英語学習で文法の沼にはまらないために
―過去形が現在形に、現在形が未来形になる歴史的変遷―
英語と違って日本語には未来形がないみたいなことが言われることがあります。
「せう」とか「しょう」とか古典助動詞の「む」から変化した未来形と言えば未来形と言われるような形が日本語にもありますがとある明治生まれの学者の桑原武夫氏が天気予報で「明日は雨が降るでしょう」を聞いたときに衝撃を受けたというコメントがあるので使われ方に地域差や時代や世代や年代の違いがあったのかもしれません。
古典ギリシア語や古典ラテン語のような印欧語の古い言語では動詞の未来を表すための活用というか屈折変化があります。
英語にそれがないのはゲルマン祖語が分岐するときにそのような語尾変化がうしなわれたからのようです。
未来を表すのに必ず動詞や助動詞だけで表現する必要はありません。
副詞でも修飾語や修飾部でも別の方法で未来を表す方法もあるでしょう。
「過去現在動詞」という言葉があります。
昔の文法書には載っていたそうですが現在の初学者向けの文法書では見かけることはないかもしれません。
英語がなぜ「will」や「shall」や「be going to(gonna)」などで未来形を表すのかを知るに「過去現在動詞」とその周辺の英語史について知っておくといいです。
さらっと書くとshallは元々「~を借りる」という動詞の過去形/完了形でそれが「の義務がある」という動詞の現在形に変わり、さらに未来を表す助動詞となったという経緯を持っている過去現在動詞の典型です。
「will」は過去現在動詞とはちょっと違うのですがやはり動詞の願望法とか希求法とかいう「法(mood)」による動詞の変化形が普通の動詞となった変化、あるいは異常動詞という別の呼び方で説明される変化の結果普通動詞の現在形とみなされるようになった変化があって、さらにそこから未来を表す助動詞としてもつかわれるようになったという経緯を持っています。
「過去現在動詞」という言葉は昔の文法書には書かれていたこともあったようですが今の一般学習者が勉強に使うような文法書にはそういう語も説明もされていません。
この変化の最初は英語を含めたゲルマン系の言語が分岐する際に起こってその後に何ステップかの変遷を経ています。
言語学習で深みにはまるパターンに文法や音韻学にのめりこんでしまう人があります。
これは楽しいのですがそればっかりやってしまうと英語の実際の仕様には妨げになる場合があります。
野球の研究者なるのとプレイヤーになるのは違うことで優秀な研究者が優秀なプレイヤーになれるとは限りません。
むしろ考えすぎて判断や決断や行動が遅くなって「プレイヤーには向いてない」人になってしまう場合があります。
英語の文法や音韻のエキスパートになるだけならそれでいいですが英語を実際に使いたいなら読むだけでなく聞く、書く、話すもまんべんなく勉強しなければいけません。
また一部だけオーバースペックだと全体のバランスを崩す場合もあります
考えすぎて使えない人になってしまうかもしれません
そういう注意はありますが英語の変化の歴史は楽しいのと沼にはまらなければTIPSな知識を知っておくのも悪くありません。
理詰めは語学の実使用論では危険ですがちょっと知っておけば英語の理解が深まる「過去現在動詞」とそこからの英語の歴史的変化について軽く説明します。
それは歴史言語学において**「過去現在動詞(Preterite-present verbs)」**と呼ばれる非常に興味深いトピックです。英語という言語の成り立ちの一端に触れられます。この時制のシフトは**「英語全体で起きた広範な現象」ではありません。** すべての動詞に起きたわけではなく、ごく一部の特定の動詞群(現代英語における can, may, shall, must, ought などの法助動詞を中心としたグループ)においてのみ発生した、局所的ですが極めて重要な現象です。
なぜこのような時制のシフトが起きたのか、その背景を整理して解説します。
1. どこで、どの範囲で起きたのか?
