2009年12月3日木曜日

経済と情報の問題―経済の問題―

生産力の向上は貧困をなくしてゆきます。
一応強調しておくことは格差と貧困問題は別のことだということです。
大切なのは貧困問題であり、格差というのはそれ単独では問題ではないと思われます。
貧困は実に切実な問題であり人に苦痛を与え悩ませます。
それゆえ貧困は人の自由を奪うための強力な脅しとなる場合があります。
挑戦して失敗すると貧困になるということがフーコー流にいうと強力な装置でした。
あるいは反社会的な行為をすると社会は貧困という刑を与えるのが今までの歴史でした。
どんな場合でも、たとえ失敗しても罪を犯しても社会に逆らっても貧困にならないほど豊かな社会というのは現代主義親和的です。

現在はそのような社会ではなく過渡期だと思われます。
そこでcontemporarism的なものとパラノイド的=modernism的なものが混在する傾向にあると考えられます。
将来もっと豊かな社会になっていくにつれて社会が自由、個人、多様性などが認められるようになる、contemporarism親和的な社会に移行していくと考えられます。
現在は豊かさと貧しさが交じり合うまだらな状況ですので、contemporarismとparanoidismもモザイクをなしていると考えられます。
経済的にcontemporarismを進めていくには豊かになること、すなわち生産性の向上が全てです。
社会の生産力が上がればそれだけcontemporarismが支持される土壌ができていくと考えられます。

貧しい社会はパラノイド親和的です。
おそらく貧しい社会ではパラノイド的であった方がいろいろ都合がよいことが多いのでしょう。
おそらく無理なことを無理やり通そうとして無理な理屈をつけたり妙な正当化をしてしまうシチュエーションが多いためと考えられます。
そのような社会ではむしろ現代主義的な生き方、自由であったり個人主義的であったり多様性を尊重したりすることはいろいろなやり方で壊されたりスポイルされたりします。
それはいいとか悪いとかではなく、その方が貧しい社会ではうまいやり方だったのでしょう。

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