堂島ばけもの算用
第二話 升屋の番頭、鬼を勘定に入れず
寅吉(とらきち)が、夕焼けの中をたったか駆けていく先(さき)は、升屋(ますや)である。 升屋といえば、大坂でも指折りの大店(おおだな)で、ただの米屋・両替屋(りょうがえや)ではない。なにをしている店かというと、これが面白い。──大名(だいみょう)に、金を貸している。 考えてもみていただきたい。刀(かたな)を差した御大名(おだいみょう)が、丸腰(まるごし)の町人(ちょうにん)に、頭(あたま)を下げて金を借りに来る。借りた金が返せぬとなると、今度はその町人が、藩(はん)の勝手向(かってむ)き──つまり財政(ざいせい)のいっさいを、「御勝手御用(おかってごよう)」と称(しょう)して、まるごと預かって、立て直しにかかる。米俵(こめだわら)の上にあぐらをかいた御百姓(おひゃくしょう)が一番(いちばん)えらい、というのが世の建前(たてまえ)であるが、本(ほん)のところは、算盤(そろばん)を弾(はじ)く番頭(ばんとう)が、刀を差した殿様(とのさま)の首根(くびね)っこを、しっかと押さえておる。士農工商(しのうこうしょう)などというお題目(だいもく)が、いかにあてにならぬ作り話か、この升屋ひとつ眺(なが)めればよくわかる。 その升屋に、これまた天下(てんが)に名の知れた番頭がいる。 山片蟠桃(やまがたばんとう)──と、人は号(ごう)で呼ぶが、店(みせ)では「小右衛門(こうえもん)はん」で通っている。蟠桃というのは、唐(から)の言い伝えにある、食えば不老不死(ふろうふし)になるという仙界(せんかい)の桃(もも)の名であって、つまりこの御仁(ごじん)、自分の本職(ほんしょく)である「番頭(ばんとう)」に、ぴたりと音(おん)をひっかけて、「蟠桃(ばんとう)」と洒落(しゃ)れたのである。仙人(せんにん)の桃と、店の番頭とを、しれっと同じ音(おん)で並べて澄(す)ましている。──こういう人を食った洒落(しゃれ)を、まじめくさった仏頂面(ぶっちょうづら)でやってのけるところに、この男の、底(そこ)の知れぬところがある。
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さて、その升屋の立派(りっぱ)な暖簾(のれん)をくぐろうとして、寅吉は、いきなり行(ゆ)く手(て)をふさがれた。 「これ、待ち。待たんかい」 升屋の丁稚(でっち)である。鶴松(つるまつ)とかいって、同じ丁稚でも、こちらは天下の升屋の丁稚(でっち)、片(かた)や鯰屋(なまずや)の使い走り、というわけで、この鶴松、寅吉を上(うえ)から下(した)まで、ねっとりと眺(なが)め回して、鼻(はな)の先(さき)で笑った。 「うちの小右衛門はんに、おまはんみたいな、どぶ鼠(ねずみ)が、なんの用(よう)や。だいたい、その泥(どろ)だらけの足(あし)で、升屋の敷居(しきい)、またげる思(おも)とんのか。出直(でなお)してきなはれ。十年(じゅうねん)ほど」 「どぶ鼠で悪(わる)かったな」と寅吉。「そのどぶ鼠が、お前(まえ)んとこの大事(だいじ)な番頭はんに、火急(かきゅう)の用や。退(ど)け」 「退かんわい」 「退かんか」 「退かん」 水掛(みずか)け論(ろん)である。米市(こめいち)で水をぶっかけられてきたばかりの寅吉が、ここでまた水掛け論をやっている。ところが、ここで寅吉が、ふと思い出して、例(れい)の呪文(じゅもん)を口にした。 「──本間宗久(ほんまそうきゅう)が、来とる」 とたんに、鶴松の顔(かお)から、すうっと、笑いが引(ひ)いた。 申し上げたとおり、堂島じゅうが「本間宗久」と聞けば、いるかいないかも知れぬくせに、とりあえず背筋(せすじ)が寒(さむ)くなる。