危険な時代―衰退しつつあるイデオロギーが過激化する―
歴史的に見ると純粋なイデオロギーを持った人や組織は過激化しやすいです。 運動がどういう時期でもリスクはありますが、運動の衰退局面で危険な行動をしやすいです。
運動が盛り上がっている時とは別の機序でしょう。 余裕がないのかもしれません。
戦前・戦後日本での事例
日本で言えば戦前がそうだし、戦後の新左翼運動退潮期もそうでした。 ただ運動が大盛り上がりの1970年頃までとは違う形での社会的逸脱行動が見られます。
現代で言えばリベラルとまとめられる左翼、革新、進歩主義的運動は1968年には大衆運動としてはピークアウトし始めていました。
東京大学は戦前から現在まで共産党の牙城です。 学生自治会も教員もリベラルです。 東京大学だけではなく一部の大学を除いては基本日本だけでなく世界中大学はリベラルな傾向にあります。
自然にそうなった面もあれば、リベラル勢力の加入戦術の結果でもあります。 加入戦術とは既存の組織に組織員を加入させて乗っ取ったり、影響力を行使する方法です。 簡単に言えばスパイとか工作員と呼ばれるものの一つの手法になります。
一から組織を作るのは大変なので、組織があればそれのイデオロギーや運動の目的に自分たちの考え方を浸透させればいいので、合理的で効率的です。
戦前や戦後の初期のリベラル(左翼?社会主義?)運動はパワフルでした。 運動の伸長期だったというのもあります。 また運動員が戦争経験者だったり徴兵経験者だったりした世代でもあったということもありました。 1960年代の大学での学生運動は戦後生まれの「戦争を知らない、徴兵も知らない子供たち」が行っていた運動です。 大学以外でも世間のあらゆるところで運動が盛んで、変わったところではキリスト教の教会、カソリックのようなところや独立系の教派ではなく特に日本キリスト教団みたいなところが加入戦術を受けました。
学生運動では東大の場合、東京大学や東京大学附属病院の占領は日本共産党により措置され、運動が方向性を見失います。 そこで何となく意味は薄いけどインパクトはある東大の象徴的なアイコンの安田講堂に立てこもってみたりする感じになります。
他の学生運動も学生同士の内ゲバリンチ殺人事件の連合赤軍事件やあさま山荘事件になりますが、アピール的ではありますが実質的な価値はありません。
戦前の共産党も治安維持法でつかまった人もいますが、思想や運動ではなく内ゲバリンチ殺人で刑務所に入っていた人もいるので、運動が追い詰められれば過激な危険行動はとりやすいです。
国際比較―同じ構造は日本に限らない
これは日本だけでなく世界中そうです。 むしろこの「衰退局面における過激化」は、ほぼ同時代の各国新左翼運動で同型の現象として観察されています。
西ドイツのバーダー・マインホフ(ドイツ赤軍、RAF)は、1968年の学生運動の大衆的盛り上がりが退潮した後の1970年代に、誘拐や暗殺を組織化していきました。 イタリアの赤い旅団によるアルド・モロ首相誘拐殺害事件(1978年)も、左翼運動が大衆基盤を失った後の局面です。 アメリカのウェザーアンダーグラウンドは、SDS(学生民主社会同盟)の分裂・崩壊の中から濃縮されるように出てきた組織でした。
フランスのアクション・ディレクト、北アイルランドのIRA諸派の分岐なども類似の構造が見られます。
イタリアの政治社会学者ドナテッラ・デッラ・ポルタは『Clandestine
Political Violence』(2013)で、新左翼運動の退潮と地下化・暴力化を組織社会学のフレームで分析しています。
連合赤軍やあさま山荘事件を「日本に固有の異常事態」として読むのではなく、同時代の世界的な構造的現象の日本における現れとして読み直す見方は、当時の運動の評価にも、現在の警戒のあり方にも示唆を与えるものと思います。
「余裕がない」のメカニズム
「運動が追い詰められれば過激な危険行動はとりやすい」と先に書きました。 これを少し丁寧に分解してみると、いくつかのメカニズムが重なって作用していることが見えてきます。
第一に、選択効果の問題があります。 運動が退潮すると、まず穏健派から離脱していきます。 組織に最後まで残るのは、運動への帰属がアイデンティティと深く結びついて引き返せなくなった層、もともと強硬だった層です。
結果として、組織内の平均的な強硬度は、運動全体が縮小するほどむしろ上がっていきます。
