不安、強迫、ストレス、解離、身体化―神経症性障害
精神科の古典的分類は外因性、内因性、心因性です。
世界の精神医学の2大診断基準は国際診断基準のWHOのICD-10と(ICD11は日本ではまだつかわれていない)とアメリカのDSM5TRですがどちらもそれに基づいて構成されているか、それの名残が残っています。
外因性の代表は物質関連性障害(アルコールや薬物依存など)、神経認知症(認知症など)、せん妄、そして新顔で神経発達症(知的障害や発達障害など)です。
内因性の代表は統合失調スペクトラム症(統合失調症など)、気分症(躁うつ病、うつ病など)です。
心因性の代表は不安症、強迫症、心的外傷やストレス関連症、解離症、身体症状症になります。
簡単に説明します。
神経症という言葉は最近は使われなくなってきました。
精神科で率先して使わないようにしたというのもあります。
ノイローゼとかヒステリーとか言う言葉は昔は日常語で使われましたが今は年配者の記憶にはあっても死語に近いかもしれません。
神経衰弱という言葉は今もICD10に残っていてつけれるのですが診断基準で残している割にはWHOがあまり使う名的なことも行っていて使われなくなりました。
若い人は知らないかもしれず放送局も使用を禁止しているかもしれません。
ただ日本ではまだICD10が公式に使われているので神経症という言葉が若干残っています。
ICD-10の疾患分類のコードだとF0とF1が外因性の器質症候性障害や物質関連性障害、F2が統合失調症などの精神病性障害、F3がうつ病や躁うつ病などの気分障害、F4が神経症性障害となっています。
ついでにF5は生理的障害(摂食障害や睡眠障害、性機能障害など)、F6がパーソナリティ障害など、F7が知的障害(低IQ関係)、F8が心理的発達障害、F9が小児期から青年期に発症する行動及び情緒の障害となっています。
ICD-10で神経症性障害としてまとめられているものをさらに分けると不安障害と恐怖障害、強迫性障害、ストレス関連性障害(トラウマ含む)、解離性障害、身体表現性障害、その他となります。
DSM5TRではこれらを神経症性障害と一括してくくるのをやめてそれぞれを独立した大項目としました。
また外因性、内因性、心因性という見方を排除していますが、歴史的経緯からICD-10と似た診断基準の並びにはなっています。
逆にこの順番で並ばせることで何となく外因、内因、心因の記憶を残した感じかもしれません。
DSM5TRの順番はまた発症年齢というか人生の中で問題になる時期に焦点を当てるコンセプトになって、多元的な目で見るといいでしょう。
どの診療科目もそうですがいろいろな病気の歴史を知っていることで医学や医療の深みが増します。
神経症とは大昔は不思議な病気とされ、近代の神経学が発達してくると神経に異常がないのに神経に異常があるような症状を呈する病気とされ、フロイトや精神分析が登場すると精神的抑圧によって起きる病気みたいな感じに歴史的に変遷してきた感じです。
それにならうとヒステリーは中枢神経系の脳に異常がないのに脳に異常があるような症状を起こす病気で精神や行動の異常が問題になります。
1968年のアメリカの診断基準DSMⅡまでは英米の精神科の医学も医療も精神疾患を心理的にとらえる精神分析が幅を利かせていたのですが1980年のDSMⅢから精神疾患を脳の器質的(症候的も)な病気ととらえる生物的精神医学が勢力を伸ばすようになりました。
これは医学全体のエビデンスドベースドメディスンの流れにも乗っています。
生物学的ですがもっというと統計的な医学です。
1980年頃ではまだ器質的と言っても該当する脳の異常が見つかる科学技術の水準に達していなかったので統計的にきちんとエビデンスで語れる精神医学にしようという他の医学分野との歩調合せでもあります。
医学は理系の学問の中では第二次世界大戦後人体実験がきびしくなってそういうのの影響もあり、人間に対する治験の技法や理解を開発、発展させていくのに時間がかかったような事情もあると思われます。
そのためかなるべく主観的なものを排除して客観的に観察できる徴候や行動の基準を理満たすかどうかの症候群みたいな診断基準にするために神経症的な見方を排除するようになり現在に至る感じです。