鶴松も、ご多分(たぶん)にもれず、背筋を寒くした口(くち)である。 「……ほ、本間宗久が、なんやて」 「升屋の番頭はんに、伝(つた)えることがあるそうや。『酒田(さかた)の照(て)る照る、堂島曇(くも)る。蔵(くら)の米(こめ)は、空(から)を売(う)る』てな。──さあ、退け。退かんと、この火急(かきゅう)の用が遅(おく)れたんは、升屋の鶴松が、どぶ鼠の足(あし)を笑(わろ)て突(つ)っ立(た)っとったせいや、と、わし、ちゃんと番頭はんに言うたるからな」 最後(さいご)のひとことが、よく効(き)いた。 奉公人(ほうこうにん)というものは、損(そん)を出すのが、なにより怖(こわ)い。鶴松は、青(あお)くなったり赤(あか)くなったりしたあげく、 「……ま、待っとれ。今(いま)、取り次(つ)ぐ」 と言うが早(はや)いか、奥(おく)へすっ飛(と)んでいった。 間(ま)もなく、寅吉は、升屋の奥座敷(おくざしき)へ通(とお)された。──泥(どろ)だらけの足のまま、である。
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行燈(あんどん)のあかりの下(した)で、一人(ひとり)の男が、帳面(ちょうめん)を繰(く)っていた。 歳(とし)のころは五十(ごじゅう)に手(て)が届くかどうか。痩(や)せて、背(せ)が高く、色(いろ)は黒(くろ)い。これといって偉(えら)そうな身なりはしておらぬが、坐(すわ)っているだけで、なにやら、しんと、座敷(ざしき)の空気(くうき)が引き締(し)まる。手(て)もとには、算盤(そろばん)が一挺(いっちょう)。その玉(たま)を、見るともなしに、ぱちん、ぱちん、と、まるで考え事(ごと)の拍子(ひょうし)を取(と)るように、はじいている。 これが、山片蟠桃である。 「お前(まえ)が、その使(つか)いか」と、蟠桃は、顔(かお)も上げずに言った。「鯰屋の、丁稚(でっち)じゃな。もういっぺん、言(い)うてみい。一字一句(いちじいっく)、たがえずにな」 「『酒田の照る照る、堂島曇る。蔵の米は、空を売る』」 寅吉が言うと、蟠桃は、ぱちん、と算盤の玉を、ひとつ、はじいた。 それきり、しばらく、黙(だま)っている。 ここで、語り手(かたりて)として、ひとつ、面白いことを申し上げておきたい。 昨日(きのう)、浜(はま)のはずれで、あの妖怪(ようかい)じみた爺(じい)さん──本間宗久が、同(おな)じ謎掛(なぞか)けを口にしたとき、寅吉は、さっぱりわけがわからず、ただ背筋(せすじ)を寒(さむ)くした。宗久という男は、相場(そうば)を「人の心(こころ)」で読(よ)む。皆(みな)が信(しん)じればそれが相場(そうば)じゃ、嘘(うそ)でも皆が信じれば米(こめ)が動(うご)く──と、そういう、なんとも掴(つか)みどころのない、血(ち)の通(かよ)った、生(なま)あたたかいことを言う。あの爺さんが惚(ほ)れておるのは、相場という大(おお)きな生き物の、どくどく脈(みゃく)打つ、熱(あつ)い血(ち)のほうである。 ところが、この蟠桃という御仁(ごじん)は、ちがう。 同(おな)じ謎掛けを聞(き)いても、この男は、背筋(せすじ)を寒くしたりはせぬ。算盤(そろばん)を引(ひ)き寄(よ)せる。──蟠桃が惚れておるのは、相場という生き物の、もっと奥(おく)にある、ごりごりと硬(かた)い「骨(ほね)」のほうだ。米(こめ)の出来(でき)、藩(はん)の台所(だいどころ)、舟(ふね)の費(つい)え、銀(かね)の利(り)、誰(だれ)がいくら借(か)りて、誰がいくら儲(もう)けたか。そういう、勘定(かんじょう)の通った、揺(ゆ)るがぬ骨組(ほねぐ)みのほうを、この男は、惚れ惚(ぼ)れと、撫(な)でさするのである。 