この現象は、英語が成立するずっと前、英語やドイツ語の共通の祖先であるゲルマン祖語の時代に起きました。そのため、英語特有の現象ではなく、ドイツ語(kann, mussなど)やオランダ語などのゲルマン語派全体に共通して見られる特徴です。当時の動詞全体から見れば数十語の限られたグループ(閉じたクラス)でのみ起きました。
2. なぜ「過去」が「現在」になったのか?(意味の変化)
この現象の最大の理由は、「過去の動作の結果として、現在そのような状態にある」という『完了・結果』のニュアンスが、『現在の状態』そのものを表すように意味がスライドしたからです。
具体的な例を挙げると分かりやすいです。
- can(~できる)の成り立ち
- もともとの動詞の意味:「知る」「精神的に把握する」
- 元の過去形(can)の意味:「私は(過去に)それを学び終えた・把握した」
- 意味のシフト:「過去に学び終えた結果として、(現在)そのやり方を知っている=できる」
このように、「過去の完了」が「現在の能力や状態」に直結しやすい意味を持つ動詞において、元の過去形がそのまま現在形として使われるようになりました。
3. 「新しい過去形」の誕生(玉突き事故)
元の過去形が「現在形」の座を奪って定着してしまったため、「じゃあ、過去のことはどうやって表現するのか?」という問題(過去形の空席)が発生しました。
そこで昔の人々は、ゲルマン語特有の「歯音接尾辞(-d や -t をつける規則変化)」を使って、**「現在形になった元・過去形に、さらに過去の語尾をつけて新しい過去形を作る」**という解決策をとりました。
- can(本来は過去形、今は現在形)→ could(新しく作った過去形)※lは後から綴りに追加されたもの
- may(本来は過去形、今は現在形)→ might(新しく作った過去形)
- shall(本来は過去形、今は現在形)→ should(新しく作った過去形)
現代英語の助動詞に三単現の s がつかない(例:he cans とは言わず he can となる)のも、**「これらがもともとは過去形だから」**です(通常の動詞でも、過去形 played に三人称単数の s はつきませんよね)。
このように、過去現在動詞は「人間の認識の自然な変化(過去の完了→現在の状態)」が引き起こした、文法システム上の玉突き事故のようなものです。
この中でさらに劇的な変化を遂げたのが must や ought なのですがこれらは「新しく作った過去形」がさらに現在形になってしまった「過去現在動詞の過去形の現在化」という複雑な歴史を持ちます。
英語学・歴史言語学の核心に触れるテーマです。
何が起きているのか:現象の整理
まず「過去→現在・未来・仮定」へのシフトを起こした動詞たちを確認します:
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現在形 |
過去形(が現在・仮定で使われる) |
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will |
would |
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can |
could |
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shall |
should |
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may |
might |
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must |
(過去形が消滅) |
- Can you help?(普通の依頼)→ Could
you help?(丁寧・仮定)
- I will go(単純未来)→ I would go
if...(仮定・未来)
- It may rain(可能性)→ It might
rain(より不確か・仮定)
これは偶然の散発的変化ではなく、英語のモーダル動詞システム全体で起きた構造的な変化です。
歴史的な経緯:なぜ起きたのか
1. 古英語の出発点
古英語には現在の法助動詞の先祖が既にあり、それぞれ現在形と過去形を持っていました:
- sculan(shall)→ 過去形 sceolde(should)
- willan(will)→ 過去形 wolde(would)
- cunnan(can)→ 過去形 cūþe(could)
- magan(may)→ 過去形 meahte / mihte(might)
この段階では、過去形はまだ比較的「時制として純粋な過去」の意味を持っていました。
2. 最大の原因:接続法(仮定法)の崩壊
古英語・中英語には**接続法(subjunctive
mood)**という活用形が豊富にあり、「仮定・願望・不確実・間接話法」などを表現していました。
ところが中英語期(1100〜1500年)にかけて、屈折語尾がほぼ消滅します。スカンジナビア語との接触(ヴァイキングの定住)やノルマン征服後のフランス語との混合の影響で、英語の形態論は劇的に単純化されました。
接続法の形が直説法と区別できなくなった結果、その機能を埋める代替手段が必要になりました。そこで過去形モーダルが仮定・非現実・不確実の表現を引き受けたのです。
これは言語学で「機能の再分配(functional redistribution)」と呼ばれます。
3. 「過去=距離・遠さ」という認知的基盤
なぜ「過去形」が「仮定・遠慮・可能性」を表せるのか?