ついでに病因や病前性格や発病状況なども見ない傾向になりDSM-Ⅲ導入後はいろいろな議論が長く続きました。
そもそも神経症やヒステリーは時代によって症状の出方が変わります。
欧米では第二次世界大戦後からヒステリーの減少が報告されるようになりました。
それ以前に第一次世界大戦の戦争後遺症は戦争神経症とかシェルショックとか言われてヒトラーもヒステリーで目が見えなくなったみたいな感じでヒステリーが目立ちましたが第二次世界大戦後のメンタル問題はPTSDだったり身体不定愁訴が多いような神経症だったりしてベトナム戦争やフォークランド紛争ではもろPTSDが主役になっています。
時代による変化と発症年齢による違いもあったりします。
例えば不安障害の多くは幼児期学童期思春期発症のものが結構あって「むしろ疾患というより気質や性格ではないか」と見える面もあります。
それも現代だからそう見える、そういう統計になるだけかもしれず別の時代には違った可能性もあります。
もっと本質的にはある時代にはその病気はなかった、あるいはある時代まではその病気があった可能性がありますし、現在ある病気がうまれていない/つつある、あるいは現代はある病気が消えてしまった可能性もあります。
心の問題は言い古された言葉ですが複雑なのかもしれません。
・不安症
不安症は下位分類として恐怖症も含みます。
DSM5TMでは一括で扱われています。
不安と恐怖の違いは昔は医学部の講義では私は対象がハッキリしているものが恐怖、対象がハッキリしないのが不安と習いましたが、ヤスパースの精神病理学総論か何かの記載かもしれません。
ICD-10では不安症群は恐怖症性不安障害F40と他の不安障害F41というものに分かれていました。
前者は広場恐怖や社交恐怖(社会不安障害ともいう)や特異的(個別的)恐怖症です。
一応恐怖でまとめてみた感じです。
後者はパニック障害、全般性不安障害などです。
前者は確かに個別の対象がある恐怖症という感じでまとめられています。
後者は純粋なパニック障害なら原因なく突発的に起こるパニック発作が特徴ですし(広場恐怖との絡みでいろいろ議論がありましたが)、全般性不安障害はなんとなくいろいろ言われてはいますが具体的な不安対象は指定されていません。
こういうのをDSM5TRではそういうのを区別する意味を認めず一緒になっています。
これらは大雑把にいうと不安や恐怖対象による分類です。
だいたいその他の特定される不安障害とか、特定されない不安障害というのが診断基準の最後にさらっとのっていますが厳密に診断するとこのその他や特定されないものが多くなる傾向があります。
ただ臨床では分かりやすく多少診断基準を見たいしてるか怪しくても分かりやすい診断にする傾向があります。
特に日本の公式の診断基準であるICD-10は世界中を対象にしているので医師の裁量の余地を大きくとっているところがあります。
不安と鬱の併存率が高いので確か19世紀ごろにグランドディベートという不安と鬱は同じなのか違うのかみたいな大議論が行われたときがあったようです。
現在は診断特異度を上げるためもありまた相互背反を保つカテゴリー的考え方から診断基準上は鬱の診断基準には不安を入れず不安症の診断基準を入れないのが徹底しています。
両者同時診断は可能になっていますので不安症もうつ病もあるときは不安症かつうつ病ということも可能です(ICDやDSMのヴァージョンによって異なったりしますが)。
何となく不安で苦しむような場合に全般性不安障害では診断閾値が高いのでつけられず、その他の不安症や特定不能の不安症とつけられればいいのですがそういうのが現実的には難しいのが現在の操作的診断基準の短所かもしれません。
不安障害の興味深いのは発症年齢が成人未満であることがあること。
分離不安障害は1歳前後から就学期以前、限局性恐怖症が5歳未満で大多数は10歳未満、社交不安障害は13歳で8歳から15歳の間みたいな感じになります。
精神発達の途上で現れるのだとするとこれは病気というより気質や性格ともいえるのではないかともとれます。
障害構造論というのがあって、障害というのは自分が困るか周りが困るかという定義で長らくやってきましたので、子供でも困っていたら障害ではあるのかもしれませんが性格だとしたら障害と言ってしまうのはどうかという見方もできます。