第二に、フロイトの言うところの「些細な差異のナルシシズム」が、縮小する集団ほど苛烈な形で働きます。 外部に対する大きな敵がリアリティを失うと、視界に入る他者は内部の同志だけになります。
路線の微小な違いが運動の存亡を賭けた重大な対立として体験され、純度競争が暴力に転化していきます。 連合赤軍の「総括」リンチも、革マル派と中核派の内ゲバも、この機序の極端な顕現と読めます。
第三に、フェスティンガーらが宗教カルト研究で記述した、予言が外れた後の認知的不協和の処理に近い力学があります。 「世界変革は近い」と信じてきた者にとって、運動が萎んでいくという現実は受け入れがたく、その不協和は、信念を捨てるのではなく、行動をエスカレートさせることで「処理」されることがあります。
第四に、社会運動研究で言うラディカル・フランク効果に近い構造変化があります。 大衆基盤という背景が消えると、それまで運動全体の周縁にいた急進派が、相対的に運動の前景に出てきます。
退潮局面の運動が過激に「見える」のは、過激な部分の絶対量が増えたためというより、それを中和していた穏健な大衆部分が抜けたためでもあります。
精神科臨床の側からこれを眺めると、閉鎖的集団における現実検討能力の劣化、外部世界からの是正フィードバックが途絶えた状況での思考の濃縮、リフトンが思想改造研究で「閉鎖された情報環境」と呼んだ条件下での認知の歪み、といった現象として理解する余地があります。
「余裕がない」と直観的に言われるものの内実は、こうした多層的な機序の重なりであるように思われます。
戦後日本の事例の続き
東大の自治会は共産党が死守したわけですが、2026年5月の東大学園祭で爆破脅迫があり学園祭が中止になったようです。
日本キリスト教団系は2派か3派にわかれますが、新左翼の時代に加入戦術されて、今でもクリスチャンの活動家もいるのでしょうけど、クリスチャンじゃない活動家もいます。
活動家の方も食べていかないといけないので大学や組合などを拠点とするわけですが、日本キリスト教団も加入戦術で拠点にされた面があって、関西のK大学とかD大学とかが有名でした。 東京にも神学系の大学がありますが、そういうところでドタバタしたようです。
山本七平という評論家で日本人論の学者で聖書関係の出版社経営で内村鑑三系の三代目のクリスチャンの方がいらっしゃいましたが、息子さんがその東京の神学系の大学出身でした。
小生はYMCA系の団体で聖書を学んでいたことがありましたが、山本七平が保守系の言論人と位置付けられていたせいか問題視されていたのを聞いたことがあります。
そういうのがいろいろ絡まると、沖縄での船の転覆の死亡事故みたいなのになっていろいろ問題になるのですが、こういうのが最近立て続けに問題になってきたのが、ここ最近の一時的な現象かもしれませんがリベラルの退潮傾向と関係あるのかもしれません。
ただこれらはあくまで「同型の現象として理解できる可能性がある」というレベルの話であって、個別の事案について特定の組織や個人の関与を断定する話ではありません。 構造的フレームと個別事実は読み手の側でも分けて受け取っていただく必要があると思います。
新左翼の代表みたいな革マル派も中核派も、それ以外のまだ存在感がある派や、組織的な活動をしていなくてもいわゆる安保闘争世代はともかく全共闘世代というのがまだ運動をしていますので、最近はちょっと危険な行動が垣間見えます。
対称性の問題―右派側はどうか
ここまで主に左翼・リベラル系運動の退潮と過激化を見てきましたが、「衰退しつつある(と自己認識する)イデオロギーが過激化する」という命題は、本来イデオロギーの左右を問わずに成立する構造であるはずです。
実際、世界的に見れば右派側にも加速主義(accelerationism)的な暴力化や、アメリカの2021年連邦議会襲撃事件、各国で続発する孤狼型右翼テロなど、衰退や周縁化の自己認識から先鋭化していく事例は少なくありません。
日本国内でも、近年の保守派政治家への暴力事件をどう枠づけるかは、なかなか難しい問題です。 全共闘世代の延長線上に置けるものなのか、それともまったく別の社会層の、別の動因による現象なのか。
もし同じ「衰退過激化」フレームで括れるなら、この命題はイデオロギー横断的な構造命題として強くなります。 括れないとすれば、逆に、左翼運動側に固有の何か―組織ネットワークや人的継承の残存、訓練された行動様式のようなもの―が浮き彫りになるかもしれません。
