2010年2月28日日曜日

脳と現代思想

脳の下位の階層はホメオスターシスや生体の生理機能をにない、新皮質は論理や言語をにない、その中間の古皮質、原皮質などの辺縁系は状況やコンテクストの知覚(認知というと高次すぎるので)やモダリティー付けをになうとざっくり割り切ってみます。

新皮質は論理や言語、すなわちメタ認知であり、現前を使いこなす、あるいは現前性に使いこなされてしまう部分です。

コンテンポラリズムの主張は、ポスト構造主義、現代論理学、数学基礎論などにより頭を訓練することにより、これらを現代社会の知的基盤とし、人々がこの共通の基盤を習得し教養とすることで、人と人とが誤解なく話を通じさせることができるようにするということです。

合理性、論理性を鍛え、どの公理、原理原則に立って話をしているかを自覚し、話をするときは相手に自分が何の公理に基いて話をしているのかを明確に示すことで、共通のリテラシーを持ったもの同士の間では、はなしを通じさせることができるようになります。

ただ必要な場合にそのように話すことができるオプションを訓練によって身につけておくということになります。

多くの人がそのような素養を持つことで知的基盤が形成されていきます。

これは理屈人間になれということではありません。

ただ合理的・論理的に話すかどうかを最初に明示し、論理的に話すのであれば、現代思想(ポスト構造主義や現代論理学や現代数学基礎論など)の基盤にのっとって話し、論理的に話さないのであればそうであることを相手にはっきり示すと言うことです。

理を用いて話さないときはしばしばあります。

常識に従って、感性にしたがって、芸術の話、官能の話、余暇、恋人との語らい、友達との語らい、情緒や感情の話、神秘主義の話などです。

別に公理的に話さないのは悪いことではありません。

ただそれは明示したほうがよく、また合理的に話すべきシチュエーションでは論理的に話せる訓練を共通のリテラシーとして知的基盤の上に立つためにするのがよく、それができない場合はそのことを率直に示すべきです。

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