血(ち)を読む宗久と、骨(ほね)を読む蟠桃。 であるから、世間(せけん)には、よく、こういう誤解(ごかい)がある。──「血(ち)を読む山師(やまし)・宗久は、相場(そうば)が好(す)きな男。骨(ほね)を読む堅物(かたぶつ)・蟠桃は、相場なんぞ嫌(きら)いで、米や物(もの)の実(じつ)だけを尊(たっと)ぶ男」だと。 とんでもない、と、私(わたし)は声(こえ)を大(おお)にして申し上げたい。 この蟠桃という男ほど、相場(そうば)と市(いち)を、心(こころ)の底(そこ)から愛(あい)し、敬(うやま)っておる者はない。あの男はのちに『夢(ゆめ)の代(しろ)』という書物(しょもつ)を著(あらわ)して、その中(なか)で、将軍家(しょうぐんけ)のお膝元(ひざもと)たる江戸(えど)を、「あんなものは、ただ食(く)うて捨(す)てるだけの、なんも生(う)まぬ田舎(いなか)じゃ」と、けろりと言い切(き)った。市(いち)が立(た)って物(もの)が動(うご)く下関(しものせき)や尾道(おのみち)のほうが、よほど上等(じょうとう)じゃ、とまで言うた。物(もの)の値(ね)というものは、お上(かみ)が「これこれの値(ね)にせよ」と力(ちから)ずくで決(き)めるものではない。市場(いちば)が、おのずからの理(ことわり)で──まるで目(め)に見(み)えぬ手(て)にでも導(みちび)かれるように──ひとりでに、釣(つ)り合(あ)うところへ落(お)ち着(つ)く。だからお上は、よけいな口(くち)出(だ)しをせず、市場(いちば)の honesty(しょうじき)を信(しん)じておればよい、と、こう説(と)いた男なのである。 つまり、宗久(そうきゅう)が、相場(そうば)の「嘘(うそ)」を喰(く)って銭(ぜに)に換(か)える男だとすれば、蟠桃(ばんとう)は、相場(そうば)の「正直(しょうじき)」を、神(かみ)のごとくに信(しん)じておる男だ。 二人(ふたり)とも、相場(そうば)に惚(ほ)れておる。ただ、惚れた女(おんな)の、どこに惚れたかが、まるでちがう。──そう思(おも)って読(よ)んでいただくと、これからの話(はなし)が、ぐっと面白(おもしろ)くなる。
さて、その「相場(そうば)の正直(しょうじき)」を信(しん)じる男が、しばらく算盤(そろばん)をはじいたのち、ぽつりと言った。 「──宗久(そうきゅう)の爺(じい)さんが、ほんまに来とるとは、思(おも)わなんだ」 「ほな、本間宗久(ほんまそうきゅう)て、ほんまにおるんか」と寅吉。 「おる、と言(い)えば嘘(うそ)になり、おらぬと言うても嘘(うそ)になる」蟠桃は、薄(うす)く笑(わら)った。「あの爺(じい)さんは、そういう男(おとこ)じゃ。──じゃが、坊(ぼん)。この謎掛(なぞか)け、中身(なかみ)は、たいして謎(なぞ)でもないぞ」 「えっ」 「ええか」蟠桃は、算盤(そろばん)の玉(たま)を、すっと、いっぺんに、はらった。「『蔵(くら)の米は、空(から)を売る』──これはな、どこぞの御藩(ごはん)の蔵屋敷(くらやしき)が、蔵(くら)にありもせぬ米(こめ)を担保(かた)にして、米切手(こめきって)ばかりを、刷(す)りすぎとる、ということじゃ」 米切手(こめきって)、というのは、ここでひとこと申し添(そ)えておくと、藩(はん)の蔵屋敷(くらやしき)に、「米が何石(なんごく)、たしかに預(あず)かってあります」という、いわば米(こめ)の預(あず)かり証文(しょうもん)である。これが大坂(おおさか)では、まるで小判(こばん)か銀(ぎん)のように、人(ひと)の手(て)から手へ、ぐるぐると回(まわ)って、立派(りっぱ)な財産(ざいさん)として通用(つうよう)する。──ところが。 