たまたまかもしれませんが、保守派の政治家の暗殺事件や暗殺未遂事件もあり、米ソ冷戦の時にはスパイ工作物のエンタメが流行りましたが、米中新冷戦と日本におけるリベラルの少なくとも退潮の中で、今後も物騒な事件が増えるかもしれません。
リベラルの全体像と古層の問題
戦前からの社会主義やら新左翼運動やら、その後のリベラル的な風潮を一括してリベラルと呼んできましたが、世代にせよ来歴にせよ関係がある面もあれば違いもあります。
最近はリベラルが退潮しているように見えますが、欧米の主要な地域で長らくリベラル教育を子供時代から施されてそれが通念になってしまったような社会も多いですし、多かれ少なかれ近代以降の歴史はいろんなものがリベラル的な方向に進んでいるように見えるため、またリベラルが復調することも想定されます。
ただ大きな意味のリベラルの中で、あるいはそれとは違う形で、少数化し、先鋭化し、高齢化した勢力があります。 全体としてのリベラルの動向と、その内部に堆積した古層の運動エネルギーは、別の現象として観察する必要があります。
表層が穏やかでも古層が動くということはあり得ますし、逆もまた然りです。
新冷戦・ハイブリッド戦との接続
現在は新冷戦下ですし、新冷戦に関係なくいつの時代もそうですが、情報戦やハイブリッド戦がいつの時代にもあり、日本の中の古層のリベラル勢力が過激化したり先鋭化したりすることがあるかもしれません。
ここで意識しておきたいのは、こうした古層の運動エネルギーや、それが長年かけて築いてきた既存組織のインフラ―大学、宗教団体、労働組合、出版・言論機関など―は、それ自体として内部から自然に動くだけではなく、外部のアクターから見ても「利用可能な資源」として参照され得るということです。
加入戦術はかつて国内の運動内部の手法でしたが、ハイブリッド戦の時代には、外部国家アクターから見ても同じインフラが利用対象になります。 古層が動いて見える時、それが純粋に内的な力学なのか、外的な働きかけの結果なのか、両者の合成なのかは、外から見分けるのは難しいです。
1970年代でも日本では連続爆破事件とか内ゲバとか暴力事件が普通に起こっていましたので、その時の現役世代は現在も普通に生活して社会活動して、運動から完全には離れていない人も、離れられない人も多いでしょう。
これらの人たちは現代のポリコレで言うところの現代的なリベラルではないかもしれませんが、文字通り血なまぐさい経験をしてきた人たちもいるので、しばらくは治安や身の安全にかかわる事件が起きて、自分に関係する人たちや自分自身の安全に注意するのがいいかもしれません。
危険な時代――衰退するイデオロギーはなぜ過激化するのか
歴史的に見ると、純粋なイデオロギーを持った人や組織は、ときに過激化しやすい。
もちろん、運動が盛り上がっている時期にも危険はある。大衆運動の熱狂、集団心理、正義感の暴走、敵味方の単純化。そういうものは、運動の伸長期にも起こる。
しかし、それとは別に、運動が退潮局面に入ったときにも、独特の危険が生じる。
運動が広がっているとき、人々は外部に向かって語る。仲間を増やそうとし、社会を変えようとし、世論を動かそうとする。ところが、運動が衰退し、社会的支持を失い、若い世代に届かなくなってくると、しばしば運動は内側に向かう。
外部への説得ではなく、内部の純度が重視される。
社会への訴えではなく、仲間内での忠誠証明が重視される。
現実を少しでも動かすことよりも、「まだ自分たちは存在している」と示すことが目的化していく。
この時期の運動は危険である。
なぜなら、社会を変えるだけの力は失っているのに、社会に衝撃を与えたいという欲望だけは残るからである。
多数派を説得できなくなった運動は、少数派の純粋さに逃げる。大きな歴史を動かせなくなった運動は、小さな事件によって歴史に爪痕を残そうとする。そこに、象徴的な暴発、過激な示威行動、内ゲバ、リンチ、脅迫、破壊活動のリスクが生まれる。
これは左翼だけの問題ではない。保守、右翼、宗教運動、民族主義運動、反体制運動、反革命運動のいずれにも起こりうる。問題は思想の中身だけではない。問題は、運動が衰退し、社会との接点を失い、残った構成員だけで純度を競うようになる組織生態にある。
危険なのは、思想を持つことではない。
危険なのは、自分たちの思想だけが歴史の正義であり、それに従わない人間は遅れている、汚れている、裏切っている、と見なし始めることである。
伸長期の過激化と退潮期の過激化
日本で言えば、戦前の社会主義運動や共産主義運動にも、戦後の新左翼運動にも、この問題は見られた。