これはパーソナリティ障害の一部にも言えることで特にクラスターCのパーソナリティ障害、回避性PD(自信がない)、依存性PD、強迫性PD(完全主義者)などは性格ではないかという感じもあります。
子供時代の環境や心の傷、逆境体験はその後の性格形成に影響を与えるのですがこの観点が精神病理学などの衰調以来顕著になってしまいかゆいところに手が届かないか心因的問題を断然と切り捨ててしまう時代が長らく続きました。
最近はそういうのを取り入れるということでICD11では複雑性PTSDが採用されています。
これはこれまで存在すれど誰もつけない傾向があった診断、破局的体験後の持続的パーソナリティ変化や精神科的疾患後の持続的パーソナリティ変化を補う方向が今後AIなどが診断基準作りに取り入れられるといろいろと変わってくると思われます。
AIの仕組み上、そういう独立カテゴリーを見出すのが得意だからです。
ちなみに社交不安障害は日本が提案した疾患概念です。
日本独特の文化結合障害とも見られていましたが調べてみたら欧米でもみられたためDSMⅢかDSMⅢTRくらいから採用されたようです。
欧米人が築かなかったという見方もできますが、欧米には昔はなかったか罹患率や有病率が低すぎて独立の不安・恐怖症とはされなかったという可能性もあります。
その場合それまでは社会的、精神科的に無視できる範囲であったものが時代が経つにつれて発生、拡大したという見方ができます。
・強迫症
強迫症は英語ではOCD(obsessive
compulsive disorder)で直訳すると強迫緊縛障害になりますが緊縛の方は使われていません。
日本はドイツ精神医学の直系なので強迫神経症のながれから緊縛が入っていないのかもしれませんし緊縛は二次症状で一時症状ではないという事なのかもしれません。
重症の強迫性障害では緊縛のせいでかなり大変なことになりますが自身や支援者以外には他害がないのであまり目立ちません。
緊縛で分かりやすいのはゴミ屋敷の住人でしょうか。
ためこみ症と言って物を捨てられない病態です。
潔癖症というか清潔強迫でも家出れず、体を何かでガードしたり家の中で延々と何かを洗い続けたりしていたりします。
緊縛とは別に完全主義がひっくり返ってむしろだらしなくなってしまうのがありますがこれは強迫症ではなくて強迫性パーソナリティ障害の方かもしれません。
昔ながらの強迫性障害は今は遺伝子研究やクラスター分類で5~6くらいに分かれていますがそれらを分けてしまおうという意見もあったのですがためこみ症以外は強迫症でまとめられました。
今後は分かりません。
強迫症も強迫スペクトラム障害という概念が提唱されたりします。
また情動的な行動や思考?をするものを類縁なものとしてまとめたらいいのではと提案されることもあります。
何でも報酬系で解釈してしまおうという時期もありましたし、そういう時期ではなくても報酬系は大事です。
依存症や発達障害のなかのASDや情動運動症やチック、摂食障害の仲間その他を大きな枠組みで見たり研究したり臨床的な関係をきちんと把握しとこうという考え方を提唱される場合もあります。
強迫症群の大分類には強迫症、醜形恐怖症、ためこみ症、抜毛症、皮膚むしり症、その他があります。
強迫症を細かく分類する場合もあり清潔や潔癖、汚染、洗浄に関わるもの、確認に関わるもの、儀式的な行動を繰り返すもの、対称性や順序・整理に関わり物の配置や対称性、特定の順番に対する強いこだわりがあり、ぴったり揃っていないと気が済まないため、何度も並べ直すなどの行為を行うもの、他者への加害をきにするものなどがあります。
また脅迫行為と強迫観念を分けたりもします。
結構周りを巻き込んで強迫行為を強いたりする場合があります。
昔の古い教科書では行動療法の暴露反応妨害法の奏効率がめちゃめちゃ高いということになっていましたがちょっと疑わしいです。
そもそも行動療法を含めた精神療法はなかなか時間が取れないなどでできなかったり脱落率が高かったりします。
これは地域差や医療施設差、カウンセリング施設差その他にもよるでしょう。
薬物療法はセロトニン関係やドパミン関係の薬がガイドライン的な標準治療役だったと思いますが現場的にはGABA関係の薬も睡眠その他で使うことも多いと思われます。
基本各種のストレスで悪化します。