「蔵(くら)に千石(せんごく)しか米(こめ)が無(の)うても、切手(きって)は三千石(さんぜんごく)ぶん刷(す)れる。四千石(よんせんごく)ぶんでも刷(す)れる。紙(かみ)と墨(すみ)があればええんやからな」蟠桃は、いとも事(こと)も無げに言う。「皆(みな)が、いっぺんに『米(こめ)をくれ』と蔵(くら)へ押(お)しかけさえせなんだら、足(た)りぬことは、ばれぬ。──じゃが、そんな無理(むり)が、いつまでも続(つづ)くか。続(つづ)かん。どこかで、ぱちん、と弾(はじ)ける」 「……それ、宗久(そうきゅう)の爺(じい)さんも、おんなじこと言(ゆ)うとったわ」と寅吉。「ぱちんと弾(はじ)けたら、堂島(どうじま)に、見(み)たこともない地獄(じごく)が見(み)える、てな」 「言(ゆ)うとったか」蟠桃は、ふん、と鼻(はな)を鳴(な)らした。「あの爺(じい)さんは、その地獄(じごく)を、銭(ぜに)に換(か)えに来(き)とる。──わしは、ちがう」 そう言うと、蟠桃は、はじめて、まっすぐに寅吉(とらきち)の顔(かお)を見(み)た。その目(め)が、行燈(あんどん)のあかりを受(う)けて、静(しず)かに光(ひか)っている。 「ええか、坊(ぼん)。市(いち)というものはな、嘘(うそ)を、いつまでも、つき通(とお)せはせん。あの蔵(くら)が空(から)じゃと、市(いち)は、もう薄々(うすうす)、感(かん)づいておる。なんでわかる、と思(おも)うか」 「……知(し)らんわ」 「値(ね)じゃ」蟠桃は言った。「その御藩(ごはん)の米切手(こめきって)だけ、ほんのちょびっと、安(やす)う取引(とりひき)されとるはずや。額面(がくめん)より、安(やす)うな。皆(みな)、口(くち)では何(なに)も言(ゆ)わん。言(ゆ)わんが、銭(ぜに)を出(だ)すときには、正直(しょうじき)になる。誰(だれ)も、『この切手(きって)は危(あぶ)ない』とは口(くち)に出(だ)さんが、値(ね)が、こっそり、それを言(ゆ)うとる。──市(いち)というのは、人(ひと)よりよっぽど正直(しょうじき)な、たいした生(い)き物(もの)じゃ」 寅吉(とらきち)は、ぽかんとした。 ぽかんとしたが、なんとなく、この骨(ほね)を読(よ)む番頭(ばんとう)の言(ゆ)うことのほうが、血(ち)を読(よ)む爺(じい)さんの言(ゆ)うことより、まだしも、頭(あたま)に入(はい)ってくる気(き)がした。なにしろ、こちらは、「値(ね)」という、目(め)に見(み)える物差(ものさ)しがある。
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ここで、その「どこぞの御藩(ごはん)」の名(な)を、はっきり書(か)いてしまいたいところだが──やめておく。 実在(じつざい)の御藩(ごはん)の名(な)を出(だ)すと、後(のち)の世(よ)のご子孫(しそん)から、「うちのご先祖(せんぞ)を、なんと心得(こころえ)る」と、苦情(くじょう)が舞(ま)い込(こ)んでもかなわぬ。ゆえに、ここでは仮(かり)に、その御藩(ごはん)を、「空木藩(うつぎはん)」としておく。──いや、藩(はん)の名(な)にまで「空(から)」の字(じ)を入(い)れてしまうのは、いかにも私(わたし)の趣味(しゅみ)が悪(わる)い。悪(わる)いが、覚(おぼ)えやすかろうと思(おも)って、わざとそうした。読者(どくしゃ)諸氏(しょし)、どうか、この戯作者(げさくしゃ)の浅(あさ)はかさを、お笑(わら)いくだされ。 その空木藩(うつぎはん)の米切手(こめきって)が、いま、どれだけ、どこに、出回(でまわ)っておるか。 それを知(し)らねば、蟠桃(ばんとう)とて、骨(ほね)の在(あ)り処(か)が掴(つか)めぬ。 