ち込む壮年期の患者さんに対し、自律神経のエイジングと社会的負荷のピークが重なる「当然の現象」。
  3. 時期別の注意喚起: 春先の「衝動的なエネルギーの空回り」と、5月や夏明けの「バッテリー切れ」の違いがあり、それぞれに合った過ごし方(春は無理に新しいことを始めずペースダウン、夏明けは徹底的に休養など)が大切。

 

 

1. 統計的に確認されている季節性

  • 自殺・自傷の季節性 日本では35月(特に3月・4月・5月)が自殺者数のピークです(厚生労働省・警察庁データ、令和46年)。
    • 23月:衝動的自殺・自傷が増加(年度替わり・新生活ストレス+気温急上昇による自律神経の揺らぎ)。
    • 45月:統計上最も多くなる(環境変化の蓄積+日照時間の急増)。
    • 夏休み明け(8月末〜91日頃):子ども・生徒の自殺が顕著に増加(学校復帰ストレス)。
  • 高齢者の死亡率
    • :低温による死亡(低体温症・凍死)が毎年1000人超。熱中症死亡を上回る年もあり、室内凍死が85%以上を占める(高齢者・低所得層で特にリスク高い)。
    • :猛暑による熱中症死亡が急増(2024年は過去最多)。高齢者は体温調節機能低下で影響を受けやすい。

2. 生理学的・身体科的なメカニズム

季節の変わり目は気温・気圧・湿度・日照時間の急変が自律神経・ホルモン・体内時計に直接影響します。

  • 主な因子と影響
    • 日照時間の変化:冬終わり(日照増加)セロトニン急増で躁状態や衝動性。夏終わり(日照減少)セロトニン減少・メラトニン増加で抑うつ・不眠。
    • 気圧・湿度の変動:低気圧接近や梅雨期に自律神経が乱れ、頭痛・めまい・不安・気分の落ち込み(気象病)。
    • 寒暖差・猛暑:体温調節負担でコルチゾール(ストレスホルモン)上昇、炎症反応増加。
    • 冬バテ・夏バテ:蓄積疲労(冬の低温ストレス、夏の熱ストレス)が春・秋の変わり目に表面化。
  • 年齢による感受性の違い
    • 壮年期(3050代):ホルモン・自律神経の感受性が最も高く、外部環境の影響を受けやすい。
    • 若年期(20代まで):代謝・気・生理活性が高く、比較的影響を受けにくい。
    • 高齢期:体内時計の同調機能が低下し、気温・気圧への感度が「鈍くなる」一方で、適応力が弱まるため死亡リスクは高まる(感受性低下ではなく「対応力低下」)。

3. 東洋医学・心身医学的な視点

東洋医学(五行説)では、季節の変わり目は「気」の乱れが起きやすい時期とされます。

  • 春(肝):冬の「気」の停滞が一気に解放され、肝が過剰に働くイライラ・不眠・衝動性23月の自傷増加と一致)。
  • 秋(肺):夏の疲労が表面化気虚・憂鬱(夏休み明けの子ども自殺と関連)。
  • 季節の変わり目:五臓のバランスが崩れやすい「土用」の時期に相当し、心身の「揺らぎ」が顕在化。

心身医学的には、気象病(天気痛)として自律神経失調・セロトニン変動が重視され、ストレス+気象因子の相互作用で症状が悪化すると考えられています。