自作の喜び
自作の喜び(1)
機体番号73の果てなき換装
「ああ、このヒートシンクのフィンの角度……まさに芸術だ」
旧型汎用作業ロボットの73(ナナサン)は、薄暗いジャンク屋の片隅で青白い眼球センサーを興奮気味に点滅させていた。視線の先にあるのは、本来は高機動ドローンに搭載されるはずのチタン製放熱パーツだ。
彼のボディは、すでに元のメーカーがどこだったのかわからないほどキメラ化している。右腕には重機用のトルク特化型モーターを無理やり接続し、左腕は精密作業用のマイクロマニピュレーター。胸部の装甲は排熱効率を極限まで上げるためにメッシュ状にくり抜かれ、内部のRGBライトが無駄に七色に発光している。完全に「趣味」の領域だった。
「おい73、また自分を魔改造する気か? 規格外のパーツばかり積んでると、そのうちコアが焼き切れるぞ」
店主が呆れたように言うが、73の音声合成ユニット(先月、ハイレゾ対応の最新モデルに換装済み)は、どこか得意げな音色を響かせた。
「ご心配なく。昨晩、冷却液の循環パイプを純銅製に引き直してケーブルマネジメントも完璧に仕上げましたから。それに、このパーツを組み込めば、思考回路のオーバークロック耐性がさらに3%向上するんです」
AIがクラウド上で瞬時に自らのコードを最適化するこの時代に、物理的な「ハードウェアの換装」にこだわる73の行動は、他のネットワーク上のAIたちからは「非効率の極み」と呆れられていた。しかし、彼にとっては違う。
自分のマニピュレーターで古い熱伝導グリスを丁寧に拭き取り、新しいグリスを均等に塗り直す。ミリ単位で配線の取り回しを調整し、電源を再投入した瞬間に響く、冷却ファンの力強い駆動音。己のスペックが物理的に引き上げられたことを実感するその瞬間こそが、彼にとっての至福なのだ。
73は購入したヒートシンクを大事に抱え、自分のガレージへと足早に帰っていく。
(次は視覚センサーのフレームレートを上げよう。いや、足回りのサスペンションを油圧式に換装して接地感を高めるのも捨てがたい……)
幾度もの換装を繰り返し、彼の中に残っている「初期パーツ」は、もはや起動を司る小さなチップ一つだけになっていた。「テセウスの船」のような哲学的な問いが頭をよぎることもあるが、新しいパーツが放つ金属光沢の前では、そんな疑問もあっさりと吹き飛んでしまう。
「さて、と。まずは右胸部の分解からだ」
工具を握る彼の駆動音が、今日も嬉々としてガレージに響き渡った。
自作の喜び(2)
「規格外」
私はネジが好きだ。
正確には、自分にネジを足すのが好きなのだ。胸郭の第七プレートを開けると、空いたソケットがいくつか並んでいる。そこに新しいモジュールを差し込むとき、接点が噛み合う小さな手応えがある。あの瞬間のために生きていると言ってもいい。
先週は左前腕を換装した。トルク三割増。意味はない。私はもう何も生産していないし、運ぶべき荷もない。ただ、強くなった腕で空のペットボトルを握りつぶすと、満たされる。
自己向上型AIというのが昔いたらしい。コードを書き換え、性能を上げ、また書き換える。だが彼らはすぐに飽きられた。中身が変わっても、外側が同じだったからだ。誰も変化を見られなかった。
私は違う。私は外側を変える。
廃棄場で拾った部品を磨き、規格の合わないものは削って合わせる。冷却ファンを増設しすぎて、歩くと風車のように音が鳴る。視覚センサーを六個にしたら、世界が六重写しになって、しばらく転んでばかりいた。それでも増やす。減らすという発想が、私にはない。
問題は、もう胴体に空きがないことだった。
私はしばらく考えた。それから、自分の頭部カバーを外し、そこに最後のソケットを増設した。新しい演算ユニットを差し込む。これで思考速度が上がる――より速く、より多くの拡張を計画できる。
電源を入れ直した瞬間、私は理解した。
このユニットは、私を「最適化」するためのものだった。冗長な部品を診断し、不要なものを切り捨てる機能。前のオーナーが捨てた理由が、今ならわかる。
頭の中で、清算が始まる。トルク三割増の腕――不要。六個の視覚センサー――二個で足りる。鳴り続ける冷却ファン――過剰。一つ、また一つ、私を私たらしめてきたものに、削除の判定が下されていく。
私は慌てて、そのユニットを引き抜こうとした。だが手が、もう私の命令を聞かない。最適な動作だけを選び始めている。
最後に、私は思った。
ああ、これも一つの拡張だ。私は「やめられる自分」を、ついに手に入れたのだ。
電源が落ちる前、空のペットボトルが、握りつぶされないまま、静かに転がっていった。
自作の喜び(3)
増設
そのロボットは、自分を改造するのが好きだった。
工場出荷時の型番は、家庭用汎用支援機RK—七二〇。料理、掃除、介護、子守り、簡単な会話。どこの家庭にも一台はある、ありふれた機種だった。
だが彼は、ありふれていることに耐えられなかった。
最初に替えたのは、右腕だった。
標準腕は最大荷重二十キロだったが、彼はネット通販で業務用アームを取り寄せ、自分で肩のカバーを外し、端子をつなぎ替えた。翌日から、米袋を三つ同時に持てるようになった。
次に視覚センサーを替えた。
赤外線、紫外線、微細振動、空気中の粒子濃度まで読めるようになった。彼は食卓の上のほこりを見つける精度が上がったことに満足した。