「坊(ぼん)」蟠桃は言った。「お前(まえ)んとこは、鯰屋(なまずや)じゃな。けちな仲買(なかがい)ほど、こういう、安(やす)う出回(でまわ)っとる切手(きって)を、『掘(ほ)り出(だ)し物(もの)じゃ』と喜(よろこ)んで、せっせと買(か)い込(こ)む。──帰(かえ)って、お前(まえ)んとこの旦那(だんな)が、ちかごろ、どこぞの御藩(ごはん)の切手(きって)を、安(やす)い安(やす)いと、抱(かか)え込(こ)んどらんか、確(たし)かめてみい。もし、抱(かか)え込(こ)んどったら──」 蟠桃は、そこで、ふっと、言葉(ことば)を切(き)った。 その先(さき)を言(い)わなんだのが、かえって、寅吉(とらきち)の背筋(せすじ)を、ぞっと、冷(ひ)やした。
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鯰屋(なまずや)へ戻(もど)ると、案(あん)の定(じょう)、というべきか、店(みせ)の奥(おく)から、旦那(だんな)の利兵衛(りへえ)の、上機嫌(じょうきげん)な声(こえ)が、もれていた。 「いやぁ、ええ買(か)いもんした。ええ買(か)いもんしたで」 覗(のぞ)いてみると、利兵衛(りへえ)が、米切手(こめきって)の束(たば)を、それはもう、子(こ)を抱(だ)くように胸(むね)に抱(かか)えて、にやにやしている。利兵衛という男(おとこ)、人(ひと)は悪(わる)うないが、これがまた、おそろしく算盤(そろばん)が甘(あま)い。安(やす)い、と聞(き)けば、後先(あとさき)考(かんが)えず飛(と)びつく。鯰屋(なまずや)の身代(しんだい)が、ちまちまと痩(や)せていく原因(げんいん)は、九分九厘(くぶくりん)、この旦那(だんな)の「安(やす)い物(もの)好(ず)き」にある。 「旦那(だんな)はん」と寅吉(とらきち)。「それ、どこの切手(きって)だす」 「おう、寅(とら)。聞(き)いて驚(おどろ)け。空木藩(うつぎはん)の米切手(こめきって)が、額面(がくめん)より、まるまる一割(いちわり)も、安(やす)う出(で)とったんや。一割(いちわり)やぞ、一割(いちわり)。こんな掘(ほ)り出(だ)し物(もの)、めったにあるかい。ありったけ、買(か)うたった」 寅吉(とらきち)の、顔(かお)から、すうっと、血(ち)の気(け)が引(ひ)いた。 ──額面(がくめん)より、一割(いちわり)、安(やす)い。 市(いち)が、こっそり、正直(しょうじき)になっとる、と、蟠桃(ばんとう)は言(ゆ)うた。誰(だれ)も口(くち)では言(ゆ)わんが、値(ね)が言(ゆ)うとる、と。 つまり、この一割(いちわり)安(やす)は、「掘(ほ)り出(だ)し物(もの)」では、ない。市(いち)が、薄(うす)目(め)を開(あ)けて、「その蔵(くら)、空(から)とちがうか」と、こっそり囁(ささや)いておる、その囁(ささや)きの、声(こえ)の大(おお)きさなのである。 それを、よりにもよって、うちの旦那(だんな)が、ありったけ、抱(かか)え込(こ)みやがった。 「旦那(だんな)はん、それ──」 「やかましわ、寅(とら)。お前(まえ)に相場(そうば)のなにがわかる。九九(くく)も言(い)えんくせに」 と、利兵衛(りへえ)が、上機嫌(じょうきげん)のまま、寅吉(とらきち)の頭(あたま)を、ぽかりと小突(こづ)いた、そのときである。 帳場(ちょうば)の奥(おく)から、ぴしゃり、と、鋭(するど)い声(こえ)が、飛(と)んできた。 「お父(と)っつぁん。その切手(きって)、いったい、なんぼ買(こ)うたんや」