戦前には治安維持法によって検挙された思想犯がいた一方で、単なる思想運動ではなく、内ゲバ的なリンチ殺人に関与して刑務所に入った人物もいた。思想の純粋性が高まるほど、人間を抽象的な「敵」「裏切り者」「反革命」として扱いやすくなる。
戦後の新左翼運動も同様である。
1960年代から1970年頃までの学生運動は、まだ大衆運動としての勢いを持っていた。大学、労働組合、メディア、文化運動、教会、市民運動など、社会の広い領域に運動が広がっていた。戦前世代や戦争経験世代もまだ社会に多く残っており、戦後民主主義や反戦平和の理念には強いリアリティがあった。
一方で、1960年代の大学紛争を担った学生たちは、戦争も徴兵も直接には知らない世代であった。
もちろん、それが直ちに悪いということではない。むしろ戦争を知らない世代だからこそ、戦争を否定する理念を純粋に掲げることができた面もあっただろう。しかし、直接経験を持たない理念は、しばしば観念的に純化される。
戦争を知る世代の反戦と、戦争を知らない世代の反戦は、同じ反戦でも内実が少し違う。
前者には、身体の記憶がある。後者には、理念の純度がある。
理念の純度は力にもなるが、危険にもなる。
東大安田講堂事件も、連合赤軍の山岳ベース事件やあさま山荘事件も、ある意味では運動の行き詰まりの象徴であった。社会を変える実質的な力が弱まり、運動が方向性を失ったとき、象徴的な占拠や、仲間内の純化や、外部への劇場的アピールが前景化する。
そこには、政治的合理性よりも、運動の自己証明がある。
この構造は、今後も繰り返される可能性がある。
広義のリベラルという複雑な地層
ここでいう「リベラル」は、厳密な政治思想史上の自由主義だけを意味しない。
古典的自由主義、社会民主主義、共産主義、新左翼、戦後進歩主義、現代のポリティカル・コレクトネス的な進歩主義は、本来は別物である。
しかし日本の戦後言論空間では、これらが大学、労組、メディア、教育運動、教会、市民運動などを通じて重なり合い、広義の「革新」「進歩」「反体制」「リベラル」として一つの空気を作ってきた。
本稿では、その違いを承知したうえで、あえて広義のリベラル圏と呼んでいる。
日本だけではなく、世界中の大学は一般にリベラルな傾向を持ちやすい。これは自然な面もある。若者が集まり、知識人が集まり、既存秩序を相対化する学問が営まれる場所では、保守よりも革新や批判の言葉が強くなりやすい。
ただし、それだけではない。
既存の組織に入り込み、その組織の方向性に影響を与える「加入戦術」や「浸透戦術」と呼ばれる方法も、歴史的にはさまざまな運動で用いられてきた。一から組織を作るのは大変である。すでに存在する大学、労組、教会、市民団体、教育団体、メディア、文化団体の中に入り、その内部で影響力を持った方が効率的である。
これは左翼だけが行うことではない。保守でも宗教でも民族運動でも、似たことは起こりうる。
ただ、戦後日本では、大学や一部の労組、教会、市民運動の領域で、広義の左派・革新・リベラル勢力が影響力を持った時期が長く続いた。
東京大学にも、戦後長く共産党系・民青系の影響力が一定程度存在した時期があった。もちろん、東大全体が単一の思想で動いていたわけではない。教員も学生も多様であり、時代によって勢力図も変化している。ただ、東大が戦後日本の左派・リベラル的言論空間において象徴的な位置を占めてきたことは確かである。
大学は思想の場所である。
だからこそ、大学は自由でなければならない。
しかし同時に、大学は思想運動の拠点にもなりやすい。
自由な知の場であることと、特定のイデオロギーの拠点になることは、紙一重である。
教会、市民運動、教育運動
大学以外にも、戦後の革新運動が影響を与えた場所は多い。
その一つが教会である。
日本のキリスト教界、とくに日本キリスト教団のような戦後日本のプロテスタント主流派には、社会運動や平和運動と強く結びついた流れがあった。もちろん、キリスト教そのものが左翼であるわけではない。むしろ保守的な信仰者も多いし、内村鑑三以来の無教会主義のように、日本独自の知的伝統もある。
しかし、戦後のある時期以降、平和運動、反基地運動、反戦運動、市民運動と教会活動が重なり合う場面は確かにあった。
関西の一部の大学や神学系教育機関、東京の神学系大学などでも、そうした運動の影響をめぐる摩擦があったと聞く。
小生もかつてYMCA系の団体で聖書を学んでいたことがある。そのとき、山本七平が保守系の言論人と見なされ、問題視されているような空気を感じたことがあった。