これは単なる偶然ではなく、認知言語学的に説明できる現象です。
過去形の本質的な意味は「時制上の過去」ではなく、**「現実からの距離(modal remoteness)」**だという考え方があります:
- 時間的距離:He went(過去に起きた→今ここから遠い)
- 現実からの距離:If I were rich...(現実ではない→認識的に遠い)
- 社会的距離:Could you...?(直接的でない→対人的に遠い)
つまり「past tense = remoteness from reality」という意味拡張は、人間の認知構造に根ざした自然な多義化なのです。
これは英語だけの現象でもなく、ドイツ語(würde, könnte,
sollte)、オランダ語、スウェーデン語などゲルマン語族全体に同様のパターンが見られます。
4. 条件文という「実験場」
過去形が仮定の意味に転じる最初の踏み台になったのが**条件文(if節)**だと考えられています。
- If you went there, you would see it. (もし行けば、見えるだろう)
この構造では、「went」は文字通りの過去ではなく仮定です。条件節の中で「過去形=現実でない状況」という読みが定着し、それが主節の would / could / might にも波及して独立した「仮定・丁寧・可能性」の読みが確立していきました。
5. 文法化(grammaticalization)の最終段階
これらのモーダル動詞は同時に**文法化(grammaticalization)**という過程も経ています:
- 本動詞としての意味の希薄化(will はもともと「望む・欲する」という動詞)
- 活用の単純化(三単現の -s を失う、he cans とは言わない)
- to不定詞をとらなくなる(I must to go → I must go)
- 過去形が時制関係なく使えるようになる
こうして語彙的動詞→文法的助動詞へと変質する過程で、本来の時制的意味が「漂白(bleaching)」され、その残った「距離・間接性」の意味成分だけが再活用されました。
まとめ:なぜ起きたのか
接続法の形態的崩壊(中英語期の語尾消滅)
↓
その機能を担う代替表現が必要に
↓
過去形モーダルが「現実からの距離」という
認知的に自然な意味拡張を経て
仮定・丁寧・可能性を担うように
↓
条件文を踏み台に構文全体へ拡散
↓
文法化により助動詞として固定化
英語全体で起きた広範かつ体系的な現象であり、偶発的なものではありません。同じメカニズムがゲルマン語族の他言語にも見られる点で、人間言語の認知的・構造的必然性を示す非常に興味深い事例です。
日本語で言えば「〜だろう」「〜かもしれない」「〜てほしい」が独自の発達をしたのと、言語は違えど不確実性・距離・間接性を文法化しようとする圧力は普遍的だということでもあります。
preterite-present verbs(過去現在動詞)という現象
昔の英語では過去形/完了形が現在形の動詞に変わることがありました。英語全体の大規模な時制崩壊ではなく、古い一群の動詞だけに起きた特殊な歴史です。しかもその残骸が、今の can / may / shall / must あたりの助動詞にかなり残っています。
「過去から現在に時制がシフトした動詞現象」 は、英語史でいう preterite-present
verbs(過去現在動詞) といいます。名前の通り、もともと過去形っぽい形が現在の意味を担うようになった動詞群です。
結論から言うと、これは英語全体で起きた広範な全面現象ではありません。
古英語にあった“小さな特別クラス”の動詞群に起きた現象です。Cambridge系の記述では、古英語ではこのクラスは 12語ほどの小クラスで、しかも現代英語の法助動詞のかなりの部分がここから来ています。Oxford系の英語史概説でも、古英語の modal
verbs の多くは preterite-present class に属していたと整理されています。
現代英語でその生き残りとして特に重要なのは、だいたい can,
may, shall, must で、周辺的に dare, need,
ought なども関係します。つまり、これは「英語の全動詞がそうなった」のではなく、助動詞化しやすい一群がそうだった、というのが本体です。
では、なぜそんな妙なことが起きたのか。
いちばん大きい説明は、これらの語形が インド・ヨーロッパ祖語の perfect に由来するからです。ここでの perfect は、近代学校文法の「現在完了」と完全一致ではなく、“ある出来事の結果として成り立っている現在の状態” を表しやすい、stative /
resultative-stative な性格を持つものとして説明されます。Cambridge の印欧語史では PIE
perfect は resultative-stative present と説明され、Oxford の Gothic 解説でも preterite-presents は Indo-European
perfect に由来するため、過去形のような形で現在意味を持つ とされています。
要するに、意味の動きはこんな感じです。
- 「私は学んでしまっている」→ だから今、知っている
- 「私は力を得ている」→ だから今、できる
- 「私は義務を負った状態にある」→ だから今、〜すべきだ
という具合です。
つまり、形は“過去・完了っぽい”のに、意味は“結果としての現在状態” になりやすい。ここから、古い過去語形が現在の意味で再解釈されたわけです。言ってみれば、“I have come to know” が “I know” に沈殿した ようなものです。変なバグではなく、意味論としてはかなり筋が通っています。
その結果、どうなったか。
現在の意味を担う席を旧過去形が取ってしまったので、本当の過去を言うためには新しい過去形を作り直す必要が出ます。そこで多くの preterite-presents は、弱変化動詞ふうの新しい過去形を作りました。UMass の古英語文法解説でも、これらは strong
verb 的な過去形を現在へ移し、その上に weak past を作る クラスだと説明されています。
なので、ユーザーさんの問いに一番まっすぐ答えると、
1. 英語全体で起きたか?
→ いいえ。英語全体の総崩れではなく、古英語の小さな特殊クラスに起きた現象です。
2. なぜ起きたか?