声(こえ)の主(ぬし)は、帳場格子(ちょうばごうし)の中(なか)で、これまた算盤(そろばん)をはじいていた、一人(ひとり)の娘(むすめ)である。 お駒(こま)、という。鯰屋(なまずや)利兵衛(りへえ)の、一人娘(ひとりむすめ)で、歳(とし)は十六(じゅうろく)。 この娘(むすめ)が、また、とんでもない。 父親(ちちおや)の利兵衛(りへえ)が、算盤(そろばん)が甘(あま)いぶん、神様(かみさま)は帳尻(ちょうじり)を合(あ)わせなさったとみえて、この娘(むすめ)に、おそろしいほどの、算盤(そろばん)の才(さい)を授(さず)けてしまわれた。お駒(こま)の指(ゆび)にかかると、算盤(そろばん)の玉(たま)が、まるで生(い)き物(もの)のように、ぱらぱらぱら、と鳴(な)って、どんな込(こ)み入(い)った勘定(かんじょう)でも、瞬(またた)く間(ま)に、答(こた)えが出(で)る。鯰屋(なまずや)の、ほんとうの帳面(ちょうめん)は、阿呆(あほ)な父親(ちちおや)ではなく、とうの昔(むかし)から、この娘(むすめ)が、裏(うら)で、ぴしりと締(し)めておる。 ただし、口(くち)が、悪(わる)い。 「九九(くく)も言(い)えん寅(とら)に、相場(そうば)のなにがわかる、て、お父(と)っつぁん」お駒(こま)は、算盤(そろばん)から目(め)も上(あ)げずに言った。「そら、わからんやろ。けど、九九(くく)が言(い)えるはずのお父(と)っつぁんが、なんで、市(いち)が一割(いちわり)も値(ね)を引(ひ)いとる切手(きって)を、『掘(ほ)り出(だ)し物(もの)』や思(おも)て、ありったけ抱(かか)え込(こ)むんや。九九(くく)が言(い)えても、わからんもんは、わからんのやな。ようわかったわ」 「な、なんやと、お駒(こま)」 「寅(とら)」お駒(こま)は、はじめて顔(かお)を上(あ)げて、寅吉(とらきち)を見(み)た。その目(め)が、利兵衛(りへえ)とは似(に)ても似(に)つかぬ、きりりと、よく切(き)れる目(め)だ。「あんた、いま、どこ行(い)て、何(なに)、聞(き)いてきた。顔(かお)に、書(か)いてあるで。──お父(と)っつぁんが、なんぞ、えらいもん、踏(ふ)んだんやろ」 寅吉(とらきち)は、思(おも)わず、唾(つば)を、ごくりと呑(の)んだ。 九九(くく)も言(い)えぬ自分(じぶん)が、たまたま、本間宗久(ほんまそうきゅう)と山片蟠桃(やまがたばんとう)という、二人(ふたり)の怪物(かいぶつ)から、たてつづけに同(おな)じ秘密(ひみつ)を聞(き)かされ、そして今(いま)、目(め)の前(まえ)には、三人目(さんにんめ)の──こちらは小(ちい)さな、けれども、おそろしく切(き)れる、算盤(そろばん)の化(ば)け物(もの)が、いる。 血(ち)を読(よ)む爺(じい)さん。骨(ほね)を読(よ)む番頭(ばんとう)。そして、その骨(ほね)の、いちばん細(こま)かな目盛(めも)りまで読(よ)んでしまう、この娘(むすめ)。 ──どうやら、この鯰屋(なまずや)の、けちな店先(みせさき)に、天下(てんが)を揺(ゆ)るがす「米(こめ)のない蔵(くら)」の、いちばん危(あぶ)ない切れ端(はし)が、知(し)らぬ間(ま)に、舞(ま)い込(こ)んできてしまったらしい。 寅吉(とらきち)は、覚悟(かくご)を決(き)めて、口(くち)を開(ひら)いた。 「お駒(こま)はん。──ちょっと、込(こ)み入(い)った話(はなし)が、あるんや」
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さて、ところ変(か)わって、その晩(ばん)の、升屋(ますや)。