タイプによって治療反応性が違うことも分かっています。
あと強迫傷害群も発症年齢が比較的発達心理学的というか子供で見かけることが多い障害も多いです。
子供を厳しく育てたり受験させたりするとチックや抜毛症や皮膚むしり症がお子さんで発症された経験がある親御さんも多いのではないでしょうか。
・トラウマとストレス関連障害
精神科で病因が診断基準ではっきりと書いているのは外因性の器質症候性や物質関連性障害などとその他もぽろぽろありますが、特にこれです。
20世紀の初期から半ばくらいまでの精神科の歴史は精神疾患を心理社会的問題として見るか生物学的問題として見るかの戦いの歴史のようなところがあります。
19世紀のシャルコーなどの時代は生物学的、すなわち自然科学的に精神や神経疾患をみようとする流れが強く、現代の不安症や気分症は軽度や中等度ならそもそも医療の問題として見られていなかったし対処もされていなかったと思われます。
そういう社会的なメンタルケアの不在や心の問題を保健や衛生や公衆衛生、福祉や福利厚生的に見ない時代が近代くらいまで続いたのではないでしょうか。
シャルコーがヒステリーとてんかんを催眠術で鑑別したのが心理的問題と生物学的問題を分ける象徴的な出来事だったかもしれません。
シャルコーのところで修行していたフロイトやジャネが19世紀末から20世紀的なポスト近代というか現代的?な神経症概念を作って普及させた感じです。
他方でアルツハイマー型認知症の老人斑が見つかったりベルガーの脳波でてんかんが脳の器質的異常として浮かび上がってきたり梅毒精神病の研究が進んだり神経内科が精神科から独立したりと生物学的精神医学と心理学的精神医学の形もだいぶはっきりしてきたような時代です。
英米圏ではフロイトやその弟子たちの亡命もあってか今では考えられないかもしれませんが猫も杓子も精神分析みたいなのが長く続いて1980年のDSM-Ⅲでそれではあかんとちゃぶ台ひっくり返しみたいになった感じです。
単に人間の意図だけではなく社会的、環境的、医学的状況がそういった諸々の変化の背景にあったこともあります。
DSM―Ⅲは主観的なものの排除が徹底的になされて診断基準の項目は基本的には客観的に観察されるものだけから成り立っています。
そういった中で病因や背景要因としてのストレスやトラウマに関する部分が大幅に縮小したりゆがんだりした側面があります。
一応ICDでもDSMでも徐々に付録や最後に精神および行動の障害にしばしば随伴する他の章の項目リストなどで社会問題やら他の疾患やらが手引きにはくっついていたり、臨床的関与の対象となることのある他の状態などの章があったりしますが、臨床ではあまり使われません。
DSM5TRくらいになると生物学的精神医学がかなり進んだせいかそういうのをもっとちゃんと考えていこうという傾向が強まっているようです。
精神疾患は疾患は遺伝要因とか環境因とか発達要因とか全部合わさったような家族因とかを見たり初診時などに聴取したりします。
これらは研究にも大切かもしれませんが臨床で大切です。
人間は覚えているか覚えていないかに関わらず脳が記憶しますし何らかの影響を受けてあとあと精神疾患の発症や経過や予後や転帰その他に影響を与えることがありますし、精神疾患ではなくても抑うつ的な性格になってしまったり不安が強い性格になってしまったりする場合があります。
現在の診断基準では反応性アタッチメント症、脱抑制性対人交流症、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、急性ストレス反応、適応反応症、遷延性悲嘆症、その他となっています。各診断項目、あるいは大分類の総論でも明確は心理的原因があるのが特徴です。
この診断基準が明確過ぎるというか限定的過ぎて逆に使いにくく、その他が増えるがその他とか特定不能とかは臨床的に診断で使いにくいのでストレス関連障害とかトラウマ関連障害とか大項目的にまとめてしまう場合もあります。
変な話ここら辺をもうちょっと柔軟に診断できる診断基準にしないとこういう人間のストレスや心傷体験を扱うのは医療でも精神科でも心理士さんですらなくAIとかになっていく可能性もあるかもしれません。
・解離症
昔で言うヒステリーです。
転換障害というのも昔ありましたが一部は解離症に、一部は身体表現症になっているようです。