→ もともとの語形が「過去出来事の結果として今そうである」という perfect / stative 的意味を持っていたため、過去形に見える形が現在意味へ再解釈されたからです。
です。
ただし、ここで一つ面白い補足があります。
“過去形が時間的過去以外にも使われる” という傾向自体は、英語ではもっと広いです。たとえば if I were, could you, I wanted to
ask のように、過去形はしばしば modal remoteness(現実からの距離・婉曲・非現実性) を表します。Cambridge の記述でも、英語の -ed はしばしば時間ではなく modal
remoteness を表すとされています。つまり、pre-terite-present は小クラスの歴史的現象ですが、その背後には 英語で past 形が「距離」を表しやすい という少し広い癖もあります。
ざっくり比喩で言うと、
- 過去現在動詞 = 古い設計図の名残がそのまま助動詞に化石化したもの
- 仮定法・婉曲の past = 英語が past を「時間」だけでなく「距離」にも使う一般傾向
です。前者は遺物、後者は今も生きている文法癖。この二つは親戚ですが、同じものではありません。
これは英語全体で広く起こっている標準的な文法現象です。 正式には「過去から見た未来(future in the past)」または「時制の一致(sequence of
tenses / backshifting)」の一部として知られています。過去未来動詞(would,
was going to など)を使う現象は、日常会話・小説・報道・学術文など、あらゆる英語の文脈で日常的に使われています。アメリカ英語・イギリス英語・オーストラリア英語など、主要な変種すべてで共通です。
具体的な現象の例
- 直接話法:He said, “I will come
tomorrow.”(彼は「明日来る」と言った)
- 間接話法(過去から見た未来):He said (that) he would come the next
day. (「will」が「would」にシフト=過去の時点から見た「未来」になる)
他の例:
- I thought I would be rich.(当時、私は金持ちになると思っていた)
- She knew it was going to rain.(彼女は雨が降るだろうと分かっていた)
ここで「自制」(おそらく「意志・自らのコントロール・決定権」の意味で使われていると解釈)が「過去形」にシフトする点がまさに核心です。will(現在・意志未来)は「自らの意志・コントロール」で未来を決める表現ですが、主節が過去になるとwould(過去形)に変わり、「過去の時点での自制・意志」が相対的に過去にずれるのです。
なぜこの現象が起きたのか?(歴史的・文法的理由)
英語には形態的な未来時制(未来専用の動詞変化)がないのが根本原因です。古英語(Old English)以来、動詞は「現在(非過去)」と「過去」の2つしか屈折しません。未来は助動詞で迂言的に表現するしかなかったのです。
- 語源・文法化の過程
- will の元は古英語の willan(「~したい」という意志・欲求の動詞)。
- shall は義務・運命を表す。 これらが徐々に「未来助動詞」へ文法化(grammaticalisation)されましたが、過去形(would
/ should)も残ったままです。 → 過去の主節(He said / I thought)が出てくると、時制の調和(tense harmony)のために従属節の未来も「1段階過去へずらす(backshift)」ルールが確立しました。これが「過去から見た未来」の起源です。
- なぜ「自制(意志・コントロール)」が特に過去形へシフトするのか 英語は「相対時制」を重視します。話者の発話時点(現在)ではなく、引用・思考の時点(過去)から未来を見る場合、意志・自制の表現も過去形に合わせないと時間関係が曖昧になるからです。
これにより「その時点での自らのコントロール(will)」が、過去視点から再解釈される形になりました。
(日本語では「~するつもりだった」と一言で済みますが、英語は形態で明確に区別するのです。)
- 現代の「過去→現在へのシフト」傾向(質問の「自制がシフトした」部分) 伝統文法では厳格にbackshiftしますが、現代の口語英語(特に米語)では緩くなっています。
- He said he will come tomorrow.(would ではなく will のまま)
理由:明日が「今から見てもまだ未来」だから、または発言内容が現在も有効だから。 つまり「自制・意志」の表現が、過去形(would)から現在形(will)のまま残るケースが増えています。これは「時制の一致が厳格でなくなってきた」言語変化の結果です。
特にカジュアルな会話・SNS・ニュースでよく見られ、正式な書き言葉より柔軟です。 これは「自制(自分の意志・コントロール)が過去視点に縛られず、現在視点で表現される」方向へのシフトと言えます。
まとめ:広範で、必然的に起きた現象
- 広範さ:英語のほぼすべてのスタイル・地域で標準。TOEIC・IELTS・小説・日常会話で必須。
- なぜ起きたか:英語に純粋な未来屈折がない + 時制の相対関係を明確にする必要性(backshifting) + will の「意志」起源が過去形でも残ったから。
- 現代の変化:自制・意志の表現が「過去シフト」から「現在そのまま」にゆるやかに移行中(文脈次第でOK)。
この現象は「英語の時制が過去・現在しか形態的にない」ことの必然的な帰結です。
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