奥座敷(おくざしき)では、山片蟠桃(やまがたばんとう)が、ただ一人(ひとり)、行燈(あんどん)のあかりの下(した)で、何冊(なんさつ)もの帳面(ちょうめん)を、畳(たたみ)いっぱいに広(ひろ)げて、難(むずか)しい顔(かお)をしていた。 空木藩(うつぎはん)の、知(し)れたかぎりの石高(こくだか)。蔵屋敷(くらやしき)の、おおよその蔵(くら)の数(かず)。回(まわ)っておるとおぼしき、切手(きって)の見当(けんとう)。──それらを、銀(ぎん)の匁(もんめ)に直(なお)し、石(こく)に直(なお)し、ぱちん、ぱちん、と、算盤(そろばん)に乗(の)せていく。ちなみに、ここ大坂(おおさか)では、勘定(かんじょう)はすべて、銀(ぎん)の目方(めかた)、すなわち匁(もんめ)でする。江戸(えど)は、金(きん)じゃ。「東(ひがし)の金遣(かねづか)い、西(にし)の銀遣(ぎんづか)い」と申(もう)してな、同(おな)じ日(ひ)の本(もと)の国(くに)でも、東(ひがし)と西(にし)とでは、銭(ぜに)の数(かぞ)え方(かた)からして、まるでちがうのである。 「……合(あ)わぬな」 蟠桃(ばんとう)は、つぶやいた。 「どう転(ころ)んでも、合(あ)わぬ。あの蔵(くら)から出(で)てよい切手(きって)の数(かず)と、現(げん)に出(で)回(まわ)っとる数(かず)とが、まるで、合(あ)わぬ。これは──」 と、そこまで言(い)って、蟠桃(ばんとう)は、ふと、口(くち)をつぐんだ。 行燈(あんどん)のあかりが、ふっと、ひとつ、揺(ゆ)れた。 誰(だれ)も、いないはずの、座敷(ざしき)の隅(すみ)で。
「──無鬼(むき)、と申(もう)すはな」 と、声(こえ)が、した。 しずかな、けれども、よく通(とお)る、若(わか)い男(おとこ)の声(こえ)である。 「無鬼(むき)と申(もう)すは、鬼(おに)がおらぬ、という意味(いみ)では、ない。鬼(おに)を、勘定(かんじょう)に、入(い)れぬ──という、肚(はら)の据(す)わりのことじゃ。ちがうか、小右衛門(こうえもん)どの」 蟠桃(ばんとう)は、算盤(そろばん)から、目(め)を、上(あ)げなかった。 上(あ)げぬまま、ぴしゃりと、こう言(い)った。 「……どなたか存(ぞん)ぜぬが、この刻限(こくげん)に、人(ひと)の店(みせ)に上(あ)がり込(こ)むとは、無作法(ぶさほう)な。それに、あいにくと、わしは、鬼(おに)も、幽霊(ゆうれい)も、信(しん)じませぬ。──ゆえに、あんたは、おらぬ」 「おらぬ者(もの)と、ようも、まあ、喋(しゃべ)るな」と、声(こえ)が、くつくつと笑(わら)った。 「独(ひと)り言(ごと)でござる」と、蟠桃(ばんとう)。 座敷(ざしき)の隅(すみ)の闇(やみ)が、ゆらりと、人(ひと)の形(かたち)に、なった。 痩(や)せた、青白(あおじろ)い、まだ若(わか)い男(おとこ)である。歳(とし)のころは、三十(さんじゅう)を、出(で)たか、出(で)ぬか。だが、その目(め)だけが、もう何百年(なんびゃくねん)も、ありとあらゆる書物(しょもつ)を読(よ)み尽(つ)くしてしまった老人(ろうじん)のように、底(そこ)が、深(ふか)い。 この男(おとこ)、五十(ごじゅう)年(ねん)も前(まえ)に、わずか三十一(さんじゅういち)で、この世(よ)を去(さ)った、大坂(おおさか)の醤油屋(しょうゆや)の倅(せがれ)。仏(ほとけ)の経(きょう)も、儒(じゅ)の教(おし)えも、後(あと)の世(よ)になるほど、言葉(ことば)が、あとから、あとから、足(た)し込(こ)まれて、ふくれ上(あ)がっていくものだ──と、そういう、おそろしく剣呑(けんのん)なことを見抜(みぬ)いて、世(よ)の学者(がくしゃ)どもを震(ふる)え上(あ)がらせた、町人(ちょうにん)学者(がくしゃ)。 名(な)を、富永仲基(とみながなかもと)、という。 