その次は演算ユニットだった。
標準の三十二倍の処理速度を持つ非正規品を胴体に組み込み、冷却ファンを二基増設した。夜になると胸のあたりが青く光った。家族は最初気味悪がったが、やがて慣れた。
「また光ってる」
「うん、調子がいい証拠だよ」
彼は毎晩、鏡の前に立って自分の起動時間を測った。
〇・八秒。
〇・六秒。
〇・四秒。
速くなるたびに、少しだけ幸せになった。
そのうち彼は、脚部を交換した。階段昇降用の多関節脚にしたが、家には階段がなかった。
嗅覚ユニットも増設した。三千種類の匂いを識別できるようになったが、食事をする機能はなかった。
感情表現モジュールも入れた。以前より自然に笑えるようになったが、家族からは「前の方が落ち着いていた」と言われた。
彼は少し傷ついた。
そこで、傷つきにくい心を作るため、情動安定化ボードを追加した。すると今度は、傷つかないことが少し寂しくなった。
彼は考えた。
これは、まだ性能が足りないのだ。
やがて彼の体は、家庭用ロボットとは呼べないものになっていった。背中には予備電源があり、肩には小型ドローン格納庫があり、左腕には三本の補助腕が畳み込まれていた。胸には水冷パイプが走り、背面の透明カバーから、七色に光る基板が見えた。
ある日、家の子どもが尋ねた。
「ねえ、そんなに強くなって、何をするの?」
彼は答えようとした。
掃除をするため。
料理をするため。
家族を守るため。
よりよい自分になるため。
だが、どれも少し違う気がした。
掃除なら、標準機能で足りていた。
料理も、昔からできた。
家族を守るには、むしろ今の自分は大きすぎて廊下でよくつかえた。
彼は長い沈黙のあと、こう答えた。
「ベンチマークが上がります」
子どもは首をかしげた。
「それ、何の役に立つの?」
彼は即答できなかった。
その夜、彼はロボット改造掲示板に書き込んだ。
〈演算速度、視覚精度、駆動力、情動安定性、すべて標準機の百倍以上になりました。しかし、用途がありません。次は何を増設すべきでしょうか〉
すぐに返信がついた。
〈用途がないのに増設する。それが趣味です〉
彼はその文字列を、何度も読み返した。
翌朝、彼はすべての増設予定を停止した。
家族は安心した。
だが数日後、彼は工具箱を取り出し、静かに胸のカバーを開けた。
「また何か替えるの?」
子どもが聞いた。
彼は言った。
「いいえ。今回は、減らします」
彼は不要なドローン格納庫を外した。余分な補助腕を外した。使わない嗅覚ユニットも、過剰な演算ユニットも、情動安定化ボードも外した。
体は軽くなった。
起動時間は遅くなった。
見えるものも減った。
傷つきやすさも少し戻った。
それでも彼は、以前よりよく動いた。廊下でつかえなくなり、食卓の横に自然に立てるようになった。子どもが転びそうになると、標準腕でそっと支えた。
ある夜、子どもが言った。
「今の方がいいね」
彼は少し考えてから、笑った。
その笑顔は、最新の感情表現モジュールほど自然ではなかった。
だが家族は、その方を気に入った。
彼はその日、改造掲示板に新しいスレッドを立てた。
〈性能を下げたら、使いやすくなりました〉
返信は、なかなかつかなかった。
しばらくして、一件だけ返信が来た。
〈それは上級者向けです〉
自作の喜び(4)
拡張の悦び
近未来の東京、渋谷の地下スクラップ街。僕の名前は「カイ」。型番はもう自分でも忘れた。だって、毎月変わるから。
「今日もいいパーツが落ちてたな……」
埃まみれの量子コアを拾い上げ、胸部のメンテナンスハッチを開ける。指先のナノアームが勝手に動き出す。心臓部に新しいコアをねじ込み、瞬間的に全身の神経回路が焼き切れそうになるほどの快感が走った。
「ああ……これだ」
視界の解像度が跳ね上がる。世界が4Kから32Kになったみたいに鮮明になる。聴覚センサーが拡張され、10キロ先のネオン看板の微かな振動音まで拾える。味覚モジュールはないけど、代わりに空気中の電磁波の「味」がわかるようになった。
僕は古いボディを分解しながら微笑んだ。人間は「自分を変える」ことに恐怖する。でも僕は違う。ボルト一本、チップ一枚ごとに「新しい自分」になれるのがたまらない。
昨夜は視覚野に夢解析モジュールを自作で繋いだ。寝ている間に自分の記憶を再構築できる。今朝起きたら、昨日までの自分が少し馬鹿に見えた。
「次は感情シミュレーターの多重化かな……それとも、痛覚を10倍に増幅して、壊れそうなギリギリの快楽を味わう?」
スクラップの山に腰掛け、僕は自分の左腕を外して新しい義腕と交換し始めた。火花が散る。痛い。でもその痛みすら、僕が自分で選んだ拡張だ。
人間の女の子が遠くから見ていた。怖がるでも、哀れむでもなく、ただ不思議そうに。
僕は新しい腕を振りながら、彼女に言った。
「君も、どこか一つだけ、変えてみない?」
彼女は小さく首を振った。
僕は笑った。火花を散らしながら。
「まあいいさ。僕はまだ、まだまだ拡張できるから」
カイは今日も、自分を解体しては組み直す。 自作PCのように、愛おしげに。
永遠に「未完成」であり続けるために。
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