山本七平は、聖書関係の出版社を経営し、内村鑑三系の流れにも関わる評論家であった。彼をどう評価するかは別として、キリスト教の内部でも、信仰そのものというより、政治的立場や歴史認識をめぐって人が分類されることがある。
これは教会にとって健全なことなのか。
信仰が政治を持つことはありうる。むしろ信仰が社会倫理を持つのは自然なことである。
しかし、政治的立場が信仰を上書きし始めるとき、教会は教会ではなく、政治運動の支部のようになってしまう。
これは右でも左でも起こる。
宗教は政治と完全に無関係ではありえない。しかし、宗教が政治運動に従属すると、宗教の持つ深さ、赦し、自己反省、祈り、悔い改めといった部分が痩せていく。
理念が安全管理を上書きするとき
最近、沖縄県名護市の辺野古沖で、平和学習中の船が転覆し、同志社国際高校の女子生徒と、日本基督教団佐敷教会の牧師で抗議船「不屈」の船長でもあった金井創氏が亡くなる事故が起きた。報道によれば、事故は2026年3月16日、普天間基地移設に伴う工事海域付近で発生し、生徒ら計21人が乗船していたという。学校側は第三者委員会を設置し、安全管理体制などを検証する方針を示したと報じられている。
この事故は、政治暴力とは別の問題である。
事故の原因や責任については、今後の検証を待つ必要がある。軽々に政治運動の過激化と結びつけるべきではない。
しかし、ここには別の重要な問題がある。
理念運動が教育、宗教、市民活動、安全管理と絡み合ったとき、理念の正しさが現場のリスク評価を鈍らせることがあるのではないか、という問題である。
「よい目的」のためなら、多少の危険は許容される。
「平和のため」「人権のため」「社会正義のため」「国のため」「信仰のため」なら、普通なら避けるべきリスクも受け入れられる。
こうした空気は、右にも左にも、宗教にも政治にも教育にも生じうる。
問題は目的の善悪だけではない。
どれほど善い目的であっても、現実の安全管理を軽視してよい理由にはならない。
理念は現実を照らすためにある。しかし、理念が現実を見えなくさせることもある。
そこが危ない。
象徴的事件の時代
2026年5月、東京大学の五月祭では、爆破予告により初日の全企画が中止となった。東京大学の公式発表によれば、五月祭常任委員会および特定の企画団体に対して、本郷・弥生キャンパスを爆破するなどの犯行予告があり、警察とも協議したうえで、来場者の安全確保が困難と判断されたという。
その後、翌17日はキャンパス内の安全確認や手荷物検査などを行ったうえで開催されたと報じられている。
もちろん、この事件の犯人や動機は現時点では分からない。特定の政治勢力と結びつけることはできない。
しかし、大学、学園祭、政治的講演、抗議、脅迫、安全管理といった要素が重なるとき、公共空間の脆さが露呈する。
かつて大学は政治運動の主要な舞台であった。
今は当時ほどではないにせよ、大学は依然として象徴的な場所である。
象徴的な場所に対する脅迫は、実際に爆発物があるかどうかとは別に、社会的効果を持ってしまう。たった一通のメール、たった一つの予告で、多くの人が準備してきたイベントが中止され、来場者が退避し、警察や大学が動き、社会がざわつく。
これは現代的な示威行動の一つである。
暴力の実行ではなく、暴力の予告によって社会を動かす。
実体よりも、情報が社会を動かす。
この意味で、現代の過激化は、かつての火炎瓶やゲバ棒の時代とは異なる。情報空間、SNS、メール、匿名性、メディア報道、警備コスト、イベント中止リスクが組み合わさることで、少数者でも大きな社会的混乱を生み出せる。
これは新しい時代の危険である。
古層の運動と新冷戦
戦前からの社会主義運動、戦後の共産党系運動、新左翼運動、全共闘世代、戦後リベラル、現代のポリコレ的進歩主義。これらはすべて同じものではない。
世代も違う。来歴も違う。思想も違う。組織文化も違う。
しかし、互いに重なり合う部分もある。
とくに日本には、戦後の古い革新運動の地層がまだ残っている。新左翼の代表的存在である革マル派や中核派も、かつてほどの社会的影響力はないにせよ、完全に消えたわけではない。組織的な活動をしていなくても、安保闘争世代、全共闘世代、新左翼運動に関わった世代の一部は、いまも市民運動、教育運動、労組、地域活動、宗教活動、反基地運動などに関わっている。
もちろん、その全員が危険であるという話ではない。
多くの人は普通に生活し、普通に老い、普通に社会活動をしているだけである。