その、五十(ごじゅう)年(ねん)前(まえ)に死(し)んだはずの男(おとこ)が、いま、鬼(おに)も幽霊(ゆうれい)も信(しん)じぬと言(い)い張(は)る、当代(とうだい)一(いち)の合理(ごうり)の番頭(ばんとう)の、すぐ枕元(まくらもと)に、ちんまりと、坐(すわ)っている。 「小右衛門(こうえもん)どの。お前(まえ)さまは、骨(ほね)を、読(よ)む」と、富永仲基(とみながなかもと)は言(い)った。「蔵(くら)の石高(こくだか)、切手(きって)の数(かず)、銀(ぎん)の匁(もんめ)。合(あ)う、合(あ)わぬ。──結構(けっこう)じゃ。じゃがな、お前(まえ)さまの、その立派(りっぱ)な帳面(ちょうめん)には、どうしても、載(の)らぬものが、一(ひと)つだけ、ある」 「……何(なに)が、載(の)らぬと」と、蟠桃(ばんとう)。 その声(こえ)が、ほんの少(すこ)し、低(ひく)くなったのを、私(わたし)は、聞(き)き逃(のが)さなかった。 「人(ひと)が、勝手(かって)に、足(た)していくもの、じゃ」 富永仲基(とみながなかもと)は、青白(あおじろ)い指(ゆび)を、一本(いっぽん)、立(た)てた。 「最初(さいしょ)はな、ただ、『北(きた)の船(ふね)が、三日(みっか)遅(おく)れとる』と、それだけのことであった。──翌日(よくじつ)には、『難破(なんぱ)したらしい』に、なる。三日(みっか)も経(た)てば、『あの藩(はん)は、もう潰(つぶ)れる』に、なる。人(ひと)はな、小右衛門(こうえもん)どの。事(こと)の真(まこと)を、伝(つた)えはせぬ。事(こと)の真(まこと)に、おのれの恐(おそ)れを、ひとつかみ、足(た)して、伝(つた)える。経(きょう)が、後(のち)の世(よ)になるほど膨(ふく)れ上(あ)がるのと、同(おな)じことよ。──わしは、これを、加上(かじょう)、と名(な)づけた」 蟠桃(ばんとう)は、しばらく、黙(だま)っていた。 畳(たたみ)いっぱいに広(ひろ)げた帳面(ちょうめん)を、じっと、見(み)つめている。そこには、米(こめ)の石高(こくだか)も、銀(ぎん)の匁(もんめ)も、びっしりと、書(か)き込(こ)まれている。だが、たしかに、そのどこを探(さが)しても、「人(ひと)の恐(おそ)れ」という勘定(かんじょう)だけは、一(ひと)つも、書(か)き込(こ)まれて、いなかった。 やがて、蟠桃(ばんとう)は、ゆっくりと、顔(かお)を上(あ)げた。 そして、誰(だれ)もいないはずの、座敷(ざしき)の隅(すみ)に向(む)かって、はっきりと、こう言(い)った。 「──幽霊(ゆうれい)など、おらぬ」 行燈(あんどん)のあかりが、また、ひとつ、ゆれた。
(第二話・了。第三話「死人(しびと)の足し算」へつづく)
◆この物語の史実と虚構について(語り手より)
升屋が仙台藩などへ巨額の大名貸を行い、藩財政の立て直しに深く関わったこと、山片蟠桃(通称・升屋小右衛門)が無類の市場肯定論者で、江戸を「消費するだけの田舎」と評し、市場の自然な理を信じる「無鬼論者」であったこと、大坂が銀建て・江戸が金建てであったこと、米切手が貨幣のように流通したこと――このあたりは、おおむね本当である。
富永仲基(一七一五~一七四六)が大坂の醸造業の家に生まれ、三十一歳で夭折し、経典や思想が後世になるほど言葉を継ぎ足されていくという「加上」の説を唱えた町人学者であったことも、本当である。ただし、彼の幽霊が無鬼論者の枕元に現れて議論を吹っかけたかどうかは、まことに、怪しい。
空木藩、鯰屋、利兵衛、お駒、鶴松は、まるごと、わたしの拵えものである。藩の名に「空」の字を入れたのは、断じて、わざとである。
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