2つの左翼 ―左翼の二重構造―
左翼は大まかに2つあります。
1つは①マルクス、共産主義
もう1つは現在では「リベラル」というほぼ独立した言葉になってしまった現代的リベラリズム。
後者は前者から日和見とかプチブル的正義とか保守反動とか人権主義とか市民活動とか文脈によって言われることもありました。
前者は退潮傾向で、後者は好調な感じです。
後者をイメージするために列挙してみると差別主義、戦争責任、人権、旧植民地人、少数民族差別、戦争や侵略、植民地(議論は分かれる)への贖罪意識、人種差別、部落問題、抑圧、マイノリティ、障碍者差別、フェミニズム、ポリコレ、LGBT、環境問題、ヴィーガン、グリーンピースやシーシェパードなどになります。
前者はシンプルに革命、共産主義社会です。
実は「社会主義」ですら左翼的とは言えない面があります。
そもそも古典的リベラリズムでも市場主義競争経済でも資本主義でも重商主義でも社会政策くらいは行います。
「小さな政府」とは言っても政府を0にしろという右翼も保守派も古典的リベラリストもいません。
政府の役割は「防衛、治安、教育などの最小限なものでいいんだ」と言っても社会保障や福祉を完全に切り離すまで行くのはメジャーではありません。
自由市場主義とかリバタリアンとかミルトン・フリードマンとか言っても本当に政府が防衛や治安や教育しかしなくなったらびっくりするでしょう。
中にはそう主張する人もいるかもしれませんが極端は主流にはなれません。
こういう主張は右翼でもないです。
極端なマルクスレーニン主義が過激化したようにファシズムが単に右翼や左翼で割り切れないようにある方向への急進化とか過激化とか言えるでしょう。
急進的で過激なものが左翼というならこれらも左翼です。
そうすると右翼や中道は「地に足がついた」というか現在位置から漸進的にコツコツ小さい変化を重ねていく勢力ということになり中道は現状の付近での最適化、右翼は昔を理想としてそちらにコツコツと漸進的に復古(例えば王政復古で身分制の復活でフランス革命や啓蒙主義的理念ではないもの)していく勢力になります。
ただ右翼急進派というのもいて地に足をつけて一歩ずつ漸進的に変えていくのではなく、急進的、飛躍して一気に昔に戻ろうとすることと位置付けられます。
結論としては右翼や左翼という言葉はいろいろな次元やレベルの異なる意味を含んでいて区別も厳密な定義も与えられず多くは適当に使われているということになります。
ここでは何かを定義したり整理したりまとめたりするのではなく問題提起としての玄奘を挙げてみました。
以下に左翼の二重構造について説明します。
もっといろいろな重なりや次元というか別角度からの様々な見方で分析できますが2つくらいが分かりやすいと思います。
①
マルクス主義・共産主義
これがあまりにも力を持ちすぎてしまって目立ち過ぎました。
社会主義が無制限な個人主義や自由主義を制限しつつ社会保障や福祉などの社会政策を行い、経済的その他の平等をなるべく達成、あるいは維持しようというのであればこれは例えば自由民主党も社会主義です。
そもそも民主主義である時点で社会主義です。
民主主義は集団主義であってとんがった個人主義や個人的自由を無制限に認める方向には普通はいきません。
そうなる可能性があっても現実にはそうはならないでしょう。
冷戦時代の政権与党の自由民主党も社会保障や福祉を充実させました。
「金持ち3代続けず」が霞が関の官僚たちのスローガンでした。
極端な累進課税や相続税により経済的格差をなくそうとしました。
一億総中流とか護送船団方式とか呼ばれていました。
いろんな産業を政府や通産省が指導するのですが船の船員というのは上下関係は厳しいものの別の意味では平等なところがあります。
船みたいな狭い所で極端な経済格差の具現化はできません。
船長も船員も「同じ釜の飯を食った仲間」みたいなところがあります。
日本は「世界で一番成功した社会主義国」と呼ばれていました。
その間社会党も共産党も一回も政権与党になったことはありませんし、社会党内ゲバで騰勢弱体化して以降は議席の上では自民党の一強体制が統治期間の殆どです。
マルクス主義/共産主義というのは細かい異論は受け入れますしそれも正しいのでしょうがざっくり言えば革命により階級がなく全ての人々が生産手段を共有する共産主義社会を実現する、というだけのものです。
レーニン主義以降のいろいろな試みはこの実現、実装をどうするかの試行錯誤と実務の失敗と成功の連続です。
結果として到達できたのは「共産党の一党独裁体制による排外主義的な国家」で現在のところそれが最終到達点です。
共産主義社会の実現はいまだどの国もどの時代でも達成できておりません。
「共産党の一党独裁体制による排外主義的な国家」から先に進むよりはむしろこの体制で固定しここから先に進もうとする国や人を粛正、弾圧するようになります。
ソ連や中国以外の共産主義を目指している国、冷戦時の東側陣営は冷戦崩壊時にソ連のくびきが外れたので共産主義社会を目指すのかと思いきや資本主義社会になりました。
ソ連も資本主義社会になりました。
中国も資本主義を取り入れました。
現在は反動が進んでいますが現在の中国のことを「国家資本主義」というらしいので資本主義社会なのでしょう。
上海や香港には普通に株式市場があります。
・なぜ多くの人が誤解したのか
現在の左翼はリベラルが目立ちます。
共産党も共産主義者もいるが目立ちません。