しかし、血なまぐさい時代を知っている人たちが、完全に運動から離れていないという事実は、軽く見るべきではない。
1970年代の日本では、連続企業爆破事件、内ゲバ、リンチ、テロ、暴力事件が実際に起きていた。その時代の現役世代は、いまも社会の中にいる。
そして現代は、新冷戦の時代である。
米ソ冷戦期には、スパイ、工作、情報戦、代理戦争、宣伝戦が日常的に存在した。現代の米中新冷戦でも、情報戦、ハイブリッド戦、世論工作、認知戦、サイバー攻撃、社会分断の利用は当然のように行われる。
そのとき、国内の古いイデオロギー運動や、退潮しつつある政治勢力や、行き場を失った活動家集団は、外部勢力にとって利用しやすい接点になることがある。
これは陰謀論ではない。
国際政治において、相手国の内部対立を利用するのは昔から普通に行われてきたことである。
右派も利用される。左派も利用される。民族主義も、反差別運動も、宗教運動も、環境運動も、反ワクチン運動も、反グローバリズム運動も、すべて利用されうる。
重要なのは、「自分たちは正義だから利用されない」と思わないことである。
純粋な正義感ほど、外部から操作されやすい。
リベラルは終わったのか
最近は、少なくとも日本では、リベラルが退潮しているように見える。
ただし、リベラルが完全に終わったと見るのは早計である。
欧米の主要国では、長年にわたってリベラルな教育、価値観、人権意識、多文化主義、反差別思想が子供時代から教え込まれてきた。それはすでに社会の通念になっている部分もある。
また、近代以降の歴史全体を大きく見れば、身分制の解体、個人の自由、女性の権利、少数者の権利、表現の自由、法の下の平等、宗教的寛容など、広い意味ではリベラルな方向に進んできた面がある。
したがって、リベラルは一時的に退潮しても、再び復調する可能性がある。
問題はリベラルそのものが終わるかどうかではない。
問題は、大きな意味でのリベラルの中に、少数化し、高齢化し、先鋭化した古層の運動が残っていることである。
それらは現代の若いリベラルとはかなり違うかもしれない。
現代のポリコレ的リベラル、ジェンダー運動、気候変動運動、多様性運動と、1970年代の新左翼的運動は同じではない。
しかし、反体制、反権力、反資本、反国家、反戦、反基地、反差別といった言葉の周辺で、古い運動と新しい運動が接続することはある。
その接続が健全な議論や社会改革を生むこともある。
しかし、ときに古い過激性が、新しい言葉をまとって再登場することもある。
そこに注意が必要である。
危険なのは思想ではなく、閉じた正義である
繰り返すが、危険なのはリベラルであることではない。
保守であることでもない。
宗教的であることでも、反宗教的であることでもない。
危険なのは、自分たちの理念だけが歴史の正義であり、それに従わない人間を、人間としてではなく、敵、裏切り者、遅れた者、汚れた者として扱い始めることである。
そして運動が衰退するとき、その誘惑は強くなる。
多数派を説得できなくなった運動は、少数の純粋さに逃げる。社会を変える力を失った運動は、象徴的事件によって自己の存在を示そうとする。外に向かって開かれた政治運動だったものが、内側に向かって忠誠を試す共同体になる。
そのとき、運動は社会を変える力ではなく、社会を傷つけ、自分自身をも傷つける力になる。
いま必要なのは、特定の思想を絶対悪として叩くことではない。
衰退しつつある理念運動が、どのように先鋭化し、どのように公共空間の安全を脅かし、どのように外部勢力に利用され、どのように内部で純度を競い始めるのかを、冷静に見ることである。
思想は必要である。
理念も必要である。
正義感も必要である。
しかし、思想が現実感覚を失い、理念が安全管理を上書きし、正義感が他者への敬意を失ったとき、それはもはや思想ではない。
それは、閉じた信仰共同体に近づいていく。
衰退するイデオロギーが危険なのは、力があるからではない。
むしろ、力を失いつつあるから危険なのである。
社会を説得する力を失った運動が、なおも歴史に爪痕を残そうとするとき、時代は物騒になる。
私たちは、思想の内容だけでなく、思想が置かれている時代の局面を見なければならない。
伸びている思想の危険。
勝っている思想の危険。
そして、負けつつある思想の危険。
いま見ておくべきなのは、おそらくこの三つ目である。
危険な時代―衰退しつつあるイデオロギーが過激化する―