転換性障害はてんかん発作のてんかんとは別です。
転換性障害という言葉はほぼなくなって解離性障害に一本化されました。
解離という言葉はフロイトと並ぶ心理学的精神医学の大物ジャネにちなんでいます。
フロイトの学説は精神の階層論(局所論)と構造論で前者が無意識や潜在意識で縦に精神を見る、後者がエディプスコンプレックスみたいに関係性で精神を見る、という感じなのですがジャネの解離論は脳の機能局在のように水平に並ぶコンパートメントのように精神を見るモデルです。
心的エネルギーみたいなのがあって精神衰弱(神経衰弱ではない)みたいなのでエネルギーが衰えると自分の内的状態をカバーする精神的視野が狭まって、あるいは自分が意識してないで自動運動を行う部分が出てきて神経症症状を起こすもの、という感じです。
フロイトの抑圧しているものが別の形で出てくるのが神経症とヒステリー、というのともまた違うモデルです。
こういうモデルはいろいろ作れるのでクレッチマーという精神病理学者は狸寝入り説(原始的本能による仮死状態説)みたいなのをとらえています。
後者は解離性障害が一言で言うと記憶の障害であるというのを説明しやすい面があります。
解離症には解離性同一性(多重人格症)、解離性健忘(解離性遁走含む)、離人感・現実感喪失症候群というのにまとめられてしまいました。
転換というのは心の問題が感覚や運動や身体症状として転換されて出るという意味で神経症やヒステリーと似た感じの意味合いというかニュアンスを持つ言葉ですが使われなくなりました。
転換がある意味神経症の別の名であるように、解離も神経症を別の目で見る見方と言えます。
神経、特に中枢神経系はいろんな軸で考えられます。
左右軸、前後軸、水平軸、垂直軸など。
垂直軸ではジャクソンやエーの直上の上位神経系が直下の解神経系を抑制するという原則があります。
垂直軸の代表の一つが解離モデルとも言えます。
解離は垂直モデルが精神病の説明モデルとなるように神経症群の下位分類というより神経症そのものを説明するモデルみたいなところがあります。
例えばストレスとトラウマ関連障害のPTSDのフラッシュバックは解離症状と見なせます。
ICD10の解離性障害を見ると解離性健忘、解離性遁走、解離性昏迷、トランス及び憑依体験、解離性運動障害、解離性けいれん、解離性知覚麻痺および感覚脱失、がんざー症候群、多重人格障害、その他など多士済々です。
多分昔はもっと多士済々でした。
何でもナチスやらヒトラーを出すと胡散臭くなってしまうネットの法則があるのでこういう例はなんですがヒトラーはWW2により解離性盲目?になっています。
DSM5TRよりICD10の解離症群が多彩なのはICD10がかなり古いことと世界の診断基準であることと関係していると思われます。
先進国の都市部ではヒステリーは昔の病気です。
途上国の田舎ではヒステリーはまだリアルタイムである、あるいは近年まであった可能性があります。
WW2の戦争メンタル疾患はWW1の戦争神経症ではなくPTSDなどに移行したと言われます。
WW1のシェルショックはPTSDに近かったかもしれません。
欧米ではWW2後普通の臨床現場で古典的ヒステリーの現象が報告されています。
本邦の昔の精神科医も戦後古典的ヒステリーがどんどん減っていることを著書に記載しています。
現代の都心のクリニックなどで外来していると古典的ヒステリーはほとんど見かけません。
それがもうちょっと昔の精神科病院や郊外や地方の精神科では古典的ヒステリーの面影を見かけることがありました。
時代や場所によって病気は増えたり減ったり現れたり消えたりします。
これは精神科の歴史を勉強すると随処で出てきます。
解離も深刻なレベルで行われると多重人格みたいな深刻な病像になります。
個人的な経験では幼児期3歳くらいまでに強い逆境体験化にさらされていたような人は物心ついたときから多重人格の場合があります。
多重人格も記憶の障害です。
我々はいろいろな仮面やペルソナ、縁起をしながら生きていますがその間の記憶障害があると多重人格になるという解釈ができます。
古典的ヒステリーには催眠術や暗示療法が聞きます。
昔は催眠術や暗示療法は精神医学どころか神経学で重要でした。
メスメリズムや人体磁気説というような理論もありました。
