2009年12月1日火曜日

構造化について(2)

構造には広義の意味と狭義の意味がります。
広義の意味では構造内の整合性や一貫性、無矛盾性が保たれている必要はありません。
関係性で規定される体系というだけのことで、別にその体系内で矛盾があることもあり、ダブルスタンダード、トリプルスタンダードである場合もあり、時間とともに変化して姿が変わってもかまいません。
狭義に構造化という場合、公理的な構造をイメージします。
モジュールとして非常にまっとまっており、これらを組み合わせて使ってもいいですが、きちんと独立性などが考えられ、破綻がないように全体で組み合わさっているものです。

構造化は現代思想の大切な問題で特にドゥルーズにおいて大切です。
ドゥルーズ的な行き方をドゥルーズィズムと呼び、そのような行き方をする人をドゥルーズィアンないしドゥルーズィストなどと呼んでみましょう。
情報の科学や技術的観点で考えてみます。
ここでは情報を狭い意味で使ってみます。
元の情報が構造化されていようが構造化されていまいが、それを対象として構造化を行うとそこから新しい構造の意味が生成します。
構造化するとは何らかの原理原則にのっとり、対象/元の情報を構造化し、新しい情報に加工することです。
この場合、元の情報は解体されたという意味と新しい情報が生成されたという意味の両方があります。
まあ片方しかない場合もあるかもしれませんが。
現情報を構造化/情報処理する方法はおそらく数え切れないほどありえます。
どのような原理原則を用いて(考え方といってもいいしフレームワークと言ってもいい)もとの情報を処理するかによって数限りない新しい情報や意味、概念、なんといってもいいですが様々なものが生成します。
対象の情報は一意性ではなく多義性の観点から眺められます。
もちろん必要に応じて一意性の観点から眺めてもかまいません。
意思決定学やプラグマティズム、パラノイディズムによりダイナミックにスピーディーに進んで行きたいときなどは大胆に様々な観点=シゾイディズム性は切り離していくべきときも多いと考えられます。

情報処理、構造化、機械、リゾーム(マルチインターフェイス)その他様々な観点から考えるとドゥルーズを構造主義観点から理解するのはしやすくなります。
また力、欲望と欲望の形、など力と力の発動の形を考察していく必要がドゥルーズをまた別の観点から理解するために必要です。

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