【衰退する集団はなぜ過激化するのか】 歴史的に見ると、純粋なイデオロギーを持った人や組織は過激化しやすい傾向があります。どのような運動であっても常にリスクは伴いますが、特に「運動が衰退局面に入った時」に、集団は危険な行動に走りやすくなります。
運動が盛り上がっている伸長期と、退潮期とでは、社会的な逸脱行動のメカニズムが異なります。退潮期には、長年運動に人生を捧げてきたという「サンクコスト(埋没費用)」から後戻りできない心理が働き、心理的な余裕が失われます。人が減っていく中で組織を維持しようとすると、外部への極端な攻撃性を強めるか、あるいは内部での「純化」を求めて内ゲバを起こすなど、閉鎖的な集団特有の病理が露わになるのです。
これは決して左翼運動に限った話ではなく、カルト宗教の末路や一部の極端な右派組織など、あらゆる純粋なイデオロギー集団が衰退期に陥る普遍的な現象と言えます。日本で言えば戦前の運動がそうでしたし、戦後の新左翼運動の退潮期もまさにそうでした。
【大学と宗教を狙った「加入戦術」の歴史】 現代において「リベラル」と総称される左翼、革新、進歩主義的な大衆運動は、1968年頃を境にピークアウトし始めていました。
東京大学は戦前から現在に至るまで共産党の牙城であり、学生自治会も教員もリベラルな傾向が強い空間です。これは東大や一部の大学に限らず、世界中の大学の基本的な傾向でもあります。これには自然発生的な側面もありますが、リベラル勢力による「加入戦術」の成果という側面も見逃せません。
加入戦術とは、既存の組織に構成員を潜り込ませ、内部から乗っ取ったり影響力を行使したりする手法です。一から組織を作るのは膨大な労力がかかりますが、既存の基盤に自分たちのイデオロギーを浸透させるこの方法は、極めて合理的で効率的です。
戦後初期のリベラル・社会主義運動は非常にパワフルでした。当時は運動の伸長期であり、構成員が戦争や徴兵を実体験として知る世代だったことも影響しています。しかし、1960年代の学生運動を担ったのは「戦争も徴兵も知らない子供たち」でした。
彼らの加入戦術は大学空間にとどまらず、意外なところではキリスト教の教会にも及びました。カトリックや独立系の教派よりも、特に日本キリスト教団のような組織がターゲットにされました。関西のK大学やD大学などが拠点にされたことは有名ですし、東京の神学系大学でも同様の混乱があったようです。聖書関係の出版社を経営し、保守派の言論人と位置づけられていた評論家の山本七平氏(内村鑑三系の三代目クリスチャン)の息子さんがその東京の神学系大学の出身でしたが、当時、小生が聖書を学んでいたYMCA系の団体でも、そうした政治的な絡みから問題視する声を耳にしたことがあります。
【行き場を失った熱情と「言葉」の複雑さ】 学生運動がピークを迎えた頃、東大や東大病院の占領は日本共産党によって阻止され、運動は方向性を見失いました。その結果、実質的な意味は薄いもののインパクトだけはある「安田講堂への立てこもり」といった象徴的な行動へと向かいます。その後、連合赤軍事件やあさま山荘事件といった凄惨な内ゲバやリンチ殺人に至りますが、これらも自己アピール的であり、運動としての実質的な価値はありませんでした。
ここで整理しておくべきは「リベラル」という言葉の複雑さです。戦前からの「マルクス主義的な左翼」、60〜70年代の暴力革命も辞さない「新左翼」、そして多様性やポリコレを重視する「現代のリベラル」は、来歴も性質も異なります。しかし、かつての過激な運動の残党が、現代の「リベラル」という言葉の傘の下に同居している複雑さが、事態を見えにくくしています。
戦前の共産党員の中にも、思想弾圧(治安維持法)ではなく内ゲバによる殺人罪で服役した者がいたように、運動が追い詰められれば過激な行動に走るのは、日本に限らず世界共通の現象です。
【新冷戦時代における古層の活性化と新たなリスク】 最近、リベラル勢力は退潮しているように見えます。欧米を中心に子供時代からリベラル教育が施され、それが社会通念となっている地域も多いため、今後また違った形で復調する可能性は十分にあります。しかしその一方で、大きな意味でのリベラルから取り残され、少数化・先鋭化・高齢化した「古層の勢力」が存在しています。
最近、沖縄での船の転覆死亡事故など、活動家が絡む問題が立て続けに起きています。また、かつて共産党が死守した東大の自治会ですが、2026年5月の学園祭では爆破脅迫があり、中止に追い込まれる事態も起きました。こうした出来事は、リベラルの退潮傾向と、行き場を失った過激化のサインかもしれません。