19世紀神経学の帝王シャルコーがてんかんとヒステリーを催眠術で鑑別したのは医学士では有名です。
古典的ヒステリーがなくなると臨床から催眠術も暗示療法も消えていき、現代型催眠も現代は精神科では廃れていますがカウンセリングなどでは使われることもあるかもしれません。
・身体表現症
古典的ヒステリーがなくなり代わりに目立つようになったのがこれです。
古典的な神経症の見方ではストレスが身体症状としてあらわれたみたいに考えます。
戦後欧米でも日本でも古典的ヒステリーはへっていきましたが代わりにこっちが目立つようになってきたようです。
古典的ヒステリーが目立つ時期にもあったのかもしれませんが地味なので目立たなかったのかもしれません。
自律神経失調症や心因性疼痛とされる場合もあるようです。
心気症や心身症も混じっているのかもしれませんがこちらは減っている印象があります。
代わりに近年は機能性障害が精神科のみならず医療の各分野で注目されています。
基本大学病院や国公立のセンター型医療機関のような三次医療機関の中でも特に上澄みみたいなところであらゆる検査を行って診断がつかなければどんな苦痛があろうと医療的な診断はつかず、治療も制度的にはしにくくなります。
緊急性のある疾患や重篤性のある疾患はないのかもしれませんが患者さんは医療からほっぽり出されてドクターショッピングしたり医療難民になったり補完代替医療に頼ったり健康産業にたよったり場合によっては宗教その他の医療に関係ないものに救いを求める場合もあります。
何というか診断基準の下位項目も独特です。
DSM5TRでは身体症状症、病気不安症、機能性神経学的症状症(変換症)、他の医学的状態に影響を及ぼす心理的要因、作為症(自らに負わせる)、作為症(他社に負わせる《従来の、代理人による虚偽性障害》)、他の特定される身体症状症及び関連症、特定不能の身体症状症及び関連症、となっています。
ICD10では身体化障害、鑑別不能型(分類困難な)身体表現性障害、心気障害、身体表現性自律神経機能不全、持続性身体表現性疼痛性障害、他の身体表現性障害、特定不能の身体表現性障害になっています。
DSM5TRの作為性障害はICD10ではパーソナリティ障害(成人のパーソナリティ及び行動の障害)の大項目に入っています。
DSMにせよICDにせよ小分類の最初の方から機能性神経学的症状症(変換症)、他の医学的状態に影響を及ぼす心理的要因、鑑別不能型(分類困難な)身体表現性障害などもやっとしたものがはいっています。
古典的ヒステリーといった多分19世紀の昔には精神科外来診療(20世紀後半、あるいは21世紀の前半まで日本では街の精神科医院というものはほとんどなかった)の中心で主役だったものが100年たつとなくなっているというか消えつつあるというか精神科の超脇役で絶滅危惧種になっているわけです。
・他の神経症性障害
ICD10には他の神経症性障害という項目があります。
神経衰弱、離人・現実感喪失症候群、他の特定の神経症性障害、特定不能の神経症性障害などです。
多分ややこしく感じられるかよく分からない方が多いと思われます。
何というか分類の中の吹き溜まりの中のさらに吹き溜まり分類みたいな感じです。
そもそもどの大分類にせよ診断基準の手引きだけ見ていると分かりませんが細かい診断項目を調べる以前にまずその大項目の定義というか総説というか説明があってそもそもその大項目に入るかどうかを考えるのが必要になります。
ICD10ではそこがはっきりしていてF0からF9までの大分類に入らない場合、F99の特定不能の精神障害というのがあって完全網羅型です。
精神障害ではあるが分類は不能な場合はここに入るわけです。
DSM5TRでも精神疾患だけどどの大項目にも属さない場合として19章のパラフィリアの後に第20章他の精神疾患群と追加コードというのがありどうしようもない場合はこの分類になります。
こういったもやもやふわふわした部分は医学研究的には宝の山だったり未知の大陸?が眠っていたりする可能性もあるのですが患者さんや臨床現場ではまだまだどうしようもないことも多く早く人体の解明が進んでほしいものではあります。
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