共産党が目立ったのは1950年代半ばくらいまでです。
そのあとに共産主義を目指して目立ったのは新左翼です。
60年安保や学園紛争などは新左翼のセクトやセクトに属さない一般人学生、ノンセクラディカルなどが中心で中核派や革マル派や連合赤軍や日本赤軍や全共闘が有名でしょう。
これが1968年をピークに急速に力を失います。
1970年代にも爆弾闘争やハイジャックやテルアビブ空港での銃乱射や山荘ベース事件やあさま山荘事件を起こしましたがこれらが革命につながることはありませんでしたし、実行者たち自体もそれで革命を成し遂げられるかと思っていたかというと多分思っていたのですが「自分たちを客観視できない特殊な心理状態での思い込み」だったのではと思えてしまいます。
彼ら自身が時間が経ってから当時の自分たちを振り返った時にそう思ったのではないでしょうか。
ただこの人たちは真面目に革命と共産主義社会の樹立を目指していたと思われます。
そういう人たち以外は現代的リベラルになりました。
この「リベラル」の人たちは革命や共産主義社会樹立のための活動をしていません。
試行的にも「風が吹けば桶屋が儲かる」式に革命や共産主義社会の樹立に自分たちの行動が役に立つと思っていたのかもしれませんがあくまで間接的ですし悪く言えば人ごとでちょっとや役に立つかもしれないけどもなるようになる的な感覚以上ではなかったと思われます。
この人たちは1970年代ごろに突然現れたわけではないのがポイントです。
結論から言うと戦後GHQにより一度は認められ1947年2.1ゼネストで逆に反共産主義に転じた(といっても内部に多くの社会主義者、ニューディーラーがいたが)共産党(当時は国際共産党である実質ソ連共産党の日本支部)時代から支配層のインテリゲンチャ、党官僚の権力争い、理論や派遣争いにかかわっていたような上層部は知りませんが火葬共産党員は革命や共産主義社会を目指すガチムチイデオロギストもいましたと思いますが多かれ少なかれふんわりした「心情左翼」的心情を多く持つ人たちがたくさんいました。
②
リベラルの特徴をもう一度上げます。
差別主義、戦争責任、人権、旧植民地人、少数民族差別、戦争や侵略、植民地(議論は分かれる)への贖罪意識、人種差別、部落問題、抑圧、マイノリティ、障碍者差別、フェミニズム、ポリコレ、LGBT、環境問題、ヴィーガン、グリーンピースやシーシェパードなどです。
これらは①のマルクスレーニン主義の革命と共産主義化の思想と重ならないように見えるかもしれません。
思想的な意味では全然重ならないのですが、偶然か必然か分かりませんがなぜかテーマが大きく重なります。
反帝国主義、反植民地主義というのがマルクスレーニン主義、あるいはその後のスターリン主義やトロツギー主義が共有しているものです。
これは革命のためにはそれらが邪魔という論理でした。
帝国主義で植民地をもてばその国は革命が起こりにくくなります。
だから邪魔です。
②②のリベラルの人々も帝国主義や植民地支配を悪いことしたなあと罪悪感を持っていました。
これは心情的、道徳的なもので①の革命や社会主義化を阻害するというのとは全然違う理由です。
でも「帝国主義や植民地支配はあかん」というところが同じだったので混戦というか区別がつかないまま分かったつもりになったというかごちゃごちゃなままにしていた、そしてそれを気づかなかった人々が大量にいます。
ごちゃごちゃにしていたどころかそもそも革命や共産主義化の邪魔という考え方自体持っておらず、「帝国主義や植民地化して悪いことしたなあ」という考えしかもっていない共産党員や社会党員、新左翼、ノンセクラディカル、戦後の左翼活動に心情的に共感した人々が大量にいたと思われます。
この「もともとリベラル」の人たちは戦後の革命の時代には意図せず隠れることになったというか表に出てこなかったと思われます。
それに加えて1970年は①革命や共産主義化をあきらめた人や何となく後ろめたくも実際に革命やきゅさん主義化の活動を行う気に何となくなれずに活動を離れた人々が大勢いました。
こういう人々がもともとリベラル的心情を持っていたかどうかは人によると思いますがこの人々が現在のリベラルの基になりました。
実際には程度の差はあれ二重構造だったと思われます。
①マルクス・レーニン主義と②リベラル心情を同じ人たちが程度の違いはあれ同時に持っていたと考えるのが分かりやすいでしょう。
もちろん①が0の人も②が0の人もいたと思いますがそういう人々も一般化して一緒にみます。
これを①’共産・革命・イデオロギーと②’リベラル・道徳・心情の二重構造と呼んでみます。
戦後の前半は①‘が圧倒的に優勢で目立った、戦後の後半は②’が圧倒的に優勢で目立った、という形になります。
実際の世の中の動きはこういう日本人だけの思想とか行動だけでなく、外国勢力の工作、宗教勢力の関与、やくざやマフィアやフィクサーなどの絡みもあってだいぶ複雑になりますがざっくり見るとこの2重構造の軸で戦後史やら現在の政治状況やら現在のリベラルやらポリコレやらの状況を見ると理解がはかどると思います。対象世代は100歳以上ですし60年安保世代も100歳超える人が出てきましたし学生運動世代も後期高齢者になってきました。
世代間の意識の違いやら政党支持率などもこういう見方をちょっとしたうんちくというか雑学というか「現代社会の基礎知識」という本が昔は定期的に発刊されていましたがそんな感じで知っておくとなんかの役に立つかもしれません。