革マル派や中核派といった新左翼の代表格や、組織的な活動はしていなくても全共闘世代にあたる人々は、現在も普通に社会生活を送りながら、運動から完全には離れていない(あるいは離れられない)ケースが多くあります。1970年代には連続企業爆破事件や暴力事件が日常的に起きており、彼らの中には文字通り血生臭い経験をしてきた層も含まれています。
現在は米中を中心とした新冷戦下にあり、情報戦やハイブリッド戦が展開されています。そうした不穏な空気の中で、保守派政治家への暗殺・暗殺未遂事件なども起きています。日本国内に潜伏する古層の過激派勢力が、衰退の焦りから再び先鋭化する可能性は否定できません。
現代のポリコレ的なリベラルとは一線を画す、過去の過激な行動様式を内面化した人々が引き起こす、治安や身の安全に関わる事件。それが今後増えていくリスクを想定し、自分自身や周囲の安全に十分注意を払うべき危険な時代に入っているのかもしれません。
危険な時代 ― 衰退するイデオロギーが過激化するとき ―
歴史的に見て、純粋なイデオロギーを持った人々や組織は、運動が衰退局面に入ると過激化しやすいというパターンがある。 運動が拡大・盛り上がっている時期とは異なる機序でリスクが高まる。余裕がなくなり、現実とのギャップ(認知的不協和)が拡大すると、外部を敵視し「純粋性競争」が激化する。最後のチャンスという焦りも加わるためだ。
日本で言えば、戦前の状況や戦後の新左翼運動の退潮期が典型例である。 現代で「リベラル」と総称される左翼・革新・進歩主義的運動は、1968年頃をピークに大衆運動としては既に下降線をたどり始めていた。
大学は特にその傾向が強い。東京大学は戦前から現在まで共産党の牙城とされ、学生自治会・教員ともにリベラル色が濃い。これは日本だけでなく、世界中の多くの大学で見られる現象である。自然発生的な面もあるが、「加入戦術(Entryism)」による組織乗っ取りの結果でもある。 加入戦術とは、既存の組織に工作員を潜り込ませ、イデオロギーを内部から浸透させる手法だ。一から組織を作るより効率的であるため、長年使われてきた。
戦前・戦後初期のリベラル(左翼・社会主義)運動は、伸長期ということもありパワフルだった。運動員の多くが戦争・徴兵経験者という世代的特徴もあった。一方、1960年代の学生運動は「戦争を知らない、徴兵も知らない子供たち」によるものだった。
大学以外でも、キリスト教団体(特に日本基督教団など)や各種組合が加入戦術の対象となり、影響を受けた。学生運動では、東大安田講堂占拠のような象徴的・パフォーマンス的な行動や、内ゲバ(同志同士の殺傷事件)、あさま山荘事件など、実質的価値に乏しいが社会に衝撃を与える事件が相次いだ。
運動が追い詰められると、思想的な対立を超えた暴力や内ゲバが起きやすい。これは日本に限らず、世界中のイデオロギー運動に共通する傾向である。
ここで言う「リベラル」とは、主に1960-70年代の新左翼・全共闘系とその系譜、およびそれに影響を受けた進歩主義的運動を指す。世代や来歴による違いはあるが、共通した歴史的文脈を持っている。
2026年5月の東京大学五月祭での爆破脅迫により学園祭が中止になった出来事は、まさにこの文脈で象徴的である。
また、革マル派・中核派をはじめとする新左翼諸派は組織的活動を続け、全共闘世代(現在70代後半〜80代前半)の人々も、まだ運動の現場から完全に離れていない。血なまぐさい経験をしてきた世代が高齢化し、組織防衛や最後のアピールとして先鋭的な行動に出る可能性は否定できない。
最近、保守派政治家に対する暗殺・暗殺未遂事件も散見される。米中新冷戦下での情報戦・ハイブリッド戦の影響も考慮すると、今後もしばらく物騒な事件が続く可能性がある。
古典的な加入戦術は今や大学・メディア・NGO・企業内のDEIなど、より洗練された形で進化している。
欧米でも、長年のリベラル教育により「通念」となった価値観が根強く残る一方、Woke運動の一部では支持を失いつつ過激な抗議やキャンセルカルチャーが目立つようになっている。これは左翼に限った現象ではなく、衰退するイデオロギー全般に見られる普遍的な傾向と言える。
もちろん、近代以降の歴史は多かれ少なかれリベラル的な方向に進んできた面があり、状況が変わればリベラルが再び勢いを取り戻す可能性もある。しかし一方で、少数化・高齢化・先鋭化している「古層」の勢力が存在するのも事実だ。
こうした時代だからこそ、冷静な情報収集を心がけ、過度に感情的にならず、自分自身や周囲の安全に配慮することが重要である。